第二十四章 33

 獣之帝の襲撃があった日から、一日空けた翌朝。東京市内某所には、超常部隊が集結していた。

 白狐家、朽縄一族の妖術師達、銀嵐館の精鋭も結集。他にも霊的国防に携わる幾つもの妖術流派や、国家を陰から支えてきた戦士達が集っている。戦力を見込まれて緊急依頼で雇われた者達もかなり多い。


「国家存亡を賭けた、陰の大戦だ~」


 立ち並ぶ強者達の前にて、弦螺が無邪気な声をあげる。蜜房、綾音、弦螺、志乃介、桃島、宗佑の六人は、集結した戦士達の前に並んでいた。


「これより高尾山に、最後の戦いへと赴く。もし我々が敗れた場合、その後は、軍隊の投入がなされるであろうし、軍隊が我々の代わりに妖の群を打ち破ることもできるかもしれない。しかし、だ。超常の領域の防衛線は、我々の役目である。我々は千年以上も前から、人知れず陰の世界で戦い続けてきた。陰を陽に照らさぬように、人知れず戦い、人知れず死んでいく陰の中で躍る影――それが我々の生き方であり、矜持である。先人の魂に報いるためにも、この戦いには必ず勝利せねばならんっ」

「あのさあ……志乃介君。いつ演説しろって言ったのよ」


 蜜房が呆れ顔で突っこむ。


「第一、その役目をするとしたら、当主である、私か弦螺君か桃島さんでしょ? 何で師範代である貴方が、この場の指揮官みたいに出張ってるの?」

「あ、そんなこと言うんですか? 蜜房さんや桃島さんがやらないから、代わりに俺がやってるのに……。ていうか一生懸命考えてきたのに、皆の前でこんなこと言われて……。ひどいな」

「じゃ、私が代わる。コホン。えーっと……」


 蜜房が一歩前へ出て、戦士達を見渡す。


「命あっての物種って言うし、無理せず生き残ることを考えてね。危なくなったら逃げてもいい。生き延びることを皆で優先した方が勝てるから。命をかけて――なんて勇ましい人は、文字通りの無駄死になるだけよ。以上」


 拍手があがる。桃島と弦螺の二人だけが拍手をしていた。


「銀嵐館之心得! 守るは護衛対象! 守るは使命! 守るは矜持! 守るは己が命! 守るは人の心!」

『うおおおおおおおーっ!』


 桃島が凄まじい大声で叫ぶと、銀嵐館の戦士達が一斉に雄叫びをあげる。叫んでいるのは銀嵐館だけであり、他の面々は引いている。


「獣之帝や灰龍が出てきたら、すぐに報告するように。こちらも強者をすぐに派遣するので、交戦は避け、速やかに撤退すべし」

 と、志乃介。


「腕に自信がある者は胸を借りるつもりで臨むもよし!」

「いや、それは駄目だから……」


 桃島の言葉に宗佑が突っこむ。


「これら二体以外にも強めの妖怪がいて敵優勢と感じたら、即座に連絡して撤退を。朽縄当主も申されていたが、まずは無駄に命を散らして戦力の低下を招かぬよう心得よ」


 志乃介が念押し気味に告げる。腕に自信のある者はこの命を不服としていたが、多くの者はありがたいと感じていた。


***


 人間勢が集っている頃、灰龍、左京、青葉、黒牙翁の四名は件の洞窟で最後の打ち合わせを行っていた。

 すでに山の中には妖達が布陣しており、蝶治はすでに現地にいる。地理的にも数の上でも妖怪軍が有利であるが、個々の戦闘力は、一昨日の夜の戦いを見ている限り、人間側が全体的に上回っていると思われる。ただし、獣之帝や灰龍といった大妖怪を抜いて考えた場合だが。


「それでも戦に絶対は無い。油断はできん」


 黒牙翁が他の三人に向かってぴしゃりと告げた。


「わしらが七輝鱗と白龍族に戦った際も、奴等は油断しておったよ。わしらの方が圧倒的に少数であったからな。だが結果はわしらの勝ちじゃった」


 自分達の過去の話など引き合いに出してくれるなと灰龍は思ったが、黙っておく。


「現在、帝の傍らにはあの雫野累がいるが」

 左京が言った。


「最強にして最悪の妖術師として名高いあれがか? 我等の敵ではなく?」

 知らされていない黒牙翁が目を丸くする。


「陛下の前世を知る者であるようだ。陛下に対しては敵意無く、それどころか友愛を示している。陛下の側からもな」


 灰龍が言った。灰龍には左京が何を言いたいかはわかっているが、気乗りしない。


「ならば味方に引き入れられるか? 相当な戦力が見込めよう」

「どうかな」


 予想通りの台詞を口にする左京に、灰龍は曖昧に言う。


「何故確かめぬ?」

 青葉が問う。


「我々が帝を一方的に奉る形で利用していると、すでに知られているからだ。もし陛下に害が及ぶとあれば、雫野もそれを防がんとするだろう。しかし彼等が我々を守る義理など無い」


 累と波兵の二人と会話をした限り、こちらの味方にするのは難しいのではないかと、灰龍は見ている。

 正直、あまり頼りたいとも思っていない。妖怪は妖怪だけで戦えばよいし、その結果敗北するならそれもまた運命だと、灰龍は達観している。


「わしらが獣之帝を窮地に追い込むとなれば、わしらを敵と見なしかねんな」


 黒牙翁が皮肉げな微笑をこぼす。


「如何なる立ち位置を取るのか。確認だけはしてみるべきだ。それによって、我等の対応も変わる」

「味方になってくれれば心強いが、そのような美味しい話を期待せずとも、せめて余計な敵だけは作りたくないものよ」


 左京と黒牙翁がそれぞれ言い、灰龍の反応を伺う。


「気が進まぬが、話だけでもして……」

「ご、御報告しまーすっ」


 灰龍の言葉は、突然室内に飛び込んできた木っ端天狗によって、遮られた。


「十数分前、敵集団が車に乗って都からこちらへと発ちました!」


 ぜーぜーと荒い息をつきながら、木っ端天狗は報告する。


「いよいよだな」

 青葉が不敵な笑みを浮かべた。


***


 灰龍が獣之帝のいる広場に行くと、累と獣之帝が寄り添って座っていた。

 灰龍はそれを見て微笑ましく思いつつ、声をかけるのを躊躇う。


「灰龍か。何の用だよ」


 累の隣に大の字に寝ていた波兵が起き上がり、声をかけてきた。累と獣之帝も灰龍の方を向く。


「敵がこちらに向かってきているそうだ」

「僕は貴方達の側に立って戦うことはありませんよ」


 報告するなり、意図を見抜いて機先を制するかのような累に、灰龍は苦笑する。


「だろうな。配下がうるさいので要請だけでも……と思ったが」

「妖怪側が不利なのか? 獣之帝がいるからこっちの方が強いっていう空気だったけど」


 波兵が疑問を口にする。


「我々はおそらく勝てないだろう。しかし――帝は負けぬだろう」


 確信を込めて灰龍は言った。


「ようするに、帝を矢面に戦わせれば……妖の勝ちとなるわけですね? 貴方達が死ぬこともなく……」

「そうすれば、君も陛下と共に戦ってくれるかもしれないしな。しかし私は帝を利用するのは難しいと考える。帝の御心次第とでも言おうか」


 そうなっても戦うつもりはない累だが、黙っておく。


「戦が起これば、その気にあてられて……帝も戦場に赴くと計算していると……思っていましたが?」

「左京達もそう考えているようだ。果たしてうまくいくかどうか、私は疑っている」

「懐疑的な理由は?」

「その際に陛下が寝ている事も考えられるし、娘達と目合っている事も考えられる。あるいは動物達と戯れている事もな。その場合、戦いの気配を察知してそちらに赴くかどうかは微妙な所だ。帝は戦いを好むが、一つのことにしか頭が回らない性分でもあるし」


 本当に動物そのものだなと、灰龍の話を聞いて苦笑いをこぼす波兵。しかもその動物を絶対的に崇拝しているため、動物としても扱うこともできない。


「雫野累……左京達は貴方が我々の側に立つことを期待しているようだが、私は君がどちらの立場に立っても恨まん」


 そう言い残すと、灰龍は獣之帝を一瞥してから、広間を出て行く。


(あれが今生の別れのつもりだったのでしょうか。彼はこの戦いで妖が勝てるとは思っていない。そして今から戦いに赴くということは……)


 灰龍の後ろ姿に、哀愁を感じる累であった。

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