第二十五章 7

 ホルマリン漬け大統領という組織は、ボスがここ数年あまり不在のままなので、その下に位置する複数の大幹部によって運営がなされている。

 大幹部の下にはそれぞれ幹部がいて、幹部ごとに様々なサービスを担当している。これらの幹部は、ホルマリン漬け大統領の元客の中から、見込みのある企画を持ち込んだ者を組織の幹部として、大幹部が取り上げた者達である。

 さらにごく稀にではあるが、その幹部の中で優秀かつ有能と判断された者は、大幹部として昇格する。


 電々院四股三郎(でんでんいんしこさぶろう)は、つい最近大幹部となったばかりの、新参大幹部である。まだホルマリン漬け大統領という組織の運営については、わからないことも多いので、秋野香という大幹部が御目付け役となって、いろいろ指導している最中だ。

 四股三郎は元々香の下で幹部として働いており、香の推薦で大幹部へと取り立ててもらった。それ故、香とは懇意である。香は当然四股三郎の正体も知っている。しかし四股三郎の方は、香の素顔も正体も知らない。


「幹部の何人かが不審がっているんです。うちの客ばかり何人も殺されていまして」

『ああ、私の所にもその話は来ている』


 四股三郎は猫の仮面を被り、鳥の仮面を被った香とテレビ電話で、現在組織に起きている懸案事項について話していた。


『明らかにホルマリン漬け大統領に足を運ぶ客を狙って殺害している。それも残虐な方法でな』

「撮影すれば確実に大金を産むくらい残虐な方法で、ですね。ははは」


 四股三郎が丸々と太った身体を揺らして笑ったが、鳥仮面の香が全く無反応だったので、決まり悪そうに咳払いをする。


『犯人もホルマリン漬け大統領の客の可能性が高いな。うちの客を知るには一番手っ取り早い方法だ』

「内部を徹底的に洗ってみます」


 テレビ電話が切れて、四股三郎は大きく息を吐く。

 四股三郎は一応香に恩義を感じているし、付き合いもそれなりに長いが、香が何を考えているのかは、未ださっぱりわからない。頼ればちゃんと応じてくれるが、いつも漠然たる不安を抱きながら接していた。


***


 その日の放課後、優と冴子は同じ安楽市内にある、私立アース学園へと向かった。


「もう今度こそ会議場所変えてもらうよう、強く言おう」


 アース学園とは異なる制服に降り注がれる奇異の視線を感じながら、憮然たる表情の冴子。


 生徒会長室の戸を開くと、中には同じグループの四名がすでに来ていた。即ち、鈴木竜二郎、芹沢鋭一、藤岸夫、種島卓磨の四名である。これでこのグループに所属する六名が全員集合した。


「これで全員?」

「このグループはな。前にも言ったが、会員は他にも沢山いる」


 岸夫の問いに、鋭一が答える。


「中坊か。何でこんな所に入ったんだ?」


 卓磨が岸夫を見下ろして、中断していた会話を再会する。卓磨もここに来たばかりで、岸夫に年齢を聞いた所であった。


「お前もそのこんな所にいるわけだが、その言い方は何なんだ」


 岸夫が口を開く前に、鋭一が呆れた口ぶりで突っこむ。


「年上に向かってお前、か」


 小さく溜息をつく卓磨。彼がここの最年長者であり。唯一人の成人だ。


「文句があるなら、尊敬できる年上らしい所を見せてみろ」

「はいはい、何も見せられませんよ」


 傲然と言い放つ鋭一に、今度はわざとらしく大きく溜息をつく卓磨であった。


「えっとぉ、竜二郎さん、昨日手術したばかりなのに、大丈夫なんですかあ?」

「ありがとさまままです。以前と違って、大した改造ではないから、平気です」


 優の気遣いに、竜二郎はにっこりと微笑んでみせる。


「でー、もういい加減ここで会議するの、やめてくんない?」

 不機嫌そうな口調と表情で冴子。


「同感。この歳で高校に私服でのこのこ入るのって、どうしても抵抗ある」


 卓磨が言った。実際教師に何度も呼び止められ、生徒会長の竜二郎と知り合いで、呼び出しを食らったと、その度に説明しているが、それにしても頻繁に足を運んでいるので、そろそろ怪しまれそうだ。


「仕方ないですねー。ちょっと考えてみます」

 と、竜二郎。


「竜二郎さんがここのリーダーなのかな?」

 岸夫が質問する。


「明確に誰がリーダーとは決めてないけど、大体仕切るのはこいつだし、作戦提案するのもほとんどこいつだし、最後にまとめて決定するのもこいつだな」


 鋭一が言った。じゃあ実質竜二郎がリーダーかと、岸夫は受け止める。


「年長者で東大生の卓磨君がリーダーしてくれると、僕も楽できるんですけどね」

「うっわー、鋭一や冴子はともかく、お前までそういう当て付けするとは思わなかったぞ」


 竜二郎の言葉を聞き、卓磨が肩をすくめる。


「別にそういう意図じゃありませんよ。ほんの軽口のつもりでしたけど、気に障ったらごめんなさいね」


 笑顔のまま、少しも謝意を見せずに謝罪する竜二郎。


「集ってもらったのは言うまでもなく、次の依頼殺人があるからです」

 竜二郎が本題に入った。


「早いな。ついこないだやったばかりなのに」

 鋭一が眼鏡に手をかける。


「今回は純子さんの口から直接依頼を授かっちゃいました。依頼者が純子さんです。必ず六人全員で臨むようにとも言われました。標的は、かなり厄介な相手だとも言ってましたしね」

「あはぁ、そりゃ楽しみね」


 竜二郎の話を聞き、不敵な笑みを浮かべる冴子。


「で、どんな相手なんだ?」

 卓磨が尋ねる。


「純子さんの制御を離れた、ヒーロー系マウスだそうです。しかもかなり強い。マウスをアルルファベットで強さのランク付けをするなら、間違いなくAに入るとまで言ってましたよ」

「しかし相手がどういう能力を持つかは、こっちには割れているんだろう? 毎度のことだが、それだけで圧倒的優位に立てる。そして相手はこっちを知らないうえに、複数がかりだ。これじゃ負ける方が難しいわ」


 と、卓磨。依頼殺人は基本的に好条件が揃っている。手強いといってもピンとこない。少なくとも卓磨は苦戦した経験すら無い。


「ほとんどの場合は楽勝でしたが、その条件でなお苦戦したこともありましたし、油断は禁物ですよ」

「卓磨がいない時にちょっと厄介な奴とやりあったことあるよね」


 竜二郎と冴子が言った。


(あれ……?)


 その後しばらくの間、殺人倶楽部の面々は会話を続けていたが、その途中、岸夫は己の意識が薄れていくのを感じた。目を開いていても何も見えなくなり、皆の声も聞こえなくなる。

 やがて思考も途切れ、岸夫はその場に倒れた。


「ど、どうしたんだっ?」


 卓磨が狼狽気味の声をあげる。他のメンバーも驚いて岸夫を見る。


(純子さんの制御、まだうまくいってないんでしょうかあ)


 岸夫が意識を失って倒れるという反応自体、優の予想外の代物であったので、そうとしか思えない。


 冴子が岸夫の首筋に手を当てる。


「あ……」

 冴子の行動を見て、思わず声を漏らす優。


「ちょっと……この子、死んでるよ……。脈が無い……」


 冴子の報告に、さらに驚く一同。


「大丈夫です」

 優が冴子の横でかがみ、岸夫に触れて瞑目する。


「え? え?」


 突然むくりと起き上がり、きょろきょろとあたりを見回す岸夫。


「優、何をしたの?」

「え、ええ……ちょっと……あれですよぉ、あれ」


 冴子の問いに、答えになっていない答えを返す優。


「まあ、優だしな」

「ですね」


 鋭一がその一言で済まし、竜二郎もそれで納得してしまう。


「俺どうしたの?」

「気を失って……」


 脈が無かったと言いかけて、冴子は口をつぐんだ。あれは自分の思い違いだったのではないかと思ったからだ。

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