第二十九章 14

 尊幻市内にある霧崎研究所尊幻市支部。

 その中に、すでに怪人へと改造された、貸切油田屋の兵士九名が、怪しい研究室で暗い面持ちを付きあわせていた。

 彼等はもう拘束もされていない。しかし体内に毒薬のカプセルを入れられ、下手な動きをすれば、遠隔操作でカプセルが壊され、すぐに殺されるという状態である。


「ポートマンはきっと死んだろうな……」

「頭の中まで怪物になっちまったしな。見境無く暴れていれば、この町の者に寄ってたかって殺されるだろう」


 筋肉ダルマのトカゲ怪人にされた兵士の話題をあげ、文字通りの御通夜モードとなる。


「俺達好き勝手に外に出ていいようだが……逆らえば体内の毒薬が爆発する仕掛けだから、この町から逃げることはできない、か」

「取り出す方法も無い。あるいは取り出そうとした瞬間、爆発するかもしれない」


 喋っていると、不意に霧崎が現れる。もちろん半裸美少女軍団も一緒だ


「ふむ。歴戦の兵と思ったが、目の前に確定の死がぶら下がっていると、勝手に思い込んでいるのか。たかが一敗しただけで」


 兵士達の暗い表情を見て、霧崎は難しい顔をしてみせる。


「ゲームに生き残れば、解放すると言っただろうに。勝てばよいのだ。あるいは負けても降参すればよいのだ。助けてくれるかどうか、その保障は無いがな。相手次第である」

「殺しにかかっているのに、自分が負けそうなら降参? それで許してくれるような甘い奴が、どこにいるっていうんだっ」


 うずくまった兵士の一人が立ち上がり、霧崎に対して噛みつく。


「意外といるものだぞ。例えば私だ。降参せずとも、君達を実験台にして私の遊びに付きあわせる程度で済ませている。なんと慈悲深いことか」


 自分の胸に手をあてて細い体を反り返らせ、悦に入った気色の悪い笑みを満面にひろげる霧崎。


「次は君だな」

 噛み付いてきた兵士に、霧崎は指を突きつける。


「私が指示を出したら、外に出て適当に暴れたまえ。どう暴れても構わん。建物を壊すも、通行人を殺すも自由だ。ここではそれが許されるからな」


 それだけ言い残し、霧崎は部屋から出て行った。


 残った九人の兵士達は、一層暗い顔となり、会話する気力さえも失っていた。


***


 一応尊幻市にもホテルは幾つかあった。宿を提供してくれる店もある。凶次のアジ・ダハーカもそうだ。


「この街に定住するのではなく、出入りの許可を取ったうえで、興味本位に訪れる者もわりと多い。この街に商売で訪れる奴はもっと多い」


 酒場の二階の宿に案内し、凶次が教えてくれた。


「もちろん来訪者を狙って襲ってくる奴もわんさかいるぞ。ホテルの部屋の中まで入ってくる奴もいる。ホテルそのものが強盗とグルって話もあるくらいだ。ま、俺も確認したわけじゃねーし、噂だが」

「ここはどうなんだ?」

「さーて、どうだかねえ。お前達が寝た後のお楽しみだな」


 真の言葉に対して、凶次がニヤリと笑い、声を潜めてみせる。


「ここの出入りの許可って、結構簡単に貰えるものなの?」

「その辺は詳しく知らんが。外国人のジャーナリストが頻繁にやってくる所を見ると、そう難しくもなさそうだぞ。そのうちの何割かは、ここでくたばるけどな。あるいはここが性にあって、居心地よくてそのまま居ついちまう奴もいる」


 亜希子の問いに、照れ笑いを浮かべて凶次は言った。


「俺もそうだ。ジャーナリストってわけじゃなく、ただ物資の運搬でここに出入りしてただけだったが、何だかここが好きになっちまってな。物騒極まりない無秩序なひでー町だってのに、何でだろうなあ。上手く説明できないが、ここから出たいとも思わん」


 部屋に真と亜希子の二人になったところで、今後どうするかを相談する。


「今日の情報収集はほとんど空振りだった。情報収集自体キツいな。住民に金をつかませても、それでわざわざ動いてくれるような奴等ではないし」

「霧崎は目立つから、居場所もわかりそうなものじゃない? ホテルもそんなに多くないから、どこのホテルに泊まってるか、全部あたってみるよ」

「僕らみたいに宿に泊まっているとも限らないぞ。少なくとも雪岡は、ここに専用の根城を持っている。しかも簡易研究施設だ。僕と会う前から、わりと頻繁に利用していたようだしな。霧崎にもそういう拠点があっても不思議じゃない」

「うわ……だとしたらメンドいなあ……」


 亜希子は顔をしかめ、ふと百合達のことを思い出す。

 自分とは時間をズラして、この尊幻市に来る手筈となっていたはずだ。


 指先携帯電話を取り出し、真には見えないように、ホログラフィー・ディスプレイのサイズを小さくして手の中に投影する。

 百合と睦月と白金太郎からメッセージが入っている。


『私達も尊幻市に入りましたわよ。しかも純子と霧崎の遊びの場もしっかりと目撃していましてよ。生憎純子と霧崎の二人は見つかりませんでしたし、貴女の恋人の姿も確認できませんでしたが。どうやら霧崎は怪人側を担当し、貴女の恋人以外にもマウスを引き連れてきているようですわね。隙を見てこちらに連絡を入れなさい」


 百合からのメッセージは以上のようなものだった。


『マウス同士の特撮ショー、撮っておいたから送るね』


 睦月からは動画が届いていたが、今は真が側にいるので開けられない。

 白金太郎からは顔文字だらけの無意味なメッセだった。適当に流し読みしておいた。


(望にもメール送ったけど、返信は無い……。私と同様に、側に誰かがいて、見ることができない環境にあるのかな?)


 望から連絡が無いというだけで、亜希子は例えようも無い不安を覚え、いてもたってもいられなくなる。


***


 昼間、望は霧崎に改造されたマウスが殺される所を、霧崎と共に見ていた。

 霧崎は自分が改造した人が殺されるのを眺めて、平然と笑っていた。それが望にはショックだった。


(悪人だったんだな……。僕を助けてくれた人だし、そうは思いたくなかったし、何だか凄くショックだ……。がっかりだ……)


 現在望は、尊幻市内のとある建物の地下にいた。ここは霧崎の尊幻市内用アジトであり、研究所という話である。あの汚い街の中にあるとは思えないほど、清潔な空間であり、部屋も小奇麗だ。何ヶ月も放置されていたが、自動清掃マシーンと空気清浄機のおかげで、埃が詰まることも無いとのことである。


 これまでは危機感も薄かった。霧崎は奇特だが気さくであるし、悪人とは思えなかったからだ。しかし目の前で人が死に、霧崎がそれを見ながら笑っていたのを見て、考えが変わった。


 ノックの音が響く。しかし望は気に留めなかった。反応するのも億劫だった。訪れるのは霧崎しかいない。


「何だ、いるではないか」


 ノックをしても反応が無かったので、こっそりと中を覗いた霧崎だが、室内で寝ているわけでもなく、椅子に座って呆然としている望を見て、ドアを開き、美少女軍団が床に寝転がり、その上を歩いて中へと入った。


「望君、どうしたのだね? 元気がないな」


 霧崎が声をかけると、望が顔をあげ、アンニュイな面持ちで霧崎を見る。


「僕も――あんな風に殺されて、僕が死ぬ所を見て、教授はあんな風に笑うんだよね?」


 望の口から発せられた言葉に、霧崎は薄笑いを浮かべた。望が何故元気が無いのか、その理由がわかったからだ。


「やれやれ、今度はこちらを励ますことになるのか。つくづく私は面倒見の良い、優しい男だな」


 本人はフレンドリーなつもりの、気色の悪い笑顔を作ってみせる霧崎。


「君には容易に死なないような体にしてあるのだぞ? 死なないよう頑張りたまえ。君ならできる。しかしそんな風に落ち込んでいては、生き残れる可能性も低くなってしまうぞ?」


 霧崎が励ましているつもりなのは理解したが、望の心に響くことはなかった。それどころか逆効果だ。


「僕や他の人を死なせようとしている張本人に、そんな風に励まされてもね……。それに僕が落ち込んでいる理由は、僕の身の危険だけじゃなくて、僕の命の恩人だと思っていた人が、僕の命をただ弄んでいるだけの人だって、わかったからだよ」


 霧崎の逆鱗に触れてしまうかもしれないとも考えたが、それでも望は、思っていることをきっぱりと伝えた。


「弄んで何がいけないのかね? 元々失いかけていた命だ。それを私が繫ぎとめたのだから、私の好きなように使っても構わんだろう」

「あの……ちょっといいかな?」


 霧崎に踏まれている少女が口を挟んだ。


「教授は馬鹿だから、言葉が足りないし、やたら悪ぶるし、他人への配慮もズレてるけど、君が思ってるほど毒は無いよ。確かにマウスを実験台にして死に追いやりもするけど、それは自ら望んだ人とか、悪人とか、教授と敵対した人に限られているからね」

「純子ちゃんと大体同じルールだよねー」

「ですよね。心配しなくてもいいですよ」

「教授の態度や言葉の足らなさのせいで、誤解されちゃってるのよ」


 他の少女もやいのやいのと口を出し始める。


(信じて……いいのかな? この娘達は、僕と霧崎教授のことを慮って、教授の言葉の足らなさをフォローしてくれているようだけど)


 本当に心底腐った悪人なら、こんな風に擁護されることもないのではないかと、人のいい望は考えてしまうのだった。


「私が改造した怪人共はな。改造前からはっきりと悪だ。貸切油田屋という、極めてろくでもない組織の兵士だからな。これまでも世界中で破壊工作に従事してきた輩だよ。今、その報いを受けている所だ」


 霧崎が珍しく厳粛な表情を見せて言う。


「君はそれらの怪人よりずっと強い力を与えている。それでもなお不満かね? 不安かね? 不服かね? 不思議かね?」

「教授……最期の不思議は何か違う」


 踏まれている少女が突っ込んだ。


「でもどっちにしろ、危険なことには変わりないんだよね?」

 望が言う。


「うーむ……戦いたくないのなら、無理をせんでいい」

 渋面になって、霧崎は折れた。


「君は……平和主義者だったのか。男の子だし、ヒーローになって喜んでいるかと思ったら……私の思い違いであったか。すまなかった」


 望に向かって深く頭を下げ、謝罪する霧崎。この霧崎の態度の変化は、望から見て意外だった。


(これで終わり? 僕は解放されるのかな? 解決?)


 疑問と不安が同時に沸き起こる望。理屈で考えればこれで終わりだ。霧崎の言葉を素直に受け止めるなら。しかしどうしても素直に信じられない。


「しかし私はしばらくここで遊んでいくし、私の遊びが終わるまでは付き合ってくれたまえ。君は何もしないでいい。君一人ではここは出られない。私の同伴者という手続きの元に、ここに入っているのでね」

(そんなうまいことはいかないか……)


 霧崎の言葉を聞き、望は小さく息を吐いた。


 霧崎達が部屋から出て行った後で、望は亜希子からのメールの存在にようやく気がつく。すっかり失念していた。

 メッセージには、同じ尊幻市にいると書いてあって驚く。どう返事したものかと考える。


(いや……電話をかけてみよう。亜希子の声も聞きたいし)


 急いで亜希子に電話する望。亜希子の声が聞けると意識するだけで、手が細かく震え、鼓動が早まっているのを意識する。

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