第二十六章 2

 殺人倶楽部全員集合ミーティングの翌日は休日であったため、いつもの六人は朝からアジトに集り、昨日のミーティングについて、そして今後どうするかについて、話し合っていた。


「昨夜の純子の惨殺劇には胸がすっとしたわー」

「同感ですねー」


 冴子がにやにや笑いながら言い、竜二郎も爽やかに笑いながら同意した。


「昨日のミーティングは顔合わせと、ソロ活動していた奴同士をグループにまとめあげるだけのものだったな。それはそれで重要なことだが、それ以外に具体的にどうするかは、何も話されなかった」

「純子さんにも敵の出方がいまいちよくわからないので、指示のしようが無いのだと思いますぅ。あるいはまだ思索中なのか」


 鋭一の言葉に対し、優が己の考えを述べる。


「学校しばらく休んで、家にも帰らない方がいいかもな。そして単独行動は避けるようにする、と」


 卓磨が言う。


「家……?」

 岸夫がそれに反応して、怪訝な声をあげる。


「どうして帰っちゃいけないの?」

「家にいる所を襲われる可能性もあるんだぞ。家族も巻き添えになるかも」


 岸夫に問われ、卓磨が理由を述べる。


「家族……?」

 虚ろな眼差しで自分の額を押さえる岸夫。


「どうしたんだ?」


 明らかに様子がおかしい岸夫に、卓磨が訝り、声をかける。


「俺の家族って……?」


 疑問系で呟きながら、岸夫は優を一瞥した。

 他の四人は岸夫のこのリアクションを不審がるが、優は全くのノーリアクションだ。


「岸夫君、記憶喪失にでもなったんですか?」

「え? あ? ああ……家族か。うん、いるよ。あっちの世界に……いや、何でもない」


 尋ねる竜二郎に、ますます不可解なことを口走る岸夫であった。


「すみません。私は普通に家に帰りますね。一人でも平気ですし」

「でしょうねえ」


 優の言葉に、竜二郎がにやりと笑う。


「俺はしばらくここにお邪魔させてもらうわ」


 鋭一が言った。母親を巻き込む事態だけは避けたい。


「着る物とか取ってこなくていいんですか?」

 竜二郎が確認する。


「必要だな……。ついでに母親も説得しないと」

「鋭一君がいなくても、鋭一君を狙って家に来た人が、鋭一君のお母さんを人質に取るとか有り得ますよ?」

「そういう卑怯な奴も出るかもしれないが、どちらが安全かと考えれば、俺が家に寄り付かない方だと思う。もちろん運が悪ければ、そういう奴も出るかもしれない事はわかっているが」


 竜二郎の言葉を受け、鋭一は己の判断を告げた。


「昨日のミーティングでも具体的な方針が決定しなかったように、僕達も今は相手の出方待ちになっちゃうんですよねー。それに対して、狭い範囲での警戒をするくらいです」

 と、竜二郎。


「おい……もう襲われている奴がいるぞ」


 ホログラフィー・ディスプレイを開いて、ネット上で殺人倶楽部の情報を集めていた卓磨が、声をかけた。

 卓磨がディスプレイをコピーして、他の五人へと飛ばす。それぞれ受け取って、開かれていたサイトを見る。ホルマリン漬け大統領の殺人倶楽部狩りサイトだった。


「わざわざ撮影して死体晒しているのね」


 映し出されていた死体画像を見て、冴子が眉をひそめて呟く。殺されているのは殺人倶楽部会員だ。


「こいつ、昨日一人で平気だと粋がっていた奴じゃないか。昨夜の今朝で早速殺されているとはな」


 何の感慨も無い口調で鋭一が言った。


「私も一人で大丈夫だと粋がってますけどぉ」

「お前ならまあ大丈夫だろ」


 優の言葉に微苦笑をこぼす鋭一。


「他にも二人殺されてますねー。この分だと、今日はかなり殺られそうな気がします。他の会員にも連絡して、注意を呼びかけましょう」


 竜二郎がサイトの画像を添えて、会員達にメッセージを送る。


「俺達も外出する際は二人以上にした方がいい。優は別として」

 鋭一が告げる。


「優だって油断すると不味いんじゃない?」

「油断しないから私は平気でぇす」


 冴子が心配げに言うが、優はさらりと言ってのける。


(優さんてそんなに強いのか……。まあ、何でも消しちゃう能力とかあるなら、確かに問答無用すぎて、不意打ち食らわない限り、そうそう負けないだろうけど)


 岸夫が思う。優の能力を正確に知っているわけではないが、昨日見た限りで、大体そんな能力ではないかと思っていた。


***


 優が帰宅すると、丁度正午になっていた。途中、襲撃を受けるようなことも無かった。


 父親も丁度起きたところで、テレビを見ながら昼食になる。お手伝いさんの鮪沢鯖子も一緒だ。


 テレビ番組『真っ昼間生ワイド』で、丁度殺人倶楽部の話題が挙がっていた。都知事の自殺効果で、殺人倶楽部の話題を取り上げる番組は完全に消えたかと思いきや、未だ特集に組む番組があったことに、優は少しだけ意外に思っていた。


『本日は犯罪心理学専門の丸井沢丸太郎教授に来ていただきました。丸井沢教授、今日はよろしくお願いします』

『はい、よろしくお願いします』


 丸眼鏡をかけた中年の小男が、関西弁のイントネーションで挨拶をする。


『前にもワイ言いましたやん。社会が悪うなるからこういうの出てくるって。歪な優生論振りかざして、即物的な物質至上主義になって、心の貧しい国民量産しとーから、こないなるんや。かといって共産主義にせえ言うとんのとちゃいますよ。もうちっとバランスのとれた社会作れちゅー話です。経済だけじゃなく教育に力入れて、公徳心育てればええんです。心の貧者である業突く張りの資本家らにも、ノブレス・オブリージュをちゃんと心がけさせたらええんです。そういうこと、上野原のアホとか、全くわかっとらんでしょ。下の者にはきゃんきゃん偉そうに吠えるくせに、強者には尻尾振って媚びる、あの国士気取りの犬っころは』

『せ、先生っ! これ生放送ですからっ!』

『そもそも日本人の悪い気質を改めることが肝心ですわ。上や外にはへつらい、下や内には横柄って、最悪ですやん? おべんちゃらが得意なだけのアホが出世してイキって、ほんまに能力あるモンは浮かばれず、その出世したアホがまた下に威張り散らすんですよ? そりゃあね、そんな社会じゃストレスたまって、殺人倶楽部の一つも作りとーなりますわ。ワイも入りたいくらいですし。ワイ、ブチ殺したい奴いっぱいおりまっせ』

『せ、先生! もうその辺で!』


 歯に衣着せぬどころではない丸井沢の小気味いい言い様ではあったが、キャスターは引きつった笑みを浮かべて必死に抑えていた。

 過激な言動を繰り返し、最近お茶の間で人気を取るようになり、露出が増えてきたこの人物の言い分に、優は好感を持てた。


「何で殺人倶楽部がニュースに? あれは私が別の姿の……あっちの世界にあるものだぞ。もしかして、私は生身のままであっちの世界に来てしまったのか? それともこっちの世界にも殺人倶楽部はあったのか?」


 ニュースで殺人倶楽部の名が出ているのを見て、光次は啞然とする。


「父さんはあっちの世界で殺人倶楽部の一員だった。まだ人は殺してないけどな。驚いたことに、父さんの仲間に、あっちの世界での優までいるんだ。ははは。で、いつも気になって、あっちの世界の優のことばかり盗み見しているが、何の変わりも無い優だ」


 お手伝いの鮪沢鯖子は、また始まったという感じで光次を一瞥し、優の方を見ないように意識しつつ、優に同情する。


「父さんから見て、あっちの私はこっちと、本当に何も変わりないですか?」


 父に話を合わせつつ、確認を取る優。


「うーん……性格や喋り方は同じだ。あ……でもよく思い出してみると、父さんに見せないような表情をするし、何だか強いみたいだし、ミステリアスな面があるね。うん。それはそれで面白い」

「そうですか」


 父の話を聞いて、気の無い相槌をうつ優。


(もう私は……心の中で父さんを切り捨てた方がいいのかもしれませんね。でも……そんなことできないから、おかしな形で足掻いている。執着しているから、まともになってほしいと願っているから、その気持ちが捨てられないから、こんなことしている……)


 父が狂っているというなら、そんな父を正常に戻したがっている自分も狂っている。優はふとそんなことを思い、自嘲気味に微笑んだ。

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