第二十六章 21
純子と真は過去一度だけ、このドラム缶蹴りに参加したことがあるが、今回はその時とまるでかつてが違う。
通常、ドラム缶蹴りは屋内で行われるし、広い空間ではないので、一時間以内に目まぐるしい攻防が繰り広げられる。子はいつまでも隠れてはいられないし、鬼は積極的に子を探しに行く。
しかし今回は鬼が中々子を見つけない。屋外を使い、範囲が広すぎるせいだ。そのうえ同じ陣営同士で連絡も取り合えるので、早い段階で鬼が子を捕まえるより、時間ギリギリで子を捕まえた方が効果的となる。通常のドラム缶蹴りでは、そもそも同じ陣営で作戦を立てること事態が困難だった。
純子と真の二人は比較的別荘に近い位置で、一箇所にずっと留まることなく、定期的に移動していた。しかし移動よりは、留まっている時間の方が長い。
「おやおや」
その二人の前に、自然界では存在しえない生物が出現した。おなじみバトルクリーチャーだ。
それが何を意味するか、二人は即座に理解する。ここにはゲームの様子を撮影するカメラが仕掛けられていない。ルールに反する行いがあっても、わからない。
(カメラが仕掛けられていない場所にうっかり足を踏み入れると、バトルクリーチャーに遭遇して殺されるという寸法か)
ホルマリン漬け大統領の思慮の足りない姑息な罠に、真は頭の中で嘆息する自分を思い描く。
バトルクリーチャーに殺されたならば、証拠も残らないが、ハドルクリーチャーを撃退した場合、どう言い訳をするのかと、真も純子も呆れていた。
「んー……狂言てことにされちゃうのかなー」
真もそこまで察しているだろうと見抜いたうえで、一見脈絡の無さそうな台詞を口にする純子。
「証拠に死体を運んで別荘に投げ入れても、狂言にされるのかな」
言いつつ真は銃の弾を溶肉液入りのものへと入れ替える。
丸まったダンゴ虫のような体にやたらと細長い脚が二本生え、その脚よりさらに長い腕が四本生えた奇怪な形状のバトルクリーチャー。腕にはそれぞれ肘が二つもついている。手には四本の異様に長い指が生え、鋭い爪が伸びている。
長い脚で大股で移動し、バトルクリーチャーが向かってくる。見るからに装甲が厚く、銃弾が通りそうにはない。
装甲の厚いタイプのバトルクリーチャーを倒すセオリーに従い、真は脚の関節部分を撃つ。あっさりと転倒する手長足長ダンゴ虫もどき。それだけでそいつは戦闘不能になった。
「結構速かったな……。厄介だな……」
片付けたと思った矢先。地面でじたばたともがくそいつと、全く同じ形状のバトルクリーチチャーがさらに四体も、木の上から降ってきた。
「少し手伝おうか?」
「接近されたら頼む」
声をかける純子に、真はそう答えてから、銃を撃ちまくる。バトルクリーチャーの速さと位置と数を考えると、接近を許す事無く全滅させられるかどうかは、かなり際どい所だ。もちろん接近を許した所で、真は対処するつもりでいるが、純子が申し出てくれているのだから、粋がらずに頼った方がいいとした。
三体の手足を撃ち抜いて転がしたが、残り一体の接近は許してしまう。
純子が軽く手を上げる。手首から先が消失している。純子の手が空間を越えて、接近したバトルクリーチャーの前に現れ、装甲の厚そうなダンゴ虫ボディーが紙を引き裂くかのように、手刀で両断された。
「こりゃ油断していたら不味いかも。これは流石に皆に知らせておこう。撮影してネットにうぷ、と」
戦闘不能もしくは死亡したバトルクリーチャーを、指先サイズの携帯電話で撮影する純子。
「お前の目論見通りの展開になったな。しかしこんな罠、すぐ告発されてしまうだろうにな。参加者はネットの使用が許可されているんだぞ」
罠を仕掛けた者はそこまで頭が回らなかったのかと、呆れる真。
「多分バトルクリーチャーに襲われた時点で、ネット上に告発する間もなく、殺せる自信でもあったんじゃないかなあ? ……って、真君?」
突然真が膝をつき、地面に手をついているのを見て訝る純子。
「凄く気分が悪い……これ、毒か。こいつらの体内……体液に毒ガスが仕込まれて……少し吸ったみたいだ」
激しい眩暈と頭痛と悪心が一度に押し寄せ、真は自分が立っているか倒れているかの判断もつかず、しかし思考回路だけははっきりと保ち、喋ることはできるという状態にあった。
「なるほどー、用意周到な二段構えだねえ」
たまたまであろうが、純子は吸わずに済んだ。あるいは吸ったとしても、解析して解毒ができる。もっとも毒によって受けた身体的影響そのものは、すぐに回復できるとも限らないが。
「なるほどーじゃなく、何とかしてほしいもんだがな」
「うん、まあ取りあえずここから離れよう」
そう言って真の体を抱えあげる純子。
「その抱き方やめないか?」
「やめなーい。せっかくのいい機会だしー」
お姫様抱っこされて、毒の影響で脂汗をかきながらも抗議する真であったが、純子は屈託の無い笑顔で却下した。
***
「バトルクリーチャーに真っ先にかかったのが、よりによって雪岡と相沢とはな。そして仕留めきれなかった」
状況をチェックするためのモニター室にして、バトルクリーチャーに内蔵したカメラで様子を見ていた香が、仮面の下で渋面になる。
「でも相沢を戦闘不能に出来たのは、大きいでしょう」
得意気に言う四股三郎を見て、香は彼の顔を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。愚かにも程がある。
「仕留めきれず、告発されてしまったぞ。御丁寧に動画つきアップロードでな」
「楽しむためのギミックだったと言い訳しましょう」
ぬけぬけと言う四股三郎を見て、殴りたいどころか殺したいとすら思うに至る。
「それで済むはずがない。ホルマリン漬け大統領が、見えない部分でルール違反をしたということで、炎上するのが目に見えている」
「しらばっくれればいいじゃないですかっ」
しつこく否定する香に、四股三郎もむかっ腹が立って、声を荒げる。
(これはもう駄目かもしれないな……)
この時点で香は、自分達の敗北を予感していた。
***
「ライスピア!」
ライスズメが手をかざして叫ぶと、掌から米が一直線に放たれる。
オンドレイは無理せずこれを避ける。何だかわけのわからない法則ハメ系だの、肉体や精神に直接作用だのといった能力は、気合いで抵抗することができるオンドレイだが、物理攻撃系の力も気合いで弾き飛ばせるかといえば、そんなことはない。
「ライスフィア!」
「むっ!?」
突然オンドレイの周囲の足元から米が噴き上がったかと思うと、球状にオンドレイの体を覆い尽くした。
「炊飯開始!」
ライスズメが叫び、高速高温で米が炊きあがっていく。
「うおおおおおっ!」
高熱地獄を味わい、オンドレイが目を剥いて叫ぶ。
「おおおおっ!」
叫びながら自分を囲った米にパンチを見舞うが、腕が突き出ただけだ。
さらにもう一本の腕を突き出し、両腕で米の壁をかきむしるが、すぐに修復して元の米の球体へと戻る。そのうえ米の壁に突っこんだ腕が火傷してしまう。
「ぅおのれぅぇえぇええええっ!」
両手を組んで頭上へと振りかざし、渾身の力で前方の米壁へと振り下ろす。
大きめの穴が出来たその瞬間、米の壁が修復する前に、オンドレイは思いっきり体当たりをぶちかまし、米の壁を無理にこじ開けて外へと出た。
「ふっ、パン党にしてはやるな」
体中に火傷を負ったひどい状態で荒い息をつき、自分を睨むオンドレイを称賛するライスズメ。
「もう一度ライスフィア!」
「そんなもん二度も食ってたまるかぁ!」
再び足元から米が噴き上がったが、オンドレイは球状になって自分の体が覆われる前に、米の噴出に向かって突進して突き破ると、そのままライスズメめがけて憤怒の形相で猛然と駆けていく。
ライスフィアの使用中であったため、米を操る力を使って応戦することができないライスズメは、身構えてオンドレイの肉弾戦に応じる構えを取る。
ライスズメも身長180を優に越えているし、体つきもがっちりとしているが、身長2メートルを越えるうえに全身筋肉の鎧で覆われたオンドレイと比べると、三回り以上見劣りする。おまけにオンドレイは実践経験豊富な殺し屋だ。普通に考えれば、近接戦闘をしても勝ち目は薄い。
ただしライスズメも、スーツの機能によって常人より身体機能が強化されているという点がある。単純なパワーと頑強さだけなら、オンドレイに引けをとらない――と、ライスズメ自身は見ていた。
しかし、オンドレイの豪腕が振るわれた時、ライスズメは己の考えが甘かったことを嫌というほど思い知らされた。繰り出されたフックを側頭部に受け、ヘルムの上からでも意識が飛びそうなほどの衝撃を受ける。
さらにオンドレイのもう片方の手が、ひるんだライスズメの頭を掴み、そのまま片手でライスズメの80キロ以上はあろうかという体を持ち上げ、振り回し、押し潰すかのように地面へと叩きつけた。
スーツのマスクがなければ、最初の一撃で死んでいてもおかしくなったが、この叩きつけ攻撃に至っては、スーツがなければ確実に死んでいたと思われる。
地面に仰向けに倒されたライスズメに、オンドレイがストンピングを見舞おうとしたが、ライスズメもようやく能力が放てる状態になった。いや――ようやくと言っても、たった三秒か四秒程度のことであるが、ライスズメにとっては、あまりにも長い時間のように感じられた。
「ライスライサー!」
掌から米が曲刀状に放射され、オンドレイの腹部から肩口にかけて、下から切りつける。
オンドレイの肌と肉と鎖骨と肋骨は切り裂いたものの、内臓にまで斬撃は及んでいない。そしてオンドレイの攻撃の勢いも止められない。
巨体から繰り出される足による踏みつけを、腹部や胸部に何発もくらい、ライスズメは血反吐を吐き、白目を剥く。
「くっくっくっ……お、俺の勝ちだ」
大きく切り裂かれた傷口から激しく出血しながらも、オンドレイは嬉しそうに笑い、銃を抜いて、意識を失ったライスズメの頭に銃口を向け、とどめをさそうとする。
「ライストーム!」
否――ライスズメが意識を失っていたのは一瞬のことで、すぐに覚醒していた。引き金が引かれる寸前に能力を発動させ、米の嵐を至近距離からオンドレイへとぶつける。
オンドレイの巨体が米によって高々と吹き上げられ、約6メートルの高さから、仰向けに地面へと落下した。米によるダメージと落下によるダメージ双方を受け、ライスズメは大の字に伸びて失神した。
「ふっ……最後まで意識を保っていた方が勝ちなら、俺の勝ちだ。お前がパンより米を愛していたら、お前の勝ちだったかもしれんな……」
首を少し上げ、倒れたオンドレイを見て不敵に笑いながら告げると、首から力を抜き、ライスズメも大の字状態で意識を失った。
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