第二十四章 13

 東京市内某所の家屋。

 灰龍の前にて、四人の妖怪が鍋を取り囲んで食事を取っている。灰龍も御相伴にあずかっている。


 一人は角を一本に腕を四本生やした、青白い肌をした背の高い妖怪。種族単位での妖怪名は腕斬り童子といい、個体名は青葉という。彼は腕斬り童子の長だ。

 一人は童のような低い背であるが、筋骨隆々とした体つきで、口の中から外側に向かって何本もの牙が伸びた、青黒い肌の妖怪。この妖怪種族は足斬り童子といい、彼はその頭目を務める。名は左京。

 この二種族もまた、四年前に柘榴豆腐売りの柘榴豆腐によって妖怪化した者達であるが、村人のほとんどが柘榴豆腐を口にしたためか、村単位で同じ妖怪へと変貌を遂げたのである。そのため、同じ個体が種族単位数で存在する。


 余談だが病人の多い村では、柘榴豆腐は病人のみ食する形で、村人が買うのを遠慮していた。健康な者が食して売り切れ、病人の口に届かないと悪いと思ったからだ。しかし柘榴豆腐売りが訪れた場所に病人がいなかった場合、病の予防目当てで、多くの村人が柘榴豆腐をこぞって買い、その結果、多くの同じ個体の妖怪が誕生した。

 何故同じ村で同じ妖怪になったかは、柘榴豆腐売りにもわからない。他の村で複数の人を妖怪に変えた時は、見た目も能力も全て別物になったというのに、腕斬りと足斬りの場合は、同じ妖となった。


 残りの二人の妖は、この家の主である。一人は歳をくった毛の長い猫の顔を持ち、体も全身に猫の体毛が生えているが、体つきそのものは人のそれだ。猫と人が合わさった獣人のような見た目のこの妖怪は、猫爺と呼ばれている。

 もう一人は、犬の頭部を持っていた。こちらも全身から体毛を生やしているが、体は人のそれで、開いた胸元からはしなびて垂れた乳房が見え、これも体毛で覆われている。この妖怪は狗婆という名で、猫爺とは夫婦としてこの家に住んでいた。


「柘榴豆腐によって妖になった直後は、非常に凶暴な状態で、周囲の人間を見境無く殺害するが、その狂気もすぐに醒める。その後は個体差が激しい」


 鍋をつつきながら、灰龍は四人の妖怪を前にして語る。


「柘榴豆腐で変貌した者を全て我らの仲間として取りこめたわけでもない。せいぜい六割といったところ。人から妖に変えたという理由で我々を恨み、襲いかかってきた者も多くいた」


 それらの対処で、仲間にも犠牲が出たほどだが、それは口にしないでおく。


「人としての心が過分に残ってしまった者か。私は……不思議と人としての未練が無い。それどころか人間に敵愾心が強い」


 暗い面持ちで左京が言った。


「人間へ敵意が生じるのは、柘榴豆腐に込められた呪術の影響であろう。しかし先にも触れたように、個体差が激しい」

「うむ。私は左京ほど人に怒りや怨恨は無いな。だが妖怪となった今、人とは敵対するしかないと、割り切っているよ」


 そう言ったのは、青葉である。この妖には、灰龍は一目置いていた。義理人情に厚く、古武士的な性格であるため、信用できるし扱いやすい。


「わしらは人間が大好きじゃよ。なあ、爺さんや」


 狗婆がへらへらと笑いながら発言し、お椀の汁を一気にすする。


「うむ。わしも大好きじゃあ、特に死ぬ時のあの恐怖に引きつった顔と、彼奴等の肉を切り裂く時の感触、大好きじゃあ。ひょっひょっひょっ」


 話を振られ、猫爺が笑う。


「わしは肉と血の味が好きじゃあ。料理するのも好きじゃあ」


 鍋の中の肉と汁を椀に取る狗婆。


「まさかとは思うが、この肉は……」

「安心せい。ただの鶏肉じゃ。灰龍さんは人の肉が嫌いと聞いておるでの。ひっひっひっ」


 灰龍が狗婆の方を見ると、狗婆はおかしそうに笑った。


「今、木島一族と交渉中だ。奴等を味方に出来れば心強い」

「ほう、あの鬼の一族の……」


 灰龍の報告を受け、左京が関心を示す。


「木島の鬼達は気難しい連中ではあるが、力を示せば従う。そういう意味では、彼等を獣之帝の前に連れていけば、話は簡単だろうな」


 そこまでに至れば、最早仲間にしたも同然だと、灰龍は信じて疑っていない。


「お前達は引き続き帝都に災厄をもたらし、不安を煽れ。人を殺す際、できれば目撃者を残しておくのがさらなる畏れの蔓延に繋がる」


 猫爺と狗婆を見て、灰龍が命じた。


「ひょっひょっ、任せておけい」


 楽な仕事だと猫爺は思う。欲望の赴くまま人を殺してまわるだけで、自分らの役目は達成される。そうして人々の恐怖が満ちていけば、妖や悪霊の力も増していく。


「そちらの首尾はどうだ?」

 灰龍が左京の方に顔を向け、尋ねる。


「上級運命操作術『運命の特異点』を発動させるために、いろいろと準備中だ。元々私は占い師をしていたせいか、このような特異な能力が身についた。占いも併用し、運命そのものを操り、我等が望む理想系へと導く」


 左京の口にする運命操作術とやらの知識があるのは、左京と灰龍だけであったため、他の三名は胡散臭そうに左京を見ている。


「獣之帝の世話をしつつ、それは可能なのか?」

「問題無い。御世話といっても、大したことはしていない。住処の掃除や食事の用意は誰にでもできるし、せいぜい帝のために娘をさらって捧げる程度だ」


 灰龍の確認に、左京は淡々と答える。


「青葉、お前は妖術師共と積極的に戦え。柘榴豆腐売りが殺された時点で、奴等も我々の存在を察知し、本腰を入れてきたと見なしていい」

「承知した」


 荒事役の指名を受け、青葉は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべた。


***


 灰龍達が企みを巡らす一方、弦螺と志乃介も妖達にどう対処するか、相談していた。


 とはいっても、まだ敵の動向の多くが不明のままなので、こちらの動きには限度がある。敵の動きや拠点が、はっきりとわかってから対処する形となる。そもそも拠点などというものがあるか、疑わしい。分散して潜んでいる可能性の方が高い。


「こちらから仕掛けるか、誘き出すことはできないのぉ?」

 弦螺が尋ねる。


「今やってることって言ったら、妖怪達をとっ捕まえて情報を吐かせるか、奴等の動きを遠巻きに探る程度だよねえ。いっそ草を放つのはどうかなあ?」

「草?」


 志乃介が怪訝な声をあげる。


「こちらの使役する妖怪を間者として送り込むの。白狐家は妖怪を使役する術は長けていないけど、朽縄にはあるじゃない? 白狐でも今後はその辺研究していきたい所だけどさ」

「うーん……一応師範とも相談してみないとな」

「みっちゃんじゃなくて師範に? 本当朽縄の内情はどーなってんだか」

「それでも朽縄一族そのものが働いてるんだからいいだろう。それだって珍しい事だ」


 朽縄一族は霊的国防に携わる大家であるが、例え国の要請があっても、滅多に動こうとしない。他の妖術流派と差別化して箔をつけるためでもあるが、昔からの性質でもある。そのため、力は有るが、その力と立場に胡坐をかいて働かない穀潰しであると、霊的国防の任についている多くの流派から揶揄され、あまり評判がよろしくない。

 白狐家は格としては朽縄と同列であるが、朽縄に比べればずっと融通が利くため、超常業界では古くから、わりと親しみと信頼を抱かれている。


 二つの流派の関係は良好であるが、それは表向きだけの話であり、裏では互いを疎み、探り合っている事も多い。


 志乃介が朽縄の師範代という立場にいながら、白狐の当主である弦螺と親しく、白狐家に頻繁に足を運んでいる理由もそうだ。表向きこそ、同じ霊的国防にあたる大家同士で交流を図り、互いに切磋琢磨するという事になっているが、実際には白狐家の内情の偵察と、機があれば撹乱することが目的なのである。

 動かぬといわれる朽縄であるが、権力闘争も含め、見えない所では動き続けている。

 一方で白狐家もそれを承知のうえで、朽縄を利用できれば都合よく利用し、機会があれば陥れようと狙っている。


「保険をかける。備蓄する。予防する。その辺がこの子にはできん。いや、やろうとせん。それがこの子とわしの、最も相容れぬ所じゃな」


 急に弦螺の口調も言葉遣いも変化したが、志乃介は特に驚かない。


 時折現れる、弦螺のもう一つの人格のことも、弦螺が小さい頃からの付き合いである志乃介はよく知っている。その正体も。

 弦螺の中にあるこのもう一人の人格は、弦螺の前世の人格だ。

 弦螺が前世にて、転生後に知識と能力の引継ぎの術を行ったため、前世の知識と人格が時折、部分的に発現する。弦螺が幼くして物を知っているのも、才気に溢れているのもこの人格のおかげである。


 しかし転生の引継ぎを行う術そのものは、失敗していると言わざるを得ない。人格、知識、能力、それら全てを引き継ごうとしものの、前世の術は全く使えず、人格も弦螺を押しのけて外に出ることは滅多にない。知識だけが完全に引き継がれているため、その気になれば弦螺も前世の術を習得できると思われるが、弦螺にはその気が無い。


「志乃介、お主が代わりにせよ。この子は才故に奔放に育てられすぎて、その弊害が出ておる。不幸なことだが、白狐家にはこの子の首に縄をつけられる者がおらん。父は暗愚、母はその暗愚な父の人形、暗愚の当主の跡取りを狙っていた親族や門下の術師達は、この子をおだてて取り入ろうとするばかり。わしとお主がいた事が、幸いだったと言えるな」

「そうだな……」


 果たして弦螺の中のもう一人の人物は、自分が何の目的で白狐家に近づいているか、わかっているのだろうかと、志乃介は疑う。知っていてなお言っている可能性も十分に考えられるが。

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