第二十六章 23

 優が扉に向かって能力を発動させようとしたその時、扉が開いた。


 すでに捕らわれていた者達の拘束は、優の力で解いてあるし、ドラム缶も中の毒ガスごと消滅させてある。もちろん反則行為ではあるが、それ以前に運営側のホルマリン漬け大統領がルールを違反しているのだ。そんな状況でルールに従ういわれはない。


『十分間のインターバルに入りました。交戦を速やかに中断し、別荘内にいる方は鬼も子も外へと出てください。七人以上で固まっている子は、インターバル中にも五分のカウントがされるので、お気をつけください』


 一時間が経過し、各所に仕掛けられたスピーカーより、インターバルが告げられる。


「本ト、何だったの。今のは。すっごくムカつく。ミスでも許しがたい」


 扉を出ながら、憮然として文句を口にする正美。他の者達も大体同じ心境だ。


『申し訳ない。こちらでドラム缶部屋管理のトラブルが発生した。しかしそのトラブルも今回復した』


 スピーカーから謝罪の言葉が流れた。謝罪と言い訳をするよう、犬飼に促された香であった。


「信じていいの? これ……」


 今のが運営側の露骨な不正であるなら、もうこのゲームに付き合うことはできないというニュアンスを込め、卓磨が言う。


「最後に扉が開いたところを見た限り、本当に手違いという可能性もありますが、ドラム缶を消されたのを見て、仕方なく開けて弁解した可能性もありますねー」

「微妙な所ですし、油断しない方がいいと思いまあす」


 竜二郎と優がそれぞれ言う。


「純子さんから通達がありますね。カメラの仕掛けられていない場所には、バトルクリーチャーがこっそり配置されているので、カメラの無い場所に足を踏み入れる時は注意しろと」

「何それ? マジで? それってズルじゃん。ていうか鬼だって危ないし。運営何考えるの? 超ムカつく。ていうか信用損なう行為だよ。そう思わない? 私は断じて許せませーん。超絶頭にきちゃう」


 竜二郎の報告は、正美の耳にも届いており、怒りを露わにする。


「敵であるホルマリン漬け大統領が運営しているから、そういうズルも見えない所でやってくるのは、ある程度仕方がないとも言えるな」


 鋭一が言う。最初の打ち合わせの時点で、それはもう予想していた事なので、優達六人は誰も驚いていない。


「予想こそしていましたが、ここまで露骨とは思いませんでした。まあ、僕はこれらの行為は、あまりにも考えなしの愚行だと思いますけどねー。デスゲームを映して販売する商売をしているホルマリン漬け大統領が、いくら自分の組織と敵対する者との対決という形であろうと、不正をしたということがバレれば、客はシラけて離れてしまいますよ」

「だよね。私もそう思う。ていうかもう、私もこの仕事終わったら、ホルマリン漬け大統領には関わりませーん。今度こそプンプンだよ。全く」


 竜二郎の言葉に、正美も同意した。


「とりあえず1ターン目は終了ですねー。あと11ターン」

「げっ、こんなのあと11回もするの?」

「こんなことをあと十一回もやってられるか。鬼はとっとと皆殺しだ」


 冴子が顔をしかめ、鋭一もうんざりした顔で吐き捨てた。


***


 別荘の横手で、純子は真を膝枕して介抱していた。


「ああ……至福の一時……」


 真が動けないことをいいことに、膝の上の真の頭を撫でまわしながら、うっとりとした顔で呟く純子。真も正直悪い気はしないが、誰かに目撃されたらと思って、そればかり気にしている。


「どうやら捕まった子は助け出したみたいだねえ」

 ネットの生中継の様子を見ながら、純子が言う。


「手違いがあったとかアナウンスがあったな」


 スピーカーから流れたアナウンスの声には聞き覚えがあった。純子とかつて取引をしていた、純子のマウスでもある大幹部、秋野香だ。


「バトルクリーチャーの配置もきっと手違いなんだろうねえ」

「それ、秋野に直接言ってほしい」


 笑顔で皮肉る純子に、真が無自覚のうちに一瞬微笑んでいた。


「はっ!?」


 その笑顔を見て純子が驚きの声をあげたかと思うと、真に向かって両の掌を合わせて拝み始める。


「いちいちそれするの、やめないか……?」


 どうして純子がそんなことをしているかは理解している真は、頭の中で疲れ気味な顔の自分を思い浮かべながら言った。


***


 鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り。これらは大抵、鬼が子を追いまわしたり見つけ出したりするものだ。

 しかし交戦可能という条件のあるこのドラム缶蹴りにおいては、子が積極的に鬼を狩る方が、子の生き残る可能性は増し、鬼はできるだけ子との争いを避けて、ゲームのルールに則って子を排除していく方が、危険が少ないという、逆転した構図になる。


「鬼を積極的に狩るのが最も安全にゲームを勝利する道だ」


 鋭一は真っ先にその事実を見抜き、当初から再三主張していた。


「鋭一、そればかりしつこいよ。それを私達だけでやるのもダルいし、わりがあわなくない? 他の子達は逃げ回ってるのにさ」


 冴子が不満げに言う。


「結果としてはそれが全体の犠牲の少なさに繋がるというのにな……」


 腹立たしげに鋭一。他の会員にそれらを訴えても、かんばしい返事が返ってこなかったのである。


「鋭一さんはいつも、皆にとって最も安全なことは何かを考えていますからねえ」


 フォローしたつもりの優の言葉に、鋭一はさらに嫌な顔をした。


「そういうのは、言葉にしてしまうとシラける。俺はその手の美辞麗句が大嫌いだ。そんなこと言わないで察するものだろう」

「それでも口に出して言って欲しい時だってありますよう。確認が取りたい時もあるものでぇす」

「女はそういうものかな」

「女限定なんですかあ? 男の人は違うんですかあ?」

「俺は少なくとも嫌だな。性別は関係なかったかもしれんが」

「鋭一さんがただ、恥ずかしがり屋さんなだけではないんですかあ?」

「お前に言われたくは無いっ……」


 優との言い合いに不毛さを感じ、鋭一はそこで引くことにした。


「あ、純子さんがすでに、バトルクリーチャーとの戦いをネット上にあげてますねー」


 竜二郎がディスプレイを見ながら報告する。


「その様子の動画まで上がってるのか。うわ、すごいなー、この子」


 卓磨が竜二郎のディスプレイを後ろから覗き、バトルクリーチャーを相手どって真が大立ち回りする姿を見て、驚嘆する。


「そろそろ時間だぞ」


 鋭一が時計を見て報告する。インターバルが終わろうとしている。


***


『インターバルを終了します』


 放送が流れ、鬼が動き出す。インターバルの間、子は自由に動いていいが、鬼は動きを禁じられている。


 ライスズメはインターバルの間、ずっと大の字で寝ていたが、その間に米の力でダメージと体力の回復をはかっていた。


 一方、オンドレイは側で失神したままただ。インターバル中であったし、そもそも無抵抗の者にとどめをさす気もなれず、オンドレイはそのまま放置して、ライスズメは移動を開始する。

 そのライスズメの前に、髪をビンクに染めたパンクファッションの女が現れた。鳥山正美だ。


「またヒーロー系マウスとか。しかも今度はスズメだよ、スズメ。でも中味はおっさんくさいし。おっさんとスズメって組み合わせ的にどうなの? ていうかどう思ってるの? よかったら聞かせて? 後学のために聞かせて?」

「登録はしないのか?」


 タブレットを手にしてはいるが、こちらに向けようとせずぺちゃくちゃと喋っている正美に、ライスズメが静かな口調で問う。


「そんなのいつでもできるし、先に私とお話してほしいんだけどなあ。まあいいや。こっちの答えには答えてくれない気がするし。じゃ、登録っと」


 正美がタブレットをかざし、ライスズメのブレスレットが音を鳴らす。


「じゃ、そういうことで」

 堂々と背を向け、正美が駆け出す。


「ライスフィア!」


 正美の足元から大量の米が噴出し、正美を覆い包もうとしたが、正美は前方が塞がれる前に米の壁を突破していた。


(速いな……)


 ライスズメが正美の後を追って駆け出す。しかし完全に向こうの方が速く、追いつけると思えない。


「どっちが鬼だかわからないよね。これ。子が鬼を追いかけるとかおかしいよ、絶対。ていうか、何でそんな食べ物を粗末にするような技使ってるの? 信じられない。どういう教育受けたの? どうかしてるよね。農家の人、絶対怒るよね」


 走りながら一人で呟き続ける正美。実はライスズメが、農家の人であるということなど、知る由もなかった。


「あ……」

 その正美の前方に、子のグループ五人が現れる。


「挟み撃ちだし、後ろのスズメさんはちょっと手強そうだし、これは薬パワー増さないと難しいかなあ」


 通常は二つ。多くても三つまでのコンセントを服用するに留める正美だが、これは四つ以上必要だと判断する。


「カバディカバディカバディカバディ」


 そこに聞き覚えのある声が響く。子のグループのさらに先に、カバディマン及び数人の鬼が姿を現した。

 カバディマンがタブレットをかざし、ブレスレットが一斉に登録を報せる音を鳴らす。


「私達が足止めしておくから、鳥山とカバディマンは報告に行って頂戴」


 鬼の一人に促され、ガバディマンと正美は頷いた。


「サンクス。こういう連携がこのゲームの面白い所だよね」

「カバディカバディカバディ」


 それぞれ例を告げて、二人は別荘に向かって駆け出した。


***


 優達六名は、鬼のグループと交戦し、丁度全滅させて一息つきながら、ネットで状況の変化をチェックしていた。


「ライスズメのおっさんが捕まったぞ……。他にも五人か」


 ドラム缶部屋を生中継している動画を見て、卓磨が報告した。


「助けに行かなくていいの?」

 冴子が竜二郎の方を向いて尋ねる。


「時間的猶予がまだあります。もう少ししてから行きましょう。今回は敵の行動が早いですね。何か罠があるかもしれません」

 と、竜二郎。


「捕まった人数が多くなってから助けに行くわけか」

「ええ。捕獲された人間が出るたびにいちいち攻め込んでいっても、キリが無いということですよー。それよりも敵を減らすことに専念しましょう」


 鋭一の言葉に竜二郎が頷く。


「他が助けに行くかもしれないしね。私達は戦ったばかりだし、休んでよ」


 そう言って冴子が、たった今殺したばかりの死体の傍らの地べたに、躊躇いなく腰を下ろし、地面に尻をつけて座った。


***


 別荘の前に人影は無い。しかし中に間違いなく鬼がいるはずだ。何しろ先程、子が六人も拘束されたのだから、缶を守る役が必ずいなくては、話にならない。

 別荘の入り口は正面玄関だけに限られていて、窓には鉄板などが張り巡らされている。


 まだ毒が抜けきっていない真を置いてきて、純子は単身で別荘へと入っていく。


「おやおや、そっちも一人」


 純子が呟く。毒の詰まったドラム缶が置かれた部屋の前にいたのは、正美だった。


「あ、純子だ。えいっ」


 正美がタブレットをかざした直後、正美のタブレットが真っ二つに割れて破壊された。


「タブレット壊しちゃ駄目っていうルールは無かったからね」


 手首から先の無い手をかざし、純子が笑いながら言った直後。消失していた手が元に戻る。正美がタブレットをかざすのを読んでタイミングを合わせ、手だけを転移させ、手刀でタブレットを壊したのだ。


「ふーん、じゃあ殺すしかなくなるね。それでいいはず」


 正美が壊れたタブレットを捨てて銃を抜き、タブレットが床に落ちる前に二発撃つ。


 そのうち二発目は純子から見て右側に撃った回避予測後の弾だ。純子はそれをほぼ直感だけで見抜いて、左斜め前へと踏み込んでかわし、少し直進してからさらに右へと移動し、さらに左という感じに、ジグザグ移動で正美へと近づいていく。


 一方で正美は、いつ純子の手が空間を越えて攻撃してくるかわからないので、そちらに注意を払っていた。そして向こうにも遠距離で攻撃できる術があるにも関わらず、接近戦を挑もうとする純子を見て、幾つか予想を立てる。

 ただ単に接近戦を挑むつもりか、自分をすり抜けて戦闘回避して部屋の中に入るか、接近戦と見せかけて途中で止まってまた空間を越える攻撃をしてくるのか。


(カメラで撮影されながらの戦いだから、できるだけ手の内見せたくないんだけどねえ。ま、これくらいならいいか)


 そう思いつつ、純子は近接攻撃が直接届く間合いまで接近する。


 正美が銛で純子を突く。純子は半回転しながら、正美の側面へと踏み込んで移動しつつかわし、正美の横で、正美の体に対して背を向けた格好になる。


 純子がそこからさらに回転し、銛で突いた直後の正美めがけて左腕を振るう。


 際どい所で身をかがめ、純子の手刀をかわした正美は、距離を置かんとして、純子に足払いをかける――と見せかけ、純子の足元の床を蹴る。


「あ、しまった」


 正美は大きなミスに気がついて、思わず声をあげた。

 純子が横に来ていた位置で、うっかり自分から純子と距離を取ってしまうという、大きな失態。


 純子は正美の脇を抜けて、そのまま部屋へと飛び込む。


 正美が後ろから銃で撃つが、まるで後ろに目でもついているのかという感じで、器用にかわし、室内に置かれたドラム缶へと一直線に走っていく。


「どっこいしょーっ」


 かけ声と共にドラム缶へ体当たりをかまし、純子は缶を倒し、拘束されていたライスフィアと他五人の電子手錠が外された。

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