第二十六章 14
壺丘達と優達との接触は、殺人倶楽部発足に関わる優の話だけで終わり、解散という運びになった。
壺丘達は先に帰り、優は気分転換にということで、冴子と共に散歩をしに外へと出た。
歩きながら、きょろきょろと周囲を警戒する冴子。
「冴子さん、大丈夫。襲撃されても私が守りますよう」
「そ、そう? でも、だからといって気抜いたらその隙に襲われてお陀仏とか、そういう展開も嫌だし。あ、優のこと信じてないわけじゃないよ」
自分よりも優の方がずっと強いのはわかっているが、だからといって自分が気を抜いていいわけがないと、冴子は思う。
「ねえ……優、さっきの話を聞いて思ったんだけど」
言い辛そうに冴子が口を開く。
「ひょっとしなくても、優が私と仲良くなったのって、私が心の中に暗いものを持っていて、それを優自身と同じだと見なしたから?」
「はい」
「即答しちゃって、もう。ま、実は私も同じよ。優と少し会話しただけで、そういう雰囲気感じちゃってさ」
あっさり認めた優に、冴子は安堵していた。
「私も……昔の大事な人を失って……その代わりが欲しかったってのもあって。でも、何か私の中で決定的に壊れちゃって、ただでさえガチレズで相手に不自由する宿命だっていうのに、普通の子じゃ怖くて付き合えなくなっちゃった」
「ひょっとして……殺人倶楽部に入る前に、人を殺しましたあ?」
優の指摘に、冴子は足を止めた。今の述懐だけでそこまで見抜く優の洞察力に、慄然としてしまう。
「よくわかったね」
苦笑いを浮かべる冴子。
「そりゃわかりますよう。ただ失っただけでしたら、そんな考えにならないでしょう? それに、普通の人には心開けないという時点で、私も同じですもん」
「ははは、流石は私の優だ。私の心も全部お見通しとか、嬉しくなっちゃうね、もう」
「でも友達以上はごめんなさいですよう」
照れくさそうに笑う冴子であったが、優があっさり言い放った台詞に、その笑みが固まった。
「襲撃されたら、どさくさにまぎれて優を殺して私も死のう……」
「大丈夫ですよう。冴子さんの動きも警戒しておきますから」
「その大丈夫は、優自身にとってのよね……。うん、聞くまでも無いか」
「はい」
にっこりと笑って肯定する優に、冴子もくすくすと笑った。
「でもまあ、よくこんな素晴らしい組織作ってくれたと、私は優に感謝したいな。おかげで楽しい日々だったし、社会のゴミ掃除もできて、社会貢献もかなりできたよ」
皮肉でなく、冴子は本気でそう思っている。自分の行いが悪だとは微塵も思わない。
「私は希望しただけで、作ったのは純子さんですけどね」
そして背中を押してくれたのは犬飼だったと、優は心の中で付け加えた。
***
真、壺丘、ライスズメ、正義の四人は、気分転換に街中を歩きながら、先程の優の話を振り返っていた。
「殺人倶楽部の重要な秘密に直接繋がる情報は無かった。しかし情報というものは、何がどこでどう役立つかわからない。彼女の話も留めておく価値はある」
前向きな姿勢を見せる壺丘であるが、胸中は複雑だ。正直、肩透かしをくらって消沈気味である。
「あの子が口にしていた、話したくない、殺したい人達というのは?」
「それもあまり重要な情報とは思えないし、彼女が口にしたがらない時点で、知ることはできない」
正義の言葉に対し、壺丘が興味なさげに言った。
「雪岡はただ、遊び気分で優の望みをかなえただけだろう。重要なのは、それを巨大な権力で保護しているという点だ」
と、真。
「私もそこが最大のポイントであり、最も許せない所だな」
静かな口調で告げる壺丘。この言葉は本当なのだろうと、真は見なす。壺丘という男が、実はわりと激情的な部分もあり、それでいて怒りを冷静にコントロールできるタイプである人物であることも、再認識した。
「君は雪岡純子に近い位置だから、彼女と権力の繋がりを調べやすくはないのかな?」
「それが調べやすいのなら、とっくにやって突き止めてる」
正義の質問に、真は呆れ気味に答える。正義もそれを聞いて納得し、馬鹿なことを聞いたと思う。
「壺丘の最終的な目標も、殺人倶楽部の権力による庇護を暴くことなのだろう?」
腕組みしながら歩き、いつも通りのむっつり顔でライスズメが、確認を取るように問う。
「そうだな。今言ったように、それが一番許せないことだ。遊び気分で人を殺して、それが許されてしまう。しかもかばっているのは、市民を守るはずの国家権力ときている。主に警察ということも恐ろしい話だ。これを見過ごしていいはずがない」
壺丘の言い分は至極当然な正論だと真は感じたが、その一方で、別のことを考えていた。
(ホルマリン漬け大統領も同じだ。権力者が主な客層であるが故に、あのサービスを継続させている。しかし……殺人倶楽部の恩恵を受けているのは、大半が権力とは無縁な一般人だ。権力と繋がりがあるのは雪岡だけ)
自分の考えを整理する真。
(雪岡がマッドサイエンティストしていられるのは、権力者にとって美味しい蜜を振りまいているからじゃない。危険だから迂闊に手を出せずに、黙認しているだけだ。しかし今回の件に限っては、権力者側の協力姿勢が無いと無理だ。それは脅迫で行える類のものでもないし、権力者側に甘い蜜が必要となる。雪岡が具体的に何か取引したのは間違いないんだ。権力者側にとって有益な何かがある。殺人倶楽部というふざけたものを庇護下に置いてなお、有益と判断できる何かが……)
純子が如何なる取引をして、壺丘が語るその許せないことをしているのか。そこから考えて調べるべきだと思ったが、真は壺丘の前でそれを口にしなかった。壺丘が気付いているなら、すでに調べているだろうし、こんなことにも気がつかないようなら、正直見込みは無いとして。
***
「あんたは自分が優の父親だって、最初は自覚が無かったのか?」
アジトにて、鋭一が岸夫を問いただす。
「あんたなんて呼び方しないでよ。今の俺は藤岸夫なんだ。これまでと同じに接して欲しい。ていうか、俺が暁光次だということが、今の岸夫の身体にいる時に自覚できるようになったのも、つい最近なんだ」
他のメンバーに明らかによくない目で見られているのを意識し、萎縮しつつも、自分の思うところを正直に述べる岸夫。
「最低の親のおかげで、子は振り回され辛い思いをして、でもそのおかげで僕達も殺人倶楽部という素晴らしい体験をさせてもらっているわけですか。実に皮肉な話ですねー」
「おいおい……言い過ぎだろう。喧嘩売ってるみたいだぞ」
遠慮の無い竜二郎の言葉に、卓磨が注意する。
「はい、喧嘩売ってまーす。はっきり言いますが、聞いていて気分のいい話ではありませんでしたから。優さんもいろいろ拗らせている部分ありますが、やはり諸悪の根源はお父さんでしょう」
笑顔で言いたいことを言う竜二郎であるが、岸夫は無表情かつ無言で見つめ、言い分を聞く。
「誰が聞いても、悪いのは岸夫君だと思いますよー? それとも岸夫君も弱さ故の被害者ですか? その結果優さんは辛い想いをして、お母さんも失って、あげくは殺人倶楽部の設立です。この事実を何とも思わないんですかねー?」
「暁光次には――今の言葉は響かないし、耐えられないだろうね。きっと逃げ続ける」
竜二郎の辛らつな言葉に対し、他人事のような口振りの岸夫。
「今の俺は、同じ魂でありながら、人格は異なる。メンタリティも異なる。だから客観的に暁光次というもう一人の自分を見ることができるし、何ていうか……そう、客観的に見てしまうんだ。同じ人間なのに、別人としてさ」
「だから何を言われても他人事というわけですかあ」
丁度アジトに戻ってきた優が、冷めた声を発した。冴子もいる。
「この間二人で、思い出の場所を訪れた時も、そんな感じだったんですよねえ? がっかりしましたあ。私の努力、全部無駄だったのかと」
「無駄じゃない。少なくとも俺の脳は、はっきりと『向こう』を意識できた」
落胆しかけた優であったが、岸夫のその言葉に反応した。
「向こうというのは父さんのことですか?」
「うん。こんなのは初めての経験だ」
鼻の頭をかき、岸夫は語りだす。
「今まで暁光次は、何度も何度も妄想の世界を作り上げ、自分の精神をその中へとトリップさせて、別の自分――藤岸夫を作り上げていたんだ。異世界転移だか転生しているつもりでね。でもその妄想トリップ世界の中の別人格は、暁光次の存在を知覚できなかった。異世界転移もののラノベとかでは、転移前の記憶や人格を持っていけるけど、暁光次の場合はこの点だけが違う。異世界へ行っているつもりの妄想の記憶は、暁光次に戻ればあるんだけどね」
そこまで話した所で、今、自分が喋っている内容を皆どんな気分で聞いているだろうと、岸夫はつい意識してしまい、気恥ずかしくなり、少し間を空ける。
「でも今回はどちらにしてみても、記憶がぼやけたままだった。多分、暁光次にとってはいつもの妄想のつもりでも、実際には現実の出来事だからなんだろう。そのうえ肉人形の身体に宿っているせいもあると思う」
推測も交えて岸夫は語る。
「私が純子さんに頼んで、父さんを空想の中にトリップするのと同じ扱いで、殺人倶楽部へと引き入れたのは、父さんに何かしらの刺激を与えて、目を覚ましてもらいたいという目論見だけではなく、父さんの空想目線でもいいから、同じ空間と時間を過ごしたいという気持ちもありました。歪だと、自分でも思いますけど」
優が自分の気持ちを打ち明ける。最後の言葉は言いにくそうに、少しトーンを下げる。
「かわいそうな優……」
ぽつりと呟き、冴子は岸夫の方を睨んだ。
「別人格でも何でもいいけど、この話を聞いて――真実を知って、何も感じないっていうのなら、もうこの子は必要無いんじゃない? 少なくとも私は仲間だなんて認められない」
はっきりと敵意を剥きだしにする冴子に、岸夫はうなだれる。
「何も感じないなんてことはないよ。自分がどうしてここにいるかも、もう理解しているし、優さんと接して、話を聞いて、それで何も感じないとか、あるいは迷惑だとか、そこまでは思ってない。でも……暁光次はもう、手遅れだと思う。あれは何を言っても、何をやっても無理さ。ただひたすら逃げるだけだよ。狂気と正気の狭間でループし続けるだけ。今の俺にはそれがはっきりわかる。だからさ――」
うつむいて喋っていた岸夫だが、顔を上げて優を見る。
「もうずっとこのまま岸夫のままじゃ駄目かな?」
「駄目です」
渾身の提案のつもりだった岸夫であるが、優は間髪入れずにすげなく一蹴した。
岸夫が再びうなだれたその時、ベルが鳴る。
「多分、私のお客さんですう」
優が言い、インターホンのモニターをチェックすると、よく知っている顔があった。
「入れますねえ」
一方的に言って、扉を開ける。
「はじめましてっと」
優以外の五人を見渡し、挨拶する犬飼。
(この人は……)
岸夫と竜二郎だけが、その人物が誰だかわかった。
「どちらさま?」
「殺人倶楽部の原作者です」
卓磨の問いに、優がそう答え、鋭一、冴子、卓磨の三名は少なからず驚いた。
「優さんとの関係は?」
竜二郎が尋ねる。
「えっとぉ……私のお師匠様みたいなものですかねえ。うちの父さんに代わって、私の面倒見てくれて、いろいろと教えてくれた人です」
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