第二十五章 10
竜二郎も優も、殺人倶楽部での活動を続けて四ヶ月近くになり、超常の能力者との戦闘も何度も経験している。
しかしそれでも二人共、戦闘訓練を積んだ裏通りの住人というわけではない。気配を消す技能も、自分達に向けられた視線を感じ取る鋭敏さも無い。つまり――自分達が見られていた事には気付かなかった。
『最近、我々の組織の客を狙って殺害している者がいてね、何人も殺されていた。何者の仕業か調査を続けていたが、やっと判明したよ。鈴木竜二郎――君が今運営している殺人倶楽部の会員だ』
「へー」
電話で秋野香にその事実を告げられても、純子は関心の無さそうな声を発しただけであった。
『これは君の指示かどうか知りたい』
「違うよー」
『そうか。次に、この事実を知っていたうえで容認していたかどうか知りたい』
「知らなかったよ? 香君だって、気がつくのに時間かかったんでしょう。私だって殺人対象の調査くらいはするけど、それはあくまで社会的な肩書きとかどんな人物か程度で、ホルマリン漬け大統領の客かどうかとか、そんなプライベートまで突っこまないからさあ」
実際に殺人対象の調査をしているのは、純子ではなく警察だが、それは言わずに、自分だということにしておく。
『なるほど。まあ、純子の指示があったのではないとわかればいい。そして、この犯人は始末させてもらうぞ?』
「どうぞどうぞ。ああ、それならほころびレジスタンスに依頼するといいよー」
淡々と確認を取る香に、純子は最後に名指しで推薦した。
『何か企みがあるのか?』
「怖いんなら無理にとは言わないよー」
悪戯っぽく笑う純子に、香はそれ以上何も言わずに電話を切った。
***
ほころびレジスタンス事務所。
先程、ホルマリン漬け大統領から、殺人倶楽部会員の捕獲依頼があった。その理由もちゃんと説明があったうえでだ。
晃は凜と十夜に相談することもなく、あっさりとこれを受けてしまった。
「ホルマリン漬け大統領の依頼受けちゃっていいの? つーか、向こうもよく俺達に依頼してきたよね。うちら以前ホルマリン漬け大統領と因縁もあるし、純子とも懇意だってわかっていながらさ。何かヤバそうな気配無い? 俺らをハメようとしているんじゃないかな?」
十夜が意外そうな顔で、晃に問いただす。普通なら自分達に依頼などしてくることはない。それを受ける晃もどうかと思ったが。
「純子が僕達にって推薦したらしいぜィ。純子、まだホルマリン漬け大統領と繋がっているのかねえ。これって、何か企んでいるのはホルマリン漬け大統領じゃなくて、純子の方だと思うんだ」
と、晃。
「いろいろあって純子とホルマリン漬け大統領の関係は、どんどん険悪化しているみたいよ。もうビジネス的な協力は一切していないし、今やってる殺人倶楽部なんかも、ホルマリン漬け大統領の商売敵みたいな代物とも言えるでしょ」
三人分のコーヒーを淹れつつ、凜が述べる。
「正直嫌だなあ。ホルマリン漬け大統領の依頼って時点で……。本当にいいのかなあ」
十夜は全く気が進まない。
「ターゲットも殺人倶楽部のろくでなしだもん。だからいいってことにしようっ」
強引にまとめて、出されたコーヒーを飲む晃。
「ギャラの高さに目がくらんで仕事受けたんでしょ」
かつて凜もホルマリン漬け大統領に雇われていた立場なので、すぐにわかった。
「ま、純子に何か考えがあって、私達を推薦し、しかもそれを私達にも教えてきたんだから、純子のお望み通り踊ってあげましょ」
純子の推薦という一点だけで、凜もノリ気になっているように、十夜には見受けられた。十夜としては不安だし断ってほしかったが、晃だけでなく凜までその気なのだから、もうこれ以上は反対しづらい。
「始末しろって依頼じゃなくて、捕獲しろってのがどうもねえ……」
十夜の不安要素はもう一つある。正直、始末より難易度が高い。
「仲間のいない所を狙えば、どうにかなるでしょう」
凜が言う。
「ところが依頼内容は、できれば仲間も全員捕獲しろってのがあるんだよねえ。標的の鈴木竜二郎捕獲だけでもいいらしいけど」
晃の報告を受け、凜は眉をひそめた。
「全員を捕獲ってことは……その標的の前で仲間を嬲り殺しショーにでもする気かしら」
「相変わらず悪趣味な組織だなあ……」
凜の推測を聞き、ますますやりたくなくなる十夜。
「でもそっちの方が報酬上乗せだし、殺人倶楽部だって、人殺しを楽しんでいる下衆な連中だし、難易度高い方でいってみよーっ」
晃の決定に、十夜は溜息をついた。
***
竜二郎と岸夫の二人と共にホルマリン漬け大統領支部を訪れた翌日、優は一人で雪岡研究所に訪れた。
「犬飼さんは最近来ましたあ? あ、いただきまぁす」
純子にテーブルの前に茶菓子を置かれて、ぺこりと頭を下げる優。
「こないだ来たよー。殺人倶楽部の今後についてちょっと話し合ったかなあ。で、そっちはどうかな? 岸夫君の様子は」
「電話で話したとおり、まだたまにおかしくなりますよう。あっちの方に主導権があって、あっちで覚醒すると岸夫君の意識が飛ぶみたいです」
「んー、調整がうまくいってないみたいだねえ。本人の同意無しの操作だから、難しいんだよねー。まあ、引き続き調整してみるよー」
優の報告を聞き、困り顔で純子は言った。
「純子さんは犬飼さんと付き合い、古いんですかあ」
優が尋ねつつ、コーヒーを口につける。
「ううん。わりと浅いっていうか、殺人倶楽部を創るちょっと前くらいに知り合った程度だよー。みどりちゃんとはかなり昔から、付き合いがあるみたいだけどさあ」
「そうなんですかぁ。犬飼さん、薄幸のメガロドンに出入りしている事は知っていましたが、みどりちゃんていう子のことは、全然私に教えてくれませんでしたあ」
「みどりちゃんも優ちゃんのこと知らなかったみたいでさー。ちょっと呼んでみる?」
「いや、いいですよう。私、人見知りですしー。そのうちで」
犬飼の自分以外の知り合いの女の子という時点で、何となく気兼ねする優であった。
「そろそろマンネリ気味になってきただろうから、次の段階に移行するよー」
「敵を作るんですねぇ?」
純子の言葉の真意を即座に見抜く優。それを見抜いたのは、純子の性格を読んだからではない。殺人倶楽部の小説に沿えば、そういう展開になるからだ。そして純子は、この殺人倶楽部の運営を、これまでほぼ小説に沿う形で行っている。
「うん、もう敵はいるけどね。私も最近気がついたけど、特に素行の悪い人は、私の身内で殺人倶楽部が気に食わないって子に、殺されてるし」
「えっとぉ、どの程度で……殺されちゃうんです?」
すでに実行していると言われ、優は少し不安になった。
「心配しなくても優ちゃん達は大丈夫だよー。ていうかね、殺人倶楽部に入って殺人おっけーになっても、見境無く人殺しする人って、そんなに多くはないよ。殺人倶楽部に入る時点で、殺したい人がいるという目的意識があるからこそだけど、事情や信念の元に相手を選んで殺すケースの方が多いからね」
「えっとぉ、多くないって、誰でも彼でも殺しちゃう悪い人って、具体的にどれくらいなんです?」
「三割くらいかなあ。申請を怠って勝手に殺人始める人も、大体その中から出てくるし」
十分多いと優は思うが、純子の基準や想定では少ないという感覚なのだろうから、口にはしないでおいた。
(純子さんの身内で、純子さんを裏切るような形で、殺人倶楽部の会員を勝手に殺しちゃう人って……やっぱりあの子ですかねえ)
優には心当たりがある相手であった。あまり喋ったことはないが、研究所で何度か顔を合わせている。そして彼――相沢真は、純子や優の前で、殺人倶楽部のことをあからさまに嫌悪する言動を口にしていた。
(純子さんに仕えている身だけど、鋭一さんみたいに正義感の強い子なんですよねえ。そして純子さんもそれを承知のうえで、あの子を置いている……と。何だか面白いようなややこしいような)
洞察力と想像力に優れた優は、ここまでの情報だけで、純子と真の関係をある程度見抜いていた。
「で、優ちゃん、竜二郎君とホルマリン漬け大統領のイベントに行ってたよね? 竜二郎君の殺しは見た?」
こっちの行動が純子に筒抜けである事は、もちろん優も知っている。
「竜二郎君がホルマリン漬け大統領の客を標的にしていること、組織にもバレてるよー。で、刺客を送るってさ。私にとってこれは予定外の展開だけど、これも敵の出現と言えるねえ」
ひょっとしたら純子がホルマリン漬け大統領を手引きしたのではないかと、優は勘繰る。雪岡純子という人物は、油断せず信じずに徹底して疑ってかかれと、優は犬飼に予め言われている。
「私のマウスの中でもかなり強い子を雇ったよー。強敵だから気をつけてねー」
自分が推薦したことは黙っておく純子。
「私から離反したヒーロー系マウスの依頼殺人の時、襲ってくるかもしれないから、十分に警戒してねー」
「はい、教えてくださってありがとうございまぁす。ごちそうさまでぇす」
コーヒーを飲み終え、優はぺこりと頭を下げた。
***
「前から不思議だったけどさ、あいつは一体何なんだ? 殺人倶楽部の会員の中でも、お前が特別に目をかけているみたいだが」
優が帰った後、ほぼ入れ違いのようにして真が純子のいる応接間へやってきて、話しかけた。
あの優という少女が、純子に殺人倶楽部を作るよう依頼した子であることは、真も知っている。だがどういう理由でそのような依頼をしたのか、詳しい事情までは知らない真である。
「一応殺人倶楽部のキーパーソンだよ。あの子にだけは手を出さないでね。まあ、真君が殺したくなるようなタイプじゃないから、こんな念押ししなくても大丈夫だと思うけど」
「今は教える気は無いってことか」
「謎っぽくしておいた方が真君も楽しめるじゃなーい。これでも私、いろいろ気遣ってるんだよー」
悪戯っぽく微笑む純子に、真も一瞬だが、つられるようにして微笑をこぼす。
それを見て純子は凄まじい速さで指先携帯電話を取り出し、シャッターを切る。
「どうした?」
純子の突然の動きに、真は呆気に取られた。
「やった! 見て見て、これーっ!」
そう言って純子が今撮った写真を空中に投影した。
「今笑ってたのか……僕。ていうか、こんなもんわざわざ撮るなよ」
「えー、せっかくレアなんだし、撮ろう撮ろうと思ってたんだー。あー、可愛いな、もう……」
ディスプレイを見てうっとりする純子を見て、真は憮然として応接間を出て行った。
翌日、この写真をポスターにしてリビングに飾られ、真は朝から硬直する事となる。
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