第二十五章 5

 岸夫が殺人倶楽部のグループの一つへと入り、依頼殺人があった翌日。優と竜二郎と岸夫の三名は、殺人倶楽部のオーナーである雪岡純子の元へと訪れた。

 鋭一はアルバイトで欠席。グループ内にいる他二名もそれぞれ用事があって欠席だ。


「鋭一君はー? 昨日の依頼殺人で一緒だったんでしょー?」

「バイトですよ。お金なら僕が出すと言ってるのに、これ以上頼りたくないとか意地張っちゃってるんですよねー。今までだってずっとそうしてたのに」


 雪岡研究所の応接間にて、向かい合って座る純子に尋ねられ、竜二郎が説明する。


「ずっと?」

 岸夫がその言葉に反応する。


「学費も全部僕が出していますよ。抱えていた借金も半分は払いました。全部払うといったら何故か拒まれました。本当は一切払ってほしくなかったみたいですけど、お母さんが過労で倒れたことがあるので、拒みきれなくなったというわけです」


 さらに事情を説明する竜二郎。


「金銭上で借りを作ることって、結構忌避する人は多いしねえ」

 そう言って純子が紅茶をすする。


「僕は親に、金持ちはその金を使うことが世の中への貢献であるし、金銭上の問題で苦しんでいる人がいれば、相手が嫌がっても無理矢理でも助けろと言われて育てられましたが」

「ノブレス・オブリージュだねえ。私もその精神は好きだよー。だから沢山の人を改造してあげなくちゃと思ってるんだー」


 純子の言葉を聞いて、それは違うんじゃないかと、優と岸夫は同時に思う。


「んじゃー、竜二郎君の改造手術始めるねえ。ちょっと時間かかるよ?」


 純子が立ち上がり、優と岸夫をそれぞれ見やり、確認する。


「えっとぉ、どれくらいでしょうか?」

「今回のは短いけど、それでも一時間はかかるかなあ」

「それくらいなら待ちまぁす」

「帰っててもいいんですよー。付き合うことないですよー」


 待つと言った優を気遣う竜二郎であったが、優が一度言い出したら聞かない性格であることは知っている。見た目は穏やかで優しそうで弱気にさえ見える優だが、実の所かなり頑固である。


 結局優と岸夫はそのまま応接室に待つことになった。


「えっと……」


 隣あって座る優という構図になってしまい、居心地悪そうにする岸夫。


「どうしたましたぁ?」

「いや……」

「そのまま隣に座っててかまいませんよう」


 恥ずかしそうに席を移ろうとする岸夫に、優は微笑みながら告げる。


「岸夫君、一気に会員レベル4になりましたね。あと殺人経験値5貯めてレベル5になれば、純子さんに改造してもらえますよう」

「そ、そっかー……」


 改造されると言われてもピンとこない岸夫。


「改造は怖いですかあ?」

「いや、別に……。皆は平気なの?」

「正直怖かったですけど、純子さん曰く、なるべく命の危険に及ばない改造をしているそうです。竜二郎さんや私は、命に危険が及んでもいいから、凄い力が欲しいと要求していますけど、そういう人は珍しいそうですぅ」

「そうなのかー」


 何故命の危険を晒してまで力を欲するのか、その辺も岸夫には理解しがたい。


「岸夫君、昨日は見学でしたけど、どうでしたあ? これからやっていけそうですか?」

「う、うん……」


 見学と言っても、鋭一が得体の知れない力で標的を一方的に殺しただけで、何が何だかわからなかった。今後は自分も手を汚すことになるのかもしれないが、特に抵抗無くその運命を受け入れている。

 殺人倶楽部などという組織にいることも、殺人に手を染めようとしている事にも、岸夫に抵抗は無い。しかし疑問はある。何故自分がここにいるのかという、根本的な疑問。

 それもそのうちわかるだろうと、楽観視している岸夫だが、優達に触れられた際、どう返したらいいのかと、そちらの方が不安であった。


 やがて純子が戻ってくる。


「竜二郎君はまだ麻酔が効いているから安静にしてもらってるよー。で、私に話があるんだよねえ?」


 ここで待っていた理由はそれしか無いと見なし、純子が優に問う。


「岸夫君の意識を戻すタイミングは、できるだけ純子さんの任意でお願いできませんかあ? 昨日は皆の前で突然意識が途切れて、そこからロボットみたいになりました」

「え? ええっ?」


 突然自分の名を優にあげられ、しかも意味不明な言葉を並べられ、岸夫は困惑する。


「んー、それも中々難しい話なんだけどねえ」


 困ったような顔になりながら、純子が岸夫の方を向く。

 赤い瞳が岸夫の目を射すくめる。その直後、岸夫の意識が急速に薄れていく。


 やがて岸夫の瞳から意思の輝きが失われ、虚ろな眼差しで虚空を見上げるようになった。


「目の前にいれば、任意でスイッチの切り替えもできるけどね。勝手にスイッチの切り替わりができないように防ぐのは……向こうの覚醒を妨げる工夫がいるかなあ。うん、ちょっと頑張ってみるよー」

「ごめんなさぁい、あれやれこれやといろいろ要求しちゃってぇ」

「いーのいーの、気にしないでー。私も楽しんでやってるんだから」


 申し訳無さそうに小さく会釈する優に、純子はにっこりと笑ってみせた。


***


 種島卓磨(たねしまたくま) は今年で二十一歳になる大学三年生だ。

 青春の貴重な時間を勉学に費やし、東狂大学に入学したまではいいが、そこで彼はいろいろなものを失い、そして自分が多くのものを失っていることに気がつき、自分を見つめ直す機会を得た。


 高校時代には普通に友人もいた卓磨であったが、大学になってからはしばらくの間、一人だった。

 自分がここにいるのは相応しくない――そう意識した瞬間、同じ大学に通う学生達が全く別次元の存在に見えてしまい、誰とも打ち解けることができなくなってしまったのである。


 そんなある日、卓磨に一人だけ友人ができた。

 その男は誰がどう見てもアスペルガー以外の何者でもなかった。東狂大学には非常に多いとは聞いていたが、ここまで露骨なのも珍しかった。

 いつも一人でいる彼に、卓磨の方から話しかけた。彼の名は宇城洋二(うきようじ)。何となく寂しそうに見えたので、同じぼっち同士で仲良くできるのではないかと思い、話しかけてみた所、彼はたったそれだけでひどく嬉しそうな顔をした。


 喋ってみると、今まで普通に人と喋ったことが無いのか思って引いてしまうくらい、洋二の会話はちぐはぐだった。オブラートに包まずストレートな表現しか使わないし、卓磨から口にした言葉も額面通りにしか受け取らない。他者の心情や、物事の裏側に想像力を働かせることもない。自分の言いたいことばかり一方的に口にすることも多い。

 卓磨はそれらに対し、穏やかに注意すると、押し黙ってしまう。感情をストレートに出し、隠すこともできない。しかし洋二はこの性質のおかげで人が離れていってしまったことに、身に覚えもあったので、卓磨の言葉も少しずつであるが、受け入れていった。


 卓磨から見て、洋二の一番の問題点は、コミュニケーションの仕方がズレている事――ではなかった。一番問題なのは、自発的に物事をできないという点だ。

 言われたことは淡々と真面目にこなす。だからこそ親に勉強しろと言われて、忠実にそれをこなし、東大にも成績トップで合格するほどだった。このままいけば――コミュニケーション能力の無さも克服すれば、将来はきっと優秀な社蓄か高級公僕になるだろうと、卓磨は思った。

 だが、自発的な行動が苦手ということは、自分では何も決められず、欲しいものも無く、やりたいことも見つけられず、遊びたくても遊べないということでもある。


 洋二には趣味も無く、遊び一つ知らないという事を聞き、卓磨は最初愕然としたが、一方で何も無い真っ白な状態であるとして、洋二を自分の好きなように染め上げていくことにした。

 卓磨が自分の様々な趣味を洋二に教えると、面白いように洋二は卓磨と同じ色へと染まっていった。洋二は抵抗無く受け入れ、同学年であるにも関わらず、卓磨のことをまるで兄貴分のように慕った。卓磨からしてみても、それが心地好かった。


 洋二の家に行った時、洋二の両親は卓磨に感謝の言葉を述べた。母親などは泣きながら礼を告げたものだ。洋二の両親も、無息子のことが気がかりで仕方なかったらしい。


 ある日、洋二は物言わぬ冷たい骸となって、霊安室に横たわっていた。

 チンピラに絡まれ、集団で暴行を受け、殺された。実にあっけなく訪れた死。


 この時代のチンピラというものは、幾つかのニュアンスがある。昔ながらに下等なならず者への蔑称であったり、裏通りに属しているフリーの者や下っ端を指したりもするが、最もしっくりするのは、裏通りに中途半端な関わり方をしている者達を指して使う時であろう。

 裏通りの最底辺に位置すると言ってもいいが、裏通りに染まってはいない。不良くずれで、基本的には表通りにいながら、裏通りのおこぼれを漁っているハイエナのような者達こそが、チンピラと呼ぶに最も相応しい。


 そんなゴミ虫のような連中に、親友を殺されたという事実を呪い、そんなゴミ虫のような連中を、卓磨は呪った。


 ある日、ネット上で雪岡純子というマッドサイエンティストの噂を知り、この人物なら自分の復讐の願いもかなえてくれるのではと、馬鹿馬鹿しく思いつつも、雪岡研究所の公式サイトを開いてみた。

 すると、そこにはこう書かれていた。


『現在、雪岡研究所はお休み中です。実験台希望者の受付を行っていません。代わりと言っては何ですが、この度雪岡純子は『殺人倶楽部』なる組織を発足し、そのオーナーを務めております。興味のある方は――』


 クリックして、殺人倶楽部とやらの概要を確認すると、卓磨は殺人倶楽部の新規会員審査に応募してみた。殺人倶楽部に入りたい動機もしっかり記した。自分の親友を殺したチンピラ達に復讐したいと。


 殺人倶楽部の会員として運良く当選した卓磨であるが、洋二を殺したチンピラ一人の親が大物政治家で、事件は揉み消された。おかげで誰が殺したのかもわからない。フィクションではなく、現実にそんな出来事があるのかと、卓磨は驚き、呆れ、怒りに震えた。

 誰が殺したのかも未だわかっておらず、捕まっておらず、ただ目撃者の証言ではチンピラ数人組に殺されたという事だけが判明している。それならば――


「た、助けてくれよっ。何で……あんた何で……誰がっ!」


 仲間の死体に囲まれ、命乞いをするチンピラを冷たい眼で見下ろす卓磨。

 親友を殺したチンピラが誰かわからないなら、全てのチンピラを殺しつくそうと、卓磨は決めた。


「わかった。見逃してやる」


 腰を抜かして泣いて命乞いするチンピラに無かって、忌々しげに吐き捨てる卓磨。

 この言葉は嘘ではない。見逃すしかないのだ。殺人倶楽部における、月単位に殺せる人数の上限に達してしまった。会員レベル8である卓磨は、フリー殺人で三人までしか殺せないのだ。

 目の前のチンピラ四人が、常につるんで行動している事も知ったうえで、殺人許可の申請を送り、そのうちの三人の許可を取った。残った一人はもしかしたら、洋二を殺した者かもしれない。しかし、見逃すしかない。


「あひぁあぁぁっ!」


 情けない悲鳴をあげながら、そいつは逃げていく。


(ルール違反すれば……俺が依頼殺人の標的になってしまう)


 親友を失った卓磨には、今はまた別の仲間がいる。仲間に迷惑をかける事は避けたい。


(もしかしたら純子は、俺がルール違反しそうなことも見越して、わざとグループを紹介したのかな? いや……自意識過剰か、それは)


 否定する卓磨であったが、それは自意識過剰ではなく、的を射ていた。純子はちゃんと卓磨の性質まで見抜いて、気遣っていたのである。

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