第二十六章 15

「うへえ……若いのばっかりだなあ。おっさんには居心地の悪い空間で尻込みしちゃうね。それともあれかな? 若さを吸収できるのかな?」


 尻込みすると言うわりに、にやにや笑いながら物怖じせず軽口をたたく犬飼に、優と岸夫以外の四人に、この人物のキャラの第一印象がばっちりと焼き付けられた。


「その作者様で師匠様が何の用?」


 少し険のある声と目つきで尋ねる冴子。優と親しい人物ということで、何となく対抗心を燃やしている。


「ちょっと優に呼ばれてね。せめて優のお仲間には種明かしをって感じで、お邪魔しましたよっと」


 そう言うと犬飼は、優の隣に腰を下ろす。ソファーではなく、床にあぐらをかいている。


「種明かしは大分されたと思いますが、まだ隠されている情報があるんですか?」


 竜二郎が優の方を見て尋ねた。優に尋ねているかのようだが、犬飼を意識しての発言だ。そしてまだ殺人倶楽部には謎があることなど、竜二郎にもわかっている。


「殺人倶楽部設立を優に提案したのは俺だ。決定したのは優だけどな」

「つまり、そそのかしたってわけか」


 腕組して呆れたように言う鋭一に、犬飼は方をすくめて小さく手を広げる。


「ま、言い方は様々でいいけど。俺はできるだけ、優の心が悪い方に沈まないよう、頑張ってきたつもりだったが、力が及ばなかったみたいだ。気がついた時には優は――そうだな、裏通りで生きる方が相応しい人間になっていた。ま、俺の努力の甲斐もあって、この程度で済んだっていう見方や言い方もできるけどね」


 自分が優の面倒を見たせいで、優が根っからのアウトロー属性になってしまったという面もあるし、犬飼もそれは意識していたが、それについては黙っておく。


「で、仕掛け人の俺が来たのは、優の要請があったからだけじゃない。お前さんらが、今ある殺人倶楽部のグループの中で最も優秀であり、発端となった優と、光次さんの分身も混ざった、重要メンツだからだ。そんなお前さんらだけに、俺の勝手な判断で教えておきたいことがある」


 それまでずっとにやけ笑いを張り付かせて喋っていた犬飼であったが、急に笑みが消え、真顔になった。


「間もなく殺人倶楽部は終わる。何がどうあっても終わる。終幕へと向かうし、抗うことはできない。オーナーである雪岡純子と、その取引相手の決定だ。だが問題は、どう終わらせるかでな。その鍵は間違いなく、お前さんらが握ることになる」


 犬飼のその言葉を、六人はそれぞれ思い思いの受け止め方をしていた。犬飼を直接知る優と岸夫以外は、額面通りに受けとるようなことはなかったが、全く動揺せず、思案もせずという者はいない。


「終わるのが嫌だと言っても……通じないよね」

 卓磨が呻くように言う。


「ああ、通じないな。殺人倶楽部なんていう非常識で人非人的なモンが、どうして存続していられるのか? それはこの国の裏の奥に根付いている、絶対的な権力者が認可しているからだ。純子はそいつと何らかの取引をして、認可させた。純子かそいつのいずれかがノーサインを出して、それでも続けられると思うか?」


 その理屈は理解できるし、受け止めるしかないので、誰も何も言わないし、多少の動揺はあっても、腹を立てたり嘆いたりする者はいなかった。


「純子は当初、殺人倶楽部の敵となりうる存在を作って、そいつと殺人倶楽部を戦わせて、フィナーレとする予定だったようだが、純子が実行する以前に、ホルマリン漬け大統領が牙を剥いてきた。で、途中の予定はいろいろと狂っちまったみたいが、純子はホルマリン漬け大統領を利用して、終焉へと向かわせるようだ。しかし……だ。予定外の存在であるホルマリン漬け大統領のせいで、必ずしも理想とする終わらせ方ができない可能性も出てきた。最悪な結末は、殺人倶楽部会員の全滅だがな」

「理想とする結末ってのは?」


 鋭一が尋ねる。


「そいつは口止めされているが、少なくともお前達が処分されることはないし、得た能力を取り上げられる事も無い。ただし、どうあっても殺人倶楽部はもうおしまいだ。人を殺して遊ぶのも散々やっただろうし、もういいだろ? ま、どうしても殺したい奴がまだ殺せてないってんなら、交渉してみるんだな。俺からの話は以上だが、まだ誰か質問あるか?」


 犬飼が促したが、誰も何も問おうとはしなかった。


 優を除く五人に動揺はあったが、執着して取り乱すこともなく、わりとあっさりと諦めていた。この楽しい日々も終わってしまうのは寂しいが、犬飼の言うとおり、殺人倶楽部などというものが存在したことが、奇跡のようなものだ。


「すまん、今こんなこと言うべきじゃないのはわかっているが……」


 卓磨が言いづらそうに口を開く。


「例え殺人倶楽部が終わっても、この六人が離れ離れになるのは嫌だな。この六人で別の活動したいというか……」

「最年長者がそれを言うか? しかし同意だ」


 卓磨の言葉を聞いて、鋭一が珍しく爽やかな笑みを見せて頷く。


「いや、同意するならわざわざ最年長者がとか、そんな嫌味っぽく言わなくていいだろ」


 苦笑しつつもほっとする卓磨。


「むしろそれ、嫌だと言う人いるんですかねえ」

「いないでしょー。あ……岸夫君、どうするかの話が、途中で途切れていましたが」


 笑顔で優が言うものの、竜二郎のその言葉に、笑みが消える。


「ちょっと考え中……」


 口ではそう言う岸夫だが、どうする気でいるか、大体彼の心の中では決まっていた。


***


 真は壺丘達と別れ、ある目的のために絶好町繁華街をうろついていた。

 ホルルマリン漬け大統領が雇った刺客の何名かは、名前と顔を把握している。その把握している分の誰かが、殺人倶楽部会員を狙って、街をうろついていると見なし、探していた。


「やっと一人見つけた」


 禿頭の目つきの悪い青年を目にし、真は呟く。


「太田大太郎(おおただいたろう)だな? 聞きたい事がある」


 禿青年の前に立ち塞がり、声をかける真。


「相沢真か。お前が邪魔してきても殺せと言われている」

「別に邪魔する気は無いが?」


 ポケットに手を入れたまま殺気を漲らす太田に、無駄だと知りつつも真が言った。


(評判どおりの好戦的な男だな。自分の能力に自信があるからなんだろうが)


 真はこの男のことを知っていた。裏通りの住人であり、生粋の超常の力の持ち主でもある、ダーティーな仕事を好んで引き受けるフリーの始末屋だ。


 太田が攻撃を繰り出し、真は回避した。

 視覚的には何も起こったように見えない。太田はポケットに手を入れて佇んだままだ。しかし確かに攻撃したし、真もそれに反応してかわした。


「かわしたか。流石だ」

 にたりと笑い、称賛する太田。


 太田の力は単純な念動力だ。しかしその力は非常に強く、人体をたやすく引き裂き、破壊することができる。これまで何人もの裏通りの強者達を、不可視の攻撃で一方的に屠ってきた。


 かわした真に視線を傾け、再び真の体を引き裂かんと念をこめる太田だが、真は数歩斜め前に進んで、またかわす。

 立て続けにかわされたことに舌打ちし、太田は相手を掴むイメージで念動力を働かせるが、またあっさりとかわされる。今度は直進してかわしていた。


 これまで二度回避した者はいるが、三回目は初めてだ。


 四度目の攻撃。真は横に移動してかわしたかと思うと、ゆっくりと太田に向かって歩き出した。

 ここにきて、太田は戦慄した。目の前の小柄な少年は、まるで慌てた風も無く、静かに、余裕を持って、自分の攻撃をかわし続けている。そのうえ、自分に接近している。


「物質を破壊する能力には二通りある。一つは念動力を用いて、照準を合わせた空間にある物質を破壊すること。これは力が発動する前に避けてしまえば、それまでだ。優はこっちのタイプだな。お前もな」


 歩きながら喋る真。


 太田は五度目の攻撃を見舞えなかった。真に圧倒されていた。攻撃しても、避けられるイメージしか沸かない。


「もう一つは壊れろと念じた事により、破壊の概念が対象の物質を壊す。これはかわすこともできない。でも相手が生物で、しかも強固な意識でそれに反発した場合は、その能力も及ばない。意志と意志のぶつかりあいになる」


 喋っている間に、真は太田に手が届く位置まで接近していた。そして実際に、太田に手を伸ばし、喉を掴む。


「ほら、今なら攻撃すれば、僕の手ぐらいは破壊できるんじゃないか?」


 太田の首を正面から片手で絞め、真は淡々と挑発するが、太田は攻撃しようとしない。自分が殺意を漂わせた瞬間、真に殺されると理解していたからだ。


(糞っ……俺がこんな小僧にびびらされて……)


 屈辱と恐怖が、太田の中で激しくせめぎあう。


「聞きたいことがあるからあと一分ほど生かしてやる。イエスかノーで答えろ」


 そうは言うものの、太田の悪い噂はよく聞いているし、問答無用で自分を攻撃してきたし、その悪相を一目見ただけでも、生かしておく価値は無いと真は判断した。


「ホルマリン漬け大統領の刺客の中に、鳥山正美という女はいるか? 知らないか?」


 太田は何も答えない。答えるはずがない。真はその台詞からも、そして今放っている凶悪な量の殺気からしてみても、自分を殺すつもりなのが明らかなのだ。それなのにどうして正直に答えるというのか。


(こいつは脅迫の仕方がおかしいだろ……)


 そう思った太田であるが、真は大真面目だった。何もおかしいことは無かった。


「口で喋らなくても、血管と筋肉の微妙な反応で答えはわかったから、構わないぞ。これで用は済んだ。教えてくれた事に礼は言わない」


 抑揚の乏しい声で告げた真のその言葉を、太田は死の宣告と受け取った。


 次の瞬間、真は太田の首を掴む手に力をこめ、気管、食道、声帯、頚動脈に至るまで、全て引き裂き、あるいは握りつぶした。

 真が手を離すと、喉から大量の血を撒き散らして太田が倒れる。今際の際に最後っ屁で攻撃してくることも警戒していた真であるが、太田は結局そのまま何もせずに果てた。


「48秒だったな。約束を破ったのは謝っておく」


 太田の亡骸に向かって言い放つと、真はハンカチを取り出し、手近にあるショーウィンドウを覗き込み、顔についた返り血を拭く。

 人通りの多い繁華街の中での出来事だ。目の当たりにした通行人達はドン引きしつつ、そそくさとその場を立ち去る。こっそりカメラを撮る者もいたが、真は気に留めない。


(雇われたという情報を寄越したリックを疑うわけではなかったが、本当だったか。むしろあいつの情報がガセだった方が良かった。一応優に、鳥山正美の外見だけ教えて、見かけたら交戦せず逃げるよう促しておこう)


 厄介な人物が敵サイドについたことを知り、真は嘆息する自分を思い浮かべた。


***


 真と別れた後も、壺丘、ライスズメ、正義の三名は話を続けていた。


「ライスズメの案を実行することも考えた方がいいな」


 そして真がいないからこそできる話をする壺丘。


「ライスズメさんの案て?」

 正義が問う。


「オーナーの雪岡純子殺害を殺害する。それで一応のケリもつくはずだ」

 ライスズメが言った。


「口にするだけなら簡単だがな。ジャーナリストの立場としては、ペンで解決せず、剣に頼るというのは苦渋の決断だがね。しかしこれ以上は、俺のツテやコネでは、ペンの力には頼れない」

 渋面で語る壺丘。


「週刊誌はもうあてにならないのか?」

「圧力がかけられているようだ。あれが精一杯だ」


 正義の問いに、壺丘が答える。


「真にこの話は?」


 さらに続けて問う正義に、壺丘は小さく嘆息する。流石にそれは聞くことじゃないだろうと。


「しない方がいい。賭けてもいいが、雪岡純子を殺害するとあれば、彼は敵に回る。黙ってこっそり討つ形にした方がいい」

「だったらその後で敵に回るし、結局同じじゃあ……」


 理解に苦しむ正義。


「同じではない。知られなければ、事前に余計な邪魔となって立ち塞がりはしないだろう」


 正義の頭の回転の悪さに、壺丘はもどかしく思う。一から十まで解説しなければわからないのかと。


「うまくいけばいいがな。真とてこちらがそのような動きをすれば、気付くだろう」


 と、ライスズメ。そうなったら当然、真と戦うつもりでもいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る