第二十九章 36

 霧崎は少女達を蘇生するためにビルの中に戻ったが、百合は追撃する気力を失っていた。

 超次元の戦いを目の当たりにさせられた他の者達も、最早霧崎と戦おうという意欲は失くしている。それを見て真も、この辺が引き時かと思う。


「実際には百合が優勢な戦いだったのに、霧崎のインパクトの方が大きく見えたよねえ」

「うんうん。ママの攻撃を引き出しながら、それを受けたり避けたりばっかだったのに、それでいて力の差を見せ付けたような」


 睦月と亜希子が戦いの感想を言い合う。


 一方で百合は、ビトンや兵士達の治療を行っていた。


「足、折られたはずなのにな……。いや、少しはしこりがあるが」

「私は治療術師と申したはずでしょう? 綺麗に折られていた分、繋げやすかったですわ」


 冗談めかして言う百合。ビトンには恩を売っておけば、そのうちまた使えるだろうと判断し、治療してやったまでだ。


「俺達凡人には手の届かん領域だったな、霧崎は。あんたもだが」

 苦々しい面持ちで言うビトン。


「残念でしたわね。私も残念ですけど。敗北とは忌々しいものですわ」


 百合から見ても、霧崎の力が上であることは実感できた。純子と同格という時点で、差があるとはわかっていたが。

 もちろん百合も力の全てを出したわけではない。しかし霧崎は自分以上に力を加減して戦っていたと思う。


「人智を超えた存在であることはわかった。奴の望みとやらも、そのうちかなえてしまうのではないかと、一瞬考えたよ」


 言いつつビトンは煙草を咥え、火をつけた。


「敗者同士で、一杯どうかな?」

「残念ですが、お断りさせていただきますわ。私、男性には興味がもてませんの」


 ビトンの誘いを速攻で断る百合であった。ビトンは笑って軽く肩をすくめる。


「百合様……その……守れなくてもすみません。あんな霧崎なんかに穢されべっ」


 見当違いの謝罪をする白金太郎の口に、百合が義手を突っ込む。


「私は霧崎と勝負していましたのに、貴方がしゃしゃり出てきて守るも守らぬもないでしょう? 第一、その穢されたという見方をおやめなさいな。貴方のその考え方の方が、余程私を穢していますのよ」

「ず、ずびばせぇん」


 いつにも増して不機嫌極まりない顔で叱られ、白金太郎は涙目で謝る。

 ふと、百合は真に視線を向ける。真は木島らと喋っていたようなので、百合もすぐに視線を逸らす。


(一度ちょっかいを出しただけで、あとは何もせず。私の側に睦月や亜希子がいるから手を出しにくい……というわけでもありませんし、復讐する気が無い……というわけでもないですわよね。私への憎悪は確かに感じますわ。私の側にいて、それをずっと抑えて堪えて、何か狙っていますの? あるいは歯が立たないとわかっているから、我慢しているだけかしら?)


 真の性格や考えが、いまいち理解できない百合である。今までの人生で、あまり見たことのないタイプだ。何を考えているか見抜けず、何をしてくるかも予想がつかない。


「結局我々は何をしにここに来たのかという話だ。これだから女の言葉など信用ならん」


 百合を一瞥し、忌々しげに言う森造。


「かといって、何も知らないで全部終わっていたでは話にならないし、見届けるだけでも意義があっただろ」


 真が森造の言葉に異を唱える。


「真の申す通り也。超越者の恐るべき戦いを目にしこと、貴重な体験であろう」

「だよなー。霧崎の動きが面白かったわ」


 樹がもっともらしく頷き、幹太郎も同意する。


「あれー? もうゲームは終わったの? ていうか皆して集ってどうしたのー?」


 純子がやってきて、誰とはなしに声をかける。とぼけてはいるが、一応霧崎との戦いは、超小型ドローン経由で、ちゃんと見ている。


「あら? 純子もいましたの? 貴女こそ一人で何をしていらしたの? こちらは祭りがとても盛況でしたというのに、一人で何をしていらしたの? 何か楽しいことでもしていらしたの?」


 意地悪い口調でねちねちと問いかけてくる百合に、純子は引く。


「皆で霧崎の所に殴りこみかけて、大乱闘してたよ。お前は何やってたんだよ?」


 何かよからぬことをしていたのではないかと思いつつ、ストレートに尋ねる真。


「特に何もしてないっていうか。そんな楽しそうなことしてたんなら、私にも連絡くれてもよかったんじゃないかなあ」


 冗談めかして純子が言う。


「あらあら、人望がお有りのようで。流石は純子ですわね」

 心底嬉しそうな顔で、嫌味たっぷりの百合。


「でも百合ちゃんも失敗しちゃってるよねえ」

 純子がようやく百合の挑発にのる。


「突然何を仰りますの? 私の失敗とは何のことかしら?」

「亜希子ちゃんを私達と仲良くさせたのも、睦月ちゃんを自分の手元に置いているのも、私や真君や累君を苦しませるためだったんだよねー?」


 純子の指摘を受け、百合の顔から劇的に笑みが消えた。


「でも百合ちゃんは二人に愛情が芽生えて、大事な存在になっちゃった。だからそんな風には扱えなくなっちゃった。これって失敗じゃなーい?」


(随分と悪趣味な煽りだな……。こいつらしくもなく……)


 後で注意しておこうと真は心に決める。


「当初の予定と違ったことは否めませんわね。思い通りにはなりませんでしたわ」


 当の睦月と亜希子が聞き耳を立てていることも意識しつつ、百合は正直に述べた。


「私は自分の思い通りにならないと気がすまないタチでしたのに、この件に関しては意外とそのようなことありませんでしたわね。純子に毒されたのかしら? 思惑から外れたことにより、もっと素晴らしいものが育まれましたからね」


(ママが全然ママらしくない台詞言ってるっ!? 雪でも降るの!?)

 百合の台詞に亜希子が仰天する。


「私達は家族の絆が育まれてしまいましたわ。私は――いえ、私達の誰も意図していなかったというのに、自然とそうなってしまいましたの。私が……かつて純子に対して求めていたものが、意図せぬ所でできあがってしいましたわ」


 純子を真っ直ぐ見据え、百合は真顔で語る。


「亜希子も睦月も、純子と私の二人で生み出した、私と純子の娘のようなものですのよ。素晴らしいとは思いませんこと? でもこの二人は私のものですわ。私と純子の娘ですけど、私の家族でしてよ。貴女の家族ではありませんわ。私と強く固い絆で結ばれてますのよ」


 大真面目に語る百合の言葉に、睦月と亜希子は胸に響くものを感じた。一方、名前の挙がらなかった白金太郎は、胸にヒビが入るような感覚を覚えていた。


「純子、真、貴女達の愛などとっくに壊れているというのに、未練たらたらで離れられず、己に言い訳をしながら繋がっている。私が築いた厚くて熱い絆が、ボロボロにひび割れて欠けた貴女達の絆をさらに無惨に引き裂く。これはそういう話ですのよ。いずれたっぷりと思い知らせてあげますから、楽しみに待っていなさいな」


 真顔のまま冷たく宣告すると、百合は純子に背を向け、亜希子と睦月をそれぞれ見やり、心なしか照れくさそうに微笑んだ。


「さて、この馬鹿げた珍騒動もこれにておしまいですわ。我が家に帰りましょう」


 亜希子、睦月、白金太郎、望に向かって、百合が笑顔で声をかける。


「おい、真。次やる時はしっかり決着つけてやるから覚悟しとけよっ。今の戦いだって、俺の方が優勢だったことを忘れるなーっ」

「ああ、覚えておくさ」


 挑発する白金太郎に、真は静かな闘志を滾らせて答える。実際、白金太郎の方が優勢だったことは認めている。


(中々熱い奴だ)


 強さだけではなく、白金太郎のスピリッツも認めていた。熱いタイプの男には、わりとすぐに好感を抱く真である。


「今の言い合いさ、どう考えてもお前の方が負けだぞ」


 百合達がいなくなった所で、真が純子に言う。


「うん……私もちょっとそう思う」

「いや、ちょっとじゃなくて負けだろ。全く言い返せなかったし」

「いやいや、そんな最後に言い返した方が勝ち的なもんじゃないし……最後に言い返さないと気がすまない病でもないからね」


 笑いながら言う純子を見て、何故か真はほっとした。


「言っておくけどあれは僕の獲物だから、僕に先駆けて、勝手に手を出すなよ」

「はいはい。真君がどう百合ちゃんを料理するのか、楽しみにしてるよー」


 軽口めいた言葉を投げかける純子であったが、本心では刈る愚痴ではなく、純子は本気で期待を込めて言っていた。真ならばできると信じて、力強く応援するニュアンスを込めていた。

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