第三十章 14

 アース学園の風紀委員は一昔前まで、生活委員という呼び名だった。しかし学校法人の譲渡があって理事長が変更した際、風紀委員という呼び名にするよう命じられ、変更されたという。

 なお、理事長の鈴木竜太郎は、重度のオタクで、生活委員という名称が気に入らず、創作物では定番の風紀委員にしたかったという噂が、生徒と教師の間で出回っていた。


 風紀委員の活動として、朝から校門で遅刻者チェックを行う善治。隣には後輩の風紀委員もいる。背の低い、丸っこい体型の女子だ。ややふくよかではあるが容姿は悪くない。それどころか可愛い方に分類されるのではないかと、密かに善治は思う。


「おい、何のつもりだ、それは」


 三人の女子生徒を呼びとめる善治。呼び止められた側はきょとんとして善治を見る。


「そこのお前、第一ボタンが外れて服を開きすぎだ」

「ちょっと……そんな所まで覗き見てるの? やらしくね?」

「うわあ……何こいつ、最悪」

「いやいや、逆にこれって真面目な方があかんパターンかと」


 ドン引きして顔をしかめる女子三名。


「せ、先輩、女子は私がちゃんと担当しますからっ。いや、見逃しててすみませんっ」

 慌ててフォローに入る後輩風紀委員。


「相変わらずキモいよね」

「冗談とか全然通じないって噂だよ。冗談言っても真に受けとることしかしないんだってさ」

「うわー、顔だけじゃなく中味もキモいんだ。ヤバくない?」


 校門を通った後、明らかに善治に聞こえるような位置と声で女子生徒達が悪罵を口にするが、善治は平然としている。強がっているのではなく、何も感じない。


「先輩……あんなこと言われて平気なんですか?」


 後輩の女子が不機嫌そうに、こちらも相手に聞こえる声を発してやる。すると女子生徒三名は居心地よさそうにそそくさと足早に、校舎に向かって立ち去った。


「慣れている。それに、自分の価値を貶めるような真似をして、その事実に気付きもしない輩は哀れんでしかるべきだ。親からまともな教育も受けられなかったのだし、未来も暗い。どこかで反省して、己を見つめ直す機会があればいいけどな」


 嫌味でなく、本気で思っていることを口にする善治。


「笑わせんな。てめーにあてはまる言葉だろうが、それはよ。超ブーメランだぜ」


 校門に近づいた所で、偶然会話を耳にした輝明が、へらへらと笑いながらからかってくる。横には修もいる。善治は無表情に、後輩風紀委員はあからさまにむっとした顔で輝明を見る。


「そうだな。きっと自分で気がついていない駄目な所が、俺にもいっぱいだ」

「ん?」


 いつもと異なる調子で、言い合いをしようとせずあっさりと認める善治に、輝明は笑みを消す。


「何かよくないことでもあったのか?」

「どうしてそうなる?」


 心配げな顔での修の問いに、真面目に問い返す善治。


「いや、わりと本気で心配してあげたんだぜ。何か深刻なことがあると、人は心境も変化して、謙虚にもなるだろ」


 じゃあ普段の自分は輝明のように傲慢だったのかと、修の言葉を聞いてうんざりしてしまう善治。あるいは修の目にはそう映っていたのかと。


「修の言うとおり、確かに様子おかしい気もするなー。何か悩みでもあるのか? 好きな女が出来たけど、すでに彼氏がいて、しかもその女のハメ撮り流出動画見てショック受けたとか」

「ハラスメントですっ! 下品すぎますっ!」

「いや、わりと本気で心配してやったんだぜ……」


 激昂する後輩女子風紀委員に、戸惑う輝明。


「お前はそういう経験があるのか?」

「おうよっ。わりと最近の話だけどな。巡回しているエロサイトにあがってたのを見て、超泣いた。泣きながら抜いた」


 大真面目に尋ねる善治に、輝明は虚ろな笑みを浮かべて即答した。


「実際、迷っている。お前に星炭の継承者争いを挑むか挑まないか」


 後輩がいる前にも関わらず、善治はその話題を口にした。


「敵になるかもしれない俺の前で、堂々とそんなこと口にするってことは、かなーり思い詰めてるってことかー」


 いつものようにからかうこともなく、静かな口調で言う輝明。真剣に悩んでいる相手を茶化す気にはなれない。


「お前は星炭の当主になりたいわけ?」

「ああ、なりたい。お前みたいなちゃらんぽらんな奴が当主なのが、認められないというだけではない。俺がその座に就きたい」


 輝明に問われ、善治は真顔で、声に力を込めて言い切った。


「そうか……」

「お前こそどうしたんだ。いつものお前らしくない」


 いつものように馬鹿にされることを覚悟で、己の希望を口にした善治であったが、輝明は物憂げな表情をして善治から視線をそらすという、善治から見て不可解な反応をとっていた。


「善治はテルのことただの馬鹿だと思ってるだろうけど、いや、実際馬鹿だけど、何でもかんでも手当たり次第に、人をおちょくるような馬鹿じゃねーよ。自分が馬鹿だと感じたものだけ、茶化しておちょくる奴なんだ。真剣に悩んで迷ってる今のお前を、からかいはしないだろ」


 一応フォローのつもりで口を挟む修。


「つーかよ……現実問題として、俺に勝てると思ってるのか?」

「今のままでは無理だということはわかっている」


 視線をそらしたままの輝明の問いに、善治は間髪を入れずに答えた。


「しかし、綺羅羅さんが精神増幅器を用いた件、お前が改造しても構わないと言った件で、希望が持てた。一対一ならどんな手を使ってでも、勝てば当主として認められるのだろう? それなら俺も、雷軸のように改造してもらおうかと迷っている。どうせ生まれ持った才能の差で、何をやっても無才の俺には、お前にはかなわないのだし」

「ケッ……驚いたな。いい子ちゃんのお前が、そんなことを迷ってたなんてよ。そういうのはお前の美学じゃ卑怯な手として、一切受け付けないと思ってたけどな」


 善治の話を聞いて、輝明は善治に顔を向け、おかしそうに微笑んだ。


「心の半分以上は受け付けないままだ。だから迷っている。俺がお前を越えたいという気持ちと、目的のために手段を選ばない無節操な手を使うことへの抵抗が、ぶつかりあっている」

「そっか……」


 自分が敵と認識した相手に葛藤を打ち明ける善治に、輝明は微笑を消して頷く。


「まあ……好きにしろ――としか言えねーな。少なくとも俺は、善治が純子の所で改造されて、その力で俺を負かしたとしても、文句は言わねーよ。俺は生まれついての才能とかいう、多分お前らから見て理不尽と感じる運に恵まれている。そんな俺の立場から、ドーピングがズルいだのチートがズルいだのなんて、言えるわけねーよ。知ってるだろ? 俺がすげー運動音痴なのは」


 輝明は妖術師としての才能はズバ抜けているが、身体能力に関しては人並以下である。一応回避訓練くらいは受けているが、武術の方は軒並みさっぱりだ。そして小学生の頃から、体育の成績は常に最低だった。


「スポーツなんか特に顕著だろ。あんなのは才能とかいう運に恵まれた奴だけが輝くしょーもない世界で、俺はそんな奴等、全然凄えと思えねーよ。宝くじ当てたようなもんだ。宝くじ当てた奴を尊敬できるか? 同じスポーツ選手でも、正々堂々金メダル取った、才能とかいう運を持って生まれただけのただのラッキーマンより、才能の限界を感じて薬物ドーピングしちまった奴等の方に、俺はよほど共感できちまう。俺は妖術師としての才は優れていたけど、運動神経が悪いことはずっとコンプレックスだったし、いつもこいつの隣でそいつを感じていたから、無才の辛さだって理解しているぜ」


 隣にいる修を指して、輝明は言った。


(この前、俺が考えていたことと、同じことをこいつも言っているなんて……)


 善治は輝明のことを尊大で不遜で思い上がっていた天才だと思っていたが、そんな一面もあったことに、衝撃すら受けていた。


「だからさ、俺はてめーが改造しようが、どっかで強力な魔道具手に入れてきてそいつに頼ろうが、卑怯だなんて言うつもりはさらさらねーよ。ババアを人質に取るとか、そこまでやったら考えもんだが、ま、てめーみたいな優等生様に、そんな真似できねーだろうし」


 輝明がそこまで喋った所で、始業のベルが鳴る。すっかり風紀委員の役目を忘れて話しこみ、その間、空気を読んだ後輩が一人で黙々とこなしていてくれた事に気がつき、善治は申し訳無い気持ちでいっぱいになった。


***


 朝早くから雷軸は雪岡研究所に訪れ、さらなるパワーアップを望んだ。


「この命が来月まで――いや、来週までもたなくても構わん。だからもっと強くしてくれ。削れる命はギリギリまで削ってくれいい」


 鬼気迫る形相で訴える雷軸に、純子は天にも昇る心地になる。


「いやー、嬉しい申し出だねえ。でも失敗すれば来月どころかすぐに死ぬ可能性もあるんだよー?」

「すでに承知のうえ、覚悟のうえだ」


 屈託のない笑みをひろげて嬉しそうに問う純子に、雷軸は引くこともなく決意の眼差しのまま頷いた。


 早速改造手術へと移り、四時間後――


「うぐぐ……気分が悪い……。全身が軋むように痛む……」


 意識を戻し、麻酔の切れた雷軸は苦悶の表情で呻く。


「すまんこ。改造は成功したけど、嬉しさのあまり、ついついはりきりすぎちゃって、かなり無茶しちゃったー。あははは。間違いなく明日まで命もたないと思うから、戦うなら急いで戦ってきた方がいいよー」


 朗らかな笑顔で頬をかきながら、純子は弾んだ声でもって告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る