第二十七章 11

 翌朝、バイパーと真はクラブ猫屋敷へと向かった。


『あ、何だテメー、帰ってきやがったんですか。そのまま他所の子になっても、よかったんだぜ?』


 喧嘩中であったため、ミルクはバイパーの顔を見るなり早速喧嘩腰になる。


「客人を連れてきているんだ、喧嘩は後回しにしようぜ」

『客人なんて上等なもんじゃねーだろ、そいつは』


 バイパーがたしなめるが、真を一瞥して鼻を鳴らすミルク。


『で、何の用だボケ』

「胡偉とミルクとの接点について、もっと突っ込んで聞きたい」


 真がストレートに要求する。


「どういう関係だったんだ? 何であの男に力を貸したり整形したりした」

「気に入らない奴だと思いながらもそんなことするってのは、おめーらしくもねーしな」


 真とバイパーに続け様に言われ、ミルクは少し間を置いてから、諦めたように溜息をつき、喋り出した。


(猫も溜息つくんだな)

 それがおかしく感じられる真。


『思い出したくない嫌な話もせにゃならないんですがね。しゃーない、話すか……。あいつは裏切られたんですよ。あいつか守っていた日本という国にな……』


 ミルクの口調は、いつになく沈んだ代物だとバイパーには感じられた。


『奴隷代わりの安価な労働力として大量流入させた移民による秩序崩壊、さらには移民とセットで上陸したマフィア達による暴虐。当時、それを問題化させまいと、移民政策を決定した糞政治屋共と、政治屋共に移民の呼び込みをそそのかしていた腐れ外道資本家達は、必死に情報操作していた。そのおかげで移民関係やマフィアに対して、警察もろくに出動しない有様だ』

「警察やマスコミまで抑えるとか無理が無いか?」


 真が疑問を口にする。


『その頃の日本の真の支配者層であるオーバーライフの中には、ろくでもない奴や馬鹿な奴が何人か混じっていてな。そいつらが移民政策を後押しして、進めちまったんだ。自分の利益のため――あるいは少子化回避策という名目を真に受けちまって、移民を強引に入れたもんだから、さあ大変。そいつらの力もあって、移民もマフィアも公的には絶賛放置されちまった』

「それで警察に変わってヤクザが日本を守るために戦うという、前代未聞の事態になったのか」


 真は理解し、納得する。漫画のようなその逸話は、誰もが理解に苦しむ代物であったが、今ミルクが語った真実を聞けば、わからないでもない。


『そういうこと。しかし……テレビでこないだヴァンダムも言っていたけど、妙だと思わんか? 当時の日本のヤクザは――質はともかく、数は全国合わせればかなりの代物だった。資金力に至っては全世界の地下組織の中でも、桁近いのトップだ。なのにマフィアに負けちまった。どうしてだと思う?』

「もったいぶるなよ」


 問われ、バイパーが腕組みしてその先を促したが――


「日本に裏切られた――と、そして政治屋も影の支配者達も移民流入に肯定的だった――この二つから推測できるな。つまり、国民を守るためにマフィアと戦っていたヤクザらは、国家権力に追い討ちをかけられたってことかな? 後ろから撃たれるようにして」


 真が答える。ミルクは感心して目を大きく見開く。


『真、当たり。バイパーは脳筋屑。自分の半分も生きてない餓鬼に負けて、恥ずかしくないんですかねー?』

「うっせーわ。いいから続き話せ」

『警察はマフィアや移民には手出しせず、ヤクザばかりパクりやがったんだ。しかも腕っ節の強い奴や、幹部や組長クラスから逮捕していったから、いくらヤクザが数だけ勝っていても、ひとたまりもねえ。マスゴミも情報統制されちまっていた。あげく、当時の日本の支配者層の中でも、争いが起こった。支配者層のオーバーライフ同士の争いなんて、滅多に起きない珍しいもんだけどな。で……私もその時、この国の真の支配者の一人だったんだ』


 ミルクの声がトーンダウンする。ここが喋りたくない所なんだろうと、バイパーは察する。


『当然私は移民政策には反対したですよ。しかし反対派の知らぬ間に、あの糞共は己の利権のため、あるいは思慮の浅はかな近視眼的な理想のために、移民政策で利を得るほんの一部のマイノリティーである、政界と財界のゴミ共を焚きつけ、移民政策をとんとん拍子に進めちまっていた。で、強引に実行ですよ。いくら私達らに絶大な権力があっても、開けた門を閉じるのは容易じゃあない。そのうえ開けた連中も同様の権力を持っている。一国の大統領や総理大臣をブチ殺しても、へっちゃら程度の権力をな。こないだ都知事が、殺人倶楽部をバラして殺されただろ? あれも間違いなく真の支配者層の仕業だ』

「反対しているのに、止めようとはしなかったのか?」


 真が疑問をぶつける。


『私は――私達は……そこで逡巡しちまったんだ。いくら移民政策に反対していようと、私達に無断でそいつを進められようと、そんな権力を持つ者同士がぶつかりあったら、ただでさえ国が混乱しているのに、余計におかしなことになると。後から思えば、あの時躊躇ってなければ、もう少しマシな展開になったかもしんねーのに……失わなくていい命が沢山あって、起こらなくていい悲劇を沢山起こしちまって……それは、全部私が判断を迷ったせい……』


 ミルクの声に苦しげな響きが宿る。


「いつになったらあの爺の話が出てくるんだろうな」

「そろそろじゃないか」

『てめーら、少しは私に同情しろですよっ』


 バイパーと真の反応を見て、ミルクが声を荒げる。


『根本辿って時系列通りに話さないと、わけわかんなくなるんだヴォケガ。んで……マフィアの暴れっぷりもいよいよヤバくなって、私達は移民政策反対の支配者層を――といっても、強引に進めた二人以外全員反対だったが――その移民政策した馬鹿二人をブチ殺すことにした。そのうちの一人は、私のマウス……私とは家族の間柄だった。今、私とクラブ猫屋敷にいる関係のような……な。おらっ、ここお涙頂戴するところですよっ。私に同情しろカス共』

「はいはい……」


 苦笑いを浮かべるバイパー。


『私は責任をとって支配者層の座を降りて、以後は一介のマッドサイエンティストとして慎ましく暮らすことにしたわけだが、そんな折、相沢鉄男と会った』


 やっとその名が出てきて、真は意識を尖らせる。


『正直、相沢鉄男はお前と全く似てないですね。チビっていう共通点しかないし。だからお前があいつの孫だなんて思いもしなかった』

「チビってそんなに悪いことなのか?」


 何故いちいち背が低いことを言う者が多いのか、真は理解に苦しむ。


『別に悪いなんて言ってないですしおすし』

「じゃあ言うなよ」

『共通点の特徴を口にしただけで、ディスったつもりはねーですよ。えっと、どこまで喋ったかな。元々は正義感の強い男だったらしいが……その反動もあったんだろうな。奴は信じていた物に、守っていた者に、実質裏切られたんだ。そのうえ当時の女房と幼い娘が、残酷な方法で殺された。奴は力を欲していたうえに、この世の全てに対して、怒りと恨みを抱いていた』

「だからよう、そんなやべー奴に何で力を与えたんだよ。そんなアホ野郎に力を与えても、悪用されるに決まってるだろうが」


 苛立たしげにバイパーが責める。バイパーにしてみれば、そこが一番知りたい部分でもあった。


『引け目があったからな。私達の失敗のおかげで、国を滅茶苦茶にしたですし、奴はその被害者だ。当時の私も結構混乱していたし、奴に同情もした。ずっと国を――民を守るために戦い続けていたのに、肝心の国側は、守るどころか足を引っ張り続け、追い討ちまでかける始末だ。そのうえこの薬仏市はマフィアを釘付けにする囮としての用途に利用された。いや、今だってそうだ。しかも奴は妻も子もマフィアに殺されている。奴の住処の情報を流したのは、他ならぬ警察って話だぜ』


 ミルクの話を聞き、バイパーも真も、相沢鉄男がねじくれても仕方がないように思えた。邪悪な神のタチの悪い悪戯によって、徹底的に報われない悲劇の運命を押し付けられたような話だ。


「あれ? じゃあ僕の父は?」

『離婚した女房の子とかじゃないですかね。あるいは愛人の隠し子とか』


 真の問いに、ミルクがあっさりと答える。


『移民政策を強引に進めた糞政治屋共と、そいつらを焚きつけていた屑経営者共が、殺されまくった話は知っているよな?』


 ミルクの言葉に、頷く二人。諸悪の根源である彼等は、一家まとめて移民達によって嬲り殺され、その様子はネット上で晒された。当時の国民達はそれを見て歓喜一色に染まった。移民を呼び込んだ彼等が、移民によって殺されるという、寓話のような皮肉な顛末である。そして何故移民達が彼等を殺したかというと、移民と共についてきたマフィアの災禍にあって殺された者の遺族が、彼等を殺し屋として雇ったからだ。


『移民が殺したという話になっているし、実際にその映像も出回っているが、その殺し屋である移民はマフィアだ。そして――全て相沢鉄男の組織のマフィアだ。遺族の方からマフィアに接触してきたわけでもなく、鉄男の方から遺族に接し、殺人依頼を促したんだ。殺しの勧誘をして、遺族達はそれにのった。それが真実さ』

「復讐を果たしたわけか。つまりあの糞爺がマフィアになったのは、そのためか」

『んー……』


 真が言うが、ミルクは唸って言葉を探る。


『一応は……復讐を果たしたし、その手段のため……というのもあったかもしれない。でも奴の恨みはもっと深い。あいつは……自分が護ろうとしたのに裏切った、日本という国と日本人に復讐し続けたいと願って、その敵対者としてマフィアになったのかもしれない。私の推測ですがね』


 日本に害を成す存在の親玉となることで、生きている限り日本に仇なし続けるという行動原理は、一応は理にかなっているように思えた。

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