第二十九章 25

 純子の元に霧崎から電話のあった約三十分後、霧崎の遣いである少女が二人、純子のアジトを訪れた。


「ゲームは霧崎教授に改造された兵士達七名の、宝探しです。宝はこのケースの中に入っている解毒剤です」


 そう言って少女が五つのケースを置く。

 ケースを開いて確認すると、中にはいずれも注射器が入っていた。


「注射器とケースを常に五つ以上持ち歩いているのか?」

「いいえ、この街で買いました」


 真の質問に、少女が答えた。


「そちらでこれらを所持して欲しいとのことです。できればばらばらに。何か質問がありましたら、教授に直接尋ねてください」


 ケースを探しにきた改造兵士達と交戦することになるのは、目に見えている。


「僕が全部もらっておくかな」

 と、真。


「いや、それはどうかと……。でも一つは真君に渡しておくよー」


 純子が真にケースを一つ手渡す。全部渡した真がそれをどう扱うか、わからない純子ではない。


「他の三つは、樹ちゃん達にそれぞれ渡すかなー」

「三つ貰うても分散して動く気はなきぞ。木島は常に共に行動せし」


 純子が言うが、樹がそう断りを入れる。


「残りの一つはどうするんだ?」

「もちろん私が持つよ。で、単独行動しとくねー」


 大体真が予想していた通りのことを言う純子であったが、真にとっても都合がよかった。


「僕もそのつもりでいた」


 真が言う。自分が持つケースは、兵士と遭遇したら、交戦せずにくれてやるつもりでいる。


 真、純子、樹、森造がそれぞれケースを所持したが、幹太郎は手にしようとはしない。無言で塞ぎこんでいる。


「お前はこの数日間でいろいろ経験して、かなり成長したと思う。技量のことではなく、人として、な」


 幹太郎の方を見て、真が告げた。幹太郎は顔を上げ、いつになく真剣な面持ちで、真を見返した。


「でも、死ねばその成長もパーになる。無理をするな。任務のためより、自分の命を守ることを優先しろ」

「それを一族の長である某の前で言うてもろうてもな」


 樹が苦笑いを浮かべる。


「お前は任務のためなら死ねと教えているのか?」

「まさか。しかし戦い故、死ぬ覚悟は必要であろう」

「そんなもの要らないぞ。自分が生き残ることが絶対条件なのに、死ぬ覚悟なんて何の役にも立たない」

「む……」


 真にしてみればいつものお馴染みの台詞であったが、樹は強い言霊を感じて呻いた。


「それができれば理想ではあるが……」

「理想も糞も無く、絶対条件であり最低条件だ。必要なのは生きのびる決意だ。僕はそう教わったし、ずっとそう思っている」


 真の言葉は、樹のこれまでの人生の価値観には無かったものであり、樹の価値観を一部否定するものであった。しかし樹はそれを否定することができない。真の言葉の方に重みを感じていた。


「姫はまだ木島を国に売り込む気持ちでいっぱいなのか? 俺はもう冷めた。いろいろとすっげえ冷めた……」


 それまで黙っていた幹太郎がようやく口を開く。


「姫はそれ以外のこと考えなかったから、もう後に引けないとか、そんな感じなのか? それなら俺はもうここで降りる」


 いつもの幹太郎ではない。静かに宣言する幹太郎が、樹の目には随分と大人びて映った。


「正直、某も迷っている……」


 真の言葉の影響もあって、樹は自信無さげに言う。


「犠牲を無駄にできないとか、そんな考えだったら、それは絶対改めた方がいいよ。それって一番駄目な考え方だからね。それでより多くの犠牲を出してたら世話ないし、それこそ無駄な犠牲を積みあげるだけの話だよー」


 純子が口を出す。


「我等がしたることは無駄なりや? 国に仕えしことは無駄なりや?」

「そうは言ってないけど、樹ちゃんは明らかに、犠牲を無駄に出来ない論で犠牲を増やすタイプに見えるからねえ」

「容赦無いな。まあ僕も同感だけど」


 純子の言い方は最早、たしなめるや諭すとう次元ではなく、追い詰めている領域ではないかと、真は思う。純子にしては珍しく、随分と厳しい物言いだ。


「まあ……今回は付き合う。でもその後は少し考える」

 と、幹太郎。


「真と純子の指摘通りであった。某は盲目的であった。されど投げ出してよいものかと、己に問うてみたら、それも否と出た」


 動揺と迷いから解き放たれ、樹は静かに語りだす。


「我々木島が国家守護の任にしがみつくのは間違いであるが、その任を請け負うことは、間違いに非ず。姿勢の問題也。無理難題を押し付けられてまで、しがみつくことではなきに。ミキの人生も縛りはせぬ。好きにしてよい」

「言われなくてもそうするけど……姫が考えを改めてくれたんなら、俺はこのまま木島に残ってやってもいいぜ。俺と姫がいなければ、木島もここでおしまいだろ? 森爺の餓鬼なんか産みたくないだろ?」


 いつもの調子に戻る幹太郎に、樹と純子は微笑み、森造は苦笑をこぼしていた。


***


 霧崎の遣いである少女が一人、アジ・ダハーカへと訪れた。

 霧崎のゲームの内容が伝えられ、亜希子達の前に、ケースを一つ渡される。


「これを渡さないようにしろってこと?」

「無理にゲームに付き合わず、渡しても構わないってさ。好きにしていいって」


 白金太郎の問いに、少女が答えた。


「ところでどうして私達のいる場所、わかったの?」

「望の体内にGPS受信機が仕込まれているんだろうねえ。俺の中にもあるから、純子には場所筒抜けさぁ。あはは」


 亜希子の疑問に、少女ではなく睦月が答える。


 少女が立ち去り、四人でケースの扱いについて相談する。


「ゲームに付き合う必要なんて無いよ。無理に戦う必要無いじゃない。そんな理由も無いし」

 と、亜希子。


「じゃあ渡して見逃してもらう方がいいよね?」

 と、望。


「いや、それよりもここを平和的に出るための、交渉の道具に使えるよ」

 睦月が主張する。


「ふん、つまらない奴等だ。あーあ、百合様がいないとてんで烏合の衆だなあ」

 白金太郎が嘲る。


「その百合にも今連絡して確認してみたけど、交渉の道具に使って、無理して争わない路線の方がいいってさぁ」

「おおっ、百合様がそう仰るのならば百合様が正しいっ。流石百合様だなー。凄いなー。憧れちゃうなー。睦月はたまたま百合様と考えが一致したからって、調子にのるんじゃないぞ」


 睦月の報告を受けて、白金太郎は偉そうな口振りで言った。


「嘘だけど」

「え?」

「百合に連絡して確認したのってが嘘」


 睦月がにやにやと笑ってからかい、呆然とする白金太郎。そのやりとりを見て、亜希子と望はくすくすと笑っていた。


(望は絶対に無事にここから脱出させる。もう少しで……いつもの私と望に戻れる。望をこんな世界に関わらせたくない。失う危険のある場所や、ヤバい奴等に触れさせたくない)


 ケースを手に取り、亜希子は切に思う。


(神様……くそったれの神様、どうかお願い、これだけはお願い。私から望を奪わないで)


 大嫌いなくそったれに対し、亜希子は切に祈る。


***


 昨夜、霧崎に告げられたゲーム内容を受け、ビトンと兵士達は念入りに作戦を練っていた。

 自分達もゲームのプレイヤーとされた兵士達の支援として、ゲームに参加することができる。戦闘行為はもちろんのこと、解毒剤の入ったケース所持者の捜索や、情報の伝達も可能だ。


「接触の制限時間は五分間。これを逆手に取られる可能性も考慮しないといけない。また、どのくらいの距離をもって接触と判定されるかがわからん」

「実際に試してみるしかありませんね」

「ゲームが開始されたら向こうと連絡が取り合えるようになるらしいから、即座に連絡して、向こうの動きを確認だな。向こうで何か作戦を立てている可能性もある。もどかしいが、我々はあくまで支援という動きに徹するのがベターだ」


 ビトンと副隊長の話し合いを、百合は側で聞き耳を立てていた。


「確かにもどかしい所ですわね。ゲームそのものを壊せる方法があればよいのですが、捕らわれた方々に毒が仕込まれているのでは、従うしかないですものね」


 副隊長との話が終わった所で、百合がビトンに話しかける。


「今は向こうのペースだ。しかし、お返しはいずれしてやるさ」

 ビトンが軽く肩をすくめて微笑む。


「日本語が達者ですのね」

「合計で十二年くらいは日本に滞在しているからな。人生の三分の一近くは日本暮らしだ。ところで、あんたは何者なんだ?」

「雪岡純子と霧崎剣の敵と申しましたけど?」

「それだけで納得しろと言われてもな……。もしかしたら、そいつらのスパイかもしれないし」

「スパイかもしれない私を、よくこの陣営に受け入れましたわね」

「正体不明だからこそ、側に置いて監視するのがいいと判断した」


 ビトンの言葉を聞き、百合は少しこの男を面白いと感じた。


「もし私が貴方にとっての敵でしたら、その判断が裏目に出てしまうこともありましてよ?」

「これでも油断なく見張っているつもりだがね。一応はこちらを助けてくれたわけだし、味方を名乗っているのだから、それを問答無用で攻撃したり拘束したりはしたくない。それは人としての一線を踏み越えた行いだ」

「そんな綺麗事を振りかざして、部隊を危険に晒すのはどうなのかしら? いえ、そもそも救出作戦でさらに余計な犠牲が出る事になるリスクは、考慮されないのかしら?」

「考慮したうえで、過剰なくらいの戦力をかき集めたつもりだったが、相手はそれ以上に化け物だったな」


 ビトンからしてみれば、動かずにはいられなかったが、今こうして思うと、直属の上司にあたるラファエル・デーモンの判断は正しかったのだと、どうしても考えてしまう。


(剛直で清廉――私の大好きなタイプですわね。この手の男は壊し甲斐がありますわ。でも、壊すに値せぬ部分がありますわね)


 ビトンと話をして、百合が一番気になったのは、その部分だ。これさえなければ、百合はビトンを極めて残酷に弄んで殺していただろう。


(自分達の身の危険も顧みず、犠牲も覚悟で仲間を見捨てず救出しにくるという愚行。これに免じて見逃してあげますわ。そうでなければ、私は貴方も壊して遊んだことでしょう。人生何が転ぶかわかりませんわね)


 声に出さず、伝わるわけもない心の声で、百合はビトンに語りかけていた。


***


 霧崎にさらわれ、改造された七人の兵士達は、時計をチェックして、ゲームの始まりの時間を待っていた。

 ゲーム開始と共に、分散しなくてはならない。そしてゲームが開始されれば、ビトンと連絡をとっていいことにもなっている。


「ここから必ず生きて返ろう」

「ああ、狂人共の戯れで命を落としてたまるか」


 力強く頷きあった直後、ゲームの開始時刻が訪れ、兵士達は散り散りになって場を離れた。

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