第三十章 16

「俺のためだけに戦うんじゃなく、自分のために戦ってよ」


 その言葉は、幼い修の心に焼きつき、修の人生観を変えるほどの衝撃であった。

 虹森家は、星炭家本家もしくは継承者の護衛を義務づけられた一族である。修の人生も幼くして決まっていたし、物心つく前からそのための教育を叩きまれていた。

 その台詞を引き出した相手は、修が生涯護ることを義務づけられた者であった。それは修と同い年の子供であったが、上下関係となることも抵抗無く、それを当然のこととして修は受け入れんとしていた。

 しかし相手は違った。


 修が輝明と初めて会った時、親に言われた通りの堅苦しい挨拶をしたと思うが、その内容は最早覚えていない。覚えているのは、護るべき相手の、自分を見る嫌そうな顔。そして否定する台詞の数々。


「そういうノリでつきあうの、嫌だ。普通にして」


 まだ今ほどすれてもいないし、口も悪くもない輝明は、修にそうお願いしてきた。


 父親が彼に何か言っていたが、修はよく覚えていない。仕える立場であるからどうこう言っていたようなことは覚えている。そしてそれを輝明が拒んだ後、修に向かって、一生心に残る台詞を口にしたのだ。

 輝明も修が生涯護衛の任に就くということを、諦めて受け入れたうえでの、精一杯の台詞なのだということは、当時の幼い修にも理解できた。


 その時の修は、自分のために戦うという事が何なのか、はっきりとわからなかった。しかし自分が仕えるべき宿命の相手の口から、仕える相手のためではなく自分のためにと言われたその事実は、それまで親に叩き込まれた修の価値観を根底から破壊したのだ。


 修は輝明の要望通り、普通の友人として付き合う事にした。もちろん、護るために共にいるという意識も、護るために技を磨くという意識も、決して忘れはしない。

 同時に、輝明を相棒としての意識も強く存在する。立場上は対等ではなくても、気持ちのうえでは対等だ。


 そして修は己が受けた生を楽しむ。輝明によって惹かれてきた敵との戦いを楽しむ。自分のために戦うという事が何であるかの答えは、戦っているうちに自然に芽生えた。


***


 滑空して迫る雷軸と彼のオプションから、一斉にレーザービームが発射されたが、修は難無く回避する。


 修の上空をすれ違い様、再び三つの爆弾(ボム)が投下されるも、やはり爆発する前に剣で弾き飛ばされる。爆弾は任意のタイミングで爆発するわけでもなく、触れられて爆発するわけでもないので、最早爆弾による攻撃はほぼ無意味だと雷軸も判断した。


 空中に制止して、修と向かい合う雷軸の息は荒い。体力がどんどん失われていくことが自分でわかる。気分が悪くて吐き気がする。自分の体に残された時間が残り少ないと実感する。


「馬鹿な……たった数日の間に見違えるような動きに……」


 明らかに動きのキレが増している修を見て、雷軸は呻く。


(こいつと戦っている間に、俺の命は尽きてしまいそうだ)


 雷軸が顔を歪ませて、激しく歯噛みする。かといって修を無視して輝明を倒しにいけば、二人を同時に相手にすることになる。

 輝明が手出しをせず、余裕をふかして見物に徹している今、確実に修一人を始末してから、輝明を相手にした方がいいのは明白だ。以前の交戦からみても、輝明一人でも難敵である。


「男子三日あれば刮目……刮目……何だっけ? とにかくそれだよ」

 得意気に言う修。


「ふざけるな。お前のやってることはただの時間稼ぎにしかならない。俺はその剣が届かない場所から、一方的に攻撃するだけだ。そうすればいつかは必ずお前に当たる」


 雷軸が嘯くが、そう簡単にいくとは思っていない。雷軸自身の疲弊だけではない。修がこれだけ自信に満ちているからには、何か奥の手があるのだろうと、雷軸は警戒している。


 雷軸は、シューティングゲームの戦闘機そのものになるという力を身につけた。空を自由に飛び、威力も速度も遅い弾丸を体力の続く限り発射し続け、バリアーを張り、ビームを撃ち、爆弾を落とす。さらにはオプションも身につけ、オプションから多重攻撃をも繰り出す。

 はっきり言って相当強い。高速で空を飛びまわって、多彩な飛び道具を持ち、攻撃を当てるだけでも一苦労なのに、例え攻撃を当ててもバリアーで一度は防がれる。純子が作ったマウスの中でも、純子が文句無しで上位に位置づけるのも当然と言える。


(そんな俺に勝てるような切り札とは何だ? こんな俺にそこまで余裕ぶっていられるからには……それなりの何かがあるというのだろう)


 雷軸の中で、修への警戒がどんどん高まっていく。その切り札がいつ繰り出されるのかと、そればかりを意識している。


「僕よりずっと強いくせに、何をそんなに怖がってる? 顔に出てるぜ?」


 涼やかな微笑みを浮かべ、修が挑発する。

 いや、事実恐れていた。雷軸は本能で危険を察知していた。


「真が言ってたな。恐怖はあって当然。しかし常に警戒するのは疲労の元」


 呟きながら修は中段の構えから、上段へと構えを変える。


(跳躍して斬りかかる気か?)


 雷軸はそう思い、飛翔する高度を上げると、修めがけて弾を吐き出す。警戒し、近寄りもしない。敵が接近してきたらすぐに後退するつもりでいる。


 すでに逃げの姿勢一辺倒に入っているのを見てとり、修は目を細めた。


 次の瞬間、銃声が響いた。


「馬鹿な……」


 バリアーで一発目の銃弾は防いだが、バリアーで防げる攻撃は一回のみ。もう一度バリアーを張るには、時間がかかる。続けて攻撃を防ぐことはできない。


 制服の懐から素早く抜かれて撃たれた二発目は、雷軸の胸部を赤く染めていた。


「何も馬鹿なことはない。これが虹森流剣術の秘奥義だ。文句有るか?」


 右手に木刀、左手に拳銃を構えた修が、笑顔で言い放つ。


 一発目の銃撃は、拳銃によるものではない。木刀の柄に仕込んだ銃によるものだ。上段に構えて柄を雷軸に向けた状態で撃ち、バリアーを消した。

 雷軸が度肝を抜かれている隙に、懐から拳銃を抜いての二発目は、驚愕して硬直していた雷軸の心臓の少し上辺りを穿っていた。心臓そのものは直撃せずとも、大動脈と気管は貫いている。


「虹森流は銃に対抗する剣術だからな。銃の扱い方も当然学ぶ。銃に勝つためなら何でもする。そのためにはこっそり銃も仕込む剣術。時として剣を捨てて銃も撃つ剣術。それが虹森流だ」

「そ、そんな馬鹿な……」


 得意げに語る修と、呆然とした顔で落下する雷軸。


「どんな手段でも勝てばそれでいいっていう、節操の無い卑怯者だし、やってることは雷軸と大して変わらねーよな」

「僕は兵法家の宮本武蔵を尊敬してるから、その台詞は褒め言葉だぞ」


 からかう輝明に、修は肩をすくめて笑う。


「んぐおおおおおおぉおぉごおぉおおぉぉぉぉ!」


 突然、苦悶に満ちた絶叫が、雷軸の喉から迸った。

 雷軸の方を見ると、その体が変貌をきたしていた。顔の右半分と右肩と腕の皮と肉が溶けていき、骨が露出する一方で、顔の左半分と左頭部と左の肩、胸、首、腕の筋肉は盛り上っていく。


「ケッ、無茶な改造の副作用で本格的にブッ壊れたか。こいつはヤバそうだぞ」

 輝明が唾を吐く。


「ぽびゃゃぱあぁぁあぁああぁぁぁああああ!」


 どう見ても正気を失っている雷軸が、喚きながら四方八方に白い弾丸を吐き出す。


 輝明と修は手近にあった家の庭へと逃げ込み、塀を遮蔽物とする。


 近くに停めてあった車が、無差別に吐き出される弾丸で穴だらけになっていく。しかし弾の威力は弱く、エンジンやタンクまでは撃ち抜かないので、爆発するようなことはない。

 幸いにも周囲に通行人はいないが、いつ人が来ないともわからないし、こんな暴走状態の危ない雷軸を、放っておいていいわけがない。


「あーあ、やっぱりこうなったかー」


 物陰でこっそり見物していた純子が、苦笑しつつ呟く。


「危なくなったら速攻で止めないとねー」


 輝明や修や常人から見れば、もうすでに十分すぎるくらい危ない状態であるが、純子の判断基準では、まだ危険水域には届かない。


「何だ、あの化け物は」


 と、その時であった。道の角から、巨漢と呼んで差し支えないほど、身長も横幅もたっぷりとある男が現れ、雷軸の姿を見て顔をしかめる。


「あいつは……」

 輝明はその男と面識は無いが、名と顔を知っていた。


「察するに、俺のターゲットに先に仕掛けた奴の成れの果て、かな。雪岡研究所で改造された奴がいるとは聞いていたが」


 巨漢――オンドレイ・マサリクが呟くと、夥しい数の弾が乱射される空間へと、堂々と飛び出した。

 彼がどうしてこの場に現れたかと言えば、情報屋からの連絡があったからだ。ターゲットである星炭輝明が、他の者と交戦中であると。そしてたまたまオンドレイのいた場所と近かった。


 オンドレイが雷軸に銃を撃つ。しかしバリアーによってあっさり弾かれる。


「飛び道具は防ぐか。ならば――」


 バリアーが一回しか防がないことを知らないオンドレイは、直接攻撃を試みることにした。

 大量の弾の嵐の中を、顔だけガードして突っ込むオンドレイ。弾が視認できる程度のスピードのうえに、着弾している場所を見て、一発一発が銃弾ほどの威力は無く、防弾繊維と筋肉の鎧と気合だけで、十分に防げると判断しての行いであった。


「ホアッ!」


 雷軸の間近まで迫ったオンドレイが一声叫び、雷軸の半分だけになった顔面に飛び膝蹴りを見舞う。

 首をおかしな角度に曲げた雷軸の体が横向きに倒れ、動きが止まった。弾丸の嵐も止まっている。


「超常殺しオンドレイ・マサリク。銀河に雇われた殺し屋に、やっとまともな奴が登場ってか」

 輝明が言った。


「それまで戦ってた強キャラを、さらに現れた強キャラが粉砕って、漫画じゃよく見る展開だけど、現実でやられるとかなり響くもんがあるな……」


 実際輝明は、雷軸との戦闘よりずっと、緊張を覚えていた。雷軸を簡単に屠る場面を見るまでも無く、この巨漢が強いのはわかる。そしてこの男の噂も度々ネットで見かけている。


「いやー、これはそういうのと違うと僕は思うけどねえ。もう雷軸は壊れてたわけだし」


 輝明の言葉に異を唱える修だが、オンドレイに脅威を覚えていることには、変わりない。


「修、次は一対一じゃあ済まねーぜ。こいつは俺らが今までやりあった中でも、トップクラスの強敵だと認識しろ」

「言われなくてもわかってるよ」


 輝明の前に立って木刀を構え、オンドレイを見据える修の顔からは、先程まで浮かんでいた笑みが消えていた。

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