第二十四章 34
正午、高尾山に到着した人間達は、即座に山の中へと突入した。
人間側は何名かのグループで、分散して多方面で攻めて行く。妖怪達は山の中で地の利を活かしてそれを迎える。
妖術師の多くは、霊を操る術か、自分達で作った妖怪を使役する術を用いている。そのため、霊と妖、妖同士が戦う光景がそこかしこで見受けられる。
高位の妖術師は空間を操る術を操り、稀に化学変化を用いた術や、純粋なエネルギーを使用する者もいた。
術を用いない戦士達は、銃や刀や槍などといった、それぞれ使い慣れた得物で交戦している。中には素手で妖に殴りかかる者もいた。武には疎い妖術師が多い中、妖怪達の接近を阻む近接戦闘組はこの戦いの要とも言えた。
特に護りの戦いに長けた銀嵐館の戦士達は、深追いせずに防戦に徹し、上手いこと妖怪達の動きを止めている。
宗佑も近接組に回って、桃島の横で奮闘していた。
「おっさん、俺達こんな最前線に出て大丈夫なのか?」
一息ついた所で、宗佑が問う。弦螺や蜜房といった大将格は当然、最後尾にいるが、同格として扱われている自分達が、蜜房達の許可もなく勝手に最前線で切り込んでいる。
「その方が味方の士気も上げやすい。また敵に手強い者が出現しても、我々がすぐさま対処できる。援護が来るまでの間も粘れる。これは人外の戦いだ。個の実力もまるで異なるし、何が飛びだすかわからない。故に、前線にも対処できる者が必要だ」
桃島から返ってきた答えに宗佑は、桃島が意外と考えていた事に感心する。
「桃島のおっちゃん、飛ばしすぎ~。しかも雑魚相手に」
一方、使い魔の目を通じて桃島と宗佑を見ながら、本陣にいる弦螺がおかしそうに笑う。
「敵の強いのが出たらすぐ対応するつもりなんだろうが、それにしても雑魚相手に力使い果たす気かね。その辺は率先して戦わず、部下に任せておけばよいのに」
志乃介も呆れていた。気合いが入っているのはわかるが、気合いの使いどころを間違えているとしか思えない。
そんな桃島の前に、見覚えのある妖が姿を現す。
「お主がいると聞いて、いてもたってもいられず飛んできた。先陣を切るその勇ましさは流石といったところか」
何十人という腕斬り童子を率いた青葉であった。
(数が多いぞ……。この間とはわけが違う)
緊張する宗佑。こちらも妖術師数人と共に行動をしているが、数のうえでは圧倒的に負けている上に、敵は全て近接戦闘を得手としている。銀嵐館の戦士は、ここには桃島とその側近の二人しかいない。近接戦闘ができるのは宗佑を入れても三名だ。
(俺達を抜かれたら、術しか能の無い妖術師達はひとたまりもない)
宗佑が用いる破心流妖術は、肉弾戦とも連動しているので、近接戦闘は必然的に可能である。多くの術師が、武を軽視している傾向が有り、近接戦闘を不得意としている事に、宗佑は忌々しげに舌打ちする。
***
桃島達が丁度腕斬り童子との交戦に入った頃、桃島と宗佑がいる場所と離れた所では、木々をなぎ倒し、長くうねる胴を天高く伸ばす妖の姿が確認された。
牙だけ黒い巨大な白龍――黒牙翁であった。上空から人間達に向かって炎を吹き出す。
「龍!?」
「龍族までいるなんて……」
動揺し、あからさまに指揮を低下させる人間勢。逆に妖怪達は歓声をあげ、士気をあげるものの、黒牙翁の吐く炎に巻き込まれてはたまらないので、前に出ようとはしない。
「はーいはいはい、強いのは僕の出番だよう。のりこめー」
嬉しそうに龍に向かって駆けていく弦螺。
強大な妖気の接近に反応する黒牙翁。
「わぁい。おっきい」
黒こげの焼死体の間を駆け抜け、嬉しそうに黒牙翁へと挑む弦螺。見た目は子供でしかない弦螺が、目の前に転がる無数の焼死体を見ても全く臆せず、笑顔で向かっていくという絵図は、人も妖も少なからず驚かせ、引かせるものがあった。
「小僧……何者ぞ」
すぐ間近まで迫った弦螺を上空から見下ろし、黒牙翁が問う。
「白狐家の当主だよう。いっくよ~」
弦螺の全身から、オーラのような白い輝きが、一昨日の晩の比でないほどの勢いで迸る。遠巻きに眺めていた術師と妖が目を見張る。
実際にはこの輝きに深い意味は無い。ただの幻影であり、相手を惑わすだけの単純な目的だ。しかしその単純な幻影に、これまで多くの者が騙されている。
黒牙翁が弦螺に向かって炎を吐く。上空から吐き出されて地面に届く程の勢いをもつ業火であり、弦螺の姿がたちまち炎の中へと消える。
(手応え無し。空間を跳んだか)
弦螺がどう逃れたか、黒牙翁は即座に見抜いた。
自分の顔のすぐ近くに空間が歪む気配を感じ取る。
(そこだっ!)
転移を終えて弦螺の姿が実体化するその瞬間を狙い、黒牙翁は口を開けて、空間の歪みに向かって高速で首を伸ばし、弦螺を噛み砕かんとした。
黒牙翁が口を閉じる。手応えは無い。いや、歯応えというべきか。いや、最早感じようが無い。龍の口の中心から先が、輪切りに切断されていたからだ。
「わぁい、僕の方が大分早かったね~」
口を失って無惨な姿へと変わった黒牙翁の顔のほんのすぐ側で、空中に静止した弦螺が無邪気に笑う。
「そんな風になっても火吐けるう? 喉から吐くなら変わらないかもだけど、きちんと狙って吐けるう? ねえ、試してみて」
「おごごごごごっ!」
からかう弦螺に向かって、舌も失った黒牙翁は喉の奥から歪な怒声を発しつつ、炎を吹き出さんとする。
「あ、できるんだ。そっかー」
切断面から覗く喉の穴の先に炎が見えたのを確認して、弦螺は逆手に持った気の刃を、下から上へと軽く振り上げた。
振るっている間に、気の刃が白い輝きの幻影と共に瞬間的に大きく伸び、黒牙翁の頭部が喉元から頭頂に向かって縦に切り裂かれ、黒牙翁は炎を吹き出す前に絶命した。
「おや?」
黒牙翁を斃し、本陣に戻ろうとした弦螺は、志乃介や蜜房がいる方を見て、そこにもう一体の龍がいるのを確認する。
「あっちのはもっと強そうだ。のりこめーっ」
地面に降りて、弦螺は志乃介達がいる方へと駆けていく。
***
後方から突然現れた、全身の鱗がぼろぼろになって色も灰色にくすんだ巨大な龍は、完全に虚を突き、後方に控えていた術師と戦士達をなぎ払った。
「灰龍。こんな所にお出ましとはね」
その巨体で何人もの人間を押し潰して血に染め、その口に何人もの人間を咥えて、空に向かって屹立する龍の姿を見上げ、蜜房が呻く。
龍の口に咥えられている者の中には生きている者も確認できたが、どう考えてももう助からない。
灰龍が口を閉じ、死者も生者もまとめて噛み千切られる。
蜜房、志乃介、蛙丘の三名が、一斉に灰龍へと向かう。
志乃介の手から獣符が舞い、灰龍の頭部近くまで飛んだところで、巨大な狼の頭部へと姿を変える。灰龍の頭部より二回りは大きい。
大口を開けて灰龍の頭部にかぶりついたが、灰龍の頭に牙が通っていないのを確認し、志乃介は舌打ちする。
蜜房が空飛ぶ鮫を三匹呼び出し、灰龍めがけて飛ばす。三匹がほぼ同時に灰龍の胴に噛み付き、鱗がかじりとられ、血がしぶく。
「こっちの牙は通ったけど、痛手にはなってないみたいね」
灰龍を睨みながら蜜房が呟く。
朽縄流師範の蛙丘完も獣符を放つ。空に灰龍をも上回る巨大な海月(クラゲ)が出現し、灰龍に上から降ってくる。
突然の出現にも関わらず、灰龍は素早く反応してその長い巨体をくねらせて、海月の攻撃を器用にかわす。かわした直後、海月に向かって炎を吹き出した。
元が獣符なので、火には弱い。あっという間に燃え尽きる巨大海月。
「獣符の使い手である朽縄とは、相性が悪いわ」
最初からわかりきっていることを改めて呟く蜜房。
「あの術は私のとっておきでしたが……こうもあっさりと破られるとは……」
冷や汗を流して呻く蛙丘。
灰龍の力は同じ白龍でありながら、黒牙翁をはるかに上回る。一体で白龍の同胞達を何体も屠った龍である。彼が妖の王を名乗った所で、全く遜色は無い。
「こいつだけでもとんでもなく厄介なのに、さらに獣之帝が控えてるんだからね」
鮫を操りながら蜜房が言う。炎が出る口元に気をつけて、灰龍の喉元を襲わせているが、灰龍もこれを器用にかわす。そしてかわしたうえで鮫めがけて炎を吐くが、鮫達も巧みにかわす。
「弦螺が戻るまで、時間を稼ぐしかない。あいつならあるいは……」
と、志乃介
「あるいは綾音ちゃんに戻ってもらうしかないわ。それは無理があるけど」
逃げ回る鮫に幾度となく火を吹く灰龍を見上げ、蜜房が言った。綾音には桃島達の援助に向かってもらっている。
***
桃島が青葉と一対一で戦っている間、宗佑は必死で奮闘して他の腕斬り童子達と戦っていた。
後方からの妖術師達の支援もあって、何とか持ち堪えているが、いつ自分が抜かれて、後衛の妖術師達が殺されるかと、気が気で無い。いや、すでに何回か抜かれているが、後衛の術師にたどり着く前に、彼等の妖術によって際どい所で始末されている。
もし後ろに刃が届けば、それだけ支援も減り、宗佑の戦いも苦しくなる。
(こんなに必死に戦ったのって、生まれて初めてかもな)
敵の攻撃の手が止まった所で、呼吸を整えながら宗佑は思った。まだ敵の数は多い。何故か彼等の動きが止まり、一つに固まっている。
しかしすぐにまた動き出した。何人もの腕斬り童子が一斉に宗佑へと向かってくる。
「どっせーい!」
それを横から桃島が盾を投げ飛ばして急襲した。腕斬り達が吹き飛ばされる。見ると、ようやく青葉を退けたようであった。青葉が仰向けに倒れている。
安堵したその時、宗佑は致命的な油断をしてしまった。
宗佑が気を抜いて顔をほころばせたその隙を狙ったかのように、小さな影が素早く駆け寄り、宗佑に低位置から斬撃を見舞った。
「なあっ!?」
視界が斜めになり、さらには空が映るのを見つつ、宗佑は声をあげた。
自分の両足が切断されたという事に気がつくのに、やや時間がかかった。
「お、遅いぞ、左京……」
倒れたまま青葉が呻く。
「占いで機を読んでいた。そして占い通りの結果だ」
宗佑の両膝から下のあたりを切断した左京が、宗佑を見下ろして言う。
いつの間にか周辺には、腕斬り童子達だけではなく、足斬り童子達も大量に沸いている。
「おのれえええっ!」
桃島が怒声と共に妖怪達へと突っこんでいく。桃島の側近は桃島から離れ、後衛の護りへと回る。
左京が倒れた宗佑に目を落とす。身長が低いので、顔がすぐ近くにある。牙が外へと向かって生えた、醜悪な顔に、宗佑は恐怖よりも嫌悪感が湧いた。
左京が鉈を振り下ろそうとしたその刹那――
「人喰い蛍」
聞き覚えのある耳に心地好い声と共に、大量の光の点滅が舞い、左京とその配下の足斬り童子達を貫いた。
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