第二十八章 30

 その後の来夢の攻撃の矛先は克彦ではなく、優に向けられた。おそらく銃撃によって気をとられたのだと思われる。

 重力弾が放たれ、優はかわそうとするがかわしきれず、重力弾に引き寄せられて、横向けに倒れこむ。


 克彦の目から見ても、優が卓越した体術を備えているようには見えない。おそらく自分とそう変わりは無い。一応戦闘訓練はしている程度のレベルだ。


 倒れた優めがけて追撃しようとする来夢だが、次の重力弾が優に直撃する前に、克彦から伸びた二本の黒手が優の胴と足に巻きつき、優の体を引き寄せて重力弾から護る。


「助かりましたあ」

「今たまたま助かっただけだ。さて……」


 克彦は思案する。これで来夢の攻撃の優先度は、自分になった気がしてならない。事実、来夢は克彦に視線を向けている。


(どう戦う? 来夢の手の内は大体わかっている。亜空間に逃げればそれで終わりだけど、そうしたら来夢が手当たり次第に通行人を襲いかねない。つまり……来夢をどうにかして亜空間の中に閉じ込めるしかない)


 方針を定めてみたものの、その具体的な方法は思いつかない。克彦の亜空間トンネル及び伸縮自在の無数の黒手と、来夢の重力操作、まともにぶつかれば、相性の問題で克彦の方に分が有る事はわかっている。以前一度戦ってもいる。だが互いにノーダメージで、来夢を拘束するのは、実際には至難の業だ。以前は運にも恵まれていた。


 克彦が優を一瞥する。どんな能力があるのか不明だが、支援くらいはしてくれることを期待したい。


「俺の能力は本来、支援向きだ。黒手に大した攻撃力は無い。でも、俺の能力は来夢と相性がいいから、何とか俺の力で、来夢を封じてみせる。アドリブで支援してほしい」

「わかりましたあ」


 克彦が優に頼むと、優は緊迫感の無い声で了承した。その直後、来夢から殺気と共に不可視の攻撃が無数に放たれた。

 黒手を自分と優の体を巻きつけ、亜空間の中にひきずりこむ。来夢の攻撃が着弾する前に、二人の体は亜空間の中へと逃げ込む。


「この中には攻撃してこれないが、こちらからも攻撃できない。出る」

「はい」


 一時凌ぎに避難したが、亜空間から出たらまた攻撃されるのは間違いない。自分も出た直後に攻撃しないといけない。

 出口を新たに作る。あまり長い距離を短縮移動できないのが、克彦の亜空間トンネルの欠点だ。


 亜空間から出たその時、克彦の体が押し潰された。亜空間の出口に、すでに重力場が展開されていた。


「しまった……」


 地面に顔をつけて呻く克彦。亜空間に逃げたこと自体が、失策だった。

 来夢は克彦の能力を十分に理解している。亜空間トンネルが短い事も、大体どの辺りに出口が生じるかも、あたりをつけていたのだろう。


「ん?」


 不意にその重力が消失する。自分の動きを完全に封じ、圧殺せんとしていた力から解放され、克彦は怪訝な顔で立ち上がる。


「消しました」

 優が涼しい顔で告げる。


 何をしたのか問おうとした所で、優と克彦の体が同時に吹き飛んだ。来夢の反重力攻撃だ。

 二人して倒れるが、優はすぐに立ち上がる。克彦は打ち所が悪く、すぐには立てなかった。


 優が倒れている克彦をかばうかのように、前に立つ。


 来夢が攻撃する気配を感じたが、何も起こらない。


 来夢が微かに怪訝な面持ちになる。どうして自分の攻撃がちゃんと作動していないのか、不思議がっているかのようだ。克彦から見ても不思議だった。優が何かをして防いでいるのは明白だったが。


 さらに攻撃を続ける来夢。今度は優の体がまた吹き飛んだ。防いだり食らったりしているが、その違いが克彦にはわからない。

 しかしすぐさま立ち上がる優。ダメージは感じさせない動きと表情だ。


 優の能力を知らない克彦の目から見ると、逆に不思議だった。来夢の攻撃を食らってはいるが、それでも優は行動可能なくらいにぴんぴんしている。来夢の攻撃の中には、致命傷を与える威力のものも含まれているはずだ。


「来夢君の攻撃が目に見えないから……自分の体で受けないと、消せないのは厄介ですねえ。その度に少しずつダメージ受けていきます」

「消せない?」


 先程も優は同様の言葉を口にしていた。消すとは何のことかと勘繰る克彦。


「正体ばらしちゃいますけど、私の能力は、見たものを消滅させるという力です」


 正確には視界に映った任意の空間に、消す力を作用させる事であるため、見た瞬間問答無用で消滅というわけでもなく、相手が激しく動き回っていれば、見ただけで消すという事も不可能だが、それは黙っておく優であった。


「物質だけではなく、能力のパワーそのものも消せます。でも来夢君の力って元々見えませんよね? だからどこから飛んでくるかわからないですし、自分の体に受けたその時に、自分の体の近くに消滅する力を発動させる形でないと、打ち消せないのが辛いなーと」

「それってかなりとんでもない力じゃないか? 来夢にぶつけないでほしいけど……」

「来夢君は抵抗(レジスト)する力が強そうですから、微妙ですね。我や個の強い人は――純子さん曰く存在力の強い人や、旧き魂を持つ人は、私が使うような、問答無用でこうしちゃう系能力への抵抗力が強いらしいですしっ!? あいたたた……また来ました。消しましたけど」


 重力を食らったはずみに落とした鞄を拾う優。


「視覚的にわかれば……来夢からの攻撃の方向がわかれば、どうにかなるってことか?」


 優の先程の言葉も思い出し、ありったけの黒手を展開させて、克彦が尋ねる。


「はい。そうすれば防げます。例え見えなくても、来る方角さえわかれば、私の視界に入った重力攻撃を消去するという認識の壁を作ります。言わば攻撃を打ち消す盾ですね」

「見えるようにすればいいか」


 克彦がゆっくりと起き上がりながら呟き、全ての黒手を出し、優の周囲で放射状に展開する。まるで優の周囲に、黒手が花びらのように広がっている。さらには、優の頭上にも一本だけ、黒手がひらひらと舞う。


「これで来夢が放つ重力の動きは見えるはずだ。黒手がまず重力に引っかかると思う」


 来夢が重力攻撃を行えば、優の周りに張り巡らされた、幾つもの長い黒手が、重力で潰されるか吹き飛ばされる。それによって、攻撃の動きと方角も視認できるという寸法だ。優がいちいち自分の体に食らって消すという、身を削った受身に回らずとも良い。


「なるほど、克彦さんの能力は応用力有りますね。克彦さん、自分の能力の使い方上手です」


 称賛しつつ優は、ひらひらと漂う黒手の動きを目で追い、急に黒手がひしゃげた箇所を見るやいなや、自分の能力の発動にかかるタイムラグもちゃんと計算し、消滅能力を瞬間的な防御壁として発生させて、来夢の重力攻撃を打ち消していく。

 黒手が潰れたりひしゃげたりしたら、その方向と位置が、重力攻撃がくる合図となる。その黒手の変化から少し自分寄りの場所に、タイミングを合わせて消滅の力を用いれば、来夢の重力弾も重力波も消える。これを何度も行って、片っ端から防ぐ。


 克彦と優の連携で、自分の攻撃を悉く防がれているのを見て、来夢は一旦攻撃を中断する。殺意の衝動で満たされていると言っても、知性を失って闇雲に攻撃するだけというわけでもない。思考能力は――激しい殺人衝動のおかげで多少は鈍っているが、それでもちゃんと有る。

 来夢は思案する。自分の力が消される事なく、相手に届かせる手段は無いかと。来夢の中で、確かに理性も知性も一応は残っている。思考はできる。しかし残された理性も知性も、全ては殺意のために注がれる。それ以外のことに頭は働かない。


 結論はすぐに出た。来夢が無数の重力弾を空中高くに上げ、克彦と優に降らせた。


 黒手が反応し、反応した部分に優が消滅の能力を発動させる。黒手を巻き添えで消すということはなく、不可視の重力弾だけを消し去る。任意の物だけを消せるというのが、この消滅の力の強みでもある。

 だが全ての重力弾を消せたわけではない。幾つかは道に着弾する。元々無差別に降らしたようで、二人がいる場所とは外れた位置に落下している。


(いや……外したのではなく、これは……)


 優は相手の意図に気がついた。


 二人の足元が崩れ始める。ペデストリアンデッキそのものを破壊する事が、来夢の目的であった。

 直前に察知した優は、デッキの崩れた破片が、下の道の通行人の頭上に直撃してしまう可能性を考えて、落下しながらデッキの破片を片っ端から消していく。

 優のその行動も、来夢の計算通りであった。優の意識が散漫になっているタイミングを狙うかのように、最初に降り注いだ無数の重力弾より遅れて、巨大な重力弾が、落下中の二人めがけて降り注いだ。


(そう来ると思ったよ。来夢ならそうするって。俺はお前の考えなら大抵読めるんだぜ)


 克彦がほくそ笑み、落下しながら亜空間扉を頭上にと展開し、黒手を全て上へと放つ。


 巨大重力弾を受けて、全ての黒手がひしゃげるものの、黒手はその不可視の攻撃をキャッチしている。

 克彦の亜空間扉は、黒手によって招かれて入るものだ。黒手はそのまま巨大重力弾を亜空間の中へと引きずり込んだ。


(でもこれは……)


 来夢による致命的な攻撃は防いだものの、黒手は全て巨大重力弾のガードに使ってしまったため、落下する自分と優を守ることができない。


 何とか受身は取ったものの、二階以上三階以下くらいの高さから落下した克彦は、その衝撃に体が痺れ、意識が飛びそうになる。


 薄く目を開いた克彦だが、飛び込んできた光景に、大きく目を見開いた。

 横向きに倒れた優が、頭から血を流して、意識を失っている。

 打ち所が悪かったようだが、頭部からの出血という点で寒気がした。もしかしたら重大なダメージを受けたのかもしれないと。


(限界だ。このままじゃ俺達が殺される)


 退却を判断した克彦が黒手を伸ばして、自分と優の体を掴み、亜空間へと引きずり込む


 攻撃の矛先を失った来夢が通行人に見境無く攻撃を仕掛け、正気に戻ってから罪悪感に打ちひしがれるかもしれないが、これ以上は自分達の身がもたない。そちらの方がずっと重要だ。


「優っ! 克彦兄ちゃん!」


 克彦が亜空間内に退避して十秒程経ってから、ペデストリアンデッキの崩れた部分から、来夢が顔を覗かせて声をかけてくる。


 来夢の目が元通りに戻っているのを見て、克彦は心底安堵して、亜空間から出た。


「優が危ないかもしれない……。気絶して……頭から血が出てる……」


 自身も軽く眩暈を起こした状態のまま、克彦は降りてきた来夢に向かって言う。


「克彦兄ちゃん……。俺……岸夫を殺しちゃった……」

「しっかりしろ。岸夫はあれでも死んでないらしいぞ。今はとにかく、優を病院に――いや、ここなら雪岡研究所の方が早いな」


 震える来夢に力強い声をかけつつ、克彦は純子に電話をかけた。


***


 雪岡研究所に運ばれて手当てされた優は、脳震盪と頭部の切り傷だけだと、純子の口から聞かされ、来夢と克彦は胸を撫で下ろした。


「ドリームバンドはまだ解析中だよ」


 純子が言った。ドリームバンドの解析によって、赤猫の解除方法を判明させ、このドリームバンドが赤猫を頭の中に植えつける事を実証させるのが、純子の目的だ。そうすれば現在留置所にいる、狛江誠と八丈勝美の無実も証明できる。


「それとね、赤猫そのものを作ったと思われる人を目星つけて、大分絞り込めたし、今調査している所なんだ。あ、これは安息所の人達には内緒にしてもらえないかなあ」

「全然顔見せなかったけど、結構進展あったんだ」


 純子の報告を聞いて感心する来夢。


「あと、明日の夜、闇の安息所にこっそり忍び込んでみるよ」

 と、純子。


「忍び込んでどうするの?」

 克彦が尋ねる。


「トイレの幽霊が、事件と無関係であるはずがないと思うし、接触できるまで張りこんでみようって話になってね。人が少なくて、夜とあれば、幽霊も出現しやすいし」


 純子がそこまで話した所で、電話がかかってきた。


『れいのけん、わかったにゃー。おしえてやるにゃー』


 電話の相手は、情報組織『オーマイレイプ』の最高幹部エボニーだった。


『久留米狂悪は薬仏市にせんぷくしているにゃー。まふぃあどもとけいやくして、いほードリームバンドをつくってうりさばくみたいだにゃー』

「ありがとさままま。そのまま動きをチェックしてもらえないかなー。で、逐一報告してほしい」

『ふざけんにゃー。めんどくせーにゃー。ついかりょーきんいただくにゃー』


 不機嫌そうな声でエボニーは承諾し、電話は切れた。

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