第三十章 13

 輝明が今回の騒動を引き起こした理由の一つを、綺羅羅は知っている。そして同情もしている。

 星炭流の妖術師の中にいた、輝明とは歳も近く、仲がよかった少女。おそらく輝明は惚れていたと、綺羅羅は見ている。


 輝明が聞いた話によると、彼女には漫画家になりたいという将来の夢があったとのことだ。しかし星炭の掟のせいで断念せざるをえなかった。妖術師の片手間にでは、漫画家はキツいという理由で。

 そして彼女は霊的国防の任務を請けおい、十五歳で命を落とした。綺羅羅はそれが原因で、輝明が掟を変えようとしているのかと思っていたが、実はそれだけが理由ではなかった。


 彼女以外にも結構な人数が死んでいる。輝明と修が任に就く事もあったが、苦戦したことはさほど無い。実力の違いと言ってしまえばそれまでだが、こればかりは仕方無い。かといって、力のある者に任務を集中させるわけにもいかない。


 そして他の国仕えの妖術流派を見てみると、白狐はともかく、朽縄のように露骨にサボっている者までいる。この辺に輝明はまず激しい理不尽を覚えた。


 そもそも霊的国防というが、随分とそれらの任務が頻繁に発生する。星炭以外の霊的国防に携わる者達も、駆り出される機会が結構な頻度である。そんなにこの国には頻繁に危機が発生しているのかと、輝明は次第に疑問を抱くようになり、独自に調査をし始めた。

 調査はわりとあっさりと終わった。輝明は朽縄一族の当主である朽縄正和という男に行き着き、そこで驚愕の真実を聞いた。


「これは絶対に他言無用だ、な。超常関係のトラブルは、もちろん国内で自然発生しているものも多いが、それ以上に、国外からの干渉が多いんだ、な。明治時代後期あたりから、魔物や妖怪――術によって生みだされた超常生物達は、他国から送られ続けているんだ、な。呪術による攻撃も頻繁なんだ、な。もちろん超常以外の案件でも、超常の者が駆りだされるんだ、な」


 呪術によって他国から侵蝕されるという話は知っていた。そちらこそ霊的国防の要であると。その話は超常関係者なら誰もが知っている。しかし、化け物が他国で作られて送り込まれているなど、流石に初耳であるし、知らぬ者の方が多いと思われる。


「もちろん日本もやり返しているけど、な。世界中で同じことが行われているし、これに対応できなかった国は弱体化されてしまうんだ、な。霊的国防機関を失った国は、呪術によって内部から蹂躙されてしまうから、な。もうずーっと、世界中の国が霊的には戦争継続中なんだ、な」

「じゃあそれを明るみにしろよ! 人知れず戦って死んでいくのが、アホらしすぎるわ!」


 呪術合戦だけでも不毛なのに、裏でそんな削りあいをしているなど、輝明からすれば度し難い馬鹿さ加減と思えた。しかもその事実を知らされていない。

 それらを公表してしまえば、そんな争いをしなくても済むみそうなものだし、もっと効率のいい対処もできそうなものだ。少数の妖術師達を現場に出向かせて命がけで妖怪に戦わせるよりも、軍隊でも動かした方が、安全にケリがつく。

 あるいは軍隊の中に、そうした超常部門を築いて、もっとしっかり組織だった対処をした方がいいだろうにと、輝明は考え、正和にも訴えた。


「同意だ、な。だから朽縄は馬鹿馬鹿しくて、いざという時以外は戦わないんだ、な。明るみにすれば、もっと別なやり方で防げるのに、臭いものに蓋をした中で争わせ、死体も蓋をしたたままなんだ、な」

 諦めきった顔で答える正和。


「白狐家もそれを知っているが、あちらは知っていてなお戦っているんだ、な。輝明、お前が裏通りで超常関係のトラブルを解決しているのだって、立派な国防なんだ、な」


 戦わないという選択をした朽縄に対し、輝明は責める気が失せてしまった。それでもなお戦っている白狐は立派かもしれないが、これは放棄していい話だと、輝明には感じられた。


「ちなみに他国はもう少し上手いやり方をしているんだ、な。妖だの魔物だのといった、術で造られた人工生物の殲滅には、軍隊も密かに投入しているんだ、な」

「日本も他国に倣って、戦い方を変えることはできないのか?」

「この国では、霊的国防に携わる者達に変なプライドがあるし、それ以前に軍隊も動かしづらいから、な。上手な対処方法はいろいろあるはずなのに、しょーもない大人の事情で、人の命を防波堤にして防ぐような、そんな杜撰なやり方しかしないんだ、な」


 輝明が星炭流を国仕えから退かせようと決意させたのは、正和が次に口にした真相によるものだった。


「そしてそれは霊的国防に携わる者達にも、大きな責任があるんだ、な。自分達の食い扶持と、矜持のために、何よりお家の存続のためという妄執の奴隷となって、好んでそんな腐った構図を作って受け入れていると言えるんだ、な。国が国仕えの妖術師達に合わせたからこその、今の構図でもあるんだ、な。以前、芥機関という、科学者達によって効率よく超常能力者を量産することが目的の、霊的国防機関を造ろうしただけで、星炭流呪術が離反したんだ、な。他の者達も結構反対していたんだ、な。国が霊的国防を一手に引き受けすぎた場合、現在進行形で国を守っている国仕えの術師達が次々離反するという理由で、他国のように、国家機関が霊的国防に力を入れることが、できないんだ、な。だから日本では、霊的国防に携わる者の犠牲が、他国よりずっと多いんだ、な」


 芥機関創設の際、この国の超常業界が揺れ動いたのは、輝明の記憶にもある。

 国が超常の力を持つ者を量産していくのなら、古くから術という形式で幼い頃から修行に明け暮れ、研究を重ね、何より戦って命を落としてきた術師達は、お払い箱になってしまうのではないかと、そんな不安と不満が、日本中のありとあらゆる妖術呪術の流派の者達の間で、渦巻いたのである。


 星炭の呪術の方が国に背を向けたうえに、そのままお払い箱にされたのを見て、それまで抗議していた他の者達も口をつぐんでしまった。彼等は国に仕えていることを何より矜持にしているし、そこから放り出されることは、アイデンティティーの喪失に繋がる。星炭流妖術の術師達の中にも、同様の念を持つ者は多いだろうと、輝明は見る。


「白狐の当主である白狐弦螺は、少しでも良い戦い方にしようと、いろいろと苦闘中なんだ、な」


 正和が付け加えるようにして言ったが、最早輝明にはどうでもいいことであった。星炭家は国仕えを辞めることを決めたから。


***


 星炭流呪術はかつて星炭流妖術の分家の一つであったが、汚れ仕事ばかり負わせることを不遇として、はるか昔に星炭流妖術から離反した。

 その後は星炭流呪術が独自で国に取り入り、霊的国防を担う術師の一族の一つとして、勘定されるようになったが、超常の力を育成する芥機関の創設に激しく反発し、『機関創設を押し通すなら、国仕えも辞める』とまで言ったため、国の法からあっさり御祓い箱通知を出されてしまった。

 さらにその後、芥機関の創設者である雪岡純子を敵視して、抗争をふっかけたあげく、あっさりと壊滅して一族壊滅という憂き目にあった――と思われていた。


 しかし星炭流呪術の中に、一人だけ生き残りがいた。

 その人物の名は星炭玉夫。星炭流の上級術師であったが、雪岡純子との抗争に勝てないと踏んで、逃走したが故に、彼は生き残ることができた。


 星炭銀河はその人物と知己であり、力を借りた事もある。そして今回もまた、その星炭玉夫とコンタクトを取ることにした。

 できれば頼りたくなかった男だが、この男の持つ力は計り知れない。電話で事前に連絡を入れもせず、直接会いに赴く。


 安楽市の北西部にある繁華街の一つで、星炭玉夫はいた。今は占い師に身をやつしている。

 ぎょろぎょろとした大きな目が印象的な初老の男だ。愛想はよく、目の前の椅子に座った銀河を見るとにっこりと笑う。


「久しぶりだな。占いに頼りにきてくれたか」

「いや……呪術の方を頼みたい」

「おやおや、物騒なことで。で、可哀想な相手は誰かな?」

「星炭輝明だ」


 銀河の告げた名を聞き、玉夫の笑みが固まり、顔色が劇的に変化した。


「そんなもん、無理に決まってる。星炭の当主ともなれば、相当に強力な霊的加護を受けていよう。ましてや輝明は、千年に一人の天才とまで言われ、将来、白狐弦螺や雫野累とも肩を並べるとのではないかとまで、見なされている傑物であろう。無理だ無理」

(わざわざ私が足を運んだのに、即座に断るだと……)


 あっさりとお手上げする玉夫に、銀河は苛立ちを覚える。こうなると引けないのが銀河の性格である。


「直接呪術を仕掛けるのが不可能なのはわかった。それ以外に何かよい手は無いのか? 貴方も星炭流呪術師の中では上級術師だったのだろう?」

「う、うーむ……」


 プライドを刺激され、玉夫はあっさりと気をよくして薄ら笑いを浮かべる。歳は取っているが、大した人生経験を経ていない玉夫は、極めて単純な性格をしていた。


「直接術をかけるのとても無理だ。周囲の者を操って、暗殺させるというのはどうだろう」

「とっくに何度も刺客を退けている。奴の命を狙って、雪岡研究所で改造している奴までいる始末だ」

「そういう話ではない。当主が気を許している者に殺意を植えつけ、油断している所をブスリというやり方だ」


「星炭綺羅羅や虹森修にそんな術がかかるか? 輝明ほどではなくても、それなりに強い加護がありそうだぞ。いや、強い霊的加護を持つ者は、周囲の親しい者もその加護の下に置くというし、難しそうではないか?」


 あんたは呪術師なのにはそんなことも知らんのか――と言いそうになった銀河であるが、危ういところでその言葉を堪える。


「では特に親しくなくて、対象を憎んでいる者の憎悪を増幅させ、刺客にしていくというのはどうか? 噂によれば、輝明はその才能に胡坐をかいているのか、傲慢で尊大な振る舞いが目立ち、星炭内部でも疎んでいる者が多いというではないか。例えば君とかな」


 最後の言葉の後ににやりと笑う玉夫だが、銀河は憮然とする。


「そんな奴等を無理矢理刺客に仕立てた所で、あの輝明に通じるとは思えん」


 玉夫の提案する方法は無意味だと、早々に結論を出す銀河。殺し屋を複数雇っても、全て撃退されているのだ。同門の術師など輝明より弱いのは目に見えている。それに星炭の術師を刺客に仕立てていき、それを輝明が返り討ちにし続けていったら、星炭の弱体化に繋がりかねない。


「またの機会に……」


 無駄な時間を過ごしたと思いつつ、銀河は席を立つ。


「これこれ、せめて占っていけよ。私の占いは絶対に役立つぞ。よく当たるんだ」


 玉夫が声をかけたが、銀河は反応せずそのまま立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る