第二十九章 23

 百合と別れ、亜希子、睦月、望はアジ・ダハーカへと戻った。

 百合は単独で行動し、貸切油田屋と組んで、純子と霧崎のゲームを邪魔する構えである。そして亜希子達は、遊軍として加勢するよう言つけられていた。


「俺達は遊軍扱いとか。百合様一人で行動させて大丈夫なんだろうか……。嗚呼……不安でいてもたってもいられない」


 目が覚めた白金太郎が頭を抱えて心配する。


「あのさあ、白金太郎は百合のこと、小さな子供か何かとでも思ってるのぉ?」


 白金太郎を見て、睦月がくすくすと笑う。


「正直、ママの遊びに望をつきあわせたくないし、ママも少しは気遣ってくれたんじゃないのぉ~?」


 テーブルに肘をついて顎に手を乗せ、あくびを噛み殺しながら言う亜希子。もう夜の零時になろうとしている。


「亜希子……この人達とはどういう関係なの? 亜希子は……その、聞いちゃいけないことだけど、何者なの?」

 望が聞きづらそうに尋ねる。


「言ったでしょ。家族よ。一緒に暮らしてる。私は前から話している通り、つい最近まで外の世界を知らずにいただけよ。ま、私も改造されているから、普通の人間とは違うでしょーけど」

「亜希子も改造されてたの?」

「うん……まあ、力が欲しかったし……」

「そっか、よかった……」

「よかったあ~?」


 望の安堵の一言に、亜希子は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「うん。だって僕も……改造されて、普通じゃなくされちゃったからさ。いくら命が助かって、動けるようになるためとはいえ……もう、まともな人間じゃないんだって、引け目に思ってて、亜希子も本音ではどう思うかって、そんな風に思って怖かった。でも亜希子も僕と同じなら、改造カップルってことで、一安心痛っ!」


 喋っている途中に、亜希子は望の頭に拳をハンマーのように振り下ろした。


「ダブルでムカっときたわ。一つは私のことを信じてなかったこと。もう一つは、改造カップルとかいう最悪のセンスのネーミング」

「ご……ごめん……」


 殴られた場所を押さえて謝る望。かなり力を込められて殴られ、ちょっと涙が滲んだ。


「んん? 俺は結構いいネーミンクだと思うけどなあ、改造バカップル」

「白金太郎は黙ってて。それにバは余計」


 腕組みして思ったことを口にする白金太郎を、亜希子が睨みつける。


「俺が亜希子の立場だったら、同じ改造した者同士で安心したとか、その辺にもちょっと腹立つかもねえ」


 と、睦月。今の望の言葉は、かなりデリカシーが無いと、睦月には感じられた。思うのは勝手だが、堂々と口にすることなのだろうかと。睦月の感性からすると受けつけられない。


「私はそこに関しては見逃してあげる。私だってさ、望に自分のこといろいろと黙ってた部分あるもん。私も望を信じてなかったと言えるからね」

「なるほどねえ」


 実際には納得していない睦月だが、亜希子がそう言っているのだから、納得した姿勢を示しておく。


「ん?」


 指先携帯電話の震動を感じ、白金太郎がディスプレイを投影する。


『手伝って欲しいことがあるので、白金太郎一人で私の元に来なさい』


 メッセージ内容を見て、白金太郎は会心の笑みをひろげてみせた。


「百合様が俺一人御指名でお呼びだよ。ふんっ、百合様はわかっておられるっ」


 睦月と亜希子をそれぞれ見やり、勝ち誇ったように鼻を鳴らして得意満面になる。


「何なの、こいつ……。すごくウザい。果てしなくウザい」

「同感だねえ……。別に全然羨ましくもないんだけど、頭の中で俺達のこと勝手にそういう設定にして、見当違いの勝ち誇り方している事に、何か凄く腹立つなぁ……」

「ふっふっふっ、負け犬共の遠吠えが心地好いな~」


 亜希子と睦月の冷たい視線を浴びつつも、白金太郎は憎々しげな笑みを張り付かせたまま、二人に背を向けてその場を去っていった。


***


 アジトに戻った純子と樹と森造は、それぞれの部屋に入って就寝した。


 幹太郎は寝ようとせず、早苗の死体が安置されている部屋で、黒いビニールシートに包まれた早苗の遺体を前にして、ぼーっと時間を潰していた。


「寝られないのか?」


 真が開きっぱなしの扉から顔を覗かせ、声をかける。


「気遣いなんてしてくれなくていい。姫に気遣いされるなら嬉しいけど、お前なんかに気遣いされても嬉しくねーよ」

「へらず口がたたけるくらいは元気になったか」


 反応がなかったらそっとしておくつもりであったが、返答があったので室内に入り、幹太郎の隣に行く真。


「この早苗はさ、いろいろと可哀想な奴だったんだよ」

 幹太郎が静かに話しだした。


「体は男で心が女とかいう、所謂性同一性障害っての? あれのせいで一族の年長者からもいじめられてたんだ。俺は子供だったし、早苗がいじめられているのを見ても、どうにもすることができなかった。悔しくて、ただ慰めてやるくらいでさ。でも……早苗はその一方ですげえ頑張ってたんだ。修行に励んで、姫や森爺にも一目置かれるほどの強さを得た。いじめてた奴にはそれで嫉妬されて、余計にあてつけられるようになってたなあ。でもお笑いだよ。早苗をいじめてた奴よりも早苗の方がずっと強くなっちまったし、任務に出て早苗は生き残ってるのに、そいつらの方がとっととおっ死んじまいやがった。正直ざまーみろと思ったね。天罰だって思ったよ」


 そこまで喋ったところで、幹太郎は微笑をこぼした。伏し目がちなことや話の内容もあって、寂しそうな笑みだと真の目には映る。


「俺は早苗とは結構仲良かったんだ。姫よりも俺に厳しくて、結構叱られてたけどな。しかし……これでもう、木島の戦士はたった三人か。以前、過酷な任務押し付けられて、七人いた戦士が一気に四人になった時も、少なくなったと感じたけど、三人とかもう寂しすきるだろ」

「お前が頑張って増やせばいい」

「えっ……」


 真の一言に、幹太郎は目をぱちくりさせる。


「僕もそのうち結婚したら、大家族を作ろうと思ってる。一人っ子だったから、憧れてたんだ。ギネス入り目指して、最低でも四十人以上、理想は九十人くらい子供が欲しいな」

「おいおい、作りすぎだろ。嫁の腹壊れるぜ」


 引きつり笑いを浮かべる幹太郎。


「お前もそれくらい頑張ればいいって話だ」

「よっし、頑張って姫に俺の子供ぽこぽこ産ませてやらあっ」


 いつもの調子を取り戻したかのように、力強く宣言した幹太郎であったが、早苗の亡骸の前でとんでもないことを声高に叫んだことに、気恥ずかしさを覚える。


「あー、もう……お前がしゃしゃり出てきていろいろおかしなこと言ったせいで、俺はますます混乱しちゃったじゃねーか。部外者のくせに知った風な口たたいて……本当気に食わねーよ」


 言葉のうえでは毒づくも、まんざらでもない口調で笑顔の幹太郎であった。


***


 純子のアジトの場所を百合は知っていた。


 夜中。百合は白金太郎と共に、亜空間トンネルを用いて、純子のアジトへとこっそりと忍び込む。空間の歪みの発生に純子が気付く可能性はあったが、気付かれてもこちらの用事を足す前に、純子そのものに見つからなければいい。大して重要な問題でもない。もちろん見つからないのがベターだが。


 死体の臭いを嗅ぎ、とある部屋へと百合は向かう。

 先程まで真と幹太郎がいた場所――早苗の遺体が置いてある部屋に訪れ、百合はほくそ笑んだ。


「遊び道具があるのに、わざわざ見逃す手はありませんものね」


 そう呟くと百合は、早苗の遺体を包んだ黒いビニールシートに向かって、呪文を唱えた。

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