第二十六章 22

 優達六人が別荘のエントランスに突入する。

 途中で他の鬼に会うこともなく、すんなりと突入できたことに、罠があるのではと優と竜二郎と鋭一は勘繰り、一際警戒する。


「鬼が見張っているかと思ったら……いませんねえ」

「気を抜くな。そう油断させているだけかもしれない」


 別荘の玄関にて、周囲を見回しながら優と鋭一が言う。


「鬼はこっちを見つけて逃げるだけで済むからなあ。この中で見つかったら、すぐに……」


 卓磨が喋っている途中に、別荘の中から一人の鬼が颯爽と現れ、六人に向かってタブレットをかざした。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 カバディマンだった。タブレットに六名が登録され、登録されたことを報告する音が、ブレスレットより発せられる。


「逃がすか」

 鋭一が腕を振る。すでにロックオンしてある。


「カバディっ!?」


 無数の透明のつぶてを頭上から降らされて、ガハディマンの足が止まる。目に見えない投石を何発も一度に食らったようなものだ。


「あ、こんな所まで入ってきてる。他の鬼達何やってるんだろ。チームワーク悪くない? 悪いよね? ちゃんと連携が取れてない証拠だと私は思うの。そういうのしっかりやらなくちゃダメなのにしっかりやらないって、ちょっと頭にきちゃう。プンプンとは言わないけどイライラだよ」


 さらに通路奥から現れたもう一人の鬼――鳥山正美が、文句を言いながらタブレットをかざし、優達六人を登録した。またブレスレットから音が鳴り響く。


「タブレットって攻撃しちゃ駄目なんでしたっけえ?」


 優が緊張感のない声で、誰ともなく尋ねる。


「ん? いいはずだよ? でも私、むざむざ壊させるようなことしないよ? そんな隙見せないし。試してみたら?」


 答えたのは正美だった。


「ごめんなさい。壊します。ていうか消しますねえ」


 優が能力を発動させた。


「え? 嘘? 何これ? あ、マジックだ。わかったこれ、マジックだよ。私にはわかります」


 手にしていたタブレットが突然消えたことに、正美は戸惑いの声をあげたが、その後すぐに、勝手に納得する。


「全員真っ直ぐ直進してくださいなー」


 竜二郎が声をかけ、真っ先に走り出す。


「え? 何ちょっと? 皆消えた?」

「カバディ?」


 正美とカバディマンの目からは、この六人組が突然消失したかのように見えた。


 もちろん実際に消えていなくなったわけではない。竜二郎が幻影結界を発動させて、六人の姿を視覚的には認識できなくしただけだ。


「あ、わかった。これ。この人達皆透明になったんだよ。ワープしたわけじゃない。気配と足音はあるからっねっ!」

「痛っ!」


 正美が駆け出したかと思うと、気配と音を頼りに大体のあたりをつけて、足払いを見舞う。蹴られて声をあげたのは岸夫だった。

 かすめただけなので転びはしなかったが、幻影結界の中に正美が飛び込んだことによって、六人の姿が正美の目に映る。


 竜二郎は幻影結界を細長く伸ばし、六人が通路に飛び込めるように延ばしていた。その結界のゾーン内に、正美が飛び込んできたのだ。


「あれ? 透明じゃないよ? 何これ? 突然見えるようになって、わけわかんない。まるで狐に憑かれてつままれたような感じっていうかー。ねね、どういう仕組みなの? 誰か教えて」


 正美の問いかけに誰も答えず、六人はそのまま走っていく。正美ももちろんその後を追う。


「あ、思い出した。昔もこんなことあった。亜空間の中の迷路みたいな感じなの。そうだ、東京デッイクランドの水族館の中だよ」


 呟きながら正美は追跡する。六人共明らかに隙を見せていたが、正美は銃で攻撃しようとしなかった。六人とも超常の力を有しているし、これだけ隙を見せているからには、下手に銃を撃つと何かしら思いもよらぬ方法で反撃してくるのではないかと、見越していたのだ。隙だらけなのは、罠ではないのかと。

 事実、卓磨は正美の攻撃に注意を払いつつ、最後尾を走っていた。正美が銃なり能力なり、飛び道具で攻撃してきたら、その運動エネルギーを蓄積し、カウンターを見舞うつもりだった。経験則による正美の予測は見事に的中していたのである。


 ドラム缶部屋へたどり着き、竜二郎が真っ先に中へと飛び込む。さらに優と鋭一が中に入る。

 室内には五人の子が、電子手錠で部屋の柱に繋がれて拘束されていた。ドラム缶を倒せば、拘束は解けるはずだ。


(時間ぎりぎりでしたね)


 竜二郎が携帯電話の時計を見た。あと二分弱で扉が閉まり、ドラム缶が爆発して中の毒ガスが噴射され、拘束された子は死ぬ所だった。

 岸夫も部屋の中に入った所で、卓磨と冴子はしんがりで立ち止まり、正美の方に振り返る。正美も足を止めて、警戒しつつ、銛を構える。


「あの人、あんな武器で戦うの?」

「あれって魚獲る銛だよね……」


 銛を構える正美を見て、卓磨と冴子が小声で言い合う。


「よし、倒した」


 一方部屋の中では、鋭一と竜二郎の二人がかりでドラム缶を倒していた。

 安堵する一同。しかしその安堵は長続きしなかった。


「あれ?」

「おい、どうなってんだ?」

「これは……」


 捕らわれていた会員達、それに優達も動揺した。

 ドラム缶を倒したにも関わらず、拘束が解けないのだ。ルール上、これで電子手錠の拘束が解けるはずなのに。


「何してるの? 早く逃げないと、もう時間がないでしょっ」


 一向に部屋の中から出てくる気配が無いので、冴子が苛立ち気味に声をかける。


「ドラム缶を倒したのに、捕まった子達の手錠が解けないんだっ」


 岸夫が報告し、卓磨と冴子、それに正美も顔色を変えた。


「ちょっとそれどういうこと? 倒したなら解けるはず。私はこのゲームの常連だから、それは確か。でも貴方達が嘘ついてるとも思えない。つまり、どういうこと?」


 構えと戦意を解き、両手を軽く上げて戦意の無い事を示したポーズで、正美が部屋へと近づいていく。それを見て冴子が部屋の中へと入り、状況を確認する。


「入ってこない方がいいです」


 優が告げた。その時、優はこれが如何なる事態か、見当がついた。しかし冴子は部屋に入り、卓磨も部屋の中に入ってきてしまう。


「あ、本当だ。倒れてるよ。なのに解放されていないね。おかしいよ、これ。電子手錠が故障した? 五人分一斉に?」


 正美まで部屋に入ってきて、不審げな声をあげる。

 その直後、部屋の扉が閉まった。まだ時間的余裕があるにも関わらず、だ。


「閉まった?」

「どういうことだっ! 扉が閉まる時間じゃないだろっ!」

「ちょっとどうなってるの、これ? おかしくない? おかしいよね? 運営のミスにしても笑えないんですケド」


 卓磨が怒鳴り、正美も啞然として扉を見ている。


「やっぱり……」

「なるほど、そういうことですかー」


 優が呟き、竜二郎も何故このような事になっているかを理解した。


***


「これでよし、と。敵十人以上、一気に毒ガスの餌食だ」


 モニター室で、ドラム缶部屋の様子を見ながら、四股三郎がほくそ笑む。


「ふざけるな。ただでさえバトルクリーチャーの件がバレて、こちらの立場が……」

「うるっせーんだよ! もうこっちの不正はバレてるんだから、この際不正しまくってでも仕留めればいいんだよ! 後で適当な言い訳かましとけばいいんだ」


 香に文句を言われ続け、とうとうキレでがなりたてる四股三郎。


「今、生中継で流している映像は、何事も起こらないドラム缶部屋を録画したものを流している。わかりゃしねーよ。時間がきたらドラム缶が爆発して、部屋が煙だらけになるしな。追加の死体は、無理して助けようとしてあえなく死んだってことで解釈できるだろ」


 拘束を解かず、勝手に扉を閉めたのも、四股三郎の仕業だった。


「いやあ、そういうのはちょっと感心できないなあ」


 モニター室に、四股三郎には聞き覚えの無い声がした。


 振り返ると、一人の痩身の男が入り口に立ち、にやにやと笑っている。


「だ、誰だ、お前っ!? どうやってここに入った!?」


 不正がバレないように、大幹部以外は入れないようにと、予め構成員達に告げておいた部屋に、堂々と入っているその人物を目の当たりにし、狼狽しまくる四股三郎。


「相変わらずそのお面か、香。さっさと扉を開けろ」

「は、はい」


 命令口調で告げる男に、香は震える声で返事をし、四股三郎を押しのけてスイッチを押し、ドラム缶部屋の扉を開ける。


「な、何しやがるっ!」

「ふむ。そいつは新参の大幹部か。なら俺を知らないのも無理ないなー」


 声を荒げる四股三郎に、痩身の男――犬飼一が小さく息を吐く。


「ひょっとして大幹部の誰か? 仮面もつけないで……」

「違う」


 この部屋に入れたということと、今の台詞でそう判断する四股三郎であったが、香が否定した。


「この人こそが……ホルマリン漬け大統領の創設者……ボスだ……」

「はあっ!?」


 呻くように告げた香の言葉に、四股三郎は驚きの声をあげて、犬飼を見る。

 組織の運営から離れて、全く顔を見せなくなったというボス。四股三郎が御目にかかるのは、初めてであった。


「な、何で……そのボスがこんな唐突に現れて……俺らの邪魔を……」

「邪魔も糞もないだろ。組織の看板に泥塗りまくるよーなことして。誰だ、こんなアホンダラを大幹部に推薦したのは」

「すみません……。自分です」


 申し訳無さそうに言う香。


「あっそ。じゃあ……銃は持っているか? 俺は面倒臭い」


 犬飼が口にしたその台詞の意味を、四股三郎には理解できなかったが、香にはすぐわかった。


 香が銃を抜き、その銃口の向きが自分の顔へと向けられたことで、四股三郎も犬飼の言葉の意味する所を理解した。


「まっ……!」


 仮面の下で血相を変えて何か叫ぼうとした四股三郎であったが、銃声によってかき消される。


「申し訳有りませんでした」

「本当悪いわ」


 深々と頭を下げる香に、溜息混じりに犬飼。


(やれやれ、来てよかった。実にいいタイミングだったぜ。しかもよりによって優がピンチとか。いや、優のことだから俺が助けなくても、あの状況は自力でどーにかできただろうけどなー)


 モニターに映る優の顔を見て、犬飼は微笑んだ。

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