第二十九章 26
霧崎と少女達はアジトの一室にて、無数のホログラフィー・ディスプレイを空中に投影し、改造した兵士達の動きを見学していた。
超小型ドローンが七人の兵士達を追い、その様子は常に監視している。
「生で見られないのは不満だが、仕方あるまい」
ワイングラスを片手に、霧崎が言う。
「純子さん達に五つ渡して、望君に一つ渡して、残りの一つはどなたが持っているんです? 教授?」
「うむ、私が一つ持っている。私から奪わなければならんな」
少女の質問に対し、霧崎がにたにたと笑いながら答える。
「それって無理ゲーじゃない……」
「教授に勝てるわけないから、最低一人は殺すってこと? そんなのひどい」
「例え無理でも私に戦いを挑み、私を楽しませてくれたら、くれてやるつもりでいるぞ。私はそこまで意地が悪くはないよ」
少女達が表情を曇らせたのを見て、霧崎は微苦笑をこぼして言った。
***
改造された兵士の一人マルセル・ゲラーは、ビトンに連絡を取りつつ、町の中を歩いていた。
目の前にディスプレイを浮かべたまま歩く。ディスプレイには町の地図が映し出されている。
しばらく歩いていると、ゲラーはディスプレイに三つの宝が集中して位置する場所を見つけた。
(三つも同じ場所だと?)
反射的に罠ではないかと考えてしまうゲラー。七つあるのに三つを一つにまとめておくというのも、おかしな話だ。
(一人でのこのこと見つけにいったら、取り囲まれて……という事もあるかもしれないな)
そう思ったゲラーは、仲間に連絡して救援にきてもらうことにした。五分以内なら近くで活動も許されるので、宝に近づく際のみ、共に行動すればよいとして。
しばらくして、最も近くにいた兵士が一人、ゲラーから20メートルほどの距離までやってくる。近くにいると判定されない距離だ。ぎりぎりまではこの距離をキープしておく。
さらにもう一人きて、三人になった。やはり着かず離れずの距離である。
『ビトン隊長の支援を待つか?』
一人が尋ねてくる。
「いや、ビトン隊長の本隊からは遠い。支援がもらえれば心強いが、到着を待っていたら、宝もどこかへ持ち運ばれるかももしれない」
ゲラーが言った。
『追いかければいいだろう。到着を待ってから行動すべきだ』
「忘れたのか? 宝は近づけば必ず表示されるわけではない。ランダムだ。移動されて見失う可能性もある。それに……このゲームには時間制限もあるんだぞ」
今はまだ表示されているし、動く気配も無いが、また消えてしまったら厄介だとゲラーは判断する。
『俺はちゃんとビトン隊長らの支援体制が整ってから、動いた方がいいと思うがな……。まあ、任せる』
『三人で三方向から宝がある場所に向かうというのは、どうでしょうか』
「その案でいこう」
兵士の一人の案に取り入れ、ゲラー達は宝が映し出されている場所へと向かった。
***
改造された兵士ネーサン・ポロッキーは、これまで自分をついていないと心の中で嘆いていた。
任務を失敗し、マッドサイエンティストに捕らわれて改造されたあげく、おかしなデスゲームを強要される。明らかについていない。どうしょうもない運命の落とし穴に落ちたと。
しかし今ポロッキーは、自分がついていると思った。
投影したディスプレイの地図に、己の現在位置から相当近い場所に、お宝が映し出されたのだ。
完全なランダムで映し出されるため、常に地図を凝視していなくてはならない。そしてすぐに消えてしまう。宝が映し出されるのは幸いにも、七人同時ではなく、これまた個別にランダムだ。
自分が宝のすぐ近くにいた。しかもそれが映し出された。すぐ近くにある宝を真っ先に取得できる。明らかについている。
(無事にここから帰れる……。いや、最後まで油断はできん。それに俺が自分の解毒剤を取った後には、仲間の支援にまわらないとな)
宝の位置に近づき、ポロッキーは歩を止め、中腰になって銃を構える。
壊れた家屋の裏に、宝は表示されている。ただ置いてあるだけであるはずがない。間違いなく守護者がいる。きっとヒーロー系マウスが。
ポロッキーの予想は外れた。ポロッキーが家屋の裏に回るより先に、ケースを手にした少年が、悠然とした足取りで姿を現したのだ。
(この子が解毒剤を持っているのか?)
やはりついていなかったとポロッキーは嘆いた。裏通りにも詳しいポロッキーは、当然その少年が誰なのかを知っていた。雪岡純子の殺人人形こと、相沢真だ。
(見た目は子供だが……かなり出来る。間違いなく戦場経験も有る。そして……勝ったとしても子供殺しか。丁度俺のガキも……これくらいなのに)
戦場に子供の兵士など珍しくもないが、今までポロッキーは子供の兵士を殺したことは無い。同僚が子供殺しをしてトラウマになって苦しんでおり、悪夢にうなされる様も見ていた。たとえ勝ったとしても、自分もああなるのかと想像してしまう。
「身構えなくていい。戦う気は無い」
真が英語で言い、ケースを足元に置くと、ゆっくりと後退して離れて両手を軽く上げ、敵意が無い事を示す。
この展開は全くの予想外であった。だが美味しすぎる話だとして、ポロッキーは警戒を緩めない。罠の可能性が高い。
「どうしてタダで寄越す?」
銃口を真に向けたまま、ポロッキーは日本語で問う。
「雪岡と霧崎の遊びにつきあってやるつもりはないからな。むしろ邪魔してやりたいくらいだ。はっきり言って気に入らない。人の命を弄んでヒーローごっことか、普通に考えて外道のすることだろ」
そのマッドサイエンティストに仕える者とは思えぬ言動の答えが返ってきて、ポロッキーは面食らってしまった。
「一つ忠告だ。雪岡純子とは――赤い目の白衣の女とは戦うな。ケースは上手いこと交渉して貰うようにしろ。死にたくなければな。それと、あんたはできればさっさとこの町から出た方がいい」
英語で告げると、真はポロッキーに平然と背を向けて、その場を去った。
ネーサン・ポロッキーは明らかについていた。出会ったのが、戦う気もなくタダで解毒剤を渡すつもりであった真だったのだから。
「解毒剤を真っ先に手に入れた自分だけ、さっさとずらかれと言われても……できるわけがないな」
地面に置かれたケースを拾い、苦笑して呟くポロッキーであった。
***
マルセル・ゲラー含めた三名の兵士は、宝の反応があった場所に、周辺の建物の中や上から接近を試みた。
すでに地図から宝の反応は消えている。しかしかなりの近距離に接近するまでの間、反応はあったし、この短時間に移動した者がいたのなら、いくらなんでも発見されると思われる。しかし誰ともすれ違うことなく、人影すら見当たらなかった。
相手に見つからないよう、そして相手も建物の上や中を通って移動する可能性を考えたうえで、建物を通過しての接近。
(いた……)
声に出さず呟くゲラー。宝の反応数と同じ人数が、堂々と通りにたむろしている。少年と女性と老人の三人組。
「来たようだ」
ジャージ姿の老人が反応し、ぽつりと呟く。気配は限りなく殺していたつもりであったが、あっさりと察知されたことに、ゲラーは舌を巻いた。
「二人か。あってるよな?」
「はずれとる。これだから浮き沈み激しい小僧は信用ならん。ジャージ・オン!」
老人が突然立ち上がって叫んだので、ぎょっとするゲラーと他二人の兵士。
「グリーン・ジャージ!」
ヘルメットをかぶった老人が両腕を高々と上げて開き、同時に両脚も大きく飛来てポーズを取る。
「ジャージ戦隊! ジャジレンジャー!」
「パスタなんてハイカラな言い方は認めない! スパゲティー・カラドリウス参上!」
老人がポーズを取った直後、女性もいつの間にかヒーロー衣装に着替え、腰を落として両手を地面につき、ポーズを取って叫んでいた。
「別にハイカラじゃねーし……」
呆れ顔での少年の呟きに、ゲラーは心の中で同意していた。
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