第二十七章 2

 安楽警察署、裏通り課。


「薬仏市は今、いつにも増して、裏通りの組織とマフィアの抗争が激しいようだな」


 ネットを閲覧して薬仏市関連の情報をチェックしつつ、梅津光器は煙草の灰を灰皿に落とす。

 その筋で、マフィアと裏通りの組織は、分けて認識されている。少なくとも薬仏市においての裏通りの組織とは、裏通り中枢の認可を受けて、裏通りのルールに乗っ取った、日本の地下組織という認識だ。そしてマフィアはそれらに属しない、海外から日本に侵略する地下組織だ。


「『魂魄ゼリー』っていう、薬仏でも最も強大なマフィアが、何と裏通りの組織五つも相手にして、派手にやりあってやがるとさ。そこにタブーのバイパーまでもが参戦しやがって、魂魄ゼリー相手に大暴れだとよ」


 それ以前は魂魄ゼリーよりも大きなマフィアが二つほどあったが、サラ・デーモンの薬仏市における抗争の工作によって、それまで決して動こうとしなかった神奈川県警が、重い重い腰を動かして介入がなされ、その大組織が二つとも潰された故に、魂魄ゼリーが押し上げられた形となった。


「バイパーが?」

 同室にいた芦屋黒斗が反応する。バイパーとは見知った仲だ。


「バイパーが参戦して、一気に戦いの流れが変わったらしい。あいつに無双されて、魂魄ゼリー劣勢という話だ」

「でもさ、今日本にいるマフィアって、本国ではそれなりに力の有る連中ばかりなんだろう? それなら本国から兵士はどんどん補充されるんじゃないか?」


 梅津の話を聞き、黒斗が言った。


「まあな。しかし今日本には、魂魄ゼリーのボスの一人である胡偉もいるって話だから、それなりに精鋭が集結しているはずでもあるんだが」

「ボスの一人?」


 裏通り課では一番若い松本完が、梅津の言葉に反応する。


「魂魄ゼリーは、二人のボスによって運営されている組織なんだよ。アメリカと中国の組織が合併してな。だからアメリカ勢と中国勢のボスと構成員が入り混じっているのさ」

 黒斗が解説した。


「へー……でも運営者複数とか上手くいくんですかねえ」

「それを言うならホルマリン漬け大統領なんか、ボス不在のまま何人もの大幹部で運営されていたって話だし、いけるだろ」


 疑問を口にする松本に、梅津が言う。


「そのホルマリン漬け大統領が、唐突に壊滅したね」

 複雑な表情になる黒斗。


 ホルマリン漬け大統領の実質上の壊滅は、裏通りではかなり衝撃的な話題だ。そして謎の壊滅でもあった。何しろ大幹部が全員、会議中に爆殺されたのである。

 安楽警察裏通り課は残された幹部へ聞き込みを行ったが、事情は誰にもわからなかった。強引に嘘発見器も試した。

 爆破跡に残されていたある程度原型を留めている死体は、全て大幹部のものだと確認をとった。原型がわからないほど飛び散っていたものもあったが、それらの肉片も幾つかDNA鑑定がなされた。


 さらに爆破事件後、大幹部及び幹部のデータ、組織の客として登録されていた会員のデータが流出してネット上に公開され、大騒ぎになった。大幹部が死んだ事と、客の名前と立場まで完全に世間に明るみにされたことで、客の大半が一斉に逮捕というお祭り状態となった。

 客であった権力者達の多くが権力を失ったため、組織を庇護していた謎の大権力者からも見放された。噂では、今までこの国の真の支配者層である一人が、ホルマリン漬け大統領を絶対的な権力で庇護していたが、その者の名と悪事も暴露されたため、同じ支配者達の手によって処罰されたとも聞く。


「あいつら、ようやく報いを受けたぜ」


 これまで黒斗は、ホルマリン漬け大統領とその会員達が権力によって守られて、警察としての仕事を完全に封じられ、一般人が犠牲になっていたことに、激しい怒りを覚えていた。

 何度、上など無視して組織を潰してやろうと考えたかわからない。しかし警察内のアンタッチャブルと言われる黒斗でも、懲戒免職をチラつかされて完全にダメ出しされるほど、巨大な権力の庇護下にある組織であったが故に、見過ごすしかなかった。


 黒斗は黒斗なりに計算していた。警察という組織に属しているからこそ、できることは大きい。それを失って激情に任せて組織を潰しにかかるほど、青くは無い。それにしても、そんな計算をする自分はダサいとも感じていたし、計算して悪を見過ごす自分は汚れてしまったとも、意識している。


「しかし誰の仕業なんだろう。純子はずっとあの組織と対立していたけど、こんなやり方……純子のそれとは違う。真……でも無さそうだな。真なら匿名でこんなことはしない。少なくとも警察には報せてくれるはずだ」


 疑問に思う黒斗。


「これは俺の勘だが……直前に殺人倶楽部とのやりとりがあったろう。あれと関係してるんじゃねーかと思う。何せ殺人倶楽部も、この国のフィクサーの庇護があったからな」

「なるほど……」


 梅津の考えに、黒斗も納得できた。フィクサー同士での対立などがあったのではないかと、推測できる。


「その殺人倶楽部ってのも、何だったんですかねえ……」

 松本が口を開く。


「うちら警察を使って、あんな組織を維持させて……。いや、闇の国防機関の一員になったことは知っていますけど、労力に見合う元が取れたんでしょうかねえ」

「闇の権力者様からすれば、十分すぎるほど元は取れただろう。純子にサイキックソルジャーやら改造人間なんぞを大量に作らせて、それをそのまま国へお届けしたわけだからな」


 そもそも働かされたのは自分ら警察なのに、元を取るも糞も無いと思った梅津であったが、それを言うと働いていた当人としては情けない気分なので、口に出せなかった。


「純子は以前、芥機関という超常能力者育成組織を作ったにも関わらず、すぐに放り出した前科があるからな。今回は多分、その穴埋めみたいなもんだ。もし純子含め『三狂』が国の言いなりになって、超常の力を持つ者を量産し続けたら、霊的国防という側面においては、日本はトップに立てるだろうさ」

「他の国では超常の力を持つ者を意図的に作る研究は、されてないんですか?」


 梅津の話を聞いて疑問を抱き、松本は質問をぶつける。


「あるという噂だぜ。ただ、うまくはいってないみたいだ。あくまで噂だがね。術師という形でなら作れるが、時間がかかる。短期間で量産するってのはどこも難しいって話だ。『三狂』の凄い所はそれが可能な部分だ」


 梅津と直接面識があるのは雪岡純子と霧崎剣だけであるが、彼等は超常の能力を持つ者を短期間で作れる。それは現代の科学水準を大きく上回っている。それができる者はおそらく、どの国の国家機関にも属していない。国に属して言われるがままに超常の能力者を量産できる者がいれば、その国は誇張抜きで世界征服もできるであろうと、梅津は見ている。


***


 阿久津とその部下と共に、真は薬仏市の繁華街を歩いていた。


「親分さん、出歩いて大丈夫かね?」

「おー、平気平気、強いボディーガードに守られてるからね」

「親分さん、うちに寄っていきなよ」

「悪い、大事な客人連れてるからまた今度ね」

「親分さん、ごめんなさい。今月も苦しくて……みかじめ料は……」

「気にすんなって。苦しいならこっちから無利子で貸してやるぜ?」


 街を歩いていると、阿久津はしきりに声をかけられていた。それらに笑顔で応じ続ける阿久津。


「随分と親しまれてるんだな」

「いやいや、恥ずかしいね。客人の前でこんな所を見られるのも」


 真に言われ、阿久津は照れくさそうに笑う。


『見ろ苦慕殺』は護衛組織である。依頼によって組織や個人のボディーガードなども行うが、みかじめ料の徴収なども行う。繁華街の店からは、安い値段でみかじめ料を取る一方で、大きな組織や金持ちからは高い賃金をふっかけるという話である。薬仏市においてはかなりの大組織だ。

 複数のマフィアから狙われているにも関わらず、ボスが堂々と人前に姿を現し、その存在をアピールしているのは、考えもあってのことだろう。


(護衛はいずれも相当な手練。阿久津本人もかなりの戦闘力を有している。狙撃されるような場所は歩かないように気を遣っているし、実力に裏打ちされた外出だ)


 そう思う真であるが、これはあまり褒められる行為とは言いがたい。万全を期すなら、組織の頭は引きこもっていた方がいいだろう。

 その後、真は阿久津に飯屋でご馳走になりながら、ここを訪れた経緯と目的を話した。


「僕がここに来た目的は、魂魄ゼリーのボス、胡偉(フーウェイ)だ。あれは僕の祖父らしい。かつては相沢鉄男という名だった」


 その名を聞いて、阿久津の表情が変わった。


「冗談だろ……。あの鉄さんがよりによってマフィアの……」


 酒を飲む手を止めて、愕然として呻く阿久津。


 四十年前、ここ薬仏市でマフィア相手に死闘を繰り広げた英雄である。その消息は断たれ、薬仏市における伝説として名が残っていたが、それが仇敵であるマフィアになっていたなど、とてもではないが阿久津には信じられない。


「光圀さんも驚いていたよ。僕もある人物に教えてもらったんだ」


 人物と言っても人ではないけど――と、口には出さずに付け加える真。


「そいつが誰だか知らないが、そいつの言うことを信じられるのか? 俺は鉄さんのことも直接知っているし、とても信じられないぜ」

「僕も真相を知りたくてここに来たんだ」


 その言葉は本当だったが、真の中で、もう大体答えは出ている。情報を教えてくれたのは、純子のライバルである『三狂』の草露ミルクである。向こうから真に連絡をくれた。


 ミルク曰く、相沢鉄男を整形しつつ改造したのは自分であり、その後チャイニーズマフィアの頭目である胡偉(フーウェイ)とすりかわったとのことだ。

 現在ミルクは、胡偉が長を務める組織への攻撃命令をバイパーに出したという。そして真は、ある真実を確かめるため、胡偉に会いに来た。現時点で真は、悪い想像の通りだろうと考えている。だからこそ、魂魄ゼリーとも交戦の姿勢を示した。


「魂魄ゼリーはでかい組織だが、現在、薬仏市の裏通りの五つの組織と交戦中だ。何しろこれまで侵攻してきたマフィアの中じゃ、一番タチが悪いからな。そのうえで、マフィア嫌いのあのバイパーまで参戦してきやがった。バイパー一人に組織の構成員殺されまくってよ、いくら魂魄ゼリーでも、風前の灯って話さ」


 小気味良さそうに喋り、おちょこを口に運ぶ阿久津。真もその情報は聞いている。


「魂魄ゼリーのボスがバイパーに殺されても困る。僕は真実を確かめたい」


 そして真実が最悪の形なら、自分の手で始末をつけたい。そのために真は、薬仏市を訪れた。

 ミルクにもそう伝えたが、バイパーが上手いこと加減してくれるかどうかわからないと返された。少なくともボスの胡偉と遭遇したら、見逃すはずがないと。


「奴等のボスのうちの一人がわざわざ来日したのも、陣頭指揮を取るためであるという噂です。他のマフィアと手を組むという噂もあるし、魂魄ゼリーの反撃も馬鹿にはできないでしょう」


 阿久津の部下の一人が、冷静な口調で言う。スーツ姿に眼鏡をかけて、ビジネスマン風の理知的な風貌の男だ。


(ボスが二人いる組織だったな)


 真も事前に調べてその事は知っていた。アメリカと中国の二つの組織が合併して出来たのが、魂魄ゼリーである。ボスを一人にせず、アメリカ側と中国側のボスが同時にいる状態で、運営が成されているという話だ。


「確かに油断はできないが、雪岡純子の殺人人形――相沢真も参戦したとなりゃあ、魂魄ゼリー退治には強烈な追い風だろうがよ」


 上機嫌なまま部下に反論する阿久津。ちょっとしか飲んでないのに、かなり酔っているように真には見えた。酒にはあまり強くないようだ。

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