第二十九章 13

 真の知己である酒場の店主――狭間凶次は、快く真と亜希子を迎えてくれた。

 年齢は三十歳。ここでの生活はもう四年になるという。それ以前は裏通りで運び屋をしていたとの話だ。


「情報が欲しい……ねえ? ゲームの酒場じゃあるまいし。霧崎が目撃されたことと、怪人が暴れてるくらいしか、教えられることはないぞ」

「いや、それだけでも十分だけど」


 凶次の言葉に対し、亜希子が言う。


「この町って裏通りとは違うの? 情報屋とかはいないの?」

「裏通りとはまた別物だな。裏通りも結構絡んでいるけど」


 亜希子の前で紅茶を注ぎながら凶次。


「それと、この街には情報屋なんて気の利いた者はないぞ。必要も無いからな。俺を情報屋代わりにするのは勝手だが、噂話を教える程度しかできねーよ」


 ぶっきらぼうな物言いだが、亜希子は凶次に好感を持てた。基本、親切で根が優しい男と感じられた。


「じゃあこの町のこと、いろいろ質問していい?」

「俺はこの町の先生じゃねーぞ」


 亜希子の問いに、凶次は鬱陶しそうに吐きすてながらも、亜希子と真のいるテーブルから離れようとはしない。


「この町ってお店もちゃんとあるみたいだけど、皆働いてるの? ていうか店も襲われたりしないの? 店で売ってるものはどこからくるの?」

「一度に質問すんな。店だってたまに襲われるけど、基本的に店開いてる奴は、備えがきっちりとしている奴さ。腕に自信有りとかな。店襲撃がうまくいったケースは――全然無いってこともないが、少ないな。それにいくら無法都市でも、店襲撃とかやっちまって、買い物やサービス受けられる場所が減るのは困るだろ」


 苦笑しながらも、尊幻市に関して話しだす凶次。


「外からの物流も当然有る。運び屋が運んでくる。商売人も訪れる。ここを出入りする奴はわりといるぜ。んで、ここだって働いている奴も多少はいる。そうでねーと、いくら無法地帯でも、町として機能しねーよ。職無しのゴロツキがすげー多いけど、そういう奴等はそういう奴等で、いろいろと稼いでる。泥棒したり追いはぎしたり、犯罪的なことが多いな。闘技場に出る奴もいる」

「ふーん、闘技場なんてあるんだ。ていうか、建物は誰が建ててるの? 建物含めて物とか壊れた時はどうするの?」

「修理屋と大工くらいはいるさ。大工はこの町じゃエリート職だわ。自分でガラクタ集めて建てる奴も結構いるけどな」


 しばらくの間、亜希子は凶次に尊幻市のレクチャーをしてもらい、その間に真は店内にいる数少ない客達に、霧崎のことや怪人のことを聞いてまわっていた。


「怪人が現れたのは東の大通りだ。たまに霧崎と雪岡の遊びの怪人やヒーローが、この町の者に殺されることもあるが、あの怪人はかなり強そうでヤバかったぜ」


 怪人を目撃した男が告げる。


(結構離れた場所だな。それを目撃した男が今ここにいるとなれば、今から行っても無駄足になりそうだ)


 そう真は判断し、新たな情報が入るのを待つことにした。


***


「ふんごごごおおおぉーっ!」


 トカゲ怪人が咆哮をあげ、家の壁を何度も殴りつけ、大きな穴を開ける。


 そのトカゲ怪人は、改造そのものが失敗したといっていい。破壊衝動の虜となり、生き物だろうが建造物だろうが、手当たり次第に壊そうとするだけという状態になっている。

 最初に霧崎に改造され、霧崎に襲いかかった兵士の成れの果てだ。また刃向うことのないよう、脳に影響の出る様々な投薬を試みた結果、逆に壊れてしまい、制御不可能となった。


「な、何なの!?」


 住処の壁を壊して現れたトカゲ怪人を見て、三十代後半とおぼしき娼婦が、下着姿で慄く。まだ化粧前のすっぴんだ。

 トカゲ怪人が娼婦のほうに向く。明らかに殺意が自分に向けられたことを悟り、娼婦はその場にへたりこんで震えだす。


「そこまでにしておけ」


 老人のしわがれた声がかかり、娼婦に襲い掛からんとしていた怪人が振り返る。

 そこには緑色のジャージで身を包んだ木島一族の老戦士、林沢森造の姿があった。


「ジャージ・オン!」


 森造が高らかに叫び、緑色のフルフフェイスマスクを被る。


「グリーン・ジャージ! ジャージ戦隊! ジャジレンジャー!」


 威勢よく叫んで片手を斜め上に突き上げ、ポーズを取る森造。そこにテレのようなものは無い。


「ふふふ、マスク効果のせいかもしれんが、やってみると、楽しいものだ。思い切りが肝心よの。さて、お主はこっちに来い。こんな狭い所で戦うのはダルかろう」


 そう言って森造が、トカゲ怪人を家の外へと手招きし、外へ出る。


「うっぐおぉおぉぉぉぉぉっ!」


 戦いの本能に釣られて表へ出ると、そこには森造も合わせて四人の男女が待ち構えていた。言うまでもなく、木島一族の四人組である。


「パスタなどという軟弱な呼び名は許せぬ! スパゲティー・カラドリウス参上!」


 鳥を模した白いヘルムをかぶり、全身白タイツに、白を基調としているが所々黒も入った肩あてや胸あてを装着した女性が、高らかに名乗りをあげ、手を顔の前で交差させたかと思うと、しゃがみながら交差した手を勢いよく後ろに払い、ポーズを決める。首からは小さな黒い袋を下げていた。木島樹である。


『ドードー・レディ』


 大きな嘴が印象的な、愛嬌のある顔の鳥のマスクを被った、ベージュと茶色の中間のような色の全身タイツを着た女性が、和紙に筆で書いて名乗り、ひらりと一回転した後、優雅な仕草でお辞儀をしてみせる。芽室早苗だ。


「姫よ、パスタは軟弱なのか?」

 森造が突っ込む。


「存ぜぬ。純子に言えと言われたまで。其の方こそ、何故一人しかジャージがおらぬのに戦隊なりや?」

「知らん。こういう意味不明さだからこそ、あのマッドサイエンティストは信用できぬ」


 樹の問いに、憮然として答える森造。


「もう戦っていいの? 俺の初陣飾らせてよ。姫が俺を見直す舞台だ」


 枝野幹太郎が笑顔で声をかける。彼だけは私服姿だ。一人だけ正義のヒーローの格好をしていない。


「始まったねー。いい絵、撮らせてよー」


 少し離れた場所でカメラを構えている純子が、微笑みながら呟く。


「一人、ヒーローらしからぬ者がいるな。あれはどういうことだ」


 かなり離れた建物の中から、望遠鏡で見学している霧崎が、幹太郎を見て呟いた。前もって二人が見学できる場所で戦うよう、セッティングしてある。


「じゃあしっかり見てろよ、姫。俺の初陣をっ」

 幹太郎がトカゲ怪人の前に進みでる。


「何度もしつこい。言われずとも見るぞ」

「見てるだけじゃなく、焼き付けてくれよ」

「うるさし。戦いに集中せよ」


 樹に叱られた直後、幹太郎はトカゲ怪人に向かって光の線を飛ばす。

 光の線はSの字を描くような軌道で、トカゲ怪人の手前まで横から回りこんだかと思うと、手前から大きくそのまま反対側に向かい、そこから後ろへとまた回りこんでいる。


 光の軌道に従って高速移動し、幹太郎がトカゲ怪人の後ろに回りこんだが――


「うおっ!?」


 まるで後ろに目があるかのように、怪人の長く太い尻尾が反応して、幹太郎の体を打ち据えた。


「ミキっ!」


 樹が思わず叫んでしまうが、杞憂であったと、すぐに胸を撫で下ろす。


 幹太郎も体色が変化していた。肌が赤くなり、口が裂けて鋭い牙が伸び、眉間からは角が二本生えている。

 鬼へと変態を遂げた幹太郎は、両腕でトカゲ怪人の尻尾を抱え込むようにして受け止めていた。


「大したことねえな。もっと強い奴じゃねえと、姫も認めてくれねーだろっ」


 幹太郎は尻尾を抱えたまま反転し、背負い投げをするかの如く、勢いよく上体を下へと折り曲げた。トカゲ怪人がバランスを崩し、踏みとどまろうとして足をバタつかせて失敗し、前につんのめってうつ伏せに転倒する。


 その直後、幹太郎はトカゲ怪人に背を向けたまま光線を放つ。Uターンした光の線は、トカゲ怪人の頭上へと伸びていた。


 トカゲ怪人が身を起すと同時に、幹太郎が高速移動を行い、丁度頭を上げたトカゲ怪人の頭部に強烈な膝蹴りをかました。


「見事っ」


 よく考え、敵の動きを見過ごしたうえでの、幹太郎の能力と技の組み合わせに、樹の口から思わず称賛がついてでる。


「オラァ! 死ねよ!」


 再び地に伏した怪人の頭部めがけて、鬼の怪力でストンピングが浴びせられる。その途中、頭蓋にヒビが入り、やがて砕けて脳を潰した感触が、幹太郎の足に伝わってきた。


「う……」


 殺しておきながら、初めての殺人に青ざめる幹太郎であったが、沸き起こる抵抗の気持ちを必死に堪える。


『見事。よくやった』


 早苗が和紙に渾身の達筆で筆を走らせ、幹太郎に見せた。幹太郎もそれを見て爽やかに笑う。


「うむ。見事であった。とくと見届けしぞ」

「勝って兜の緒を締めよだぞ。まだ初陣を飾ったにすぎん。しかしそれでもよくやったと、今は褒めたいの」


 樹と森造も幹太郎に笑顔を向けている。初陣で快勝を収め、自分が仲間達から認められたことに、幹太郎は天にも上る気持ちを味わった。この瞬間をずっと夢見ていた。それが今、とうとうかなった。


「四人もいらなかったな。俺だけでよかったじゃん」

「油断は禁物だよー。最初に出てきたのは一番弱いのに違いないだろうから」


 幹太郎が嘯いた直後、今まで隠れて撮影していた純子が出てきて言った。


「何故そのようなことがわかる?」

 樹が問う。


「それが悪の怪人軍団のお約束だもん」

「ますますもって解せぬ」


 純子の答えに、樹はジト目になって言った。


***


「木島の鬼達も落ちぶれたものですわね。純子の実験台を志願して力を手に入れ、純子にたぶらかされて、そのお遊びに付き合わされるなど」


 少し離れた位置で幹太郎とトカゲ男の戦闘を観戦し、その後に出てきた純子を見つめながら、百合は言った。睦月と白金太郎もいる。


「木島の鬼達って何ですか?」

 白金太郎が尋ねる。


「あれは正真正銘、文字通りの鬼ですわ。人ではない、妖(あやかし)でしてよ。今戦っていた子が、変身していたでしょう? 彼等は昔、人との争いに敗れ、人に仕える選択をしたと聞いていますが……。純子の実験台になっている時点で、その地位は奪われたと見てよろしいですわね」


 百合は読み違えていたが、純子と共にいる場面を見ただけで、真相がわかるはずもない。


「亜希子と容易に連絡取れないのは面倒だねえ。真と一緒にいるしさあ」

 と、睦月。


「亜希子から連絡がくるのを待つ形ですわね。その際にこちらからも伝えることを伝えておくことにしましょう」

「あはっ、今の撮っておいたから、それもその時に送ろう」


 百合の方針を聞き、睦月が微笑んで言った。

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