第二十九章 7

 木島一族の四名は、翌日も雪岡研究所に訪れた。改造目的ではなく、訓練目的だ。


「しばらくは真君と訓練するのが理想だったけど、そうも言っていられなくなっちゃった。こっちの都合で、明日には四人の改造手術、済ましたいな」


 雪岡研究所内にある訓練場にて、真と幹太郎が並んで座り、小休止している所に、純子が声をかけてきた。


「予定通りヒーロー系マウスにするからねー」

「こいつに改造なんて必要なのか? 今でも十分に強い」


 幹太郎を親指で指し、真が言う。

 真の本音としては当然、改造などしてほしくない。その本音も含んだ言葉であるが、それを純子に悟られたとしても、別に構わない。


「でも改造すればさらに強くなるんだろ? もらえるもんは何でももらってやるさ。姫のため、一族再建のためなら」


 不敵な笑みをこぼし、力強い声で言う幹太郎。


「人前で堂々とそのようなこと、口にするでない」


 樹が不機嫌そうな顔で幹太郎を咎める。


「恋人か?」

「否」


 問う真に、即座に否定する樹。


「そのうちそうなる予定って所かな。俺は姫一筋だ。オギャーと生まれた時からずっとな。だからそのうち惚れさせてやる予定だ」


 やんちゃな笑みを広げて恥ずかしげも無く言い切る幹太郎。


(晃と一脈通じる所があるな。でも、晃はああ見えてしたたかだが、こいつは……)


 真は幹太郎に危ういものを感じていた。裏通りで何度も見てきたタイプだ。


「ていうか今だってこれだけ頑張ってるんだから、そろそろ惚れてくれていいはずなのにな。もっと俺のことちゃんと見ろよ」

「お主が自意識過剰で危うきは理解しておる」


 冷めた視線で告げる樹に、機嫌をよくしていた幹太郎は、あからさまにむっとする。


「ころころと機嫌の変わる奴だな」

「悪いかよ。俺はこんな自分が好きだし、悪いとは思わないぞ」


 真の指摘に、臆面も無く言ってのける幹太郎。


「それより本当に改造する気か? できればやめた方がいい。幹太郎だけじゃなく、全員な」

「何で真は止めるんだ?」


 幹太郎が真を見て、不思議そうに尋ねる。


「僕は改造して強くなったわけじゃない。純粋に日々の鍛錬と、幾度もの実戦を経て、今の僕がある」

「俺だって散々鍛錬はしたさ。でも実戦はまだだ。俺は一度も実戦に立ったことねーし。姫に禁止されてたからさ。おまけに真にはかなわないじゃん」


 不満を込めて幹太郎は語る。


「俺、ここに来て真と組み手やって、今まで知らない技術も結構身につけて、たった二日の短期間で、すげー成長したと思うんだ。自分でわかるよ。でもよ、それでも真の方が当たり前のように強いし、かなわない。そりゃきっと経験の差がでかいんだろう。で、姫はきっと俺のこと頼りないと見なして、実戦に立つことを禁止してたんだ」

(頼りないんじゃあない。お前は早死にするタイプなんだよ)


 幹太郎の話を聞いて、真はそう思ったが、それを口にして言っても逆効果にしかならないとわかっているので、言わないでおく。しかしどこかで上手く伝えて納得させないと、さっさと死ぬことになる。


(そこが晃との決定的な違いだ。あいつもすぐ調子にのるし、粋がっている馬鹿だけど、馬鹿なりに考えるし、危なっかしいながらも行動力は人一倍有るし、要領がいいし、逆境を突破する力も備えている。おまけに改造にも否定的で、何でもいいから力が手に入ればいいと考えず、ポリシーも持っている。でもこいつには……そういったものは見受けられない。ただ粋がって、考えなしに動いて、あっさり死ぬ性質だ)


 きっとそれを樹も見抜いていたのだろうと、真は思う。そして改造して強化することで、死への危険度は多少低くなるのも事実だと、真はわかっている。


「でもさ、この改造とやらでさらに力をつけられるし、実戦にも立てる。姫もそれでようやく認めてくれるみたいだしな。力があればそれだけ実戦でも死ににくくなるだろうし、実戦経験積めば真みてーに強くなれるんだろ? 手段なんか選んでいたらいつまで経っても弱いままじゃんかよ」


 嬉しそうに喋る幹太郎を見て、真は樹に視線を投げつけた。本当にこれでいいのか?――そう問いかける意を込めて。

 樹は真の訴えんとしていることを察し、憂いを帯びた面持ちになったが、それ以上のリアクションは示さなかった。


***


 望はその日のうちに、霧崎研究所へと運ばれた。


 いかにもこれから改造されますという雰囲気の、怪しい機材が満載の部屋と、その中央の手術台へと寝かされた自分。望は今自分が置かれたシチュエーションに、未だ現実味を覚えなかった。


「素晴らしいシチュエーションだと思わないかね。何の変哲も無い平凡な人生を送るはずだった君が、突然の事故に見舞われ、そのまま死に瀕する所を蘇らされ、さらには大きな力を得て、悪の怪人軍団と戦い、世界を救うのだぞ? 実に貴重な体験だと思うだろう?」


 燕尾服の上にさらに白衣を着込んだ格好になって、メスを振りかざしながら、楽しそうに語りかけてくる霧崎。


「いや……全然……」


 半ば投げやりで、素っ気無い答えを返す望。


「何っ!? むう……君は少し変わり者のようだな。健全なる男子なら、誰もが思い描く夢が叶うのだぞ? 欲しても得られぬ栄光に得られるというのに、酔えるというのに。まあよい。最初はノリ気で無い者もこれまでいた。しかしすぐにハマる」

「これまでって……他にもそんな改造、何人にもしてるんですか?」

「うむ。そして数々の悪の怪人軍団と戦ってきた」


 疑問に思って尋ねると、さらに新たな疑問を覚えさせる答えが返ってくる。


「悪の怪人軍団て……そんなものが、実際にいるんですか? 信じられないんだけど」

「いるのだよ。いなかったらこんな話はしない。君をこうして改造しようともしない」

「でもそんなものと戦うとか、危険なんでしょう?」

「もちろん危険だとも。敗北は死に繋がりかねん。敵は殺す気でくるからな。しかし、だ。安心したまえ。私の叡智の全てを君へと注ぎ、最強のヒーローへと作り変えてやるっ」


 拳を握り締めて力強く言い切る霧崎であるが、望は全然安心できない。


「これまでに怪人と戦ってきた人達は……? 皆死んだから、僕もまた改造するんじゃないですか?」


 望が恐る恐る尋ねると、霧崎は微苦笑をこぼした。


「それは悪く考えすぎだな。もちろん運悪く命を落とした者もいる。しかしそうでない者もいる。一人のヒーローにずっと戦わせ続けてもらうのも悪いと思っているので、適度に入れ替えているだけの話だよ。君とてそうだ。生きている限りずっと、悪と戦ってもらうというわけではない」


 霧崎がたまにまともな発言をする度に、望はほっとする。


「そんなわけで、君も嫌ならちょっと戦うだけで、あとは抜けても構わんよ」

「は……はい……」


 軽い口調で言う霧崎であったが、このような言われ方をすると、望は考えてしまう。そこで自分が抜けたら、また誰かを改造して正義のヒーローを作る必要があるのではないかと。


***


 霧崎剣に捕まえられたイスラエルマフィア――の振りをした貸切油田屋の兵士達十人は、霧崎研究所の地下座敷牢に押し込まれていた。

 座敷牢のスペースはそんなに広いわけではないので、すし詰めに近い状態となっている。


 彼等がマフィアを隠れ蓑にした、貸切油田屋の工作員兼ソルジャーである事も、霧崎は当然知っている。世界中あちこちを駆け巡り、様々な破壊工作に従事し、貸切油田屋の利益に繋げ、また邪魔になる者達を排除してきた。


 今回の仕事に関して、彼等はたかをくくっていた。裏通りなどといっても、所詮相手はならず者のチンピラにすぎないだろうと。そして疑問に思っていた。ターゲットは一人だというのに、二十人もの数を動員するなど、牛刀をもって鶏を割くようなものだと。

 だが結果は全く予期せぬ代物だった。銃弾も効かぬ男に無双され、半数が瞬く間に殺された。そして運良く生き残った自分達は拘束されている。


「これから我々はどうなる?」

「マッドサイエンティストの実験台にされるのか?」

「そう考えるのが自然だろうが、ぞっとしないな。いや、現実味が無い」

「この国の裏通りとやらに伝わる多くのエピソードが、現実味が無さすぎて、俺達は誰も信じていなかっただろう。凄腕の一人が組織を壊滅したなんて噂がゴロゴロある。そんな話、現実に有りうるかと笑っていたじゃないか」

「身を持って知ることになったのか……。皮肉だな」

「ビトン隊長は我々を見捨てないだろう。しかし他の幹部は……」

「捕まった時点で、我々も死を覚悟した方がいい。実験台になって嬲られるくらいなら、自決という手もある」

「希望を捨てるな。ビトン隊長が助けてくれる」


 座敷牢の兵士達の会話は、全て録音されてチェックされていたが、彼等はその可能性にまで頭が回らず、ビトンの名も、救援の可能性も、口に出してしまっていた。

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