第二十五章 34

 ホルマリン漬け大統領。とある支部の一室。大幹部の秋野香と電々院四股三郎は、それぞれ目の前にホログラフィー・ディスプレイを投影して、殺人倶楽部特設サイト開設の反応を確かめている。


 殺人倶楽部狩り特設サイトが開設してからわずか二時間後。裏通り関連の匿名掲示板では、すっかり大きな話題となっていた。

 ディスプレイで反応を見て、四股三郎はにんまりと笑う。


「反響は大きいですね。当然と言えば当然ですが」


 現在世間を騒がしている殺人倶楽部。それを狩ると堂々と宣言したホルマリン漬け大統領。これで裏通りの住人達の反響が鈍いわけがない。


「で、殺人倶楽部と戦うことに名乗りを挙げた者はいるのか? そちらが問題だ」

 香が冷静に問う。


「え~……それはまだ全く無いです。ま、まあまだ二時間しか経っていませんし」

 言いづらそうに四股三郎。


「でも……結構かけ金を弾んだんだし、一人くらいはきてもいいのになあ……」

「カウンターを設けたのが失敗だ。サクラでも用意し無い限り、応募はしづらい」


 特設サイトに、賞金稼ぎを名乗り挙げた人数を記したカウンターが設置されているのを指し、香が言った。


「それと、映像で流すのは駄目だろう。稀にその条件でも引き受けてくれる始末屋もいるが、大抵は仕事をしている場面など、流されたくないはずだ」

「そ、そうですか……」

「基本、撮影はしないが、それでも良い者はさらに報酬プラスという路線に変えるんだ。注目を浴びることには成功したが、募集のかけ方は少し失敗したな。欲をかいてしまった。私の失敗だ」


 舌打ちしたい気分になる香であったが、後輩大幹部の前でそういう行為を見せたくもないので、我慢しておく。


「こちらで直接集めるしかないな。海外からも殺し屋達を雇うとしよう」


 そう言って香は、早速海外の腕利きの殺し屋のサーチに取り掛かった。


***


『純子ぉ~……こうなっちゃうとさあ、僕ら何のために殺人倶楽部を守ってきたか、わからないよう』


 純子にかかってきた電話の内容は、現状への不安と文句であった。

 相手は純子の要請を受け、ある取引の元で、殺人倶楽部の存在を容認するよう働きかけてくれた、この国のフィクサーの一人だ。様々な役職を兼任しているため、様々な組織や政府機関に抑えが利く。


「終わりが近づいたってことだよ。そろそろ仕上げの時期だし、計画に支障は無いと思うよ? 最後に選別のために殺人倶楽部の障害となる敵を作るのは、私も予定していた事だもん。まあ、都知事が世間に公表とか、ホルマリン漬け大統領の参入とか、その辺は想定外だったけど」


 純子は何食わぬ顔でそう返す。


「ところで、都知事を殺したのは弦螺君の指示?」

『まさか~。僕がそんなひどいことするわけないよう。そもそもそんなしょーもないこと、僕ほどの立場の者が、いちいち下に指示したりとかしないよう。こういうのは、もっとずっと下の立場にいる人が、上に判断仰がず自己判断で実行することだよう。どんな事情があろうと、立場をわきまえず、騒ぎを起こした為政者(ハリボテ)さんは、その報いを受けるのが当然ていうね、それだけの話なんだ。自動的にそうなっちゃうの』


 純子の電話の相手は、様々な顔を持つ。幾百年も霊的国防を務める妖術流派の大家の当主であり、裏通り中枢の最高幹部『悦楽の十三階段』のメンバーの一人でもあり、この国の真の支配者の一人としても君臨している人物――白狐弦螺であった。


『この先、うまくいくといいけどねえ。とにかく、殺人倶楽部の優秀な会員は、できるだけ死なさないようにしてね。何だったら、被害が出る前に、今すぐに殺人倶楽部を終わらせてもいいんじゃないかな?』

「だからさ、これは最後の選別だよ。生き残ったのが優秀な会員ってね」

『えー、そんなこと言って、本当は純子が遊びたいだけだって、僕はちゃんと見抜いてるからねっ』


 茶目っ気たっぷりな声と喋り方で弦螺は言う。累から聞いた話によると、百六十年前からずっとこんな感じであったという。


「不安になる気持ちはあるけど、約束はきっちりと果たすし、約束を破ってまで自分の遊びを優先することは……わりとやるけど、今回はしないから安心していいよー」

『え~、そんな言われ方したら全然信用できないよう』

「これからも多少手間はかけるかもしれないけど、弦螺君が損するようなことはしないって」

『だといいねえ~。ま、僕も楽しませてもらってるから、あんまり文句も言いたくないけど、まだ純子に余裕あるってわかっただけ安心したよう。じゃあね~。ばいび~』

「ばいびーとか……久しぶりに聞いたなあ」


 弦螺が電話を切った後、純子が苦笑気味に呟いた。


***


 絶好町の夜の繁華街を卓磨が歩いていると、見覚えのある人物を発見した。


「あれ? おーい、岸夫」


 アジトを出て、絶好町で買い物をしてから帰宅しようと思った卓磨が、少し離れた場所で歩いている岸夫の姿を見つけ、声をかける。


 しかし岸夫は反応しない。明らかに声が届く距離であるにも関わらず、だ。

 それどころか、まるで心ここにあらずという顔で歩いている。それを見て琢磨はぎょっとする。


(あいつ本当に岸夫か? 雰囲気が全然違う。まるで別人みたいだ。病気か何かか? それともショックなことでもあったのかな?)


 あからさまに様子のおかしい岸夫を見て、卓磨はあれこれと勘繰る。


 岸夫は卓磨の前には来ようとせず、途中で折れ曲がり、すぐ横手にあったカンドービルの中へと入っていった。

 気になった卓磨は、岸夫の後をこっそりとつけ、自身もカンドービルの中へと入る。


 ビル内の人気の無い場所へと赴く岸夫。


(え……? ここって……)


 卓磨もその場所は知っている。

 岸夫は壁に向かうと、地下へと続く秘密の階段を開くボタンが並ぶ蓋を開け、パスワードを打ち込んでいく。やがて壁に切れ目が入り、階段が開く。


(雪岡研究所へ……? 何しに?)


 興味はあったが、流石にこれ以上の尾行は困難と判断し、卓磨は疑問だけ残し、カンドービルの外へと出た。


***


 自宅に帰った優は、父の光次と向かい合って食事を取っていた。父はつい今しがた起きたばかりだ。


「父さん、最近元気みたいですねえ」

 明るい声と表情で優が声をかける。


「ああ、こちらにいることが多くなったわりには、気分が優れているね」


 不思議そうに言う光次。その理由を優は知っている。


「ああ……ごめん。私は本来なら、こっちで生きなくてはならないんだ。普通の父親として、優に接さなくてはならないのに、それを放棄してしまって……」

「それ以上言わないでくださあい。せっかく調子が良さそうなのに、また欝になっても嫌ですから」


 娘の声音に不穏なものを感じて、光次は怯えたような顔つきになる。


「ごめん……しかし本当に悪かったと思っているんだ」

(嘘ばっかり……)


 優は父の言葉を全く信じていなかった。


(娘にも一応は悪いという姿勢を見せることで、私ではなく自分を騙しています。自分が本当に悪い人間だと認めたくないから、自分に嘘をついて誤魔化して逃げています。父さんはそういう人です)


 父の本質は、全て見抜いている優である。


「ああ、そうだ……」

 ふと、カレンダーを見る光次。


「明日は……母さんの命日だが……」

「それが何ですか?」


 父のその言葉な反応し、優は冷めた声を発する。その瞳に怒りが宿っているのを、光次も確かに認識した。


「優は……まだ母さんのことを許せないのか?」

「薄情で脆弱な裏切り者です」


 躊躇いがちに尋ねる光次に、優はにべもない返答を返す。


「死ぬことで逃げ出して、私達のことなんて考えていなかったです」

「いつか許してやってほしい。そうでないと、母さんが可哀想だろう?」


 光次の口からでた柔らかな声によるその言葉に、優は目を丸くする。


(この言葉は自分を偽る嘘? それとも父さんの本心?)


 常に光次の心を見抜いているつもりでいた優であるが、この時ばかりは判別がつかず、その後は無言で食事を続けた。


***


「ホルマリン漬け大統領め。余計な所でしゃしゃりでてきやがって」


 殺人倶楽部狩り特設サイトを見て、犬飼は忌々しげに呟く。


(潰しちゃおうかな)


 一瞬そう思ったが、すぐに考えを改める。


「今は様子を見ておくか、それともある程度は干渉するか……まあ、優のお手並み拝見だな。これはあの子の舞台だ」


 そしてホルマリン漬け大統領もその舞台の上に立ったのだから、自分はなるべく舞台の袖からバックアップに留めておこうと、犬飼は心に決めた。



第二十五章 殺人倶楽部に入って遊ぼう 終

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