第二十五章 14
最近、十代の売春が深刻化している。
一時期、未成年との淫行が厳しく取り締まられた日本であるが、そもそもセックスできる年齢でセックスして何が悪いのかという反発が次第に大きくなり、日本人は元々性におおらかな民族性だの、少子化対策だのと、いろいろ理由をつけられて、全国の都道府県で未成年淫行条例は撤廃される方向となった。
当初はこれに反対する者もいたが、『自分が非モテであるからその恨みを持つ者』『自分が老いぼれたから若者にやっかんでいるだけ』『少子化を促す国賊』と激しく罵られ、しかもそれがほぼ図星であったため、反対派の声は小さくなった。結果、二十世紀の世紀末もかくやというほど、十代の性の風紀は激しく乱れ、小遣い欲しさの軽い感覚で売春をする者が増加した。
その中年男――中年Aと呼称しておこう――は、生活費以外の大半を未成年少女の買春につぎ込んでいた。
今日も出会い系サイトで少女と会う約束をして、待ち合わせの場所で待つ。
やってきた女子高生は、中年Aよりも背が高く、スタイルもよく、顔もかなり良い線いっている。久しぶりに当たりだと、中年Aの胸が高鳴る。
冴子と名乗った少女は、中年Aの名前を聞いてきた。
「それ偽名じゃないよね?」
「何でそんなことにこだわるの?」
「名前って大事だし、自分の名前偽るような人って、信じられないの」
中年Aはここで胡散臭さを覚えた。もしかしたらこの子は美人局で、裏にチンピラが控えていて、自分を強請ろうとしているのかもしれないと。
「ま、それは冗談だけど、真面目な話、最近ウリやる子目当てに脅迫する奴がいてさ。相手の身元もはっきりさせないと怖いのよね。名前と立場承認できる相手なら安全だけど」
「ああ、そういうことか……」
その噂は中年Aも知っていた。納得し、自分の本名を告げる。
「じゃあ確かめてみるね」
「名前だけでそんなこと確かめられるのかい?」
「そういうサービスがあるのよ。ちゃんとした身分の人かどうかさえわかればいいんだし」
言いつつディスプレイを顔の前に投影し、冴子は中年Aの名前を打ち込む。
ラブホテルの中へと入った所で、殺人許可の申請が通ったのを確認し、にんまりと笑う冴子。
部屋に入ると、冴子は即座に扉の鍵を確認する。
「じゃ、始めよっか」
冴子が笑顔で言う。
「おっ、積極的だべえっ!?」
中年Aが好色な笑みをひろげたが、その笑顔が冴子の拳によってひしゃげる。
四十八年の人生の中で、一度として味わったことの無い衝撃に、目を白黒させる。尻餅をつき、鉄の味が口の中にひろがるのを実感しつつ、顔を押さえると、鼻がぐにゃりと曲がる。
さらなる衝撃が中年Aの頭部を襲う。冴子が頭を蹴り飛ばしたのだ。
うつ伏せに倒れたところで、腕を踏みつけてへし折り、足を掴んで捻って骨と関節を付け根から外す。
幾度も悲鳴があがる。悲鳴はおそらく外まで聞こえているだろうが、誰も来ることはない。ここはそういうホテルなのだ。裏通り御用達ラブホテルで、過激なプレイをしている程度にしか思われない。
その後、冴子は中年Aの身体を仰向けに引っくり返し、馬乗りになると顔面を何度も殴打する。両腕の骨は何箇所も粉砕骨折していて、頭部を守ることもできない。
撲殺一歩手前の所で冴子は立ち上がると、中年Aの股間を蹴り上げる。中年Aは声にならぬ悲鳴をあげ、泡を吹き出す。
さらにでっぷりと脂肪のついた腹に、手加減抜きのとどめの一撃。これまではすぐには死なないように手加減していたが、とどめのつもりなので手加減はしない。内臓が数箇所破裂し、大量の血を口から吐き出して、中年Aの体は痙攣しだして、やがて果てた。
「鮎魅……また一人やっつけてやったよ」
荒い息をつきながら、凄絶な笑みを浮かべて冴子は満足そうに呟く。
中学時代、冴子が密かに恋心を抱いていた親友の鮎魅が、家が借金苦であり、それにつけこんだ実の叔父と援助交際したあげく、最期は自殺に見せかけられて殺された。
当然その男は、殺人倶楽部に入ってから真っ先に殺したが、それだけでは冴子の気が収まらなかった。
以後、冴子は取り憑かれたかのように、援交目当ての親父を引っ掛けては殺している。それで仇を取って、片想いの親友を弔っている気になっていた。
***
優が竜二郎の家を訪れるのはもちろん初めてのことだ。優の家もわりと大きい方だが、目の前の巨大なお屋敷は優の邸宅の二倍以上は大きい。
「ここに来るまでの間に襲われて欲しかったですねー。そうすれば君を家にあげなくて済んだのに」
「家で襲われるのも困りますものねえ」
「君を家にあげるのも困りものですねー」
「命、かかってるんですよう?」
「ええ。わかってますよー?」
そんな会話を交わしながら庭を歩き、玄関までたどりつく二人。
家の扉を開くと、メイドが外に出ようとしていた所であった。
「お帰りなさい、ぼっちゃ……って……」
竜二郎の傍らに優の姿があるのを見て、あんぐりと口を開けて絶句するメイド。
「皆―っ! 大変よーっ! 坊ちゃんが女の子連れ込んできたわーっ!」
インターホンに向かって大声で叫ぶと、家の奥から三人のメイドが血相を変えて、玄関に殺到してきた。
「マジじゃんっ。しかも可愛いっ」
「竜二郎坊ちゃんて、こういう子がタイプなんだあ」
「坊ちゃん、やりますねえ。ていうかもうヤリました?」
「何言ってるのよ、これからヤルのよ」
やいのやいのと楽しそうに勝手なことを囃したてるメイド達。
「えっと……ちょっと事情がありまして、今夜竜二郎さんの家に泊めていただくことになりました、暁優です。よろしくお願いします」
膝に手をあてて、行儀よく深々と頭を下げる優。
「あのー……皆さん、変な想像はやめてくださいねー。優さんに失礼で……」
「可愛いっ! ただの挨拶とお辞儀だけで可愛さ満点の子!」
「竜二郎坊ちゃんのような変態坊主が、どーやってこんないい子げっとしたの!? 坊ちゃん、絶対この子逃がしたらダメですよっ! 坊ちゃんを本気で好きになってくれる子なんて、野生のゴールデンハムスター見つけるより大変ですよ!」
「あ、避妊はちゃんとするように。女の子泣かすような真似は許さないからねっ。あ、私避妊具買ってくるわ」
「それなら今夜の夕食を変更したいから、ついでに鰻と赤マムシも買ってきて。ニンニクも」
はしゃぐ四人のメイド達をたしなめようとする竜二郎の言葉は、全く彼女達の耳に届かず、好き勝手言う彼女らの言葉に遮られた。
「竜二郎坊ちゃんの部屋見たらドン引きするかもしれないけど、人間誰しも悪い所の八つや九つあるものと思って、大目に見てあげてください」
メイドの一人が優に向かって、心配そうな顔で言った。
「坊ちゃんっ、ファイトっ!」
別の一人が竜二郎に向かって、満面の笑顔で拳を突き出して鼓舞する。突き出された拳は、人差し指と中指の間に親指が突っこまれていた。
「メイドさん達、皆愉快ですねえ」
「ええ、いつもあんなノリですから、僕もこんな風にひねくれて育っちゃったんです。忙しくて中々帰ってこない親の代わりをしてくれましたからねえ。父親からは『厳しく躾けろ。我侭ぬかしたらビルの上から逆さに吊るせ』とか、そんな風に言いつけられているので、あまり大事には扱ってくれません」
廊下を歩きながら、会話を交わす二人。
「えっと、優さんはここに泊まってください。見ての通り客間です」
扉の一つの前に立ち、竜二郎が告げたが、優は中に入ろうとしない。
「同じ部屋でないと、襲われた時すぐに対応できませんけどぉ?」
「その理屈だと学校にもついてこなくてはいけませんし、お風呂も一緒ですがー?」
「学校はさすがに休みましょう。お風呂はすぐ外でお待ちします。寝る部屋が一緒では恥ずかしいのでしたら、せめて隣の部屋で。私は一緒の部屋でも大丈夫ですけど」
「はいはい、わかりました。僕の部屋に布団持ってきてもらいます」
諦めたように肩を落とす竜二郎。
「相手が僕だからいいですけど、無警戒すぎますよ。襲われても全く文句言えないですよ?」
少し真面目な口調で竜二郎が忠告する。
「竜二郎さんはそういう人ではないから襲わないと確信していますし、万が一、こちらが守るつもりでいるのに、そんなことするような人にだったら、私にも考えがありますから」
「怖いですね。でもね、それは男だけに罪のあることではないですよー。男は女を欲しがる生き物なのに、女が無防備晒して男を欲情させたら、それは女にも罪が有ると僕は思います」
「そうですかあ、覚えておきます」
「とはいえ、僕は我慢しますけどねー。いや、我慢以前に、優さんが見抜いている通り、自分を守るために身を張ってここまでついてくるような子に、そんな真似できないです。他の男はどうか知りませんけど、僕はね」
そう言って竜二郎は照れくさそうに微笑んで見せた。
その後、竜二郎が自室へと案内する。
悪魔の像と祭壇が置かれ、いかにも黒魔術に使いますといった感じの道具が並べられた部屋を見て、さすがの優も絶句していた。
「ここで毎日悪魔様にお祈りしています。いい趣味でしょう?」
「はい。竜二郎さんのイメージにぴったりです」
先程のメイドの言葉の意味を理解した優であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます