第二十八章 6

 その日、朝一番で必ず来るペペの次に闇の安息所に訪れたのは、ゆるふわウェーブのロングヘアーが特徴的な可愛らしい女子高生と、背丈や顔つきからして男子中学生と思しき、二人組だった。


「純子さんの紹介なんですけどぉ。あ、私は付き添いですぅ。暁優と言いまぁす」

「藤岸夫です。はじめまして……」

「はい、はじめまして。純子ちゃんから聞いてるわ」


 笑顔で二人を迎え入れるペペ。


「緊張してる?」

「え? あ、いや、そんなことはないと思いますが。あ、やっぱそうかも」


 部屋にあがって、落ち着かない様子の岸夫を見てペペが声をかけると、岸夫はしどろもどろな受け答えを行う。


 やがてすぐにユマと檜原姉妹、それに来夢と克彦が、安息所を訪れた。


「お二人は裏通りではどんなお仕事を?」

 真菜子が優達に尋ねる。


「えっとぉ、裏通りと言うより、国家の秘密機関で働いてまぁす。超常の力を持つ者ばかり集めた戦闘機関が、最近作られましたので。私含めて、純子さんのマウスがいっぱい集められているんですよう」

「それ……人前で簡単に口にしていいことなの? 秘密機関なのに……」


 克彦が優に突っ込む。


「駄目でしたっけ?」

「相当に駄目だと思う……。秘密機関だから」


 きょとんとした顔で確認をとる優に、岸夫が渋面で答えた。


(ここの平均年齢、どんどん下がってるような……)


 小学生くらいの来夢と、中学生くらいの岸夫と克彦を見やり、ユマは思う。


「一応聞いておこうかな。岸夫君はどんな症状があるの?」

 ペペが尋ねる。


「妄想癖とか、欝とかですねえ。でも両方とも、大分よくなったんですよぉ。だからこそここに来ることもできたんですぅ」


 岸夫に代わって優が答える。


「何が原因で欝に?」

 真菜子が尋ねた。


「えーっと……いじめ?」

 優が岸夫の方を向いて疑問形で口にする。


「う、うん……」


 実際にはまるで違う理由だが、ここで語るのもどうかと思う内容であるし、そういうことにしておこうと、岸夫は優に話を合わせることにした。


「相手にちゃんと復讐しておいた方がいいですよ」


 少し暗い面持ちになって、真菜子は言った。


「私は小学生の頃に私をいじめていた相手に、裏通りに堕ちてから復讐しにいきました。たかが小学生の頃のいじめでも、私の心にはずっと残っていましたからね。時々夢にも見ましたし。呆れたことに皆幸せな家庭築いていましたから、滅茶苦茶にしてあげましたよ。ええ、すっきりしましたし、何の罪悪感もありません。最初に悪をしたのはあちらなんですから、やられたからやりかえした。因果応報。それだけのことです」


 いつもおしとやかな真菜子が、少し興奮気味にまくしたてているのを聞いて、ユマもペペも驚いた。真菜子とは付き合いが長いが、こんな真菜子を見るのは初めてだ。


「自分もやり返されるとは思わないの?」

 来夢が尋ねる。


「相手にも、相手の家族にも言っておきました。気に入らなければやり返しに来いって。復讐の権利は誰にでも等しくあるはずだし、我慢する必要も無いと」

「そっか。でもさ……いじめた相手はともかく、相手の家族までは関係無いよ。悪趣味だよ、それ」


 見た目は小学生くらいの来夢に堂々と批難され、真菜子は一瞬鼻白む。


「あ……誤解を招く言い方でしたね。家族には手をあげていません。家族の見ている前で滅茶苦茶にボコボコにしてあげました」


 取り繕ったように言う真菜子に、来夢は小さく息を吐く。


「子供や奥さんの見ている前でやったら同じ事だよ。殺すにしてもボコボコにするにしても、その嫌な相手一人の時にやればいいのに。そのうえ相手の家族にまでそんな挑発して、傷を植え付けて、良心の呵責は無いの? 家族は関係ないじゃない」

「うーん……」


 明らかに咎める声音で言う来夢に、真菜子は気まずそうに呻く。


「ボコボコ程度ならともかく、殺しちゃったら結局家族にも傷与えないですかあ?」

 今度は優が突っ込んだ。


「見ている前で直接殺すのと、知らない所でこっそり殺すのは全然違う。殺して復讐するのはいいけど、無関係な人を巻き込んで殺す場面を見せ付けるのは、下品で悪趣味。俺の美学では受け入れられない」


 遠慮の無い来夢の言葉であったが、真菜子は特に気を悪くした風も見せず、小さく微笑んだ。


「口論になるようなことは控えてね、皆」

 ペペが柔らかい声で釘を刺す。


「トラウマを解消するには復讐もいい手立てですよ。心の傷とか、あるいは憎しみとか、子供の頃のものが大人になっても残るものです」


 真菜子へのフォローのつもりで、ペペが言う。


(ペペさん、こんなこと口にするキャラだっけ? いや、真菜子さんもあんな発言するキャラじゃなかったのに……。何か皆、微妙におかしくなってる。人が増えたせい?)


 いつもと違う不穏な雰囲気に包まれた安息所に、ユマは居心地の悪さを覚えていた。


(お姉ちゃん……どうしちゃったんだろ。安息所でお姉ちゃんがこんなこと言うなんて……)


 姉の真菜子が急におかしくなったのを見て、不審に思いながら心配する華子。


「ごめんなさい。いじめそのものにトラウマがあったから、ついムキになっちゃって……」

「俺も言いすぎたかも。ごめん」


 謝罪を口にする真菜子に、来夢も立ち上がって頭を下げる。


「いいえ、来夢君の言うことが正しいですよ。謝ることはありません。皆さんも……お騒がせしてすみません」


 気まずそうな顔になって、真菜子は再度謝罪する。


(お姉ちゃんにそんなことがあったなんて……私も知らなかった)


 華子が思う。そして自分にも内緒にしていた事に、苛立ちを覚える。


「こんにちはー……って、うわ、人凄く増えてますね」


 そこに毅が現れる。少し遅れて、純子、累、みどり、美香、七号の五人も姿を見せた。


「凄い大所帯になってしまったわね。いないのは八丈さんだけかな」

 ペペが苦笑する。


「紹介しまくったの、悪かったかなあ……」


 純子も苦笑している。部屋は二つあるし、何とか今いる人数が入れるだけのスペースはあるが、狭苦しいのは確かだ。


「いえいえ、気にしないで。新しい血を入れるのは刺激になるし、ここを利用してくれる人が増えるのは喜ばしいことよ」

 笑顔でフォローするペペ。 


(帰りたい……。どうしてこんなことになったの……)


 一方で華子はげんなりしまくっていた。それを表情に露骨に表している。


(うわー……華子、明らかに嫌そう……)

 幸か不幸か、それに気がついたのはユマだけだった。


「誠にも見せてあげたかったなー。このにぎやかさ」

「過去形?」


 ユマの呟きに、来夢が反応する。


「ここに通っていた子なんですけど……殺人事件を起こしてしまいまして。しかも殺したのは、面倒を見ていたお母さんだという話です」


 ペペが包み隠さず喋り、二つの部屋がどんよりした空気に包まれる。


「介護していたのか?」


 美香が問う。心に病を抱えていた子が、母の介護をして、耐えられなくなって殺してしまうという悲劇も、特に珍しい話ではない。珍しい話ではないがしかし、やりきれない話である事に変わりは無い。


「ええ。あの子を知るメンバーはショックで……」

「正直、誠があんなことするとか、私には信じられない」


 ペペとユマがそれぞれ言う。


 その時、呼び鈴が鳴った。


「八丈さん達かな?」


 ペペが言い、玄関の扉を開けたが、全く別の顔がそこにあった。


「刑事さん……」

「人が多いようだな。いや、増えたのか? ちょっと……顔見てもいいか?」


 訪れたのは、梅津と松本の裏通り課コンビだった。


「何だ……このそうそうたる顔ぶれは……」


 室内の面々を見て、思わずあんぐりと口を開ける梅津。顔見知りも多かった。


「お前までいるのかよ……」

 優を見て、梅津は渋面になる。


「私は岸夫君の付き添いですよう」

「まあ、お前さんは心の病とは無縁な、鋼鉄のメンタルの持ち主だからな……」

「え~、梅津さんは私のこと、そんな風に見てたんですかあ」


 特にショックを受けた風でもなく、いつもの間延びした口調の優。


「また事情聴取ですか? 私が引き受けますから、できればここの利用者達には……。ここにどういう人が集っているかは、御存知でしょう?」

「気持ちはわかるが、そういうわけにはいかん」


 梅津の前に立ち塞がるような格好で、ペペが訴えたが、梅津は大きく息を吐き、重々しく告げた。


「ここの利用者である八丈啓次郎が殺された。被疑者は、妻の八丈勝美だ」

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