第二十六章 24

 モニター室にて犬飼は、ドラム缶蹴りの様子を見つつ、ネットも閲覧して視聴者達の反応も伺っていた。


『ホルマリン漬け大統領の奴、カメラの設置できない場所にバトルクリーチャー配置してやがったぞ』

『雪岡純子が動画上げてましたねー』

『また雪岡の自作自演とかでは?』

『そのわりには相沢真が毒ガス? くらって倒れてたし……。しかもそんな準備する余裕が雪岡側にあるか? あったとして、それをホルマリン漬け大統領側が気がつかず、放置するか?』

『ホルマリン漬け大統領の仕掛けと考えた方が自然だわさー』

『いかにもあの糞共がやりそうなことだしなw』

『いつも屋内でやるのに、山の中で、カメラの移らないゾーンの多い広い場所を選んだ理由は、これか』

『バトルクリーチャー以外にも罠はありそうだ』

『さっきの不自然な扉の開閉とかも怪しい。結局開きはしたけど』

『つーかさー、いつまでこんなふざけた極悪組織を野放しにしていやがるんだよ。いくら裏通りでもやりすぎだし、警察マジ無能』

『裏通りでも他の組織が同じことやったら、速攻逮捕だろ。ホルだけは上級国民様の庇護があるから逮捕されないんだよ。殺人倶楽部と同様に特権階級だ』

『誰かマジこの組織潰してほしい。雪岡には期待してるんだが』

『他力本願乙。お前が潰せ。応援してるぞw』

『雪岡だってこの組織とずっと相対しているが、結局潰しきれてないっていう。プロレスの可能性もあるけどな』


「うおー、すげえ炎上してるわー。普段からホルマリン漬け大統領のこと嫌ってる連中も多いから、ここぞばかりに、物凄い勢いで叩かれてるな。警察もこの組織のことすげー嫌ってるから、警察も一緒に叩いてそうだな。ははは」


 ネットの反応を見て、犬飼が楽しそうに笑う。


 裏通りの組織において、権力者達との繋がりが太いホルマリン漬け大統領は、かなり無節操かつ残忍な殺人を繰り返してそれを商売にしているにも関わらず、警察は手出しが出来ずに歯がゆい思いをしていた。書き込みにもある通り、他の裏通りの住人が、ホルマリン漬け大統領並の犯罪を行おうものなら、即座に御用だ。そのため、同じ裏通りからも嫌われている組織である。

 もし権力とのパイプが弱まったら、警察は全力でホルマリン漬け大統領を潰しに来ると予想できるし、警察関係者が匿名掲示板で叩くくらいのことは、日頃からしていてもおかしくない。


「この組織とか、他人行儀な呼び方ですね。貴方が創設した組織でしょう?」


 まるで他人事のように笑う犬飼に、香は思わず突っこんでしまう。正直香も組織への帰属心など無いので、責める気にもなれないが。


「思い入れが全く無いわけじゃないぞ。最初は楽しかったしな。ま、飽きたから疎遠になったわけだけど」


 自分が手がけたものが他人の手によって育てられることも、最初はそれで良いと思っていた。だが組織の拡大と利益に憑かれたようになっている初期の大幹部達を見て、急速に冷めてしまった。趣味で始めた組織ではあったが、自分が商売人としても経営者としても、性格的に適していないことを思い知った犬飼である。


「笹熊さんはよくボスの話をしていましたよ。ボスに心酔しているようですし、戻ってきて欲しいとよく口にしています」

「そうか。でも俺はあいつが嫌いだけどなー」


 犬飼のあまりに身も蓋も無い言葉に、わりと酷薄な性格の香でさえも、絶句してしまった。


「ちょっと顔を見せてやるか。その前に一応あいつに連絡くらいはしてからな」

「ツンデレですか」

「この場合、デレの部分は、付き合い上しゃーない的ニュアンスがデカいぞ」


 犬飼の言葉は嘘だった。犬飼は確固たる目論見があって、笹熊と接触を図ろうとしていた。


***


 純子が捕らわれた子達を解放した直後、正美はカスイプを使って、鬼全員と連絡をとった。


「いつもはこのゲーム、子と鬼に大した戦力差がついていないんだけど、今回は物凄く子の方が強くて、それでかなり不利になっちゃってるのよ。こういうの初めて。斬新な展開だけど、このままじゃ負けるから、何とかした方がいいと思いまーす」


 常連のわりに、あまり実の有る発言をしないと、正美のその言葉を聞いて何人かが思ったが、口には出さない。これでも戦力的には最も頼れる人物だ。


『奴等、大抵複数で行動しているし、着かず離れずに二つのグループで行動して、挟み撃ちとかしてくるパターンで、鬼側が一方的に殺されている』

『今までは、子も鬼も烏合の衆だったり、横の連携がとれていなかったりしたから、ここまで差がつくことは無かった。しかし今回、子の側は元々連携が取れる間柄で、そのうえ今回に限ってネットや携帯電話の使用も解禁だ。これでは戦闘力云々を差し引いても、子に分があるのは当然』


 正美と同じく、このゲームを何度か経験したらしいプレイヤーが指摘する。


「で、私女なんだけどちょっと言わせて? こちらも複数のグループで着かず離れず動いて、戦闘の際には連携を取らない? 向こうの猿真似ダサいとか、そういう意見は受けつけませーん」

『いや、誰もダサいとか思わないよ、それ……』

『具体的にどう連携を取るか、考えはあるの?』

「え、それも私が考えなくちゃ駄目なの? ひょっとしてこれ、言いだしっぺが全て厄介な役を担う法則に従う流れ?」

『そうじゃないけど……』

「でも言い出したのは私だから、考えるね。ちょっと待っててね。女の子に頭使わせる男の人って、最低だし、頭にきちゃうけど」


 文句を言いながらも、正美は作戦を練り始めた。


***


 優達六人は、なるべくカメラが備えつけてある場所を歩きながら、鬼を探してしまわっていたが、ここ二十分ばかり、全く遭遇していない。


「鬼の姿が見えなくなったぞ」

 鋭一が呟く。


「ここまでは、こちらが優勢ですからね。鬼の数はかなり減らしているのに、子の数は大して減っていませんし」

「奴等も何か企んでいるというわけか」


 竜二郎の言いたいことを察する鋭一。


「ええ、ここからが本番でしょう」

 楽しそうな笑顔で竜二郎が言った。


「鬼がどんな手を使ってくるか確かめ次第、全員に伝達しないといけないから、一網打尽にされないように、連絡する役を決めた方がいいな」

「ですねー」


 卓磨が意見し、竜二郎が頷く。


「おおっ、卓磨が珍しく建設的なこと言った」

「珍しくは余計だろ」


 茶化す冴子に、卓磨が微笑む。


「でも卓磨さんの言うとおりですよう。戦闘や追跡や逃走といった行動よりも、先に伝達をする人を決めた方がいいですね」

「俺達だけじゃなく殺人倶楽部全員な。この案を回しておこう」


 優と鋭一が言い、早速伝達する。


***


「真君、大丈夫?」


 真を置いていった場所に純子が戻ると、真はすでに立ち上がり、純子の帰還を待っていった。


「少し気分は悪いが、動ける」

「優ちゃん達から警告と提案来たよー。鬼側が何か企んでいそうだから、エンカウントして、相手の狙いがわかり次第、すぐにそれを皆に報告する係を用意するようにって」


 ディスプレイを空中に投影して覗き、純子が言った。真も同様に、指先携帯電話のディスプレイを開いて確認する。


「本調子じゃない真君がその係ね」


 純子に決められて、真は頷く。本調子でないからこそ、そちらの方が面倒臭そうで嫌だと思ったが、ここは黙って従っておく。


「今、鬼側の動きが無いなら、私達はできるだけ別荘に近い場所に動いておこう」


 純子自身は別荘にまた戻るだけの動きになる。


「鬼の報告係を抑えるか、缶を倒すためか」

「そういうことー。何を企んでいるかはわからないけど、ゲームのルールの動かせない部分さえ、押さえておけばいいわけだからねえ」


 その基本に忠実かつ合理的な判断を逆手に取るような戦法を、敵が逆手にとる可能性も純子は当然考えていたが、おそらくはそのようなことは仕掛けてこないと思われた。いや、そんな余力が無いと考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る