第二十五章 15

 鬼町正義は今年で二十一歳になる。


 彼はつい最近両親を失った。

 両親の死は極めて不審であった。正義は第一発見者であったが、自宅前で、明らかに何者かに襲われて殺されたものだった。何しろ全身に刺し傷があった。


 だが警察はこれを殺人扱いにはせず、自殺という、耳を疑う処理を行ったのである。

 正義は納得がいかず、独自に徹底調査した。弁護士を雇い、探偵を雇い、とうとう裏通りの始末屋まで雇った。


 裏通りの始末屋に、ネットを見るよう促された。ネットは忌避している正義であったが、言われたとおりにいじってみた。検索もろくにできないが、マッドサイエンティストとうちこんだら、三名の名前が出てくる。雪岡純子、草露ミルク、霧崎剣……


「これが何だと?」

 正義が始末屋に問う。


「その雪岡純子というのをよく調べて知っておくといい。そして彼女が今取り仕切っている殺人倶楽部というものに関してもな。君の両親を殺害したのは、おそらく殺人倶楽部の者だ」


 始末屋はそれだけ告げた後、これで自分の仕事は終わったと言い放った。

 調べているうちに、雪岡純子という人物が、実験台志願で訪ねてきた者を、正義のヒーローへと改造する事が多々あると知る。


「殺人倶楽部の奴に復讐するために、殺人倶楽部を作った奴の力を借りる……か?」


 正義が思いついたシナリオは以上のようなものであった。両親の仇を討つためにはどうしても力が必要だと、すぐに悟った。


 いざ雪岡研究所に乗り込もうとした矢先、雇った探偵が今更報告を持ってきた。


「あんたの身内を殺したのが、おそらくは殺人倶楽部という集団だ。そして殺人倶楽部と相対しようという人がいる。接触してみるといい」


 そう言われて、探偵の紹介で、正義は雪岡研究所へ行く前に、一人の男と会った。


***


 少し時間を遡る。


「家の中にまで入っていっちゃったよ」


 優と竜二郎を尾行していたほころびレジスタンスの三人は、二人が竜二郎の家へと入っていくのを見送った。


「失敗した。入る前に仕掛けるべきだったわ。このまま篭城される可能性もあるよ」


 どこかで別れて一人になるだろうと見なしていた凜だが、まさか家にまで入って行くとは思わなかった凜である。


「家の中にまで入ってドンパチってのは、厄介だしねえ」


 晃が小さく溜息をつく。他の家人を巻き込む可能性もある。それは流石に避けたい。


「時間指定あるわけでもないし、明日の朝に出直しましょ。遠方に逃げる気配も無いし、機会はいつでもあるわ」


 凜が言った。


「敵はこっちを迎えうつために、ああして一人が護衛についていると見ていいよねえ?」

「ええ。だから逃げもしないと思う」


 晃の確認に頷く凜。


「全員拘束ってのはもう無理だろうし、欲張らないでターゲットだけ捕獲して連れていった方がいいよ」


 十夜が何度目かの同じ主張をした。常に慎重論を口にするのが十夜のポジションだ。


「そうだねえ。残念だけど確実な仕事をしておくかー」

 晃もとうとう折れる。


「生かしたまま連れていって、その先で何をされるか考えると、気が重いけど。何しろあのホルマリン漬け大統領だし」


 十夜が控え目な声で言う。


「自業自得よ。ていうか、そんなこと今更言うなら、あの組織の仕事なんて受けなければよかったのに」


 十夜を見て、少し呆れたように凜。


「受けたのは俺じゃなくて晃だし……」

「じゃああの時反対すればよかったって話になっちゃうよ? まあ僕だって、ターゲットが殺人倶楽部とかじゃなかったら、受けなかったよ。人を殺して遊んでいるような奴になんて、同情する気になれないさあ。してきた事の報いを受ければいいさあ」


 晃の言葉は、論理的には納得できる十夜であったが、どうしても引っかかる部分がある。


(あの人達、本当にそんな悪人なのかな? そうは見えないんだけど……)


 十夜が引っかかっているのは、それだけだ。しかしそれが十夜の中で大きい。純子の推薦ということも含めて、本当にこのまま依頼を遂行していいものかと悩むが、凜と晃を説得できる自信も無い。


***


 竜二郎の部屋にて、優は竜二に今後の方針を語りだした。


「ボディーガードするのは一度襲われるまでですよう。その後で解決に動きましょう」

「どう解決するんです?」


 彼女がボディーガードすると言った時点で、解決までのプランを優が考えついていた事は、竜二郎も察している。だがあえてわからない振りをしてみる。


「竜二郎さんが狙われることになった発端の解決です。竜二郎さんを狙っている組織――ホルマリン漬け大統領に乗り込んで、謝罪しましょう。しかしその前に、刺客をやっつけて私達の力を見せ付けておくと、効果的だと思います」


 そんな解決案かと、竜二郎は苦笑したい気分になったが、優が至極真面目なので、できなかった。優にはきっとこれだけではなく、さらに深い考えがあると見た。


「謝って許してもらえる相手ですかねー」

「大丈夫。交渉は私がしますから」


 何故優が交渉すると大丈夫に繋がるのかと思いつつも、自信満々どころではなく確信しきった様子の優がおかしくて、竜二郎は堪えきれずとうとう笑みをこぼす。


「家に帰らず、いっそ外をぶらぶら歩いて襲撃待ちした方がよかったですね」


 そうしておけば、優を自宅に泊めて護衛などという事態は避けられたのではないかと、竜二郎は今更思う。


「それだと露骨になっちゃいますよぉ? 襲う側も罠が仕掛けてあるんじゃないかと、警戒するんじゃないかと」

「なるほど。そこまでは頭が回りませんでした。どちらにせよ、今日は襲ってこなかったことになりますね」

「でも時間が経てば、必ず来ると思います。相手の方が待ちになります。私達が出てくるのを待つ側です。待つ側の方が神経を使うでしょうし、そういう意味では相手を焦らすためにも、家の中に入れたのはよかったです。多分敵さんは、私達が出てくるのを家の外でずっと待っています」


 優のこの読みは外れており、ほころびレジスタンスの三名はとっとと帰宅していたが、優が知る由も無かった。


「しかし殺人倶楽部で、平和に殺人ライフが楽しめるとはいきませんでしたねー。僕の自業自得とはいえ、とんだ敵を招いて、仲間にも迷惑をかけてしまいました」


 相変わらず悪びれた様子の無い口振りの竜二郎。


「楽しいから私はいいですけど、他の人達は結構真剣に心配しているかもですよう。鋭一さんとか」

「鋭一君は怒っていませんよ。僕と一緒にホルマリン漬け大統領の客を利用したわけですから」

「あ、そうでした」


 うっかりしたという感じで、優は手を合わせる。


「犬飼一さんの小説は読みましたかあ?」


 優が話題を変える。いや、実際には変えていない。先程の竜二郎が口にしたことの続きだ。


「もちろん。現実の殺人倶楽部は、あれの模倣なのでしょうが、あの小説の結末はろくでもないものですねー。殺人倶楽部自体、半壊して終わりますし」

「あの小説でも、敵が現れるんですよう。それも複数。殺人倶楽部の行いの被害者達が結束したり、マフィアをターゲットにしてしまったりで」

「現実でもそんな感じになっていくと? 今なっていると? 現実の殺人倶楽部もそんな模倣されたら、たまらないですね」

「そうですよね……」


 竜二郎の言葉を聞き、うつむき加減になって沈みがちの声を発する優。


「でも、竜二郎さんにはその覚悟でいてほしいです」


 顔を上げ、優にしてはかなり真剣な面持ちで告げる。


「今そうなっているだけではなく、今後も起こりうると? そのような敵が現れていくと?」


 竜二郎の問いに、優は無言で頷いた。


「どうして優さんがそんなこと、確信を込めて予見できるんでしょ。まるで殺人倶楽部の今後の行く末を知っているというか、まるで優さんが殺人倶楽部の運営者のようですねー」

「運営には関わっていませんが……」


 今言うべきか、優は迷う。自分が発足を依頼したという事を。いずれは知られることであるし、せめて仲間には自分の口から話しておきたい。

 グループの中では竜二郎が最も聡明であると、優は見ている。明確に決めたわけではないが、実質的なリーダー格でもある。彼にだけは、それなりにサインを送っておくなりした方がよいと思うし、現時点ではサインはこれで十分かもしれない。竜二郎ならそれとなく察してくれるであろうと。


「運営そのものには関わってはいなくても、殺人倶楽部という存在そのものに何か縁があると、遠まわしに訴え、今後の警戒を促している――と。そう受け取っておきますね。そして僕にだけ前もって教えてくれたのは、僕のことを特別信頼し、慕っているからと受け取っていいのですかー?」


 大体自分の理想通りに、竜二郎に話が通じてくれたので、優は安堵する。


「信頼はともかく、慕っているどうこうは違いまあす。それ以外は正解でぇす」

「あっさり否定しますよね。本当は僕が優さんのことが好きで、それとなくアプローチしてるかもしれないじゃないですかー」

「そうではないとわかっていますし、そうだとしても否定しますよう?」

「そ、そうですか……」


 ダメ押しされて、竜二郎はうなだれたい気分になった。


「優さんはどうして殺人倶楽部へ? とてもそんなキャラに見えないのに」


 以前から気になっていたことを聞く竜二郎。

 優が殺人倶楽部の他の会員と比べて、明らかに特異な扱いを受けていることを差し引いても、彼女の動機がよくわからない。少なくとも、依頼殺人以外のフリー殺人は全く行っていないようだ。


「私はこの世界が――社会が嫌いだからです」


 抽象的な答えが返ってくる。しかもこれまた優のキャラとは合わない台詞だった。


「私達は皆、社会の中で生きていますけど、だからといって社会を好きになれ、社会に従えというのは、無理があると思いまぁす。だから社会派の人間や社会のルールに従えという考え方も、大嫌いなんですぅ」

「それが殺人倶楽部とどう関係あるんです?」

「社会の庇護を受けていても、社会のルールの気に入らない部分は、無視したいじゃないですか? そのルールを無視して壊せる殺人倶楽部、素晴らしいですよう? 社会にとっての悪がはびこるのも痛快ですしい」

「どうも変な動機ですね? それは殺人倶楽部という存在自体があることが、反社会的性格の優さんの理想の形であると、そう言っているだけですよね?」

「確かに……わけわからない答え方でした。でも、今はこれだけしか言えません」


 竜二郎に突っこまれ、一瞬照れ笑いをこぼす優。


「そのうち全て明かしまぁす。今はちょっと……覚悟が足りないというか、時期ではないというか……いろいろ秘密いっぱい抱えててすみません。竜二郎さんはどうしてですぅ?」

「僕はただの興味本位でしたし、殺人倶楽部に入ろうという小説の内容にも共感する部分がありましたからねー。ほら、『殺したくなるほどの下衆がいるのに、殺す権利を剥奪されている社会こそおかしい』と、主人公が訴えるあたり」

「なるほどー。私もその台詞好きですし、一理有ると思います。あの本は、時代と共に闇雲に厳しくなっていく法や規制へのアンチテーゼだと、私は受け取ってます。もっとも……殺人倶楽部の小説に悪影響受けて、人殺ししちゃった人が何人か現れて、作者の犬飼さんは凄く叩かれていましたけど……」


 その時の犬飼の様子も、リアルタイムで見ていた優であった。


「今は影響受けて個人で暴走して殺人どころか、殺人倶楽部そのものができちゃいましたけどねー。しかもそれを結構な人数が楽しんでいます。望まれています。これって結構すごい事ですよ。確かに痛快です。人の心の負の部分がはっきりと肯定されたようなものです」


 若干興奮気味に語る竜二郎。


「僕達は悪かもしれないですが、確かにそれを求める気持ちが、存在するということです。それだけは否定しようにも否定できない」

「臭いものにされた蓋をちょっとどかして、中味を取り出した感じですねえ」


 優が口にした表現を聞き、竜二郎は複雑な表情になった。


「僕達は臭いものなんです?」

「本当の気持ちが、臭いものとして扱われて覆われている――という意味ですよう。蓋は既成概念――いえ、世間の価値観そのものです」


 竜二郎がどうして嫌な顔をしたか察し、優はわかりやすく解説し、竜二郎もそれで納得した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る