第二十八章 31

 翌日、純子と優と岸夫以外が闇の安息所に集う。


「純子はどうした!?」

 美香が問う。


「まだドリームバンドの解析中。手こずってるみたいだけど、これがどうにかできれば、捕まっている二人の無実も証明できるし、俺達の頭に仕込まれた赤猫も解除できるそうですよ」

「もしそうなれば、素晴らしいですね」


 毅の報告に、ペペが微笑んでみせる。


(社交辞令的な……そらぞらしい言葉にしか聞こえない。もう私、ペペさんの全てが疑わしい)

 ペペを見つつ、ユマは思う。


(そのためにドリームバンドを持っていったの? なのに私、雪岡純子のこと疑って……)


 今更気がつく華子。その話は他のメンバーは皆知っていたことなのに、華子だけは、純子を疑うあまり、耳に入っていなかった。


「前から触れていたおでかけイベントのことだけど、明日、神怠植物公園へ行く事に決めたわ」

 ペペが通達する。


「いない人達には私から連絡しておくね。都合で来られない人がいたら残念だけど、お出かけイベントはまた何度もする予定だから」

「植物公園ですか。絵でも描きたい所ですね」

「どうぞどうぞ。絵の道具持ってきて描いててもいいわよ」


 累の言葉に、ペペが笑顔で了承した。


「お絵描きは勘弁だにゃー。すごく下手なんにゃ……二号に虐殺現場と馬鹿にされたにゃ……」

「別に強制じゃないいでしょ。お絵描きしたい人がいるならお絵描きしてもいいってな話だけで」


 ズレたことを言って勝手に怖がる七号に、ユマが突っ込む。


「ううう、そうだったにゃ? 話半分しか聞いてなくてぼけてたにゃー」

「ボケるにも程が有る!」


 そもそも二号にディスられたあれは、絵ではなく刺繍だろうと思ったが、いちいちその記憶違いも突っ込まない美香であった。


「皆でお出かけイベントとか、裏通りの住人とは思えないくらいほのぼのしてて、逆にいい感じな気がする。しかも行き先が植物公園とか。うまく説明できないけど、日頃殺伐としているから、穏やかな癒しを求め、魂を潤すみたいな」


 来夢が自分の気持ちを訴える言葉を探りつつ喋る。


「中々詩人じゃないか! 来夢!」

 美香が褒める。


「美香に褒められちゃった……」

 しかし来夢は嫌そうな顔をする。


「何だその顔は! 私に褒められるのが不服だというのか!」

「うん。だって美香と俺は詩人としての属性が違う。上辺綺麗事偽善系の美香と、本質掘り下げ真実に近づく系の俺とでは、正反対。むしろ敵。その敵に褒められるのは屈辱」

「何だ! そのネーミングは! 勝手に人に属性をつけるな! しかも私はディスって、自分は持ち上げて!」

「美香うるさいってば。それに唾飛ばさないで……」

「うぐっ……すまん……」


 顔をしかめて抗議する来夢に、美香は素直に謝罪する。


「私からすると来夢も美香も似た者同士に見えるんだけど」

「うん。いろいろと共通点あるよ」


 二人のやりとりがおかしくて、ユマが笑いながら言い、華子も同意した。


「そうなのかな……」

「どの辺りがだ!?」


 脊髄反射で否定せず考え込む来夢と、問い返す美香。


「電波なところ」

 物怖じせず告げる華子に、ユマと真菜子が絶句する。


「あれ? おかしなこと言った」

「ちょっと言葉を選びなさいよ」


 ユマと真菜子の反応に怯える華子に、真菜子が呆れて注意する。


「電波なのは事実だし、気にしなくていい。でも電波の性質が違うという話」


 気を悪くした様子も見せず、来夢が言う。


「電波だと言われるのは……諦めている。どうせ私は普通ではない……」


 一方で美香は少しだけいじけていた。


「ふえぇ~、ユマ姉も同じこと思ってるのォ~?」

「いや、私は詩人的な感性を持つ所って言いたかった」


 みどりに問われ、ユマが答える。


「それって悪く言い換えれば、電波ってなるんじゃないですかね」


 毅が余計なことを口にして、美香に睨まれる。睨まれてから毅も己の失言に気付く。


(平和ね……。これこそ私が望んでいる世界の在り方よ)


 楽しそうに会話を弾ませる安息所の面々を見て、ペペは温かい気分になる。


(ずっとこのままでいればいいのに、でもこの世界は、人々が仲良くし続けることを許さない。必ずどこかで憎ませ合い、争わせる)


 それは神様が意地悪なのか、それとも性悪説が真実であるからなのか、ペペはいつも問うていた。答えない何かに向かって、問い続けていた。


***


 その日の闇の安息所は、極めて平和な一日として終わりを告げた。


 その日の夜。ペペも帰宅して、誰もいない闇の安息所。

 空間転移して安息所の中に忍び込む、三名の少年少女。


「霊気が濃い……。いますね」

 累が呟く。


「イェア、夜だからねえ。それに人もいない。実にうってつけだよォ~」

 わかりきったことを口にするみどり。


「じゃ、開けるよー」


 純子がトイレの扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。

 果たしてそこに、血まみれの青年の幽霊はいた。


「消えないで、私達に話を聞かせてもらえないかなあ?」


 にっこりと屈託のない笑みを見せて、純子が幽霊に話しかける。


(ま、消させないけどねぇ。予め術はかけておいたんだわ)


 みどりが声に出さずに呟く。霊をキープして留めるという、単純な術だ。これまで用いなかったのは、単純に霊と遭遇しなかった事もあるし、予めかけてしまうと、ここのトイレが使えなくなってしまうという危惧があったからだ。


「赤猫騒動の犯人も、君は知ってるよね?」

『うん……』


 幽霊は声に出して頷いた。電磁波の塊とも言える霊体が、如何にして音声を発しているのかは謎だが、とにかく霊も声を出すことはできる。


「赤猫騒動の犯人は……まあ今まで断定はできなかったし、確たる証拠も無いけど、一番怪しいのはペペさん……なんだ。で、君はペペさんに縁のある人だよね?」

『うん、僕は……』


 幽霊は言葉を詰まらせた。


「ふわぁ……この幽霊さんは……ペペさんに殺された人なんだよォ……。でも、ペペさんのことを恨んではいない」


 みどりが口出しをした。幽霊が何も言わなくても、みどりには伝わってしまった。


「もう一度聞くね。赤猫のこと、知ってる?」

 純子の問いに、幽霊は頷く。


「ペペさんが犯人なの?」

 さらなる問いに、幽霊は頷く。


「君はペペさんにとってどういう人? どうして殺されたの?」

『幼馴染で、ずっと一緒で……』


 語り始めた途端、幽霊が泣き顔になる。


『僕はペペに殺されたけど、その前に、僕がペペの心に深い傷を刻んでしまった。僕がペペの心を殺したも同然だ』

 すすり泣く青年の幽霊。


「ペペが殺し屋から足を洗うきっかけ云々も、貴方と関係がありますね?」

『僕を殺したことが……トラウマになっているんだと思う』


 累の質問に、幽霊は答えた。


「赤猫の正体が何だか知ってる?」

 純子がさらに質問する。


『一度聞いたことがある。ペペが……殺した猫の話。大事にしていた白猫を、真っ赤にした。それ以来、ペペの中には赤猫が住んでいるって。赤猫は……殺意の象徴で、トリガーだって』

 幽霊が言った。


 その後も純子達は様々な質問を幽霊にぶつけていった。


「幽霊君が嘘を言っているようには思えないけど……でも、霊の言葉を証言にするわけにはいかないし、それを突きつけるには……」


 一通りあれやこれや質問し終えた後で、純子は思案し、みどりと累を見た。


「はいはい、御先祖様よりあたしが適役ですよーだ。みどりの方がその手の術は長じているし、メンタルも御先祖様よりずっと強いからねぇ~」


 純子が口を開く前に、どういう要望をしてくるかを察したみどりが、皮肉げに言った。


***


 自宅にてペペは、灯りもつけずに暗闇の中で、物思いに耽っていた。


「明日は、きっと最後の思い出になる?」


 声に出してぽつりと呟く。明日は久しぶりのお出かけイベントだ。新規で入ってきた人達とその付き添いの人達にしてみれば、初めてとなる。今まで何人もの人がこの闇の安息所を利用してきたが、こんなに大所帯でにぎやかになった時期は無かった。


(幕引きにするにも、今が一番相応しいと言えるわね)


 一番楽しい時期に終わらせてこそ華だと、ペペは思う。


「この安息所が出来てから、楽しい思い出がいっぱいだった」


 瞑目し、純子には渡すことの無かったドリームバンドを被る。スイッチはまだ入れない。

 ペペはいつも問いかけていた。答えない何かに向かって、意識して、問いかけていた。しかし――


「答えはもうすぐ出る。私がずっと求めていた問いの答えが……」


 呟き、ドリームバンドのスイッチを入れる。


「明日は最高の思い出を作らないと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る