第二十七章 3

 真は見ろ苦慕殺の用意してくれたホテルに、泊めてもらった。魂魄ゼリーの情報もそれなりに聞かせてもらった。

 一夜明けた所で、メッセージが入っている。ビジネスマン風な外見の、見ろ苦慕殺のナンバー2である毒嫁夢雄からだ。さらに情報を追加でいろいろ送ってくれた。


(できる男のようだが、決して腹は見せないタイプだな)


 まとめられた情報をチェックしながら、真は思う。

 昨日に引き続き、見ろ苦慕殺から得られた情報は、魂魄ゼリーのおおよその潜伏位置や、これまで彼等が薬仏市で行ったビジネスの判明している部分を記した情報、そしてわかっている分の構成員、現在交戦中の五つの組織、外部から雇ったと思われる殺し屋といった代物だ。それらは事前に情報屋がくれたものとかぶっているものもあったが、未知の情報もかなりあった。


(連携を取り合っている組織と同時に交戦できるという時点で、魂魄ゼリーの力がよくわかる。その中でも見ろ苦慕殺は大きな組織だ。そのうえバイパーにまで敵視されている、か)


 一通り情報をチェックし終えてから、真はフロントに朝食を頼む。


(ここは安全だと阿久津の親分は保障してくれたのにな……)


 殺気を感じ取り、真は溜息をついて銃を抜く。


「モーニングサービスです」

 ノックの音とともに声がかかる。


「空いてる」


 部屋の扉に向かって銃を構えたまま、真は告げた。


 ドアが勢いよく開き、二人の男がなだれこむ。


 否――正確には胴体を真っ二つに切断された二人の男の上半身が、部屋の中に飛び込んできた。

 ホテルに泊まる際は、自室にユキオカブランドの超音波振動鋼線を扉に仕掛けるのが、常になっている真である。無断で飛び込んでくる者は、問答無用で切断される。これで殺害した相手の数は、足の指を使っても数え切れないというか、真も覚えていない。


 先鋒の二人がいきなり死亡したのを見て、後ろにいた刺客はギョッとして固まっていた。その硬直した一瞬の隙を狙って、真の銃撃が部屋の中から降り注ぐ。もはやこの流れは真にとって、部屋にいた時に襲撃された際の、パターンの一つとなっている。


(ショットガン持っていた時は、部屋の壁越しにスラッグ弾撃ち込んでやったこともあったな)


 ふと、そんなことを思い出す真。


 襲撃者はたった三人だった。白人一人に黒人二人と、いずれも日本人ではない。魂魄ゼリーのアメリカ勢だろう。二人は鋼線で切断され、残った一人は銃殺された。


「随分と粗悪なモーニングサービスだな。質はともかく、せめてもう少し数を用意しろと」

 死体を見下ろし、真は呟く。


 一応、真はこの襲撃も阿久津に連絡しておくつもりであったが、彼の紹介してくれたホテルで襲撃されたので、見ろ苦慕殺もあまり信用できないと判断する。阿久津が裏切っていないにせよ、見ろ苦慕殺の中に小銭欲しさに情報を売り渡している者か、あるいは魂魄ゼリーのスパイがいる可能性も有る。


(しかし久しぶりに良い緊張感だ。どこも誰も信用できず、いつ敵が襲ってくるかわからないというこの状況。中々楽しいな)


 そう思い、無意識のうちに微笑みをこぼしている事に、自分では気がつかない真であった。


***


 ホテルを出て、真は思案する。刺客を続けて二度も撃退したとあって、次くらいには本腰を据えて襲撃してくるのではなかろうかと。

 だが魂魄ゼリーも同時に幾つもの敵を相手にして、手が回らない可能性もある。強大な組織である事は確かだが、五つもの組織を敵に回し、さらにバイパーと自分を相手にしているのでは、どう考えても苦しそうだ。


 魂魄ゼリーの内情をより詳しく探りに行くか、さっさとアジトの一つでも潰しに行くか、草露ミルクに会いに行くか、バイパーを探すか、ただふらふらして次の襲撃を待つか、選択肢は無数にある。


 選択肢はともかくとして、当面の最も重要な目標は、魂魄ゼリーの中国側の首領である胡偉との接触だ。

 薬仏市に来る前に、雪岡純子の殺人人形が魂魄ゼリーを潰しに行くと、様々な方面から情報を流したのは、他ならぬ真自身だ。組織の注意を自分に引くことで、胡偉と接触しやすくなると計算して。

 もちろん胡偉が徹底的にリスクを避ける、闇の組織の首領として常識的なタイプであれば、逆効果であろう。しかし調べてみた限り、そういうタイプでは無い。逆にトラブルに好奇心で首を突っ込みたがるタイプだ。そのうえで長年生き延び、組織の長を務めてきた男だ。侮れない。


(決めた)

 選択肢の一つを選び、真は歩き出した。


***


 その店の看板には、こう書かれている。クラブ猫屋敷と。

 随分と昔に、店としての機能は失っている。扉には立ち入り禁止の札が下がっているが、近隣住民は、人の出入りがわりとあることを知っている。


 店の呼び鈴を押す真であるが、反応は無い。


(留守なのか、それとも無視してるのか……)


 ここに草露ミルクがいることを、真は研究所を出て薬仏市に来る前に、純子に教えてもらっていた。

 しばらく待ってみることにする。以前草露ミルクと接触した時、その意地悪さに呆れたことを思い出すと、居留守を使って待たせ続ける可能性もある。


 だがそれは真の杞憂に終わった。扉が開かれる。


「くぅぅぅぅあぁぁ……」


 見覚えのある少女が顔を覗かせ、喉の奥から息を吐き出すような声を漏らし、真を見てにっこりと微笑んだ。


「久しぶり。繭だったっけ」


 真が声をかけると、少女――繭は笑顔のまま頷き、半身を引いて真に入るよう促す。


『おーい、繭、何勝手なことしてやがるんですかーっ』


 聞き覚えのある奇妙な響きの声がする。どうやらここの主の判断ではなく、繭の判断で扉を開けてくれたようだと、真は見てとる。


『あ、勝手に入ってきやがってこの野郎っ。私は入っていいなんて言ってねーぞ』


 ターンテーブルの上で、威嚇のポーズを取る白猫。その白猫の側には、頭に猫耳つきカチューシャをつけたパジャマ姿の少年が椅子に座っていた。


「はじめましてにぅ。榊原鳴男(さかきばらなるお)ですにぅ。ナルって呼んでほしいにぅ」


 猫耳をつけた愛嬌に満ちた顔立ちの美少年が、にっこりと屈託の無い笑みをひろげてみせる。


「相沢真だ」

(真兄……こいつ……)


 真が自己紹介したのとほとんど同時に、みどりが頭の中で神妙な声を発した。


(あたしと同じ能力の持ち主だわさ。今、バリアー張ったけど気をつけておいて……)


 同じ能力ということは、みどりと同様に人の心を読み取る力があるのだろうと、そしてバリアーとは心を読ませないようにするものだろうと、真は察する。


『何しに来たんだ。もうお前に話すことなんてねーですよ。話すことは全部話してやったんだし。あ、感謝のお土産でももってきてくれたのか?』

「一応それは用意しておいた」


 挑発気味に言うミルクであったが、真は鞄を開け、中からキャットフードを取り出してミルクの前に出す。


『え……本当に持ってきたのか。しかも高い奴を……気が利くな。褒めてつかわす』


 キャッツアイを大きく目を見開いて、戸惑いの声を漏らすミルク。


「お前が僕の祖父の存在を教えてくれたから、僕はここに来た。その件には感謝している。だがバイパーが暴れているうえに、どこにいるかもわからない状態では、僕も困る。胡偉を先にバイパーに殺されて、真相を知らぬまま僕は無駄足となるのもな……」

『よーするに、私にバイパーを止めろって話か。前にも言っただろ。そりゃ無理だ。いや、意地悪してるわけじゃねーですよ。あいつはいつものロリショタ義憤で、個人的に胡偉を殺そうとしているからな。まあ、私からしてみても、日本に侵攻してくる仁義の欠片もねーマフィア共は大嫌いですから、そうしてくれと都合がいいんだが』

「電話してくれよ。僕が話す」

『無理。あいつが出て行く際にあいつと喧嘩した。で、あの馬鹿電源切ってやがる』

「何度でもかけてみるから、電話番号教えろ」

『相手の許可無く番号教えるとか、そういうのは私的に気持ち悪いから断る』

「じゃあせめて居場所を教えてくれ。僕に胡偉の話をしたのだって、僕をここに呼んで魂魄ゼリーと戦わせる思惑があったからだろ」

『まあ、そうですけどね……』


 狙いを見透かされ、ミルクは苦笑の響きをうかがわせる声を発する。


「本当に僕の父親を殺したのは、胡偉なのか?」


 再度確認する真。その話をミルクに聞いたからこそ、真は薬仏市を訪れ、胡偉に会おうとしている。


『噂ではマフィアの報復とされたが、間違いなくあの馬鹿――胡偉だ。お前の父親――相沢豪が警察官だったのは知ってるか?』


 ミルクの言葉に、真は頷く。


『あいつが今来日しているとあって、いろいろ調べてみた。そうしたら相沢豪巡査の件が出てきた。彼が自分の父親を調べて、探していたこと。会おうとしていたこともな。その痕跡を残した数日後、車にはねられた。胡偉の性格とタイミングを考えて、ただの事故ってことはありえない。相沢豪巡査にしてみても、裏通り課の警官だった。あとは想像の領域ですがね』

「それで間違いないと断ずるのもどうかと思うけどな。一応、会って確認してみようと思う」


 真が言うものの、真の祖父を直接知るミルクからすれば、どのような展開になるか、大体見えていた。

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