第二十六章 11

 竜二郎は考える。この間合いで自分が攻撃して、それを外したり耐えられたりしたら、即座に敵の致命的な攻撃が飛んでくる可能性が高い。

 鋭一の支援を信じて一撃で斃すつもりで攻撃するか、それとも距離を取る事を前提で動くか。

 竜二郎は前者を取った。一人なら慎重に後者の選択をしたが、二人いる利を活かすべきだと。


「悪魔様にお・ね・が・い」


 竜二郎の前方から炎が噴出し、オンドレイに襲いかかる。


 心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉は好きなオンドレイだが、これまで何度も試したが、実際に涼しくなることなどなかった。

 オンドレイは向かいくる火炎の中へと逆に突っ込み、炎を一気に突き抜けて、竜二郎めがけて襲いかかる。涼しくはならないが、何度もチャレンジしたので、焼かれる痛みには慣れていた。


 己の手が竜二郎の首を掴まんとしたその刹那、オンドレイは殺気を感じ取った。


 鋭一が手を振り、透明のつぶてが降り注ぐ。勢いよく前方にダッシュをしたオンドレイは、これをかわすことができなかった。そしてオンドレイの間近にいる竜二郎も巻き添えになって、つぶてを幾つか食らう。


 オンドレイと竜二郎、ほぼ同じタイミングでうつぶせに倒れるが、竜二郎の方は食らったつぶての数が少ないので、すぐに起き上がる。


「物理系、化学反応系の能力は、気合いで防ぎきれるものではないな」


 オンドレイが呟き、起き上がり様に銃を撃つ。先に肉弾戦を仕掛けたうえで、その後で銃というのは、オンドレイならではのおかしな順序だ。

 太い腕でしっかりと固定したうえでの射撃。激しいアクションの直後でも全くぶれず、鋭一の腹部に当たり、鋭一は顔を苦痛に歪めて前のめりに崩れ落ちる。


 幸運にも防弾繊維は貫いていないが、相手の攻撃のタイミングが全く読めなかった。竜二郎と鋭一は多少の訓練を受けているし、銃を手にした相手との戦いも、今日の襲撃で何度か経験し、多少は馴れてきた所であったが、オンドレイはこれまで相手にした殺し屋達とは次元が違った。


 さらにオンドレイが竜二郎を撃つが、銃弾が竜二郎を貫いたかと思いきや、竜二郎の姿が歪んで消える。


「幻影か。これはまた面倒な」

 鼻を鳴らすオンドレイ。


(ただの幻影だけでなく空間も歪め、銃弾が当たりにくくしてありますけどねー。そしてこの幻影結界は、他の能力と併用して使えるのが最大の利点)


 心の中で誰ともなく解説し、竜二郎は次の能力を発動させんとする。


「そこか」


 幻影で自分がいる場所をわかりにくくしているにも関わらず、オンドレイが自分の方を見てニヤリと笑ったので、さしもの竜二郎も一瞬動揺した。


「悪魔様にお・ね・が・い」


 相手の敵対心を抑えて、戦闘そのものを終結させる現象を発動させる。


「む……」


 己の精神に影響が及ぼされている事にすぐに気がつくオンドレイ。闘争心が急速に奪われていくのを感じる。


「はあああああああっ!」


 オンドレイが裂帛の気合いと共に雄叫びをあげ、自分にふりかかった精神干渉を弾き飛ばした。


「俺にその手の精神影響系は一切利かんぞ。条件を満たせば発動してどーたらとかいう、法則ハメ系能力も無駄だ。気合いで抵抗(レジスト)できる」


 見えないはずの竜二郎を見据え、オンドレイが自信たっぷりに言い放つ。


「あははは、気合いって便利ですねー。僕もそんな便利な気合いが欲しい」


 竜二郎が喋っている間に、鋭一が腕を振り、透明のつぶてをオンドレイに降らせた。


「むぐっ」


 鋭一からの殺気に反応してその場から離れようとしたオンドレイであったが、反応と動きの双方が遅れ、つぶてを何発か食らってしまった。


「悪魔様におねがい――では、いまいち火力不足ですねー。便利な気合いで攻撃系の能力も効果はいまいちに見えます」


 独りごちると、竜二郎は懐からお札のようなものを取り出す。


「鋭一君は支援に徹してください。僕よりさらに火力不足みたいですしねー」

「俺のはダメージを蓄積していくタイプだからな。その分、別の利点があるんだよ」


 竜二郎の言い方に、鋭一は少々ムッとして主張する。


(ていうか、あれは何だ? まだ見せたことのない、あいつの二番目の能力か?)


 竜二郎の札を見て、鋭一は勘繰る。竜二郎は三回改造を受けている。一回目で身につけたのは悪魔様におねがい。三回目で身につけたのは幻影結界。しかし二回目で身につけた能力は、グループ内の誰も知らなかった。


 鋭一の位置からは見えなかったが、札には呪紋と、墨で動物の絵が描かれている。

 竜二郎が札を飛ばす。札は意思を持っているかのように、緩い弧を描きながらオンドレイへと飛来する。


 警戒するオンドレイの直前で、それは突然現れた。


「は?」


 眼前に現れた、開かれた状態の巨大な口に、オンドレイは呆然とする。口の中には、痛そうな牙がびっしりと生えている。


「ワニ?」


 鋭一が呟く。巨大なワニの頭部だけが、オンドレイの頭にかぶりつかんと大口を開けた状態で出現したのである。


 ワニの口が閉じられる。


「これが、僕が二番目に得た能力。朽縄流妖術――獣符です」


 得意気に鋭一の方を見て、竜二郎は言った。


「ぬぎぎぎぎぎ……」


 顔から激しく流血しながら、オンドレイがワニの口をこじ開ける。噛み付かれる直前に防いだようだ。


「おやおや、ワニの噛む力は最大で2トンにもなるというのに、それをこじ開けるとか、人間離れもいい所ですねー」

「気合いだ! 気合い!」


 おかしそうに言う竜二郎に向かって、オンドレイが得意気に叫び、笑ってみせる。


「ま、あのワニが2トンあるかは不明ですけど」


 竜二郎が言った直後、ワニが消える。


 ワニが消えた直後、オンドレイが竜二郎に向かって銃を撃ち、撃った直後にすぐに転げまわって回避行動を行った。


 オンドレイをいた場所に透明のつぶてが降る。かわされた鋭一が舌打ちする。

 銃弾は竜二郎の右腕の端の肉をえぐっていた。かすり傷というには重く、しかし重傷というほどでもない。


 オンドレイの動きは止まらない。すぐに鋭一の方を向いて銃を撃つ。鋭一はまた被弾した。今度は足だ。防弾繊維で防ぎきれず、太ももを穿たれる


 オンドレイが鋭一の方を向いた瞬間を狙って、竜二郎は次の攻撃へと移っていた。


「次はこれでどうでしょー」


 さらに札を飛ばすと、今度は腕が四本も生えた上半身だけのオランウータンが現れ、オンドレイに殴りかかる。

 オンドレイが両腕で必死にガードするが、追い討ち支援をするかのように鋭一が透明つぶてを降らし、オンドレイの巨体が片膝をついた。


「ぐふっ……ぐふふふふっ……やるな、小僧共」


 オランウータンの四連パンチを防ぎながら、つぶてで頭部を切られ、顔面流血状態にしたオンドレイが笑う。


「あはは、褒められてもあまり嬉しくないですねー。一対二でこれだけ苦戦してるんですもん」


 竜二郎は大してダメージを負っていないが、鋭一が足をやられてしまったので、次狙われると危ないことは、二人ともわかっている。


「お前達のような戦い方をする奴は好きだぞ。おかしな能力で相手をハメるのではなく、真っ向から力押し勝負。これこそ漢の戦いの醍醐味」


 血まみれになりながらも楽しそうに笑うオンドレイに、鋭一は寒気を覚える。一方、竜二郎は面白そうに笑っている。


(一人で遭遇していたとしたらぞっとするな)


 竜二郎ならともかく、自分一人ではこの巨漢にはとてもかなわないだろうと、鋭一は素直に認める。


「あ……ちょっとくらっときました」


 額を押さえる竜二郎。純然たる思い込みパワーで発動する悪魔様におねがいよりも、朽縄流妖術の獣符の方が破壊力は格段に上だが、消耗も格段に激しい。


 四本腕オランウータンが消え、オンドレイが起き上がる。


(こいつも相当ダメージ受けているはずなのに、どれだけタフなんだ……。こっちはもうボロボロなのに……)


 オンドレイの強靭さに、鋭一は舌を巻き、敗北の予感と死の恐怖を覚える。


「オイコラー、オイコラ刑事の登場だっ。そこまでだっ」


 と、そこに白バイが駆けつけ、白バイの後ろに乗った若い刑事――松本完がふざけた制止をかける。

 さらに覆面パトカーも登場し、サイレンを一回だけ鳴らした後、私服刑事二人が降りてくる。


「な、何だぁ!? この女、俺と同じくらい背あるぞっ!」


 身長2メートルを越す美女の姿を見て、オンドレイが慄く。鋭一と竜二郎もそれなりに驚いている。


「とりあえず確保させてもらうぞ。本当はこの場で殺してやりたいがな」


 女装刑事の芦屋黒斗の声を聞いて、三人はさらに驚愕することになった。見た目は女だが、発せられた声は男のそれだ。


「あ、黙秘権は無いからな。それと、うちら裏通り課は犯人への拷問も黙認されてるんで、質問は全て素直にゲロした方が身のためだぞ?」


 最近巡査部長から警部補に昇任し、裏通り課の係長にもなった梅津光器が、ニコニコ笑いながら告げた。


「逃げないんですよね? さっき逃げる人は卑怯だと言ってましたし」


 オンドレイの方を見て、竜二郎が笑顔で煽る。


「ああ、逃げぬとも。例え警察相手であろうとなっ。戦って打ち倒す! かかってこい!」


 安楽警察署裏通り課の猛者達に向かって、オンドレイが威勢よく吠え、身構える。


 黒斗が無言でその場で拳を振るうと、10メートル近く離れているオンドレイの体が、大きく後方に吹き飛んだ。

 わりと近くに吹き飛んできて、仰向けに倒れているオンドレイの体を見て、鋭一はぎょっとした。体中に殴打のあとがくっきりとついていたからだ。


「おごごご……」

 血と折れた歯を噴き出して呻くオンドレイ。


「へえ。生きてるよ。大したもんだ」

「いや、殺すなよ。こいつには特にいろいろ聞きたいことがある」


 感心する黒斗に、梅津が真顔で言った。


「どうせ喋りはしないから、殺そうよ。それに俺の逮捕イコールその場で処刑の意味なのに、正しい意味での逮捕になっちゃうから嫌だわ。それにこいつはオンドレイ・マサリク――国際指名手配されている殺し屋だ。御丁寧に賞金首までかけられている。ここで殺しておいた方がいいって」


(警察の台詞と思えないですねー。それ以前にオカマの時点で警察とも思えないけど)


 芦屋を見ながら、苦笑をこぼす竜二郎。


「あのー、僕等は帰っていいですかー?」

「あ? 勿論駄目だ。任意で事情聴取」


 尋ねる竜二郎に向かって、意地の悪い笑みを広げる梅津。


「任意なら帰ってもいいはずだろ。大体俺達は殺人倶楽部の者だ。無理矢理逮捕しようとしても、すぐに釈っ……!」


 鋭一の言葉は途中で中断される。胃袋に強烈な一撃を食らい、身体をくの字にして、横向きに崩れ落ちる。

 竜二郎ははっきりと見た。オンドレイを倒した時と同様に、芦屋はその場を動かず、拳の素振りをしただけだ。


(ふむふむ。鋭一君と似たような能力ですかねー? その場で身体を振るのが引き金となって、攻撃が離れた位置に繰り出される、と)


 しかしその威力は、オンドレイや鋭一をあっさりと倒したところを見ると、鋭一とは段違いのようだ。


「安楽警察署裏通り課をナメるなよ、餓鬼共。上の圧力なんて無視して、この場でブチ殺しても全然構わないんだよ?」


 竜二郎の方を見て、柔らかな口調と笑顔で恫喝する黒斗。


「言葉遣いにも気をつけておけな? このオカマは見た目は穏やかだけど、かなり沸点低いから」

 と、梅津。


「うわー、こわーい。僕は見くびってませーん。暴力はんたーい。まず弁護士を呼びましょう」


 全く臆した様子を見せず、おどけた口調でふざけてみせる竜二郎。


「大丈夫ですかー? 鋭一君」

「どうやったら大丈夫に見えるんだよ……」


 覗き込んで声をかけてくる竜二郎に、鋭一は仰向けに倒れたまま忌々しそうに言った。


***


 竜二郎と鋭一は、警察署ではなく病院に運ばれて治療を受けた後、治療中に軽く事情聴取をされただけで、警察まで連行されることなく、さっさと解放された。


「殺人倶楽部会員だから解放されたというわけではなく、本当に大して聴くことも無かったという感じですねえ」


 鋭一と肩を並べて病院を出て、歩きながら竜二郎が言う。


「ところでさっきの力は何だ?」

「朽縄流妖術師の脳を移植してもらったんです。獣符といって、動物を具現化するんですよ。部分的に巨大化したり、体の部位の数増やしたり、複数の動物混ぜ合わせたりもできるんですよ」


 鋭一の問いに答える竜二郎。


「悪魔様におねがいもそうだけど、お前の能力って何でそんなに強力無比なもんが多いんだよ。ズルくないか?」

「だって僕は純子さんに予めお願いしてましたもーん。命の危険もあるような危険な人体実験を兼ねてもいいので、強力な能力をくださいって。純子さん、この殺人倶楽部に関する改造では、改造するにしても、命の危険が及ばない改造しかしていないって話なんですよ。それ以前は、完全に人体実験で、改造希望者はいちかばちかの賭けだったらしいです。まあ、三つ目の幻影結界は、命の危険の無い代物でお願いしましたが」


 なるほど――と納得する一方で、鋭一はふと優のことを思う。彼女が強力無比な能力を備えているのも、竜二郎と同様の改造を望んだその成果ではないかと。

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