第二十九章 27

「いつまで隠れてんだよ。さっさと出てこいよ」


 不敵な笑みを浮かべ、幹太郎は周囲の家屋に潜む者に呼びかける。


「いろいろあって、いろいろ溜まってるからよ。ここで一気に吐き出して爆発させてやる」


 敵の姿が現れたら、速攻で光の線を放つつもりで、幹太郎は身構える。


 兵士の一人が建物の中から、おもむろに三人の前に姿を現す。

 その瞬間、幹太郎は光の線を波状に放ち、即座に高速移動を発動させ、兵士の斜め前方に現れたかと思うと、渾身の蹴りを兵士の頭部めがけて放った。


 幹太郎は異様な感触を覚えた。人の体を蹴った感触ではない。もっと脆いものを蹴り、それがばらばらになって弾けたような、そんな感触。


 その感触通り、兵士の頭部はばらばらに弾け飛んでいた。兵士の首から上が、何十という数の、直系数センチ程度の立方体となってばらばらに分かれ、そこかしこに散っていた。

 驚く幹太郎の前で、そこかしこに飛び散った小さな立方体が、高速で兵士の頭部へと戻っていき、元の兵士の頭を形作る。


 兵士が反撃に出る。幹太郎めがけて、離れた距離から拳を振るうと、拳がばらばらの立方体となって飛び散り、散弾となって幹太郎に降り注いだ。


 体中に傷を負う幹太郎であるが、ひるむことなく、兵士に突っ込み、胴めがけて拳を打ち込む。


 兵士の胴が砕けて弾ける。やはり小さな立方体となって弾け飛び、幹太郎の拳は兵士の胴を貫通する。

 幹太郎の腕が引き抜かれると、飛び散った小さな立方体が戻って塞がり、兵士の胴の穴はすぐに元通りになった。手もすでに元に戻っている。


「ミキ、退け。御主と相性悪し」

 敵の性質を見て、樹が指示を出す。


(ムカつくし悔しいけど、打撃が効かないんじゃ、大人しく退いた方がいいな)


 舌打ちして、幹太郎は後退する。


 兵士が追撃しようとしたが、樹がそれを許さなかった。


「混沌ナポリタン!」


 樹の手より放出された大量の麺が、兵士の前で放射状に広がり、兵士を包みこまんとする。

 タイミング的にその兵士は避けられないと思われた。だが、兵士が麺に絡めとられることはなかった。

 近くの家屋の上から、一人の兵士が飛び降りてきて、黄色く光り輝く棒を勢い良く振り下ろし、麺を断ち切った。


 飛び降りてきたのは巨漢の兵士であった。その両手にはライトセイバーのような、巨大な光の棒を手にしている。


 一方で森造はというと、まだ現れていない兵士――マルセル・ゲラーに注意の目を光らせている。潜んでいる場所も大体察している。ゲラーはゲラーで、森造がこちらに警戒している事を知って動きあぐねるという、膠着状態になっていた。


 巨漢の兵士が樹めがけ、突っ込んでいく。


「明太子シールド!」


 巨大な明太子の盾が、巨漢兵士と樹の間に立ち塞がるが、巨漢兵士が光の棒で叩きつけると、明太子の盾はあっさりと真っ二つになる。


「侵蝕のネーロ・ディ・セッピア!」


 漆黒の麺が樹の両手から放出され、巨漢兵士へと襲いかかる。巨漢兵士は光の棒を回転させて、麺を弾き飛ばした――かに見えた。


「ぐっ!?」


 黒麺に付着していた黒い液体が飛び散り、扇風機の如く回転させる光の棒の合間を抜けて、巨漢兵士の顔にかかる。それは目にも入り、巨漢兵士の目を焼けるような痛みが襲った。


「のぉうぅウあああぁぁぁがあァあぁ!」


 悲鳴をあげてひるみながらも、視界を奪われた状態で、その場に留まるのは不味いと見なした巨漢兵士は、大きく地を蹴ってその場を離れる。

 巨漢兵士のサポートに入らんとして、立方体分裂怪人の兵士が、巨漢兵士の側へと移動し、巨漢兵士をかばうようにして、樹の前に立ち塞がった。


「好機也」

 樹が呟く。


「火陣アラビアータ!」


 とっておきの必殺技――炎の麺が、樹の掌から繰り出される。炎の麺は立方体分裂怪人と巨漢兵士の周囲を渦巻くように襲い掛かり、逃げ場の無い二人は瞬く間に、麺から噴き出る炎に包まれた。

 焼かれる苦痛にあえぐ巨漢兵士めがけて、鬼に変身した幹太郎が突っ込み、その胸を手刀が貫く。

 立方体分裂怪人は、炎の攻撃も有効と見た樹によって、胴手足首顔に至るまで炎の麺によって巻きつけられ、分裂して逃れる間も無く、麺より噴き出る炎で焼き殺されるという、凄惨な死を迎えた。


 二人の同胞が立て続けに殺されるのを見て、ゲラーはその場を退いた。出るのを躊躇していたら、仲間は殺され自分一人助かるという情けない格好になってしまったが、出ていたら自分も死んでいたであろうと思う。


「一人逃した。こちらの手の内が知られてしまうな」


 ゲラーがいたと思われる場所を見つめ、森造が言う。


「何逃がしてんだよー。森爺よー。何もしてねーし」

「出てきたらすぐに迎え撃つつもりでいたが、向こうが出て来なかっただけの話よ」


 からかう幹太郎に、森造は不機嫌そうに言ってのけた。


「どうする? 姫。移動するかい?」


 幹太郎が樹の指示を仰ぐ。ここにいればまた敵は来るだろうが、一人逃したことにより、こちらの能力も実力も敵側に伝わってしまった。敵も今度は人数を揃え、しっかりと作戦も立てたうえで、襲ってくる可能性が高い。幹太郎にもその程度は判別がつく。


「否、ここに留まらん。某に考えがある故」

 樹が小さくかぶりを振り、言った。


「しっかしさあ、やっぱり俺と姫って結ばれる運命にあるんだとつくづく思うわー。魂が繋がっているかのような見事なコンビネーションだったじゃん? 俺と姫の二人で一つなんだと思ったね」


 上機嫌に主張する幹太郎。実戦二戦目にして、見事な勝利を飾れたことに喜び、興奮していた。


「未熟な御主の補佐をした事、然様に捉えるか。後ほど訓戒也」

「ちょっ……俺、ただフォローされただけではなくて、ちゃんと姫に合わせたじゃねーかよっ」


 冷たい眼差しと声で言われ、幹太郎は不服を訴えたが、樹は取り合おうとはしなかった。


***


 一人だけ交戦もせず、目の前で仲間を殺され、逃げ出したマルセル・ゲラー。

 自分の判断は間違ってはいないと信じている。しかしそれにしても悔しい。断腸の思いとはこのことかと、実感する。


(仇は必ず討つ……なんて青臭い気持ちが、自然と沸いてきちまってる。そう思わずにはいられない。畜生)


 感情に任せて行動するだけであれば、あの時逃げずに玉砕覚悟で自分も戦闘に加わり、できるかぎり暴れてやりたかった。だがそれでは自己満足の無駄死にでしかない。


 大分距離を取った所でゲラーは立ち止まり、ビトンに連絡を入れ、状況を全て報告した。


『五分までなら集団戦も構わないというルールということだな。ならば数で押すのが得策だ。その三人が個としての強さに頼る戦いをするなら、こちら数がいるからこそできる戦いを行う』


 ビトンから返ってきた言葉は以上のようなものであった。


「解毒剤ごとフッ飛ばさないよう気をつけてくださいよ」


 冗談ではなく本気で念押しすると、ゲラーは電話を切り、ビトンの援軍を待つことにした。


***


 ゲラーからの連絡を受けたビトンは、ゲラーが比較的門に近い距離にいたので、ゲラーに一度門まで来るように伝えた。

 そこでゲラーは装備も調達し、簡易的にだが診察もして、細胞も採取する運びになった。怪人にされたゲラーの生きた細胞を採取する事で、貸切油田屋が霧崎の技術を拝借もできるという算段である。


 五分以上の接触を禁じるルールがあるので、それらを行った後、ビトン含めた数名の精鋭と着かず離れずの距離で、先程の交戦場所へと向かう手筈だ。

 ビトンの部下達も何組かが街中に向かい、ゲームのプレイヤーとなった改造兵士に支援をする構えでいるが、いずれもまだ距離的に遠い。


「木島の鬼達ですわね。この国の守護を担う者達ですわ」


 電話でゲラーの報告を聞いていた百合が言い、ビトンは舌を巻く。自分以外に聞こえる音量にはしていなかったが、百合の耳には聞こえていた事にだ。そして重要な話は以後、この女から離れて行った方がいいと思う。


「ああ、俺も名前だけは聞いたことがある。この国の霊的国防を担う集団の一つだと」


 合理主義者のビトンとしては、霊的国防なる存在など胡散臭い代物としか思えないが、それはどこの国にも大抵存在するという話も、知っていた。貸切油田屋の中にも、超常の力を持つ者はいると聞く。


「司令官自らが持ち場を離れて平気ですの?」

「副隊長がいる。敵は相当の強者のようだしな。こちらは数で押す方針だが、一応は強兵も投入した方がいい」


 百合の問いに、心なしか照れくさそうな顔になるビトン。


「その強兵がビトンですのね。面白そうですし、私も同行しますわ」

「面白そうとか、そういう言動は好ましくないがな」


 笑顔で申し出る百合に、ビトンは苦笑いを浮かべた。

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