第二十六章 3

 真っ昼間の天下の往来に、襲撃者は現れた。


 剣持剣輔は元々表通りの住人であったが、それなりに素質があったのであろう。殺人倶楽部に入ってからというもの、たった一人で困難な依頼殺人をこなしていき、殺人経験値を貯めまくり、現時点で会員レベル20にまで上がっていた。

 戦闘もかなりの数こなし、四回も改造されて四つの能力を備えている。そうそう負ける気はしない。


 だが剣輔のメンタルは、表通りからさほど変わっていなかった。自分より強い者と戦って生き延びた事もなければ、危機的状況に陥った事も無い。超常の能力で一方的にハメる事や、自分が先制攻撃をかけられる有利な状況に頼ってばかりの勝利を繰り返している。殺人経験値はたまっているし、戦闘数は多い。だが彼自身の経験は乏しい。戦闘経験が豊富とは言えない。

 そんな剣輔故に、危機意識は鈍い。しかしそんな彼でも本能的に、現れた相手を見て危険を感じていた。


 身長2メートル以上の筋骨隆々の巨漢。後ろ髪を肩まで伸ばした黒髪に、肌の色は黄色人種に近いが、明らかに日本人ではない。顔つきそのものはコーカソイド寄りだが、モンゴロイドとコーカソイドが混じっている。口髭と顎髭を伸ばし、ギラつく目で剣輔を見下ろしている。


「ははは、早速来たか。上等だ」

 巨漢を見上げて剣輔は嘯く。


(こちとらレベル20になったばかり。能力四つ持ちだぜ。殺人倶楽部の力を思い知らせてやるよ)


 剣輔が気合いと殺意を昂ぶらせる。確かに恐怖は感じていたが、殺人倶楽部会員としての矜持が、剣輔の直感を曇らせた。


 剣輔がポケットからいつもの得物を取り出し、地面に落とす。


 落としたのは水色のボールだった。落ちた瞬間に大きく跳ねて、不自然なバウンドを繰り返しては跳ね回る。

 四回跳ねた時、ボールの数が突然増えた。水色のボールから、黄色、ピンク、緑、青の四色の四つのボールが現れ、また跳ね回る。


「ふーむ」


 巨漢の刺客は動こうとはせず、跳ね回るボールを見て小さく唸る。


 その後、水色のボールと黄色のボールが跳ねているうちに消失する。しかし残った三つのボールが何回か跳ねると、色とりどりのボールが一気に十個以上に増殖する。


 一気に数を増やしたボールが、バウンドしながら巨漢へと向かう。


(余裕ふかしてるのか? かわそうともしない。ま、かわしたくてもこいつをかわすのは困難だがね)


 この能力を剣輔はランダムボールと名づけている。二回目から六回目まで跳ねるうちに六分の一の確率で、ボールは跳ねた回数の数だけ増殖する。しかし四回目から八回目まで跳ねている間に、五分の一の確率でボールは消失する。八回目は必ず消える。能力を解除するまで、ずっとその繰り返し。運悪くゼロになったらやり直しになり、その分、剣輔も体力を消耗してしまう。しかし一度増え始めてからボールが全て無くなったことは無い。


 跳ね回り、増えまくりつつ、色とりどりのボールが巨漢へと向かっていく。

 巨漢の胸に当たった瞬間、ボールは弾けて消える。


 ほくそ笑む剣輔。ボールが当たった場合、当てられた相手にはボールの色によって、火傷、出血、腐蝕、高電圧高電流、融解、凍結、打撃、乾燥、硬化等、様々な形でダメージを与える。当たった部位と効果によっては、一発で致命傷にもなりかねない。


 しかし、巨漢の体に変化は見受けられず、平然としていた。


「え……?」


 呆気にとられる剣輔。

 ボールは次々と当たっていく。だが巨漢に依然として変化は無い。


「いい歳して玉遊びか」


 少し訛りのある日本語が、巨漢の口から発せられる。

 巨漢がゆっくりとした足取りで、剣輔へと向かっていく。先程よりも強い恐怖に駆られる剣輔。


(だが……昨夜感じた恐怖よりは……小さい)


 ウェーブのかかった柔らかそうなふわふわ髪が特徴の美少女のことを思い出し、剣輔は不敵に笑うと、異なる能力を発動させる。


 剣輔の前に、トランプのカードが舞い踊る。同じ柄のカードが13枚同時に張り付けば、相手を平面空間に閉じ込めて動きを封じる能力。かなり心身共に消耗が激しいが、平面空間に閉じ込めた後には、どうとでも料理できる。

 カードが飛来して身体にへばりつくが、意に介さず歩いていく巨漢。


「は?」


 同じ柄が十三枚揃ってくっついたにも関わらず、変化は起きない。剣輔は我が目を疑った。


(こいつに……何か防ぐ能力でもあるのか? あるいは無効化する……)


 この時点でようやくその考えに至る。


「お前はあれだ。所謂条件を満たした際に相手に直接的な効果をもたらす、ハメ系の能力だろう。それ、漫画ではともかく、現実では効かんぞ」


 哀れむような視線を剣輔に投げかけ、巨漢は告げた。


「ハメる方の力が強ければ効果はある。だが相手の抵抗力の方が上回っていたら、それまでの話だ。超常の力とやらも、所詮は科学的に解明されていない法則の元に成り立っているに過ぎん。俺はそういったハメ系能力を気合いで抵抗(レジスト)できる。故に、超常能力者専門の殺し屋として雇われ、こう呼ばれている。超常殺しオンドレイ・マサリクとな。 地獄へ行ったら、俺に殺された奴等と友達になりやすいよう、教えてやった。親切だろう?」


 自己紹介を済ませると共に、巨漢の殺し屋――オンドレイ・マサリクは銃を抜き、剣輔の頭に向けた。


「おい、無抵抗のまま殺される気か? もう諦めたのか?」


 逃げようとも抗おうともせず震えている剣輔に、オンドレイが問う。


「これが殺人倶楽部か。ゴミだな」


 オンドレイが落胆と侮蔑が混ざった呟きと共に、唾を吐いた。


 剣輔は死の恐怖に震えながらも笑っていた。もう自分が助かる道は無い。この距離で銃を突きつけられ、しかも相当体力を消費してしまった今、逃れられない。自分には逃れる術は無い。だから笑うしかない。

 だがもう一つ、笑う理由がある。


「あんたより恐ろしいのが……殺人倶楽部にはいるぞ……」


 昨夜自分に恐怖を与えた、あの可愛らしいゆるふわ美少女を思い出し、剣輔は笑った。もし彼女が目の前の男と相対すれば、きっと逆に斃してくれると信じて。

 オンドレイが引き金を引く。


(こいつ、ただの負け惜しみではなく、最期に口にした言葉を信じていたようだな。楽しみなことだ)


 サイレンの音が鳴り響いてくるのを聞きつつ、オンドレイは微笑みをこぼし、足早にその場を立ち去る。


(相変わらずこの国はいいな。裏稼業の人間が伸び伸びと羽を伸ばして暮らせる。しかも裏社会も活気に溢れている。しばらく留まらせてもらおう。そしてこの国にも、超常殺しの俺の名を轟かせてやる)


 実はまだオンドレイが駆け出しの頃、日本でわりと長い期間、活動していた時期もあった。そのために日本語も堪能であり、およそ七年ぶりの再来日だ。


***


「ふむ。外人か」


 目の前にいる白人の殺し屋を一瞥し、ライスズメは呟く。すでに変身も終えている。


 ヒーロー系マウスの奇抜な格好を見て、金髪を短く刈りそろえた痩せた白人の殺し屋は、明らかに嘲り、見くびっていた。相手と自分との戦力差さえ見抜けなかった。


「ライスピア!」


 無数の米粒が一直線に放たれる。放っているライスズメ自身、槍(スピア)というよりビームのような気もするが、言葉尻合わせのために仕方がない。


 殺し屋は驚きつつも、この攻撃を際どい所で避けた。


「ふむ。少しはできるようだが、これはどうだ? ライスパンキング!」


 かなり大量の米が放たれたかと思うと、殺し屋の真横で一つに固まり、人間を覆い尽くせるほどの巨大な手に形成された。


「ぶべらっ!」


 米で出来た巨大な手が猛然と襲い掛かり、ビンタをかます。男が吹き飛ばされて、近くにあった街灯に衝突し、地面に仰向けに倒れる。


 米の手はさらに追撃し、地面に倒れている男めがけて、ばちーんばちーんと派手な音をたてて、容赦なく何度も叩き、やがて男の体は痙攣しだした。米の掌には、べったりと赤い血が付着している。


「弱い。弱すぎる。米をちゃんと食っていないパン党だな? だから然様に虚弱なのだ」


 殺し屋をあっさりと返り討ちにしたライスズメは吐き捨て、ヒーローの格好のまま、悠然とその場を立ち去った。


***


 竜二郎と鋭一はアジトを出て、鋭一の家に行く途中に襲撃を受けた。


 相手は浅黒い肌の、どう見ても東南アジア系の男だ。二十代か三十代かもよくわからないが、中年というほどではないと思われる。背は低いが眼光が鋭く、ふてぶてしい面構えの持ち主であった。

 研ぎ澄まされた殺気を受けつつも、鋭一も竜二郎も全く動揺せずに対処する。


「悪魔様にお・ね・が・い」


 自分の手をナイフで切りながら、竜二郎が呟くと、ナイフを構え、今にも襲い掛からんとしていた男から、急に敵意が消えた。


「日本語わかりますかー?」

「喋ル下手ダケドワカル」


 竜二郎の問いに、男は片言の日本語で答える。


「ホルマリン漬け大統領に雇われたのですよね? 他に雇われた人とか知りませんかー?」

「聞イテハイルガ、知ラナイ。今日カラたーげっと殺セト言ワレタ」


 男は竜二郎の問いに正直に答える。


「相手を服従させる力か?」

 鋭一が尋ねる。


「違いますよ。敵対状態だったのを強制的に和解させただけです。こちらが少しでも攻撃の意志を見せると、すぐに元に戻ります。しかも持続時間はかなり短いですよー」


 竜二郎が喋っている間に、男の目が元の鋭いそれに戻り、自分が操られていたことも理解し、二人に向かって飛びかかる。

 鋭一が腕を振る。すでにロックオン済みであったため、透明の無数のつぶてが男に降り注ぎ、男は不可視の攻撃に戸惑いつつ、足を止めた。


「悪魔様にお・ね・が・い」


 竜二郎が前方にかざした手の先から電撃が迸り、男に直撃する。

 そこにさらにもう一度、透明のつぶてが降り注ぐ。

 完全に動きの止まった男へと、竜二郎が無造作に近づいていく。


「悪魔様にお・ね・が・い」


 竜二郎の手に一振りの剣が出現する。その剣を男の首に躊躇無く突き刺した。


「最後のとどめは余計だろう。お前の能力はストックが限られているのに、余計なことをするな」

「余計ではありませんよー。人の命を直接奪うという爽快感のためですよ。剣を通じて命を奪う

感触、命を消す感触が伝わってきて、全身の細胞がぶるぶる震えて喜んじゃってますー」


 鋭一の指摘に対し、竜二郎は爽やかな笑顔でそう答えた。


 襲撃者をあっさりと退けた後、二人はタクシーへと乗り込んだ。最初は電車で行く予定であったが、白昼街中で堂々と襲われた事を考えると、人の多い場所でまた襲撃を受けても厄介だと判断して、タクシーに変えた。


「殺人倶楽部狩りのサイト見たら、死体晒し、朝よりかなり増えていますよ」


 ディスプレイを覗き、ドライバーには聞こえないよう、鋭一に顔を寄せて小声で囁く。


「こっちも殺人倶楽部の他の会員の様子を見てみたが、襲われたという報告がかなり有る」


 同様にディスプレイを広げていた鋭一が言った。


「今日になって一斉に――ですか。さっきの人も言ってましたが、今日始めるように指示されているようですね。日ごとにバラバラに襲撃ではなく、同日に一度に襲えば効果は抜群でしょー」

「奴等、どうやって場所を特定しているんだろうな」

「僕達の行動パターンや居場所も、ある程度は把握されているかもしれませんね。ホルマリン漬け大統領がそれを知る期間は、十分にありましたしー。そうなると今のアジトも知られているかもしれませんが」

「じゃあアジトを変えるか?」

「面倒ですし、あそこは防犯機能が整っている分、知られていたとしても他の場所より安全ですよー」


 鋭一の問いに、竜二郎は微笑みながら答えた。

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