第二十五章 13

「こらこら優、そのポーズはあなたとミスマッチじゃない? いや、可愛いけどさ。いや、そうじゃなくて、あんまり危ない真似はしないでよ」


 すでに十夜はいなくなったにも関わらず、何故か未だに蟷螂拳の格好のまま微動だにしない優に、冴子が声をかける。


「大丈夫。今の人は正義のヒーローだから、女の子には手出ししないと思ってました」

 ようやく戦闘体勢を解く優。


「こっちの正義のヒーローはおもいっきり殴ってきたけど……」


 動かぬ骸となった赤森を見下ろし、卓磨が苦笑いを浮かべる。


「死体の処理しておきますねえ」

 優が死体に視線を向ける。


「えっ?」


 岸夫が思わず声をあげる。そこにあった赤森の死体が、跡形もなく消失したのだ。

 さらに優の視線が、床の血痕へと移ると、血痕も消えた。


「現れてすぐ消えた緑のヒーロー系マウスの人は、ホルマリン漬け大統領の雇った刺客なんじゃないでしょうかあ」

「でしょうねー。多分今回は様子見だったんでしょーけど」


 優と竜二郎が言う。


「今後竜二郎さんを一人にするのは危ないと思いまぁす。誰か一人、ボディーガードについて、四六時中守りましょう。言い出しっぺの法則で私がつきましょう。そうしましょう」


 返事も待たず、ぽんぽんと一人で勝手に決めていく優


「いやいやいやいやいや、大反対。そんなの鋭一か卓磨にやらせりゃいいでしょ。女の子の優がすべきことじゃないわ」

「気持ちは嬉しいですけど、冴子さんの言うとおりですよ。僕の家まで来るんですか? 親御さんだって心配するでしょー」

「大丈夫。友達の命がかかってると、後でちゃんと釈明しますから」


 冴子が露骨に反対し、竜二郎も苦笑いしつつ諭すが、優は引かない。


(そうだよ。よりによって優さんが行くことないじゃないか。いや、何だかわからないけど、凄く嫌だ。凄く反対反対反対。ひょっとして優さん、竜二郎さんのこと好きなの? あうう……それだけはあってほしくない)


 口に出さず反対念波と否定念波を放つ岸夫。


「でも……この中で一番強い私が適任ですよ。返り討ちにするにも、その他の対応をするにも、私が適任のはずです。竜二郎さんも先程、私に対応力があるからと、襲撃者を警戒する役につけたじゃないですか」


 絶対反対念波を放っていた岸夫は、優の台詞に驚いた。


(優さんが一番強い? こんな柔和でほんわかした感じの優さんが? あ……でも芯は強そうに見える。やる時はやるタイプっぽいし)


 そうでなければ、こんなことを自分から言い出さないだろうと、岸夫は優を見ながら思う。


「絶対反対っ。男は皆ケダモノよっ。クリーチャーよっ。優は男という生き物のおぞましさを知らないから、そんなこと言い出せるのよっ」

「冴子さんは知っているんです? 私も知ればいいんですか?」


 ムキになって反対する冴子に、優はきょとんとした顔で尋ねる。


「いや、永久に知らなくていい。優は身も心も永遠に綺麗なままでいなくちゃダメッ」

「何でお前がそんなこと決めるんだ」


 断言する冴子に、鋭一が突っこむ。


「優は一度言い出したら引かないだろ。この二人のことだから、おかしなことにはならんと俺が保障してやろう」

「何であんたに保障されなくちゃならないのよ。しかも偉っそうに」


 鋭一を睨む冴子。


「お前を安心させてやるために気遣ってやったんだ。俺の保障がいくら気に食わなくても、優はお前の言うことに耳貸さないぞ。頑固だしな」

「ぐぬぬ……まあ、いいわ」


 鋭一の言うことも一理あるとし、冴子は引くことにした。


「それじゃあ、そういうことで、よろしくお願いしまあす」


 竜二郎に向かってぺこりとお辞儀をする優。


「それは僕が言う台詞ですね。頭を下げるのもこちらですよ。んで、何か考えがあるようですね? どうせ今は聞かせてくれないんでしょうけど」

「はい」


 優は一見何も考えてないようで、めまぐるしく頭を働かせるタイプであることは、岸夫以外皆知っている。そしてそれを前もって詳しくは説明せず、ぎりぎりで明かすタチであることも。


***


 凜、十夜、晃の三名は、殺人倶楽部の面々が赤森を屠った後も、亜空間の中から様子を見ていた。優が死体を処分する場面も。そしてその後の会話も聞いていた。


「一番強い……か。確かに今、死体や血痕を跡形もなく消したのを見た限り……」


 能力の正体は不明だが、離れた位置にある死体を見ただけで消した――そんな風に凜の目には映った。

 凜が見たまま――想像する通りの力だとすると、かなり脅威だ。


「念動力を持つ者への対抗の仕方は覚えてる? 相手をばらばらに引き裂いたり潰したりするような力の持ち主と戦う時ね」

「えーっと、力の発動にタイムラグがあるから、殺気を感じ取ったら、すぐに避けること、だよね。もう一つは何だったかなあ」


 凜に問いかけに、腕組みした頭をひねる晃。


「自分を守るイメージで精神集中して、抵抗(レジスト)する」

 十夜が答えた。


「そうよ。できれば前者を実行して、後者はどうにもならない時で。何より不意打ちをくらわないようにすること。とりあえず、あのふわふわした感じの子は、見ただけで物体を消滅させる力を持っていると仮定しておきましょう」

「でもそんな力なら、十夜やあのホワイトパールジャージも、さっさと殺せたんじゃないかなあ」


 晃が凜の仮定に異を唱える。


「だから仮定だし、まだ断定はできないよ。私の推測が外れているか、あるいは何か事情もあるのかもしれない」


 単純に人を殺すことが嫌なのか、生物には通用しない能力なのか等、推測はいろいろ立つが、とりあえず最悪の代物を想定しておいた方がよいと、凜は判断した。


***


 暁光次は、いつもの部屋で目を覚ます。


「すごく嫌な展開……。あれ? 夢?」


 布団の中で目覚めると、記憶は消えている。おぼろげに残っているが、大体消えている。


「最近おかしいぞ……。異世界に行ってるのか夢を見ているのか……わからない」


 以前は自分で作り上げた空想ワールドの中にトリップしている際、ちゃんと記憶はあった。しかし今回はほぼ消えている。まるで夢を見た後のようだ。しかし夢にしては生々しいし、別世界に魂を飛ばしたと光次が思い込んでいる時の感覚の方が強い。


「旦那様。優ちゃん、今夜は友達の家に泊まると連絡がありましたけど」


 お手伝いさんの鮪沢鯖子が障子越しに報告してきて、光次は驚いた。


「そ、それはいけない。いけないんだっ」


 トリップの際の、あの感覚が蘇る。


「私にいけないと言われても……」

「優に電話しないと……。あれ? 着信拒否? 私、何か優に嫌われることしたかな?」

「さあ……」


 真っ青な顔で尋ねる光次に、困ったような顔になる鯖子。


「いつしか優は私より歳を取ってしまった……もうあの子は、私よりずっとしっかりしている。私より年長者だ。私が心配するなど滑稽なことかもしれない」


 光次のその台詞に、鯖子は顔をしかめたが、何を意味しているのか、すぐに察した。


「旦那様、あちらの世界では子供なんですか?」

「うん。あっちではいつも私は十代前半の少年だ。あれこそが私の本当の姿。こちらの見た目は醜い中年になってしまっているが、心は変わっていない。子供のまま、まるで成長していない。それが辛いし哀しい」


 泣きそうな顔で語る光次。鯖子はそれを聞いて、それで現実逃避するようになったのかと、身も蓋も無い結論で納得していた。


***


 カンドービル内にある裏通りの住人用の酒場『タスマニア・デビル』。その日の夜、純子と真とみどりは三人揃って、その店に訪れていた。


「反逆マウスの始末は僕の役割だったのに」


 赤森が殺人倶楽部の面々に斃されたことに対して、真は純子に文句を言う。


「今は殺人倶楽部の子達に遊ばせてあげたいからねえ。しばらく真君は我慢してねー」


 笑顔でたしなめ、純子はウィスキーを呷る。


「そもそも根本的な疑問を今更だけどさあ――」


 ジュースをストローで一気に飲みほしたみどりが口を開く。


「殺人倶楽部って何なのよォ? 犬飼さんの小説をそのまま模して遊んでいるだけなのー?」

「んー、最終的な目的は、第三者から見たら大して面白いものじゃないよー」


 頬をかきつつ、純子。


「これは人助けのためにやってることなんだから」

「人助け……」


 殺人倶楽部との関連性としては、全く似つかわしくない単語が純子の口から出たので、みどりは笑みをこぼす。


「大して面白くも無いのなら、引っ張らずに今明かしてもよさそうなもんだがな」

「同感~」

「うむむ……」


 真とみどりに言われ、純子は言葉を詰まらせた。

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