第二十六章 4
殺人倶楽部の会員が、一斉に攻撃を受けている頃、雪岡研究所に犬飼が訪れた。
「ホルマリン漬け大統領の奴等が茶々入れてきちゃったな。まさかあいつらが、復讐の機会を伺っていたとはね」
応接間にて純子と向かい合い、犬飼がまず口を開く。
「賞金目当てで、海外の殺し屋さん達も結構来てるねえ。まあ、ホルマリン漬け大統領が直に声かけて呼び寄せたんだろうけど」
「とんだ邪魔が入っちまったけど、この先平気なのか?」
多分平気って言うんだろうなーと予想しつつ、犬飼は尋ねる。
「元々壊す予定だったんだし、構わないよー。ただ、壊す役目の人が増えただけでさあ」
「これを選別の代わりにする気なのか? 壊すにしても、やりすぎにならないかって話さ。そもそも殺人倶楽部が認可されていたのは、国家機関に、お前さんのマウスを献上する取り決めをしていたからだろう? 敵の力が強すぎたり制御できなかったりすれば、程々の所でストップかける事もできなくないかい?」
犬飼が思うに、純子が殺人倶楽部の敵として用意する予定でいたのは、ジャーナリストの壺丘三平と、それに与するライスズメであったのだろう。殺人倶楽部そのものは潰す予定であったが、所属していた会員まで皆殺しにする予定は無いつもりでいたのに、ホルマリン漬け大統領が本腰を入れて潰しにかかってきたので、それも怪しくなってきている。
「犬飼さんは優ちゃんのことが心配なのかな?」
「そりゃまあ心配だわ。みどりと同じで、赤ちゃんの頃から知ってるしさあ」
「へーい、話は聞かせてもらった! こんちはー赤ちゃん! って、今来たとこだけど」
みどりが勢いよくドアを開けて現れる。
「するってえと何かい? あたし以外にも女の子と仲良くしてたのか。ふえぇぇ~……バイパーといい、みどりと親しい中年て、どーしてロリコンだらけなんだろうね~」
犬飼の席の後ろに回りこみ、犬飼にしなだれかかるみどり。
「今の話だけで、何で女の子ってわかったんだ。それに女の子二人知り合い程度で、ロリコン扱いはないわ。それとお前、バイパーのことを陰でロリコンロリコンと言いまくるのやめてやれな? 可哀想だとは思わねーのか?」
注意しても無駄だろうなと思いつつ、それでも一応注意する犬飼。
「別にぃ~、バイパーだし、いいじゃん。それにみどり、ロリコンの男好きだぜィ。ふにゃふにゃの軟弱そうなイケメンとかじゃなく、うだつの上がらなさそうなおっさんに限り、ね。哀愁漂う渋さっていうの? そういうのを漂わせた、いかにもザ・おっさんて感じのおっさんとか、みどりのタイプだし」
「好きに言ってろよ。嬉しくないぞ」
犬飼が微苦笑と共に溜息を漏らし、テーブルの上に出された湯のみに手を伸ばす。
「岸夫君の方、私は一切あれ以上感知していないけど、大丈夫なのかな?」
純子が話題を変える。
「さあねえ……あれは優がどうにかする問題だし、俺も詳しく聞いてない。つーかあいつの目論見は、分の悪い賭けだ。父親の狂気を取り除くだけなら、もっと他にスマートな方法もあるだろうに……」
喋りながら渋面になる犬飼。
「私は優ちゃんの気持ち、何となくわかるなあ」
「ほほう?」
純子の発した言葉に、犬飼は興味をそそられた。
「自然な感じで、それでいてドラマチックに、お父さんを目覚めさせたいと、そんな絵図を思い浮かべているんじゃないかなあ。優ちゃんは結構あれこれ妄想するタイプみたいだし、その妄想の一つを現実で実現したい、と。あるいは単純に、いつも妄想の中へ逃げ込んでいたお父さんと、同じ時を過ごしたいって気持ちもあるかもねえ」
「ま、後者はあるだろうなあ。しかし……」
歪だと口に出しかけて、犬飼はその言葉を引っ込めた。何を基準としてそんなことを決められるのか、それが馬鹿馬鹿しく思えて。
***
安楽市絶好町繁華街。
ホルマリン漬け大統領に雇われた殺し屋達は、ターゲットとなる殺人倶楽部会員の主な出現地域や自宅、それに時間単位での行動パターンまでも、データとして事前に与えられていた。もちろん全ての会員の自宅や行動パターンが、完全に把握されているわけでもない。
海外より雇われた刺客の一人である彼が、現在目にしている少年もまた、たまに安楽市絶好町繁華街に現れる事は書かれていたものの、自宅の場所は不明となっている。
彼が繁華街にいたのは、その少年だけが目当てではない。この場所に現れる会員が比較的多いと知り、そのうちの誰かを見つけられればいいと、そんな目論見だった。そしてその少年が現れた。
行き交う通行人も多い中、彼は堂々と発砲する。
通行人が悲鳴をあげて逃げ惑う様を予想していた彼だが、銃声を聞いた通行人等は、落ち着いた所作で、手近にある物陰や店舗に身を隠している。悲鳴をあげる者はほとんどいない。
その事もちょっとした驚きであるが、それ以上に彼が驚いたのは、確かに銃弾を受けたターゲットの少年が、平然と歩いていたことだ。
何かの手違いかと思って、さらに二発撃つ。衝撃に少年が倒れる。服に穴も開いている。
しかし少年は何事も無かったかのように起き上がり、まるで無反応で機械的に歩いていく。
(そういう改造をされた不死身のマウスなのか?)
そう勘繰るが、それよりもあのリアクションはおかしい。
彼は少年の前方へと回りこみ、リアクション以前にもっとおかしい部分を目の当たりにする。
(まるで生気を感じない。瞳に意思の輝きも無い。まるで人形だ……)
ひどく不気味なものを感じ、同時に不吉な予感も覚え、彼はその少年――藤岸夫を狙うのを諦めた。
***
卓磨、冴子もアジトを出て、二人でそれぞれの家に、必要なものを取りに向かった。
堂々と電車に乗って移動する二人。電車や駅の中で襲われたらどうするんだと卓磨は心配だったが、冴子曰く「人ゴミに紛れるからそちらの方が安全。もしもの時は人ゴミを盾にもできるし、どう考えても安全」と、無茶苦茶なことを言われた。しかし結局に冴子従った卓磨である。自分が生きることを第一に考えれば、最良といえる選択だ。
「俺はいつも、あのグループで一人だけ浮いている気がするよ」
「優は卓磨のこと、二番目に重要なメンバーだって言ってたけどね」
電車の中での会話で、冴子が意外なことを口にした。
「俺が? 一番いらなさそうな……」
卓磨は六人の中では目立たない存在だと自覚している。一人だけ成人であるという事にもちょっと疎外感がある。そのうえ自分より頭のいい者が何人もいるし、他のメンツは自己主張が激しいのに比べ、卓磨は自分を積極的に出すことなど皆無に等しい。
「一番はやっぱリーダーポジションの竜二郎として、アクの強いメンバーばかりの中で、一番落ち着いてるとか安定してるとか、そういう役割が一人は絶対必要だから、卓磨は接着剤的なポジションとして重要だって」
「うーん……嬉しくない求められ方だ。でもそういう形であろうと、認めてもらっている事には、ホッとする」
冴子の話を聞いて、卓磨は安堵の笑みを広げる。
「でも優って人のことよく見てるし博識だし、どういう環境で、あんな子になったんだろ?」
「私も詳しくは知らないよ。会った時からあんな感じの不思議な子だったわ。あまり詮索したくもないから、聞いてもいないけど」
電車が安楽駅に着く。
安楽駅を中心とした絶好町繁華街は、現在殺人倶楽部の会員にとっては最も危険地帯と言える。今日の一斉襲撃が始まって、すでにここでは四回の戦闘が繰り広げられている。そのうち一度は発砲だけに留まった。
その情報は冴子と卓磨も知っているが、アジトの最寄りの駅が、絶好町繁華街にある安楽駅であるし、買い物もしていきたいという理由で、特に何も考えず避けることなく、この場所に足を踏み入れる冴子と、危険だと理解しつつも冴子に従うだけの卓磨である。
「おーいっ、お前ら殺人倶楽部の会員だろ!」
人通りもそれなりにある絶好町繁華街の近くの通りで、必死の形相の血まみれの男に叫ばれ、卓磨も冴子もぎょっとした。
「そっちの女は見覚えあるぞ! あのミーティングの時、確かに見た! 襲われてる! 助けてくれ! 俺は誰ともグループ組めなかったんだよ!」
血まみれの男が二人のいる方に向かって駆けてきて、助けを乞う。
「あんた、自分は強いから群れるなんて御免とか言ってたじゃない。私も、足手まといで無能屑の尻拭いなんて、したくないんだけど?」
「それは俺じゃない! そいつは真っ先に殺されてるし、そいつの後で単独行動が性分とは言ったが。つーか悪かった! 思い上がっていた! だから助けてくれ!」
半眼で突っ込みを入れる冴子に、血まみれの男は必死に頭を下げる。
男が駆けてきた後方から、四人組の外人がこちらに向かってくるのが見えた。
「四人もいるのかよ」
卓磨が呻く。
「私が一人相手するから、あんたも一人担当して。卓磨は二人ね」
冴子が戦闘体勢に入り、てきぱきと指示を出す。
「わ、わかった。一人くらいならどうにか……」
「いや、何で俺は二人……」
冴子の指示を受け、血まみれの男は腹を決めて身構えたが、卓磨は肩を落としていた。
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