第二十六章 20

 ゲームが開始されても、双方、中々動きは無かった。

 子側は鬼に見つからないよう、カメラにも映らない場所にじっと隠れている。


「もう四十分以上経ったな……。こんなに時間が経過しているのに、全く変化無しか」


 時計を見て、城ヶ島が呟く。

 鬼が隠れた子を見つけられないという理由ではなく、時間ぎりぎりで見つけてから報告し、拘束された子を捕まえられなくするのが狙いではないかと、城ヶ島は考える。


 城ヶ島渡はホルマリン漬け大統領と殺人倶楽部の確執が始まる以前から、年齢層の高い会員を取り入れ、大きなグループを作り、そのリーダーを務めていた。

 人数を増やすことに腐心した結果、荒居のような粗悪なメンバーも引き入れてしまったものの、数の多さは確固たる力となったし、今回のゲームでも有効に働くものと思える。


 一度に固まっていられる人数の上限は六人。これ以上の人数が五分以上固まると、ブレスレットより警告が発せられる。

 城ヶ島のグループは現在10人なので、オーバーしている。そのため、五人ずつの二班に分けて、着かず離れずで行動している。この着かず離れずによって、片方の班に異常があっても、もう片方の班がすぐに対応できる。これが自分達のグループの大きな利点だと、城ヶ島は考える。


 城ヶ島のレベルは14。一応グループの中で最も高いし、殺人倶楽部会員全員の中でもやや高めに入るが、際立って高い方でもない。しかし彼が二つ持つ力は、それなりに強い代物だ。彼が持つ力の一つは――彼自身の能力ではなく、純子より授かった魔道具である。


 その城ヶ島の前に、鬼六名が突然現れタブレットをかざし、ブレスレットから一斉に音が鳴る。鬼のタブレットに登録された事を報せる音だ。


「皆ばらばらに別荘向かってね。ここは私が引き止めるから大丈夫」


 そう言って正美が城ヶ島達五人の前に立ち塞がる。


「じゃあこっちも俺がこの女を担当するから、他はばらばらに別荘に向かってくれ」

「はい」

「了解」

「あ、それズルくない? 私が一人で全員、ここで食い止めるつもりだったのに。頭にきちゃう」


 城ヶ島以外のメンバーがちりぢりになるのを見て、正美が口を尖らせる。


 自分達と少し離れた位置で行動していたもう片方の五人組も、すでにドラム缶のある別荘へと向かっている。鬼が缶のある部屋にたどり着く前に、子が缶のある部屋へと向かい、拘束する前に缶を倒してしまえば、タブレットに記された拘束登録も解除される。


「ま、いいか。貴方がリーダーっぽいし、減らしておく価値はあると思いまーす」


 言いつつ正美は背負っていた銛を左手に携え、右手では銃を抜き様に撃った。


 銃弾は城ヶ島の胸を貫く前に、城ヶ島の体から飛び出すように拡がった白いものによって、防がれた。


「布? あれって布だよね?」


 城ヶ島の前ではためくそれは、真っ白な大きな布のようにしか見えない。しかしそんなもので銃弾が防がれた事実に、正美は興味津々になる。


 布の端を城ヶ島が掴み、軽く振り回すと、布はたちまち棒状になり、凄まじい速度で伸びて正美めがけて向かっていく。

 先端が尖っていて、棒というよりは伸びる白い槍だと正美は思いつつ、横に大きく二回ほど跳んでかわす。短距離の回避は、危険な気がした。城ヶ島の持つ白いそれは、形状が瞬時に変化する武器であると見抜いたうえで、短い距離の回避では、布がさらに変化して攻撃してくる可能性も考えたからだ。


 手前に向かって城ヶ島が白い槍を振ると、あっという間に縮んで、城ヶ島の手に収まる。


「ハンカチ?」

 城ヶ島が持つそれを見て、正美が呟く。


 それは城ヶ島が純子から授かった『百徳ハンカチ』という魔道具であった。見ての通り、そして名前通り、様々な形状へと変化するハンカチである。


 さらにハンカチを振る城ヶ島。今度はしなる鞭のような動きを見せ、しかも大きく伸びる。

 正美に巻きつかんとしたハンカチであるが、正美はハンカチが自分に巻きつく前に、銛でハンカチを貫いて、地面へと突き刺した。


「え?」


 啞然とする城ヶ島。ハンカチの速度は、例え避けることはできても、とてもではないが掴めるような代物ではない。ましてや飛来するハンカチを銛で刺すなど、人間業とは思えない。


 ハンカチをバラバラの糸状にして、手元に戻そうとする城ヶ島であったが、その最中に正美に二発撃たれて、崩れ落ちる。


 一方、城ヶ島のグループの子達の前にも、鬼が立ち塞がった。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 城ヶ島グループの子の中では、別荘に最も近い距離に迫っていた女の前に、怪しさ全開で立ち塞がるカバディマン。


「カバディカバディカバディカバディ」

「へ……変な人……」


 一瞬戸惑ったが、突破せんと、超常の能力を発動させる。

 女の手よりレーザー光線のような一条の光が放たれたが、カバディマンは余裕をもってかわし、女をこれ以上行かすまいという姿勢で、中腰で手を広げて構える。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 呪文のような呟きを早口で呟き続けるカバディマンに、女は何度も光線を放つ。しかし悉くかわされる。


(この人……只者じゃない)


 女がそう判断した時、カバディマンが女に向かって突っ込んできた。


 当然、レーザーで迎え撃つが、やはり巧みにかわし、カバディマンはとうとう女の間近まで接近すると、低空タックルを見舞って女を転倒させる。

 さらに女の手を取り、レーザーを自分に向けて放てないような角度へとねじると、仰向けに倒れた女の上に覆いかぶさり、ぴったりと身体を密着させた。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 そのうえ頬まで密着させて、丁度口が女の耳にくる位置で、同じ言葉を延々と呟き続けるカバディマン。


「誰か助けてーっ! 変態に襲われてるーっ!」


 鳥肌状態になって女が叫ぶ。しかしカバディマンは身体を密着させた状態で同じ言葉を繰り返すだけで、それ以上何もしようとはしなかった。


 そしてしばらくすると、ブレスレットから、缶を踏まれたことを報せる音が鳴った。


『あなたの名前を登録した鬼が缶の上に乗りました。速やかに缶のある部屋に移動してください。なお、一切の交戦行為は禁止します』


 さらに移動を促すメッセージが流れた所で、カバディマンはようやく女の上から離れる。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 同じ言葉を早口で繰り返しながら、中腰かつガニ股のまま走り去るガバディマンを、女は呆然とした面持ちで見送った。


***


 ドラム缶の上に乗られた音が、子の全員のブレスレットから鳴る。

 ネットで生中継しているのでチェックすると、殺人倶楽部の会員達が、鬼の誘導で別荘に向かって歩いていく姿を確認できた。


「早速捕まったようだぞ……。荒居の奴がいたグループか」


 ホログラフィー・ディスプレイを覗き、鋭一が呆れる。


「十人も一気にもっていかれましたか。鬼側はこのゲームに慣れている人達みたいですねえ」

 竜一郎が言った。


「助けにいきましょう。時間が迫っています」


 優が促す。時計を見ると47分。あと13分でドラム缶が爆発し、毒ガスがまかれ、部屋に捕まった会員達は死ぬことになる。


「別荘の部屋までの移動にもそれなりの時間がかかるが、奴等が捕まったあの場所からの移動で13分以上かかることはない」

「僕達も急いで10分くらいの距離ですね。行きましょう」


 鋭一と竜二郎が言い、六人は別荘に向かって移動を開始した。


***


 城ヶ島は変化が全く無いと思っていたが、実際にはそんなことは無かった。


 オンドレイはこの四十分以上の合間に、二回も交戦していた。

 単独で動き、子を見つけてもタブレットに登録しようともせず、戦い、殺していた。最初にオンドレイに見つかった会員達は不意打ちを食らい、連絡する暇も無く殺された。

 まともにゲームをする気は無い。交戦して相手の命を奪ってもいいルールなのだから、ひたすら殺して数を減らせばいいだけという結論だ。


 オンドレイが二回目の交戦をしている際、毒ガスの缶の上に鬼が乗り、何名かを拘束する報があったが、オンドレイと戦っている殺人倶楽部の会員達はそれどころではない。四人いたうちの二人がすでにオンドレイに殺されている。


「楽しそうだな」


 オンドレイと向かい合った殺人倶楽部会員二名の後ろから、奇怪な格好の男が現れ、声をかける。


「ふーん、こいつがヒーロー系マウスっていう奴か」


 現れたライスズメと向かい合い、オンドレイはニヤリと笑う。一目見て、歯応えのありそうな相手であると判断した。


「お前達は邪魔だ。どこかへ行ってろ」


 オンドレイに襲われていた二人に向かって、ライスズメがにべもなく言い放つ。二人は安堵と後ろめたさが入り混じった面持ちで、その場を離れる。


「お前、米派か? パン党か?」

 ライスズメが腕組みして、オンドレイに問う。


「米の飯も嫌いじゃないが、大体パンだな」


 かつて日本で生活していた際、師の元で、いつも朝は米の飯と味噌汁が出されていたことを思い出しながら、オンドレイは答えた。


「そうか……生かしておけんな」


 正直に答えたオンドレイに、ライスズメは闘志の炎を滾らせた。

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