第二十四章 31
獣之帝襲来のあった翌日の午後。弦螺、志乃介、蜜房、綾音、宗佑が朽縄本家へと集い、今後の方針を決めるために話し合っていた。朽縄流師範の蛙丘完もいる。
「午前中には各機関に情報収集を行ってもらい、まとめあげた情報によると――だ。昨日、俺達を負かしたあの桃色の妖こそが、妖の集団の大将――獣之帝だそうだ」
志乃介が報告する。
「連中の拠点が高尾山であることも、妖怪の一人を捕獲して拷問して聞き出して、確かめた」
「あらら、妖怪なら拷問も構わないとかひどいよう。そりゃ妖怪も怒って人間を襲うわけだ~」
弦螺が呑気な口調で茶々を入れる。
「数多の超常の領域に足を踏み入れた者達が集い、果敢に戦ってくれたおかげで、相当数の妖を撃破した。こちらの犠牲と報告にある討伐数だけを比べて見れば、その数はどっこいだ。だが昨日の戦いは、こちらの勝ちと言っていい。結果的には妖怪達を退けたのだからな。しかし――」
ここで言葉を区切り、志乃介は難しい顔で一同を見渡した。
「あの獣之帝とかいう化け物……あれへの対処を考えないとな。正直、俺にはいい手が思いつかない」
「対処が思いつかなければ、戦わないでおくか?」
静かにそう問いかけたのは、腕組みしてうつむいたままの宗佑であった。
「あの時逃げ出した俺が言うのも何だけど、俺は何が何でも勝ちたいぞ。桃島のおっさんの仇を討つ」
「えっと……」
うつむいたまま、決意の眼差しで宣言する宗佑に、志乃介が言いづらそうに口を開きかけたその時――
「遅れた。許せ」
障子が開き、ひょっこりと姿を現す桃島。
「おま……え……生きて……生きてたのかよっ!」
啞然として叫ぶ宗佑。
「ん? 何で死んだ事になってる?」
桃島が宗佑を見て眉根を寄せる。
「今まで病院にいた。あの雷妖怪は俺にとどめをささず、見逃したのだ」
桃島が言い、部屋の中に入ると、宗佑の横に腰を下ろす。
「言おうと思って忘れてた……」
志乃介が申し訳無さそうに宗佑を見て言った。宗佑は再びうつむく。彼がうつむいた理由は、桃島以外にはわかっていた。
「あいつには邪心が無い。純粋なる戦士と感じた。何故そのような者が、妖達の味方をしているかわからん」
腕組みし、桃島が唸る。
「あれが獣之帝だってさ。僕と志乃介も負けちゃったんだよう」
弦螺が桃島に報告する。
「ここに来る前に大体のことは聞いた。奴は強い。正面から一対一で臨んで勝てる相手ではない。本気で斃すとあらば、不本意ながら、卑劣な手を使わねばなるまい」
「卑劣な手とは?」
蛙丘が桃島に尋ねる。
「ここにいる全員で戦うのだ」
「いやいや……それも確かに卑劣かもしれないけど、戦争だしね……。一対一にこだわる方がどうかと思うわ」
大真面目に言い切る桃島に、蜜房が呆れる。
「それに、ここにいる全員でかかっても、勝てるかどうか疑問なんだ」
と、志乃介。
「一つ方法はあるわ……」
気が進まなさそうな顔で、蜜房が言った。
「朽縄の当主だけに伝えられる、秘伝の封印術。これならばどんなに強力な妖であろうと、斃せるはず」
「それは術師の命と引き換えの奥義でしょう?」
指摘する綾音に、蜜房は目を丸くした。志乃介と蛙丘も顔色を変える。
「何で綾音ちゃんが知っているのよ。ここにいる蛙丘と志乃介さえ知らないことよ?」
「昔、父上と私は朽縄一族の当主と戦ったことがあるのです。まだ朽縄の一族が、獣符を編み出す前の時代です。その際に封印術を使われました。父上は術を打ち破りましたけどね」
綾音の話を耳にした一同は、疑念を抱く。雫野に破られた術が、果たして獣之帝に通じるのか。それを蜜房が命がけで行使していいものかと。
「強力な封印術なら、私と父上も使えます。朽縄の封印術よりもおそらく強いと思われます。昨日私が使ったあの黒いカーテンですよ。触媒の用意が大変ですし、私は昨日一度使用してしまい、あと一回分しか使えませんけど」
「そ、そう……」
自分が命がけで用いる術よりおそらく強いと、綾音にあっさり言われ、蜜房は複雑な面持ちになった。
***
「雫野はどっちにつくんだ?」
獣之帝の広間で、波兵と累はずっと雑談をかわしていたが、不意に波兵が真顔になり、そんな質問をぶつけてきた。
「さっきの灰龍の話じゃないけど、今の雫野こそ、辛い選択を強いられるんじゃないか?」
「そうですね」
蜜房や綾音を意識して人間側につくか、あるいは獣之帝と共にいるために、妖怪側につくかという、帰路に立たされている。
「獣之帝を討伐しようという流れでしたら……例え僕は、人間の敵に回っても……獣之帝を守る側につきます……」
そうは言うものの、綾音と蜜房と敵対するなどあまり考えたくない。
「本当にお前、それできるの?」
「どうでしょう……。正直、難しい……です」
「俺は雫野がどんな選択しようと、雫野の選んだ方につくよ」
そう言ってにんまりと笑う波兵。
「だってさー……雫野には、獣之帝とか、他の友人とか、大事な奴は何人もいるかもしれないけど、俺にとっての友人は、雫野しかいないからなあ。悩むこともないや。なははは」
波兵に慕われ、信じられていることが、嬉しくもこそばゆいと感じ、累ははにかむ。
「そもそも戦いを避けることもできるんじゃないか? だって獣之帝の意思で灰龍達が動いているわけじゃない。灰龍達が勝手に獣之帝を祭りあげているだけじゃないか。大きな力があるからと、都合よく利用しようとしているだけだ」
「確かに……そうなのですが」
累もそれは思っていた。妖怪の世を作るなど、灰龍達の望みであり、獣之帝の望みではない。しかし――灰龍達の野心は、獣之帝の欲望と一致している部分もある。
(僕には……わかります。獣之帝は僕と同じです。戦いそのものを望んでいる。灰龍達についていけば、獣之帝のその望みはかなうわけです……)
「その辺を考慮に入れれば、灰龍達はともかくとして、獣之帝との戦いは回避する手立てもあるんじゃないかと思うぞ。それをまず考えようぜ」
累がその懸念を口にしなかったので、波兵は獣之帝が操られているだけという念頭で、話を進めようとしていた。
***
獣之帝の住処の洞窟には、妖達の作戦本部となる部屋も設けられている。灰龍、左京、青葉、木島蝶治、そして灰龍の同胞である黒牙翁の五名が、話し合っていた。
「残った妖怪は高尾山に集結させたか」
「足斬り童子、腕斬り童子、その他いろいろ、全て集めた」
灰龍の問いに、左京が答える。
「今夜はもう無理だ。昨夜の人間達の抵抗が思いの他激しく、仲間を失いすぎた。今夜は体勢の立て直しに専念する。ここで敵を迎え討つためにな」
今後の方針を口にする灰龍。
「本拠地であるここに敵を呼び寄せると? いや、それ以前に、敵にこの本拠地が割れているのなら、さっさと場所を移せばよいだろうに」
黒牙翁が意見する。
「そう簡単にはいかん。陛下を動かすのは至難の業だ。そのために、我々は東京各地で暴れ、畏れを――邪気を蔓延させ、左京の運命操作術をも用いて、帝を動かそうとしたのだが」
「予定より早く動いてしまった。本来なら帝が動くと同時に、こちらも一箇所に集って帝と共に、人間達に正面から戦いを仕掛けるつもりであったが、分散して暴れている最中に、動かれてしまい、台無しとなった」
左京が灰龍の言葉を継ぐ形で解説した。
「つまり、獣之帝をどうにかして人間らと戦わせさせれば、勝機は十分すぎるほどある、と。そのために、敵をここに迎え入れる、と」
「うむ」
青葉の言葉に、灰龍は頷く。
「言葉で会話ができんのが厄介な所よの」
「無礼な……」
ぼやく黒牙翁を左京が睨みつける。
「敵が今夜中に来る可能性は?」
蝶治が問う。
「無いとは言い切れんが、可能性は低かろう。向こうも十分に体勢を整えて臨みたいはずだ。昨夜の今日では、それも困難。こちらも各自、時間の許す限り、迎撃体勢を整えろ。休息も含めてな」
「承知」
「了解した」
「応」
灰龍の命に、青葉、左京、蝶治がそれぞれ応答した。
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