第二十五章 9

 ビルの中に入った優、岸夫、竜二郎の三名は、途中で薄暗い部屋に入る。


「お好きなのをどーぞー」


 様々な仮面が入っている箱を前にして、竜二郎が促す。竜二郎は山羊の仮面を被っていた。


 優は龍の仮面、岸夫は道化の仮面を被り、部屋の奥にある扉を開く。

 するとまた小さな部屋があり、受付窓が横についている。そして奥にはさらに扉が一つあった。


「さっき教えた数字を言ってください。あれは会員の登録番号です」


 竜二郎に言われ、優と岸夫は受付で数字を述べる。竜二郎が最後に数字を口にすると、奥の扉が開いた。


「厳重なんですねえ」

「一般人には知られたら困る、特権階級の宴ですからー」


 廊下を歩きながら呟く優に、竜二郎が珍しく皮肉っぽい口調で言った。


 やがて三名はイベント会場へと訪れる。十数名の人間が席に腰かけて、ガラスで遮断された舞台を眺めている。

 舞台の上では、全裸の女性達が、剣やら鎌やら斧といった得物を手にして、血相を変えて殴り合っていた。全員背中には全裸の子供を背負い、縄で身体にくくられている。


 彼女等は日本人ではないようだ。おそらく移民であると思われる。

 舞台の床には、すでに骸となって倒れている母子の姿もあった。


「これ、何なの……」

 岸夫が呻く。


「えーっと、母達の死闘というイベントですね。我が子を背負って殺し合いをさせられるのですが、母親だけではなく子供も殺さなくてはならず、最後に生き残った母子だけ助かるという、そういう内容です。でも実際は最後にその約束も破られて、生き残った母子もバトルクリーチャーに生きたまま食べられちゃうそうですよー。で、その時の絶望する顔を見て、ここのお客さん達は大笑いするわけ……です」


 小声で解説する竜二郎であったが、途中でその声のトーンがさらに下がる。

 微かではあるが、優から殺気が漏れているのを感じ取ったのだ。


「優さん、ここで暴れても仕方ないですよー? 彼等はこんなことをしょっちゅうやっているんです。そして商売と快楽にしているんです」

「でも……目の前で不当に殺されている人達を見て、黙っているわけにはいきません。助けます」


 たしなめる竜二郎だが、おおよそ殺人倶楽部の者らしからぬ台詞を口にし、優の殺気がさらに濃くなる。その喋り方もいつもの間延びした感じではない。


(優さん……すごく怒ってる……)


 岸夫も優の怒りを感じ取り、息を飲む。優は表情に確かな怒りを滲ませていた。


「無理ですよー。どうやっても助からないんです。最近はホルマリン漬け大統領もやることが念入りになってきて、イベントで消費する人間には遅効性の毒薬を飲ませたり体内に爆薬を埋め込んだりして、必ず死ぬようにしてあるんです。何かの手違いがあって逃げ出すことがあっても、死人に口無しにできるようにね。いくら権力の庇護下にある組織とはいえ、彼等の存在が表通りに露見していくようになれば、立場が危うくなることもありえると、警戒しているんでしょうねー」


 竜二郎に説き伏せられてなお、優の顔は変わらないが、殺気だけは消えていた。


「優さん……」


 ごく自然に岸夫は、優の肩に手を置いていた。何故自分がそんなことをしたのかわからない。


「ごめ……」


 自分の大胆な行いに驚いて、岸夫は慌てて手を離す。そんな岸夫の方を向き、優は無言で小さく微笑む。


「二人の目に毒ですし、さっさと標的を決めましょうか」


 入り口のすぐ横にいる太った初老の男に視線を向けると、竜二郎はこっそりとナイフを取り出し、自分の指先を傷つけた。


「悪魔様に、お・ね・が・い」


 自分の傷口をまじまじと見つめ、竜二郎が呟く。

 傷口から垂れた血が、床で拡がり、赤い魔法陣へと変わっていたが、誰も気付かなかった。

 能力を発動させて、知りたい情報を知ると、竜二郎は入り口の扉を開けて、二人に出るように促した。


「もうおしまい?」

「ええ、名前を知る事はできましたし」


 訝る岸夫に答えると、竜二郎はディスプレイを投影し、殺人申請をする。


(今、何か超常の力を使って、相手の名前や身元を知ったってことかな)


 岸夫はそう判断する。


「さてさて、ホルマリン漬け大統領の会員になれるほどの人物でも、殺人倶楽部のターゲットからは逃れることが……できませんでしたねー。許可が降りました。殺していいそうです」


 返信メールを見て、竜二郎はにっこりと笑った。相手の社会的立場を調べ上げ、殺人許可さえ降りれば、あとはもう竜二郎の自由だ。


「早いんだね」

「稀に遅い時もありますよ。大抵早いですが」

「そもそも殺人許可ってどこで取ってるの? どこに申請しているの?」

「警察が殺人倶楽部の殺人管理をしているという話です。殺人倶楽部が行った殺人は、殺人とせずに処理しています。もちろん、管理を担当しているのは、警察組織の中のごく一部でしょうけどねー」


 岸夫と竜二郎が喋っている間に、イベントが終わったようで、扉の中から拍手が響いた。


「外に出ましょう。流石にこの中では殺しにくいです」


 竜二郎に促され、優と岸夫はビルの外へと出た。


「これからどうするの?」


 岸夫が問う。竜二郎はすでに標的をしぼったようだが、その標的の顔までは見ていないし、ビルには出入り口が複数あって、標的がどこから出てくるかもわからない。


「いつもは組織の支部から十分に離れた所で殺すのですが、今日は二人を連れて来ていますし、後始末を優さんにもお願いできますし、ここら辺でやりましょう。おっと……あっちの出口から出たようです」


 竜二郎が答えると、駆け出してビルの側面へと回りこんだ。優と岸夫もその後を追う。


 ちょうど別の出入り口から、竜二郎が標的として定めた初老の太った男が現れた。仮面を外しているが、体型でまるわかりだ。もし見失っても、竜二郎には追跡できる。相手の身元も知っているのだから、後日別の場所で殺しても構わない。


「それじゃー始めましょうかー。神聖なる儀式にして、崇高なる芸術活動を」


 そう言って竜二郎が、能力を発動させた。


「な、何だ!?」


 初老の男が足を止め、戸惑いの声をあげて、周囲をきょろきょろと見回す。


「何をしたの?」

 岸夫が尋ねる。


「幻影結界に閉じ込めました。すでに僕達も結界の中ですよ。ただの幻影ではなく、空間も歪めてあります。走って出たり、他の人間が入ってきたりしないようにですね。ま、説明すると長くなりますが」


 竜二郎が答え、初老の男へと近づいていく。幻影結界と言われても、岸夫や優には、幻影など見えない。男だけが見えているのだろう。


「聞いた話によりますと、殺人倶楽部の会員って殺人を行いやすくするために、この手の幻覚や、認識を狂わす能力を持つ人が多いそうですねえ。純子さんにそういう要望をする人が多いとか。パターンですね」


 優が岸夫に向かって、殺人倶楽部豆知識を語る。


「だ、誰だ!?」


 かなり接近した所で、ようやく男は竜二郎の存在を視覚的に認識できたようだ。


「仲間の見ている前なので、いつものような殺し方は抵抗あるんですよねえ。あまり面白くないですけど、苦痛は存分に与えますし、これで我慢しておましょう」


 前置きしてから、竜二郎はナイフを取り出し自分の掌を切り裂く。

 床に滴り落ちた血が、瞬時に赤い魔法陣へと変容する。


「悪魔様に、お・ね・が・い」

 呟くことで、能力を発動させる。


「ひっ! ひぎゃっ! あづっ! あぢいやあああぁぁ!」


 初老の男の体が炎に包まれ、悲鳴をあげてのたうちまわる。


「ほらほら、見てくださいよー。自分が選ばれた特権階級にいると思いこんで他者を見下して悦に入り、他者に害成す無自覚の悪。こういった人達を殺す時って楽しいですよねー。欲深く、我が強く、命への執着も凄いですから、殺す時の取り乱し方と見苦しさといったら、まったくもって芸術的ですねー」


 男が焼かれ死ぬ様を心地良さそうに見つめて語る竜二郎を見て、岸夫は先程の鬼畜の宴を思い出す。

 ある意味、あの場にいる観客達と同じではないかと岸夫は感じてしまう。少なくとも、残虐さという点と、人が死ぬ様を見て楽しむという事に関してだけは、彼等も竜二郎も変わらない。相手を選び、自分の手で殺しているという点においては異なるが。


 語っている間に、男は動かなくなっていた。苦悶の表情のまま焼け焦げていく。


「優さん、死体の処理お願いしまーす。ここだと、始末屋組織が来るまでの間に、ホルマリン漬け大統領の人達に発見されてしまいかねないので」

「はい」


 竜二郎の頼みに、優が頷き、死体を一瞥する。


「え?」


 思わず声をあげる岸夫。そこにあった焼死体が、跡形もなく消失したのだ。


「それでは帰りましょうか。どうでした? 岸夫君。殺人倶楽部のもう一つの活動は」

「え……いや……その……」


 竜二郎に感想を振られ、岸夫はしどろもどろになる。


「鋭一君もね、僕と殺人の好みは似ています。僕も鋭一君も、そして冴子さんもですが、殺人に芸術性を求めます。ただ殺すだけでは駄目なんですよー。命が命に奪われる瞬間。命が命を奪う瞬間。この時こそ、人の心を震わせるアートが生まれ出ずる瞬間です。鋭一君や僕だけではなく、同じような感覚の持ち主は他にもいると思いますけどねー。殺しは芸術です」


 力説する竜二郎であったが、岸夫が曖昧な反応しかなかったので、微苦笑をこぼして携帯電話のディスプレイを投影し、帰りのタクシーを呼んだ。


***


「はっくしょんっ、くしょんっ」

 二連発でくしゃみをする百合。


「ママどうしたの? 風邪?」


 同室にて編み物をしていた亜希子が、百合の方を見る。


「いえ、きっと純子が、私の陰口でもたたいているのでしょう」

「百合様が風邪だとーっ! こうしちゃいられない。ネギ取ってきます!」


 百合の台詞は聞かず、亜希子の言葉にだけ反応した白金太郎が叫び、奥にある冷蔵庫へとすっとんでいく。


「白金太郎がネギどうこう言っていたけど、風邪と何の関係があるの?」

「大昔の民間療法で、風邪の際はネギを首に巻くとか、ネギをお尻の穴に挿すとか、そういうのがありますことよ」


 亜希子の問いに、百合が教えた。


「そんなことして本当に風邪治るのっ。ネギって凄いのねっ」

「どちらも医学的根拠はありませんわ。迷信の類でしてよ」


 感心する亜希子に、百合が付け加える。


「百合様、ネギですっ」

「かたしてらっしゃい」


 得意満面にネギを差し出す白金太郎に、百合は笑顔で告げた。

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