第二十五章 12

「ジャージ・オン!」


 叫び声と共に赤森が服を一気に脱ぎ捨て、下からキラキラと光る白いジャージが現れる。

 さらにジャージの襟が伸びて、頭部をすっぽりと包み、マスクと化した。


「パールホワイト・ジャージ!」


 優達六人から向かって半身になって、胸の前で己の腕を交差させて叫ぶ赤森。


「ジャージ戦隊、ジャジレンジャー!」


 半身から正面へと向き直り、交差させた両腕を斜め下後方へと勢いよく払って、ポーズを決めながら、赤森は叫んだ。


「一人しかいないのに戦隊……」

「パールホワイトって……」

「あのジャージを服の下にずっと着たまま、毎日仕事してたの?」


 高らかに名乗りをあげてポーズを取る赤森に、卓磨と岸夫と冴子がそれぞれ呆れ顔で呟く。


(くっ……ちょっと格好いいと思ってしまったなんて、言えない)


 鋭一が歯噛みしながら、声に出さずに呟く。


「一人しかないのが俺の責任か? パールホワイトなんて俺が選んだと思ってるのか? どっちも雪岡純子が悪いのであって、俺が非難されるいわれはないっ」

「ごもっとも」


 大真面目に言い放つ赤森と、苦笑する竜二郎。


「パールホワイトシャワー!」


 赤森が両手を突き出すと、白く煌く奔流が六人のいる方めがけて放たれる。


 竜二郎、卓磨、鋭一、冴子の四人は慌てて回避する。岸夫は突然すぎて、優の背後で動けない。そして優はかわそうとしない。


「むっ?」


 唯一人動かない優であったが、白い奔流は優に直撃することは無かった。赤森からは自分の放った白い奔流によって視界が阻まれてよく見えなかったが、優の直前で自分の攻撃が消えているかのように映った。


(弾かれた……のではなく、消されたかのような……)


 敵の能力は不明だが、赤森の中で、優への警戒が最も高まる。


 一方、鋭一と冴子は予定通り二人がかりで、赤森へ攻撃するために迫る。卓磨と優は、ホルマリン漬け大統領の刺客がこの機を狙って襲撃してこないか、辺りを警戒している。幻影結界とやらも通じるかどうかわからない。


「パールホワイトシャワー!」


 赤森が両手を広げ、連続で攻撃した。狙いは冴子、鋭一、卓磨の三人同時。三方向に一度に白く煌く奔流が放たれた。

 思ってもみなかった連続攻撃及び同時攻撃に、冴子と卓磨は戸惑いながらも、際どい所で回避する。

 鋭一は一人落ち着いて避けつつ、赤森に超常の力を発動した。


(ターゲット・ロックオン)


 心の中で呟くと同時に、照準が絞られる。この心の中でロックオンするという意識は、鋭一の能力には必要不可欠な代物だ。この時点で鋭一の能力は発動している。


(くらえ……)


 鋭一が腕を大きく振る。この腕を振る動作もまた、能力の発動に必要なスイッチであった。


 だが赤森は鋭一の動きを見て、何か攻撃してくることを察し、その場を大きく飛びのいた。

 赤森のいた空間の床を、無数の何かが弾ける音がする。攻撃自体は目に映らない。


(かわしたか。やるな……)


 鋭一が不敵な笑みを浮かべる。予備動作で悟られてしまうとはいえ、自分の不可視の攻撃は、かわせなかった者の方が多い。


 冴子が赤森へと接近する。


「パールホワイトシャワー!」


 カウンター気味に近距離から放った白い奔流に、冴子は慌てて横転して回避する。


(ロックオン)


 鋭一が再びロックオンし、即座に腕を振る。


 赤森は鋭一の動きも逐一見ていたし、腕を振る動作がトリガーで攻撃が発生することも、読んでいたが、今回は回避がわずかに遅れた。避けたつもりであったが、右肩と右上腕部に、何かをぶつけられたような痛みと衝撃を感じた。


(二発当たっただけか。しかも当たってもあのジャージの防御に阻まれているのか? あまり効いてないな。こいつ、かなり強い……)


 赤森を見据えて舌打ちしたい衝動に駆られる鋭一。


 さらに接近を試みる冴子。冴子の能力の一つは、単純な身体能力の向上であり、それに冴子が趣味で学んでいる様々な格闘技の上乗せであるので、基本は近接戦闘向きだ。

 やっと自分の攻撃できる範囲に飛び込んだ冴子が、赤森めがけてジャブを放つが、あっさりとかわされる。


「パールホワイトシャワー!」


 至近距離から白い奔流を放つが、警戒していた冴子は、今回は余裕をもってかわしつつ、奔流を回り込むようにして、赤森の側面から襲いかかる。

 冴子の長い脚が振り回され、赤森の後頭部を打ち据える。


(クリーンヒット~。でも……このヘルメット越しでどれだけダメージあるか、わかんないな)


 改造によって、常人をはるかに超える筋力を持つ冴子の蹴りを食らえば、生身であればただではすまない。しかし相手もマウスであるし、スーツの防御性能という問題もある。


 赤森の身体がぐらついたと思った矢先、赤森が猛然と冴子に襲い掛かり、その腹部に蹴りをくらわす。

 相手の速度に反応できず、冴子の身体が後方に大きく吹き飛んで倒れた。仰向けに倒れたまま、激しく咳き込む冴子。


「支援に回るか?」

 卓磨が竜二郎に確認を取る。


「いえ、まだいけるはず。二人に任せましょう」

 竜二郎が告げる。


(しかし、前もって言われたとおり、これは確かにかなり強いですねー。単純明快に強いとでも言うか)


 六人の中で最も近接戦闘に長けた冴子だが、赤森は明らかにそれを上回っていると、竜二郎は見なした。


***


「戦っているのは二人だけだ。他は……きっと僕らが戦いに乗じて襲撃すると思って警戒してるな、こりゃ。どうやら自分達が狙われていることも、知っているみたいだ」


 亜空間トンネルの中から、戦いの様子を見学していた晃が言った。


「どうやって知ったのか、興味があるわ。純子が直接教えた可能性もあるけど」


 純子なら面白半分にそれくらいやるだろうと、凜は見ている。そしてその読みは的中していた。


「あの眼鏡の子の能力は、芦屋と同系かな。芦屋は多重拡散まで出来るから厄介だけど、流石に芦屋と同じことはできないでしょ」


 鋭一を見て、凜がそう判断する。


「全員の能力を事前にチェックできたらよかったけどなー」

 晃が後頭部で腕を組んで、残念そうな表情になる。


「欲かかないで、ターゲット一人にすればいいのに……」

 と、十夜。


「駄目駄目。全員捕獲してホルマリン漬け大統領に引き渡した方が、インパクトあるだろー。そうした方が、ほころびレジスタンスの評価と名声も上がるしね」


 十夜の方を向いて、やんちゃな笑顔で言う晃。


「貪欲なのは嫌いじゃないけど、引き際も大事だからね。もう二度と無茶はしないように」

「わかってるってー。欲かきすぎて結局失敗ってのは、もうこりごりだよ」


 凜に注意され、晃は言った。


「これ、威力偵察に切り替えたほうが良くない? 俺達の中で誰か一人出て、襲撃を警戒している人と適度に交戦してみるってのはさ」

 十夜が提案する。


「それも有りだなあ。よし、言いだしっぺ任せた。危なくなったら援護はするぜィ」

「そう言うと思ってたし、そのつもりだったけどね」


 晃が十夜の背を軽く叩き、十夜はにやりと笑った。


***


 何も無い空間から突然現れた全身緑タイツの人物に、竜二郎達も赤森も驚いた。


「メジロエメラルダー登場!」


 気合いたっぷりに名乗りをあげ、ポーズを決める十夜。


「ヒーロー系マウスが二人になったか」

 舌打ちする鋭一。


「始末屋組織のほころびレジスタンスですね」


 竜二郎に言い当てられ、十夜は驚く。


「ターゲットはホルマリン漬け大統領に出入りしているだけあって、裏通りにかなり精通しているようね。裏通りの住人と認識してもいいかも」

 凜が言った。


「出番か」


 卓磨が十夜の前に進み出ようとしたが、優がその前に立ち塞がり、蟷螂拳の構えをとって、十夜と戦おうという構えを見せる。


(え? この子、俺と肉弾戦するつもりなの? 全然闘志感じないし、明らかに素人なのが構えでもわかるし、何か……可愛い顔してるけど、ふわふわしたイメージというか……)


 吹けば飛ぶような優が立ち塞がって、頼りない戦闘体勢を取った事で、逆に戸惑って動きを止めてしまう十夜。


(いや……これ、攻撃していいの? 完全に非戦闘者の女の子にしか見えないし、ポーズだけで戦おうという気配も無いし)


「あの子、中々やるじゃない」


 その様子を亜空間から見て、感心する凜。


「うんうん、計算しているんだろうなあ。十夜が手を出しづらいってことも」


 晃も優が十夜の動きをポーズ一つで制している事を見抜いていた。


「ええ、自分の見た目まで考慮したうえでね。いかにも無害っぽくて、男女問わず、他人に保護欲そそらせるタイプだってことも、あの子は自分自身できっとわかっている。そしてそう見られるように振舞っている。そういうタイプはたまにいるわ」


 優を眺めながら、凜は言う。


(わざわざ保護欲そそらせるとか言ってるけど、凜さんのタイプなのかなー)


 凜にレズっ気があることは、晃も知っていた。いや、見抜いていた。普段の台詞の端々で何となくわかっていた。


「実際十夜の立場になったら、私だって手出ししにくいよ。相手に戦う気も無い。でも立ち塞がっているってのはさ」

「無理矢理どかそうとしたら、そこで初めて牙を剥いてくる可能性もあるし、そのうえもう一人いるしねえ。さて、十夜はどうするかなー?」


 凜と晃はそんな十夜と優の様子を見ながら、面白そうに喋っていた。


 一方で、赤森と鋭一と冴子の戦いも展開している。


 鋭一が腕を振る。とうとう鋭一の攻撃が理想通りにヒットし、赤森はうつ伏せに倒れた。

 頭部と背中に降り注いだ、無数の衝撃。まるで石の雨が降ってきたようだ。スーツの防御があるとはいえ、ダメージにはなっている。先程の冴子の蹴りによるダメージも蓄積されていて、今度は堪えられなかった。


 鋭一の能力を、凜は肉体によって繰り出される打撃を転移して飛ばす能力と推測していたが、そうではない。鋭一の合図に合わせて、不可視のつぶてが複数降り注ぐのだ。鋭一が腕を振らないとつぶては落ちてこない。

 つぶての一つ一つのは威力はそれほどでもないが、複数振り注ぐとそれなりに効く。ただ、複数振り注ぐにしても、さほど範囲も広くないし、腕を振るという動作の前に、頭の中で相手をロックオンしなくてはならない。


 動きの止まった赤森めがけて、冴子が手を伸ばして指差し、その指をゆっくりと――何かをなぞるようにして自分の喉元から下腹部の辺りまで動かす。


「いけるかなあ」


 脂汗をにじませて呟く冴子。今用いている能力は、この予備動作が必要な他に、冴子の精神力と体力をごっそりと消費する。ここぞという時に使う、奥の手だ。

 赤森のスーツが右肩から左脇腹めがけて袈裟陰に裂け、血が噴出した。


「いけた……」

 安堵するように息を吐く。


 自分の身体強化以外のもう一つの能力を、冴子は『ゆっくりカッター』と名づけていた。指先に精神集中してなぞることで、遠方からも対象を切断することができるというものだった。

 いろいろと発動には条件が有り、対象の太さや厚みや大きさに比例して、なぞる速度を落とさないといけない。このなぞっている間に対象が動いてもいけない。相手の動きが止まり、自分から注意も逸れている時くらいにしか使えない。しかも遠方からの攻撃でありながら、相手との距離が離れすぎてもいけない。一度使うと冴子の心身共に疲労が大きい。奥の手にしても中々使いづらい力である。


 赤森が崩れ落ちる。そこにさらにダメ押しとばかりに、鋭一が透明のつぶてを降らせる。


「おーい、十夜、戻っておいでー」


 亜空間トンネルの中から声をかける晃。勝負がついたと見なして、さっさと撤収することにした。

 十夜が何もせず戻るのを、優も卓磨も竜二郎も見送った。下手に追撃することでのカウンターを警戒した。


「ごめん……どうしたらいいかわらなくなって、手出しできなかった」

「手出ししなくて正解よ。あれは時間稼ぎであると同時に、全く怖くない威嚇と警告でもあったからね」


 謝る十夜に、凜が言った。


「あのぱっちりおめめのふわ髪の子、無害を装って戸惑わせる一方で、懐の内側に隠し持った毒針で狙っていたことに、気がつかなかった? 戦う気は無くても、あの子のあの目は確実に狙っていた。もし十夜が接近してきたら、手ひどいカウンターを食らわせるつもりでね。その自信もあったからこそ、己の身を晒せたんでしょうよ」

「そこまで見抜いている凜さんも凄いよね~。僕も早くその領域まで辿り着きたいぜィ」

「晃はその時々によって、観察力が有ったり無かったりするわけわからない子だから、まず落ち着きを持つ事ね」


 おだてる晃に、凜はまんざらでもない顔で、しかし言うことはきっちり言っておいた。

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