第二十五章 33
アジトから自宅へと戻る際の、電車の中で、優と冴子は会話を交わしていた。すでに夕方で、人の数はやや多めだ。
「昨日、優に殺人中毒って言われたでしょ。あれ、ちょっと堪えた。鋭一にも言われたけど、あいつはまあいいや」
苦笑いをこぼして冴子が言う。
「言いすぎちゃってごめんなさい」
「ううん、いいの。実際そんな感じだったしね。何か必死っていうか……確かに取り憑かれている感じだった。自分でも異常だってわかってる。理屈ではね……」
冴子が大きく溜息をつく。
「で、こんな大事引き起こしちゃって、鈍感な私でも流石にショック受けてる。でも……正直スカッとしている気持ちもあるのよね。まあ……わざとこんなことしようとは思わないし、今後は出来る限り自重していく気だけど、不安なんだ」
冴子にしては珍しく陰りの有る面持ちで語る。
「自制できなくなりそうな不安ですかあ?」
「うん、苛々したらまた衝動的にやっちゃいそう。ねえ……優」
思いつめた顔になり、冴子は言った。
「私が自分のコントロールが効かなくなって暴走しないように、貴女が私のこと、見張っておいてくれない?」
「お断りしまぁす」
冴子としては心からの必死なお願いであったが、優はすげなく断った。
冴子の表情が強張る。しかし優の表情は全く変わらない。
「私は冴子さんの友人であっても、保護者ではありませぇん。四六時中冴子さんの側にいろとでも言うのですかあ? もちろん、私が側にいる時くらいは、止めてあげますよぅ」
「そっか……そりゃそうだ」
冴子の強張った表情が和らいだ。
「甘えすぎてたかね、私。ごめん」
「甘えるくらいはいいですよう。でも冴子さんは図々しいんですよう」
「いや、そこまではっきり言われるとちょっと……」
謝罪した後にさらに容赦のない言葉を口にされ、冴子の表情が引きつる。
「優って何者なの? ぱっと見大人しそうなのに、芯はしっかりしてるし、頭脳明晰だし、おまけに会員レベルもあれだし、貴女も裏通りの人間?」
「殺人倶楽部に入った時点で、半ば裏通りにいるようなものですが、それ以前は表通りでしたよう」
冴子の質問に、優はあっさりと答える。
「そのわりには何か……いろいろと普通じゃないよね。ま、これ以上は聞かないでおく」
優の触れてほしくないことかもと思い、冴子は話題を中断し、携帯電話でディスプレイを開いた。
「ん……。ちょっと、これ……」
速報のニュースサイトを開き、冴子は啞然としつつ、ディスプレイを見るよう優に指で促す。
優が覗き込むと、そこには『緊急速報、俱眠評太蓮都知事自殺』というテロップが映し出されていた。
「遺書もあるってさ。でもこのタイミングで自殺?」
「これはとってもわかりやすいですねえ……」
それが本当に自殺であるなどと、優は露ほども信じなかった。
***
正義、ライスズメ、壺丘、真の四名は、かなり長時間会話を続けて、今後どうするかを話し合っていたが、途中、テレビのニュースで都知事の自殺を知り、会話内容はそちらへと変わった。
「都知事は殺されたんだ。このタイミングで自殺などありえない」
どう考えても当たり前の事であるが、表通りの人間にはその当たり前の判断もつかないのではないかと考え、真は口に出してきっぱりと言った。
「殺したのは雪岡純子か? 殺人倶楽部をバラされた腹いせに」
壺丘が真の方を向いて尋ねるが、真はかぶりを振る。
「あいつがそんなみみっちい動機で殺しをするわけがない。殺し方にしても、自殺に見せかけるなどしないし、殺すくらいなら実験台にするだろう。殺したのはおそらく、この国の本当の支配者達だ」
「本当の支配者って何だよ……」
真の言葉に、呆然とした顔になって呻く正義。漫画めいた現実味のないフレーズだが、真は明らかに確信を込めて言い切っている。
「世界中のほとんどの国に、表舞台には決して現れない支配者層がいる。一つの国を支配していたり、多くの国を跨って管理していたり、一つの国に複数の支配者層の派閥が入り混じっている事もある。人類の歴史はずっと、こいつらの支配下にあったようなものらしい。雪岡もこいつらと懇意だから、街中で放射線使ったり、殺人倶楽部なんてふざけたもの作ったりすることができたんだ」
真が今口にしたことは、ライスズメや正義はもちろんのこと、裏通りに精通している壺丘にしても初めて聞く話だ。
「その本当の支配者が何故都知事を自殺に見せかけて殺した?」
ライスズメが腕組みしたポーズのまま問う。ここに来てからずっとこのポーズだ。
「見せしめと制裁だ。身内を殺された勢いで、殺人倶楽部の存在をバラしたからだろう。ここからは僕の推測だけど、おそらく殺人倶楽部は、支配者層にとってもバラされては困るもので、バラされると、ただ国に混乱を招くという以外に、何か困る理由があるんだと思う。そうでなければ、ここまではやらない」
殺人倶楽部などというものを認めさせて、揉み消しや圧力の労力を働かせる時点で、支配者層にも何かしら得られる物があったのだろうと、考えてはいた真である。純子はそれと引き換えに、殺人倶楽部を彼等に認めさせたのだと。
「少し情報を集めてから、整理しよう」
壺丘がそう促し、正義、真、壺丘がそれぞれネットで情報を集めにかかる。ライスズメは腕組みしたポーズのままだ。
「見ろよ。表通りからだけではなく、裏通りで僕以外にもこいつらを敵視し、狩り始める奴等が現れた」
真が真っ先に新たな情報を見つけ、四人に見せる。
それは『殺人倶楽部狩り』と名づけられたサイトであった。当然、裏通りのサイトである。
「何だ、こりゃ……」
正義が呻く。それは殺人倶楽部のメンバーの名前が全て羅列され、それぞれに賞金がかけられているサイトであった。会員レベルは記されていないが、これまでの戦闘や殺人行為に関しては、データが記されている。それらの回数が多い者ほど、多額の賞金がかけられている。
「運営はホルマリン漬け大統領か」
真が呟いた。殺人倶楽部に因縁がある彼の組織の仕業とあれば、頷ける。
「俺ももちろん載っているな。結構」
真の後ろからディスプレイを覗きこみ、メンバーリストに自分の名を確認し、満足そうに頷くライスズメ。
「裏通りのフリーの始末屋や殺し屋をけしかけ、その様子は動画に収めて販売か……。相変わらずというか。まあ、雪岡も似たようなことしてるけど」
裏通りにおける娯楽提供組織としては、何も間違ってはいないが、殺しの現場を撮影して流す条件で、果たしてどれだけの殺し屋が了承してくれるのかと真は懐疑的だ。
「これは……私達はしばらく行動を控えておいた方がいい。いや、水面下では準備を進めておくのは当然としても、このような事態になったからには、少し様子を見る側に回ったほうがいいな。このホルマリン漬け大統領という連中に、任せる形になってしまうが。今下手に突くと、こちらにも害が及ぶかもしれない」
「今だからこそチャンスという考え方もあるが、わりと慎重なんだな」
壺丘の考えが、真にはいまいち理解できなかった。
「ホルマリン漬け大統領が裏から攻めるのなら、同時に表から攻めればいいんじゃないか?」
「裏から攻められている隙に、こちらも次のプランをすぐ実行できるように準備は進める。マイナスにはしないし、この状況を活用もする。無駄にはしない」
「なるほど……」
真とは考え方が合わないが、壺丘の考えもそれはそれでしたたかであると、真には思えた。慣れている感もある。
***
アジトから帰る途中の電車の中で、竜二郎と鋭一も、ホルマリン漬け大統領の殺人倶楽部狩りを確認した。
「おー、これは殺人倶楽部存続の危機と言ってもいいですねー。同じタイミングで一斉に敵が沸くとは」
ディスプレイに映し出された、殺人倶楽部狩り特設サイトを見つつ、楽しそうな笑顔で言う竜二郎。
「ホルマリン漬け大統領は、このタイミングだからこそやりやすいと見て、動き出したんじゃないか? 事前に準備も進めていたかもしれないが」
鋭一が言う。
「間違いなくそうでしょー。純子さん、どう対処するつもりですかねー」
「楽しそうだな……」
鋭一が呆れ気味に竜二郎を見る。
「えっ? 鋭一君は楽しくないんですか? この状況」
「もしこれで仲間を失うようなことになったら、何も楽しくないぞ? 危機っていうことは、そういうことなんだからな」
「それもそうですね。ま、僕らは大丈夫ですよ。一人も欠けることないよう、頑張りましょう」
鋭一に真顔で指摘されても、竜二郎の笑顔は崩れなかった。
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