第二十六章 12

 ホルマリン漬け大統領の襲撃が始まってから三日目。

 この日は、優が真相を暴露すると約束した日である。


 いつもの六人は、いつものアジトに集結している。それに加えて、壺丘、正義、ライスズメ、真の四人までもが、彼等のアジトに訪れた。流石に壺丘のアパートでは狭すぎるし、他に場所も確保できないので、仕方なくアジトに招いた格好となった。

 優の口から殺人倶楽部設立の理由とやらを聞くために、全員リビングルームに車座になって座り、優の方を見つめている。


「発端は、私が純子さんに『殺人倶楽部に入ろう』という小説を、現実のものにしてもらいたいと願ったからです」


 優が語りだした。


「純子さんはその話にのってくれました。それを実現できる力の持ち主でした。純子さんも殺人倶楽部入会希望者を改造して遊べるという、見返りもありました。こうして殺人倶楽部が出来ました。終わり」

「え? もう終わり?」


 卓磨が呆気に取られ、声をあげる。


「それで終わりじゃ、わざわざこれだけの人数集めて話すほどのことでもないだろ。何でお前は殺人倶楽部の小説を現実化したかったんだ?」


 真がいつも以上に淡々とした口調で問う。


「やっぱりそれを話さないと駄目ですよねえ。身の上話を隠す事無く喋ることになりますが」


 優が照れくさそうに微笑む。


「私の父さんは小説家でした。ある時、父さんは現実と想像の区別がつかなくなって、頭がおかしくなっちゃいました。それを見た母さんも心を病み、首を吊って死んでしまいましたぁ」


 事も無げに語る優であったが、だからこそ逆に生々しく、その場に陰鬱な空気を振りまく。


「父さんが小説家なんかにならなければ、私達の家庭はきっと幸せでした。父さんはあんな風にならなかった。母さんも哀しんで自殺なんてしなかった母さんは父さんのこと、心の底から好きだったんだって、思いました。その父さんの心がどんどん歪んでいっておかしくなる様を見て、母さんは絶望しちゃったんですぅ。母さんも弱い人でしたから」


 優は喋っている間、常に横にいる岸夫を強く意識していた。


「母さんが死んでも、父さんはその本当の理由がわかっていないんです。頭の中で物語を作りあげて、父さん独自の解釈で死んだ事になってます。ある時はこの世界を守るための生贄になって死に、ある時は破壊神の血を引くという理由で勇者に殺された事になり、ある時は過去からやってきた魔女兼スパイで現代の空気が合わずに死んだとか、ころころ変わるんです。でも、父さんの中ではそれが全て現実です。何度も何度も母さんの死に方を作っては忘れ、父さんの頭の中で展開される物語の中で、母さんは何度も死ぬ役を演じて、父さんは何度も何度も死に分かれる苦しみを味わっています」


 いつしか優の口調や声音が変化している事に、全員気がついていた。特に殺人倶楽部の面々は知っている。優は真剣モードになると母音を伸ばす喋り方をしなくなる。


「もう一度言います。父さんがあんな風になったのは、父さんが小説家になんかなったせいですよ。本が売れて、ちやほやされて、書くことに取り憑かれちゃって、そのせいでどんどんおかしくなっていきました。夢を話のネタにするようになって、そのうち夢と現実の区別がつかなくなって、目が覚めていても夢を見るようになったんです。自分の空想の世界へとトリップできるんですよ」


 真と竜二郎と壺丘は、夢をメモしておかしくなった話を他にも聞いたことがあった。都市伝説とも言われているが、それで気が狂って自殺した作家の話もある。


「父さんの書いた小説を本にした出版社の人達、父さんの本を買い支えた読者。これらのせいで、父さんはおかしくなりました。父さんを苦しめ、母さんを殺したのは、この人達だと私は思っています。私にはどうしても、そういう風にしか受けとれないんですよ。しかもこの人達は、自分が罪を犯していることにも気がついていない。罪人の自覚も無い。それがまた凄く悔しいし憎らしいんです」


 表情こそ変わりないが、優が怒りを帯びていることに、何人かは察していた。


「だから私は……この人達を殺してやりたいと思って、殺人倶楽部に入りました。全ての読者を探し出して、片っ端から皆殺しにしたいんです」


 そこまで話した所で、十秒ほど間を置く。


「私の考え方……おかしいでしょう? やっぱり異常なのかなあ?」

 少し気を緩め、いつもの優の喋り方に戻る。


「普通の人は諦めてるんですかあ? 信じられないですよう。私には諦められないし、諦められる方が理解できないです。諦められずに恨み続けて、殺したいと思う私が異常なんですかぁ? じゃあ私だけが何で異常なんです? そもそも何と比べて異常なんです? 基準はどこにあるんです? 誰が正常と異常の線引きをしているんです? 異常だという私は何なんです? 私はどうすればいいんですかぁ? 確かにここに、恨みも哀しみもあるんですよう?」

「実際にその……編集者や読者を殺したの?」


 震える声での岸夫の問いに、優は小さく微笑んで首を横に振った。


「機会はありましたよぅ。本屋で父さんの本を買う人も目撃しましたし。ファンレターに住所が書いてあることもありましたし。その気になれば、純子さんに、関係者全部見つけだせる能力を貰えばいいです。でも……どうしても私には、実行できずにいます。だって考えちゃうんですもん。この人を殺したら、この人の周りの人間が凄く哀しむとか、私と同じ気分を味わうことになるとか、そう考えちゃって、どうしてもできないんですぅ……」


 優の言葉を聞いて、その場にいる何名かは内心ほっとしていた。


「それに、殺人倶楽部に入って、いつでも殺せると意識していたら、それで満足しちゃった感がありまぁす。いえ、それが一番大きいです。いつでも殺せる力があると思うことで、それでもういいやって感じでぇす」


 少々自虐の入った笑みを浮かべ、優は肩をすくめる。


「私が殺人倶楽部を現実に望んだのは、それだけが理由ではありませんけどねえ。実は他にも理由――殺したい人は沢山います。これは……秘密にしておきます」


 犬飼を叩いていた者達のことを思い起こす優。


「それとまだ他にも理由というか、利用したかったことがありまぁす……。殺したい云々とはまた違うことでぇす。丁度いい機会ですし、これもこの場で話しておきますねえ。私だけ知ってて、秘密にして、皆を騙してきたようなことですけど」


 と、話の途中で優が岸夫に視線を向ける。


「この岸夫君の体は、人間のそれではありません。人間によく似せた肉人形です。でもこの肉人形の中には、ちゃんと人間の魂が宿っていまぁす。いや、宿ってはいませんねえ。遠方から操作していると言うのが正しいですし。岸夫君の中にいるのが、私の父――暁光次です」


 優のその言葉を、殺人倶楽部の面々はすぐには理解できなかった。いや、理解はできても、すぐには受け入れがたかった。すんなりと理解して受け入れもしたのは、竜二郎だけであった。


「藤岸夫というのは、父さんが妄想の中で作り上げた、異世界転移しているつもりの別人格です。それを純子さんに頼んで、現実世界に現出してもらったんですう。肉人形の中に、父さんの別人格を――精神を宿すという形でね。こちらの岸夫君が動いている時は、父さんは自宅で眠っている状態です」


 自分の正体を優に皆の前で語られている間、岸夫は自分が注目を浴びているのを意識しつつも、その感情は穏やかであった。いつもの岸夫なら居心地悪そうに萎縮している所であるが、今の岸夫は腹が据わっていた。


「空想の中に逃げている父の目を覚まさせたい……そう思って、純子さんに頼んで、父にも一緒に殺人倶楽部に入ってもらおうと思いました。最初は空想の中の一つとして消化するような形で。でも次第にそれが現実だとわからせていこうと思ったんです。何か失敗しちゃった感もありますけどぉ」

「優だって逃げればよかったじゃない。そんな回りくどいことしてないでさあ」


 冴子が突っこむ。


「俺もそう思う。君の場合、逃げなかったことが逆に自分を苦しませている。父親の目を覚まさせるとか、そんなことしないで逃げればよかったんだ」


 正義も冴子に同意する。


「その見方はいささか米が足りない。いや、思慮が足らない。どうしょうもない身内だからといって、見捨てて逃げられる者と逃げられない者がいる。この子の場合は後者だった。どちらが正解とも言い切れないし、どちらを選んでも、他人が容易に責められるものでもあるまい。それに、話を聞いた限り彼女は、相当父を慕っていたということも無視してはならん」


 そう言って諭したのはライスズメだった。


(あっさり逃げろと言っていたのは、あまり家族というものに思い入れが無いか、家族仲の悪い者だな……)


 身も蓋も無く、心の中で断ずる真。


「それらは全てお前の発案――ではないだろう。最近雪岡研究所に出入りしている、犬飼の入れ知恵があってのことだ。ほとんどあいつが思いついたことなんじゃないか?」


 真が指摘する。


「犬飼? まだ他に黒幕っぽいのがいるのか?」

 正義が怪訝な声をあげる。


「殺人倶楽部の原作者ですよ。元々『殺人倶楽部に入ろう』という小説があり、この殺人倶楽部も大体その小説を元に作られています」

 竜二郎が解説する。


「真君の言うとおり、犬飼さんがほとんど思いついたものです。でも、同調して決定したのは私です。殺人倶楽部の設立は、私が決めました。殺人倶楽部を悪とするのでしたら、私が元凶ですねえ。あはは……」


 最後は壺丘の方を向いて、力なく笑う優であった。


「でも実際に殺人倶楽部そのものを作ったのは、雪岡だがな」

 と、真。


「私には君の動機がいまいちわからない。何故そこで殺人倶楽部に繋がるのか」

「そうだよ。よりによって何で殺人倶楽部なんてものにしたんだ?」


 壺丘と正義がそれぞれ突っこむ。


「えっとお、それはさっきも言ったように、私にも、殺したい人がいるからなんですよう。父さんの件以外にもいます。これに関しては、ちょっとここでは喋りづらいんですけどぉ」

「一石二鳥というか、丁度いいからいろいろ殺人倶楽部にこじつけただけだろう?」

「ですねえ」


 真の指摘に、優は頷く。


「さらに理由をあげるなら、結局私も、この世界そのものに強い憎しみがあったからですね。私は母親を失い、父親も狂っていて辛いのに、世界には幸せが溢れかえっている。そうずっと意識していましたから。その他人との比較で、余計に自分を惨めにさせて苦しめて、恨みつらみも募っていきました」


 優が見た目は大人しそうでありながら、その心の中に強い反社会性を秘めている事は、殺人倶楽部の面々はよく知っていた。発言の端々に、それが見受けられた。


「それと最後に一つ。元々殺人倶楽部の小説は、父さんが思いついたものです。でも、自分でボツにしました。犬飼さんが父さんの素案を叩き台にして、自己流に書き直して、世に出したんです。元を辿れば父さんから起こったものです。もちろんパクリとかではないですし、犬飼さんも父さんの許可はとってありますし、父さんはあくまで素案を思いついただけです」

「それが……お前が殺人倶楽部を創りたいと願った理由……か」

「はい、何度も言いますが、話してない理由が他にも幾つかあります。でもそれらは秘密ということで」


 神妙な顔での鋭一の呟きに、優は言いづらそうに言った。


 殺人倶楽部を作ることを望んだ理由の一つは決して口にはできない。それを仲間の前で話すのは、単純に恥ずかしい。

 小説の殺人倶楽部に憧れ、自分と同じような、心に強い負の想念を持つ者を集めて仲間として過ごしたい――それが一番の理由だったなど、とても口にはできない。しかし今話したこともまた、動機の一つであり、嘘ではない。


「話はこれくらいですけど、他に質問はありますかあ?」

 優が車座の一同を見渡す。


「誰もいないなら私から一つ聞きたい」

 壺丘が小さく挙手する。


「どうぞぉ」

「やはり……君のその望みだけで、殺人倶楽部などという大掛かりなものが設立したとは、とても考えられない。喋れない方の理由がやはり気になるな。あるいは君が嘘をついて誤魔化しているか……」

「それは一般人的な常識の範疇に捉われた考えだ」


 口を挟んだのは真だった。


「雪岡なら面白そうだという動機だけで実行する。実行するだけの力もある」

「なるほど……所詮私は俗人に過ぎず、か。すまなかった。今のは忘れてくれ」


 苦笑して引き下がる壺丘。


(結局、殺人倶楽部を潰すための有用な情報は無かったように思えるな。殺人倶楽部が維持できている謎に関しても、わからずじまいだ)


 こっそりと小さく溜息をつき、落胆する壺丘であった。

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