第二十六章 9

 一昨日の殺人倶楽部全員集合ミーティングより、即席のグループを作ったその殺人倶楽部会員五人組は、同じホテルに部屋を借りて五名全員で泊まり、外出の際には五名全員で固まって出て行動していた。

 五人で固まっていてもなお、昨日は一度襲撃された。相手は六人組。しかし即興のチームワークが上手いことはまって、一人の犠牲者も出さず敵を撃退することができた。


 自信をつけた五人の殺人倶楽部会員の前に立ち塞がったのは、たった一人の外人だった。

 一人と言っても、身長2メートル越えで、横幅もたっぷりあるマッチョの巨漢である。そしてその風貌もいかにも歴戦の兵といった代物で、威圧力が半端ではない。一人で堂々と五人の前に現れたことから見ても、相当腕に自信があることが伺えた。


「オンドレイ・マサリクだ。すでにお前達のお仲間はダース近く御臨終にしてやっている。お前達も加えれば、目出度くダース超えだ」


 訛りはあるがそれでも達者な日本語で、オンドレイは告げる。それがハッタリだと思えぬほどに、オンドレイの全身からは強烈な殺気が放たれている。


 五人組の一人が無言で攻撃を仕掛けた。双眸からビームのようなものが放たれ、オンドレイを直撃する。

 オンドレイに何の変化も無い。彼のビームを浴びた者は、浴びた箇所から肉が腐っていく効果であったはずだ。


「足りん。気合いが足りん」


 驚く五人に向かって、オンドレイが言い放つ。


 他の会員が足元から無数の光るものを射出し、地面を滑らせるようにしてオンドレイへと向かわせる。

 それらはただの硬貨だった。百円玉、五十円玉、一円玉、全ての種類の硬貨がオンドレイの周囲の足元に展開し、幾何学模様を描く。


「かかったな。この陣の中に入ったらもう……」


 硬貨で作った陣の中にいる者は、動きを封じたうえに衰弱していくという術であったが、オンドレイは平然と動き、硬貨を蹴り飛ばす。


「だから気合いが足りんと言っている」


 オンドレイがゆっくりと五人の方へと歩を進める。


「ど、どうなってるんだ。俺の能力が効かないなんてっ」

「気合いだ」


 硬貨使いの言葉に反応して、オンドレイは足を止めて言った。


「俺は昔、日本に長いこと滞在していてな。そこでこの気合いという概念を叩き込まれた。心頭滅却すれば火もまた涼しという、あれに魅せられてな。とある妖術師に弟子入りし、妖術及び超常のイロハを学び、修行して、気合いで全てを吹き飛ばすことができるようになった。どんな屁理屈並べて法則だの条件だのルールだので相手を絡めとってハメる超常の能力も、気合い一つで吹き飛ばす。跳ね飛ばす。殴り飛ばす」


 これまでオンドレイは今まで幾度となく、超常の力を持つ者を殺す依頼を受け、それらに対して悉く真正面から戦いを挑み、仕留めてきている。そしてついた通り名が、超常殺しだ。


「そ、そんな馬鹿な……こんなの、本物の化け物だ」

「ハメ系の能力も、単純な抵抗力の前には無力ってことかな。取りあえず俺は逃げる」

「ばらばらに逃げろっ」


 五人がちりぢりになって逃げる。


「自分が優位な時は調子にのり、少しでも危険と感じるとすぐに逃げだすような卑怯者は、一番腹が立つ」


 オンドレイが走り出す。逃げたうちの一人にすぐに追いつき、後ろから首根っこを掴むと、片手の握力だけで首の筋肉を突き破り、骨を握り砕いた。


「おい、他の逃げた奴の場所を把握しているか? わかっているなら教えろ」


 視界に見えるもう一人を追いかけつつ、オンドレイは、耳に装着した指先携帯電話に向かって声をかける。


 オンドレイを含め、雇われた殺し屋達には、ホルマリン漬け大統領の構成員が情報サポートを行っている。単に会員の住処や行動ルートの把握だけではなく、そこら中に放たれた構成員達のサポートによって、出歩いている殺人倶楽部会員を即座に発見している。

 オンドレイがもう一人に追いつき、後ろからラリアットを食らわす。その会員は空中で二回転半ほどしてから地面にうつ伏せに倒れる。オンドレイの大きな足が後頭部を踏みつけ、頭蓋骨を踏み砕く。


(気がついていなかったろうが、一人だけこっそり発信機を指弾で放って、くっつけておいた。逃げてもどこまでも追い詰められるようにな。いつものパターンだ)


 オンドレイは耳につけていた指先携帯電話をつまみ、ディスプレイを投影し、地図を映して相手の位置を特定する。


「遅い遅い。すぐ追いつくぞ。俺の足で追いつけなかった獲物は……一人もいないと言いたいところだが、わりといない」


 発信機をつけられていた男を発見して喜びの声をあげると、笑いながらその会員を追い抜き、追い抜くと同時に顔面にエルボーを食らわし、その一発で屠った。

 結局残り二人には逃げられたが、これ以上追うのは無理があるとして、素直に諦める。


「うん、わりといない……。おっと、今のもちゃんと撮影できたのかな? 俺の動きにちゃんと着いてこられたのかどうか。そもそもカメラマンの気配が無い。俺に気配を感じさせないとか、大したカメラマンなのか、本当は撮影なんかしてないのか」


 自分の殺人風景が撮影されていることを意識して、携帯電話で確認を取ると、ちゃんと撮れていたという答えが返ってきた。


「次の指令を寄越せ。どんどん行ってやる」

『居場所の特定が困難になってきています。自宅以外の場所に潜んでいる者が増えてきました。情報屋はもちろんのこと、市内に仕掛けられた多数のカメラもチェックしていますが、中々引っかかりません』


 これまでホルマリン漬け大統領は、自宅や勤務先や学校といった、殺人倶楽部会員がいると思われる場所を指定して、殺し屋を向かわせていた。この一日半で、かなりの数の会員を見つけだし、交戦が発生している。


「この広い安楽市で不特定多数の鬼ごっこか。もっと効率よく誘き出す方法があるだろう。それを使え」

『ど、どうすれば……』

「ターゲットの家族を人質に取って誘き寄せるんだ。そんくらいのこと、何で頭がまわらないんだ」


 オンドレイの要求に、ホルマリン漬け大統領の構成員は一瞬言葉を失った。


『それは無理です。今でさえ、警察が動いていますし、刺客の何名かは警察に殺されました。場所の指定などしたら、殺人倶楽部会員だけではなく、警察も集結してしまいます』


 ホルマリン漬け大統領は顧客に政界財界の大物を沢山抱えているため、警察に圧力をかけて自分達の残虐非道な商いも通すことのできる組織であるが、殺人倶楽部の騒動に至っては、それも通じない。殺人倶楽部側もまた、権力の庇護下にある存在だからだ。

 むしろ国家権力は殺人倶楽部の方についていると思われた。その証拠に、警察はホルマリン漬け大統領が雇った殺し屋だけ狙って殺害している。


「奴等を燻りだす方法が無いと駄目だな。ま、そっちで考えろ」


 そう言ってオンドレイは電話を切った。


***


 雪岡研究所にて、純子は昨日と今日の戦闘数、及び戦闘結果を比較していた。

 戦闘数にせよ被害数にせよ、今日は昨日よりずっと少ない。


「どうやら少し落ち着いたようだねえ」


 その一方で純子は殺人倶楽部会員達と、ネット電話カスイプで連絡を取り合っていた。


『うちのグループは二人殺された。外に行くことが怖い』

『すでに出前オンリーモード。いつまでこうしてりゃいいのやら』

『奴等、街のカメラも利用できるようだ。繁華街とか行くとチェックされて、側にいる殺し屋を差し向けられる』


 会員達が不安や愚痴をしきりに口にする。


「情報屋も使っていると思うし、そういう意味でも人の多い場所は避けるべきだねえ」


 純子が口添えする。


(優ちゃんはその辺考えず、お構い無しに出歩いていたけど)


 これは口の中で呟いた。


「報告をまとめると、殺人倶楽部側の方が大分優勢なんだけどね。でも問題は、狙われている立場をいつまでも続けていられないってことだよ。行動も妨げられるし、精神も磨り減っちゃうからねえ」

『俺らのグループは三人ほど撃退した。一人殺されたけどな。犠牲者が増える前に、こっちからも何とかしたい』

『そうだよ、逃げ回っててもしょうがない。かといって奴等の刺客と延々と戦い続けても、やっぱりしょうがない』

『純子さん、すでにこの件の収束の仕方は考えているんでしょう? 皆不安なようですし、それを教えてくれてもいいんじゃないですか? あ、僕は楽しんでますけどねー』


 最後の気楽な声は竜二郎のものであった。


「今はそのままでいいよー。できるだけ動かないでおいてー」

 純子は言った。


「君達が動かなければ、手詰まり感が出る。ホルマリン漬け大統領としては、潰すに潰せなくなる。何かしらはっきりとした形での決着を求めるようになるよ。うん。自然にそうなる。でもそれはこちらから求めるのではなく、向こうが望む形でないとね」

『敵にそれを決めさせてしまうつもりか? 敵にとって有利になるだろう……』


 疑念を口にしたのは鋭一だった。


「だーいじょーぶ。向こうは自分達の威信を取り戻すというニュアンスもあって、殺人倶楽部に喧嘩を売ってるんだから、露骨に不公平な決着方法を提案してはこないよー。んじゃ、そういうことでー」


 純子はそう言って一方的にカスイプを切った。


***


 竜二郎、鋭一、冴子、卓磨の四名は、アジトで純子と他の殺人倶楽部会員と、カスイプでやりとりを行った後、その会話内容について語り合っていた。


「純子はホルマリン漬け大統領を見くびっている感じだなー。こっちは死人も出ているのに、あんな態度取るのはどうなんだろう」


 卓磨が難しい顔で言った。


「会員の心配をしているような口振りではあったが、実際には会員の命など歯牙にもかけていないように感じた」


 鋭一も、純子の発言をあまり快く思わなかった。


「純子のプランからすると、初日と今日死んだ会員は、まるで必要な生贄だったみたいに聞こえるわ」


 冴子が皮肉っぽい微笑みをこぼす。


「実際そのつもりなんだろう。この件は優と岸夫にも後で教えておかないとな。あの二人だけ別行動しているおかげで、いろいろ面倒になっている」


 眼鏡に手をかけ、苛立たしげに鋭一。


「あの二人は自宅に帰ってるんだろう? 家族巻き込まないといいけど」

「いくら本人が強くても、周りを守れるかどうかというのは、また話が違ってくるしね」


 卓磨が言い、冴子も同意する。


「僕は、冴子さんが男三人と寝泊りしてることに抵抗無いのか、それも気がかりですがー」

「あんたらに襲われるとも思わないし、わりと気遣ってくれるから居心地は悪くないっていうか、むしろこっちが気遣わせて悪いと思ってるけどね」


 竜二郎の言葉に対し、冴子は苦笑気味に言った。

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