第二十五章 4

「僕は女と悲しい別れ方する運命なんだろう。神様がいて、絶対にそうなるよう仕向けるんだ」


 雪岡研究所のリビングにて、せつなと毅とみどりを前にして、真は遠い目で語る。


「これまでもう四人だぞ。そのうち二つは片想いだったかもしれないけどさ。杏とは死に別れだし、雪岡とは口に出したくも無い悲惨な破局っぷりだし」

「でも純子と一緒に住んでるじゃないですか」


 毅が突っこむ。


「お前とも一緒に住んでいるだろ」

「いや、その返しは凄くおかしいかと……」


 真の言葉に苦笑いを浮かべる毅。


「残りの二人はー? せつな凄く興味あるー」

 甲高い声でせつなが尋ねる。


「僕が贔屓にしていた高級娼婦。娼婦やめるって言うから、プライベートで付き合ってくれないかと言おうとした矢先、襲撃された。彼女は無事だったけど、あんなことあった直後に、そんなこと言うムードではなかったし、彼女には裏通りの僕と付き合うのはしんどいだろうと思って、それっきりだ」

「もう一人は? その人の話はみどりも前聞いたけど、杏姉と純姉とその人以外にもいたなんて初耳だよ~」


 今度はみどりが尋ねた。


「これまた片想いっていうか、告白さえしなかったけど、いつもつるんでた女の子がいた。小学一年生の頃だけどな。完全に親友のノリだったけど。でも彼女が引っ越してから落ち込んだし、中学にあがってから引越し先で年上の彼氏作ったと聞いて、さらに落ち込みまくりだ」

「その程度で悲恋面なんてなあ……。俺なんかもっとひどいですよー」


 何故か自慢げな顔をする毅に、それはお前自身がひどいんじゃないかと思った真だが、突っこまないでおく。


「んー、何の話してるのー?」

 そこに純子が現れて声をかける。


「雪岡が来たからこの話はこれまでな」


 真の露骨な言葉を聞いて、愕然とする純子。


「ちょっ……真君、ひどくない? そんな露骨に人を避けるとか……あ、わかった。皆でこっそり私の誕生日を祝おうって話してたんだー」

「純姉の誕生日誰も知らねーでしょー」

「まあ、私も知らないけど。それより相談があるんだ」


 みどりの突っ込みに答えると、純子は話を切り出した。


「研究所に訪れる人は男性69%女性30%その他1%。女性をもっと増やすいい方法ないものかなー」

「その他はオカマか何かか?」

「女性を増やしてどうするんですか? 女性でないと不可能な実験がしたいとか?」


 真と毅が尋ねる。


「どうも研究所に来る人の改造希望がね、男女で違う傾向があるんだよねえ。男性は一つの欲望に一直線みたいな部分があるけど、女性の場合背景事情が面白いケースが多いから、私は女性の実験台志願の方が好きなんだよねえ。だからもっと女性来ないかなーと」

「例えばどんなー? せつなみたいな転生望む女の人っていたー?」

「んー……それは少ないかな……」


 せつなの問いに、微苦笑をこぼす純子。そもそもせつなは今の鉢植え幼女になる前は、男性だった。


「今やってる殺人倶楽部の発足理由だって、元をただせば女の子の依頼だしねえ。やっぱり女の子の依頼者の方が面白いよー」

「あれ、すごく不快だからさっさとやめて欲しい。いや、そろそろ邪魔しようかな」


 無表情ではあるが、如実に不機嫌オーラを放つ真。


「まだやめてー。せめて犬飼さんと、依頼主の女の子の望みがかなうまではさ」

「もう四ヶ月以上続けてるし、いつまでやる気だ」

「私に言われてもねえ。犬飼さんの小説に沿う形だしさあ」


 文句を口にする真に、純子は軽く肩をすくめる。


「殺人倶楽部の入部希望者で、実験台も確保できますし、純子がやめる理由もないですよねえ」


 毅が言うが、純子はかぶりを振る。


「殺人倶楽部の改造は、滅多に危険な人体実験ができないからねえ。これまでの成果を試すぐらいだもん。私が一番やりたい人体実験は、実験台になる人の命の危険もたっぷりある、未知の領域に踏み込むことだから、最近はちょっと欲求不満かなあ。ま、中には命の危険構わず、強い能力を望んだ子もいたけど」

「そんな危険な実験してどーするのー?」

「そもそも純子には究極的な目的とかあるのでしょうかね?」


 せつなと毅が続け様に問う。


「んー、当面の目的としては、全ての人間を進化させる――もしくは全ての人間が超常の力を身につけるように世界を変えること、かなあ」

「うっひゃあ、当面の時点でやばい。世界規模で大改革じゃんよ。純姉、何でそんなことしようと思うのォ~?」


 みどりがおかしそうに尋ねる。


「私は千年以上も生きて、いろんな知識、いろんな思い出、そしていろんな力を得たわけだけどさー。自分だけが大きな力を持ち、多くの知識を持っているのも、独り占めしているのもどーかなと思ってさー。いや、私だけというか、世の中の一部の人達だけが、そうした特別な力を持っているわけだけど、ほとんどの人はそうした力を持つこともなく、生涯を終えるわけじゃなーい。で、そうした力を欲しがっている人もいるわけだよー」

「そういうことか。それで今のスタイルなわけだねぇ」


 みどりは納得した。純子が力を餌にして実験台募集しているのは、ただ人体実験がしたいというだけではなく、そうした目的も含まれているということだと。


「私はそういう人達に力を与えるの、楽しいよー。力を得て喜んでいる人を見るのも嬉しいよー。私から得た力でもって、その人がそれまでに出来なかったことを実現させるのを見るのも、最高だよー」


(それで改造されて力を得た奴が、裏通りに堕ちるとなると、特に協力的なんだな)


 純子の話を聞いて、真は納得した。


***


 殺人倶楽部なる存在は、今や裏通りではすっかりと定番の話題の一つとなっている。

 その実態を探らんと情報屋達が何名も取材や調査を試みて、概要や基本的なルール等は判明したものの、一体どういうからくりがあって、このような存在が許されているのかは、あまりよくわかっていない。せいぜい警察が深く絡んでいるという程度だ。


 裏通りでは、表通りに多大な影響を与えるような犯罪を容認しない。ホルマリン漬け大統領という組織は明らかにその禁を破っているが、それを破れるだけの力がある。殺人倶楽部もオーナーが雪岡純子であるということで、その力があると見なされているが、裏通り中枢と仲のよろしくないホルマリン漬け大統領とは異なり、中枢と比較的良好な関係にある雪岡純子が、中枢の意思にそぐわない組織を作って遊んでいるのは、大きな謎として語られている。


「面白そうだし、興味はあるなあ、殺人倶楽部」


 始末屋組織『ほころびレジスタンス』の事務所にて、一応組織のボスである雲塚晃が、話題にあげる。


「もし私が、裏通りに堕ちる前にそんな楽しそうな遊び見つけたら、喜んで飛びついてたよ」


 ソファーに無造作に寝転がった岸部凛が言う。しかし今の凜は、ただの殺しでは満足できない。もっと刺激的な遊びでないと。


「でもこの組織の人等ってさ、裏通りの住人とは言いがたいよね? 表通りの人間がリスク無く殺しを楽しむような、そんな風に思える。正直俺、あまり好ましく受け取れないかな」


 柴谷十夜が表情を曇らせる。純子と雑談した際に耳にはさんだ話だが、殺人倶楽部に入った者の大半は、表通りから引き入れたとのことだ。


「依頼殺人ていうのはリスク有りでしょ? まあそれを避けて殺しをしていれば、リスクも無くなるけど」


 と、凜。


「あははは、純子もホルマリン漬け大統領と同じような商売始めたと見る人も、結構いるみたいだね」


 ネットの裏通り関係の匿名掲示板に立てられた、殺人倶楽部の話題のスレッドを見て、晃が無邪気に笑う。


「私もそう見てるし、実際ジャンルとしては同じでしょう。人を殺す様を映像に収めて、それを売りだしているわけだしさ」


 凜は純子に多大な好意と信頼を寄せていたが、よりによって仇敵とも呼べるホルマリン漬け大統領と同じことをしだした事に対しては、どうも釈然としない。


「でも純子がホルマリン漬け大統領と仲良かった時代なら、純子はあの組織に運営委託したかもだよねえ」


 と、晃。かつて表面上は敵対し、裏では繋がっていた両者であるが、今は完全に仲が悪くなってしまい、事業を提携することも一切無くなったと、晃達は、純子本人の口から聞いている。


「そういう商売を始めたことそのものが何だかね……。純子には似合わない。相応しくない。趣味が悪いっていうか。何か別の目的があると信じたい」


 勝手に純子のイメージを作って、それにはめこもうとする凜もどうかと思った十夜と晃であったが、口にはしないでおいた。

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