第二十三章 17

 義久は安楽市の住居に帰宅すると、今日行われたサラへのインタビュー内容を編集して、ネット上へと上げた。

 さらに対談のサラと美香の対談の告知も付け加えたうえで、盛り上げるための宣伝サイトも立ち上げようとした義久であるが――


「告知の宣伝はもっと派手にしないとだめですヨー。二人の画像もちゃんと使って、煽り文句も入れて。ああ、デザインもよろしくないです」


 横から空中の画面を覗き込んできたテレンスが、あれこれとダメ出しをする。


「んー……実はそういうの苦手。業者にやってもらうかなあ」


 自分でもレイアウトが微妙なのがわかっていた義久が、頭をかきながら息を吐く。


「それなら僕にやらせてくださいヨ。もちろんタダでいいです」


 テレンスが申し出る。


「じゃあ任す。いいのが出来たら、明日の昼飯奢ってやるよ。いい飯屋知ってるからさ」


 笑顔でウィンクしてみせる義久に、テレンスは顔をしかめる。


「何だ? せっかく飯奢ってやるってのに、嫌そうな顔して。何か問題あるのか?」

「いいえ……そうではなく……ちょっと背中がかゆかっただけです。あはは……」


 歪な笑いで誤魔化すテレンスに、ますます怪訝になる義久。


「事前にどれだけ盛り上げるかも大事だしなあ。それは俺の役目だと思っていたが……」


 肝心な所をテレンス任せにしてしまうのは情けないことしきりだと、義久は肩を落とす。


(しかし……ヴァンダムは俺のことだけじゃなく、テレンスのこともそれとなく触れていたな)


 喫茶店での会話を思い出す。

 この好青年が海チワワにいる事に、何かしら事情があったのはわかった。しかしヴァンダムの口振りでは、それも解消されたようである。そして海チワワはテレンスに適していないという。


(俺の今の立ち位置も適していないと言っていたが、本当にそうなのかねえ。自分でも何だかわからなくなってきた)


 ヴァンダムの誘いなど、以前の義久であったら速攻で断っている所だ。しかし断れなかった。自分には確かに迷いが有り、そしてヴァンダムの勧誘に魅力を感じる部分も、確かにあった。

 裏通りではなく表の組織。しかし微妙にまともとも言えない組織。故に自分と合っているかも知れない。

 フリーの身は気楽さであるし、自分の名を看板として掲げているという矜持やロマンもあるが、やはり記者にいた頃と違って大変な面も多いのが現状だ。長いものに巻かれれば、それらの苦労はせずに済む。


(しかしあの人の下で働くってのもなあ……)


 仕事内容そのものは恐らく、記者時代や情報屋時代から大差無いとして、最も引っかかっている部分が、ヴァンダムそのものでもあった。


***


 夕食後の雪岡研究所。リビングにて純子、真、累、みどりの四人の面々は揃って、サラのインタビューの様子を見ていた。


「わりと普通って感じじゃん。これなら下品さ丸だしの上野原のおっさんの方が、まだ面白かったよォ~」


 空中に大きめに投影されたホログラフィー・ディスプレイを寝転がって見上げ、みどりが感想を述べる。


「綺麗すぎるっていうか、教科書通りの優等生っていうか、こういう応対する人は油断ならないよー。私は信用しないタイプかな。ま、美辞麗句のゴリ押しとかがない分、バランスは取れていると思うけど」


 と、純子。


「堂々と正義を掲げたり美辞麗句を臆面もなく言ったりしても、許せるタイプだっているじゃないか。美香が正にそれだ」

「んー、確かにそうだねえ」


 真の言葉に、純子が微笑む。


「美香はそれが許されるキャラという空気が、確立されていますからね。純粋さや情熱の激しさを全面に出し、そこに奢りも無く、皆がそれを知っています。そのスタイルに対しての好き嫌いは分かれるでしょうけど」


 そう言う累からすると、美香が羨ましいという反面、鬱陶しいと思える部分も感じるのが本音である。


「美香ちゃんはそろそろ嘘をつくことや、手を汚すことをもっと覚えた方がいいと思うけどねえ。清濁併せ呑むことができない子じゃないんだし」


 純子が言った。


「手なら相当汚してるだろ」

 真が異を唱えるが、純子はかぶりを振る。


「単に人を殺してるとか、そんなんじゃないよー。そんなの手を汚しているうちに入らないから。そうじゃなくて、もっと汚い手を使うって話だよー。んー、例えば人質取って脅迫するとかさー、そういうのね」

「なるほど。それは確かにそうだな」


 納得する一方で真は、人質を取るような汚い手を使うのは、自分もあまりやりたい行為ではないし、そんなことをわざわざ経験する必要がどこにあるのかと疑問に思う。


「ちょっと美香ちゃんにメールしとくかなー。時として汚い手段も使わなくちゃダメだよ、と……」

「脈絡無くいきなりそんなメールされても、何が何だかわからないんじゃないですか?」

「純姉、ちょっとアスペ入ってるぜィ」


 累とみどりに突っこまれたが、純子は構わずそのままメールを送る。


「今はわからなくても、わかる時が来るだろうから、こういうのは断片的な方がいいんだよー」

「ふわわぁ~、そういうもんかねェ~」


 それにしても唐突すぎてイミフで、混乱するだけなんじゃないかと、みどりは思う。


「お膳立ては整ったが、本当に美香は勝てるのかな。告知サイトまで立ち上がっているけど、まるで美香が負けたら裏通りが消滅みたいな、そんな煽り方してるぞ」


 自分の顔の前にディスプレイを出し、告知サイトを閲覧する真。


「美香はプレッシャーになっていないですかね?」

「そりゃあ盛り上げれば盛り上げるほどプレッシャーだろうけど、美香ちゃんのことだから、これくらいのプレッシャー、丁度いいくらいだよ」


 心配する累に、純子は気楽な口調で告げる。


(そうか……雪岡の手を汚せという意味、わかった)


 真はその時点で気がつき、自身も美香宛にメールをうつ。


『ルシフェリン・ダストは大月暗殺の時のように、お前を陥れるために裏で策動するかもしれないから、注意しろよ』


 メールを送信し、真は純子を見る。


「僕等にも援護できることはあるんじゃないか?」

「情報を集めて支援するか、ネットで美香ちゃんのこといっぱい応援するかだねえ」


 真に声をかけられて、純子が答えた。


「それなら遠慮しとく。お前が適役だしな」

「あたしもパ~ス」


 どうせまたID変えながら、ひたすら複数の書き込みを装う作業だと見抜いて、速攻で拒絶する真とみどりだった。


***


 今日行われたインタビューも、月那美香との公開討論の告知サイトも、サラは目を通していた。


 夜であるが、お構いなしに部下を呼ぶ。正確には直属の部下ではないが、自由に動かしていいとお墨付きをもらっているので、電話をかけて呼び出す。


「アルベルト・J・オーチンです」


 サラの執務室の扉がノックされ、同時に電話で呼び出された相手の名が名乗られる。


「どうぞ」


 部屋に入ってきたのは、ブラウンの髪に口髭をたくわえた、中肉中背の四十代くらいの白人男性だった。


「少し厄介な任務です。早急に行っていただきます」


 言いながら目の前にホログラフィー・ディスプレイを投影するサラ。


「薬仏市で火種を抱えた組織同士を、指定の時刻に指定の場所で争わせるように仕向けてください。どの組織にするかは貴方に任せますが、なるべく大きく、獰猛な性質の組織を絡めるとベターです。時間は追って伝えますが、抗争の場所は――ここがいいでしょう」


 空中に投影された地図の画像を指したサラの指の先を見て、オーチンは息を飲んだ。抗争を起こす場所を見て、この任務の意味を理解したからだ。


「承知しました」


 己の感情を押し殺した声と面持ちのオーチンを見て、サラは胸のざわつきを覚える。


 汚れ仕事を命ずるのは初めてではない。しかしこれはとびきり酷い内容である。いくら勝つためには必要なこととはいえ、サラは感情を殺しきれずにいた。

 そしてオーチンも同様の感情なのだろうと、サラは見抜いていた。命令を下した方も下された方も、これから行う冷酷非道な行いに対して、抵抗が無いわけではない。そこまで人間性を潰しきれない。


 オーチンが退室した後で、サラはディスプレイに映る地図を消し、別の画像を映し出す。大きな画面に、幼い男の子の笑顔がアップで浮かぶ。

 手をかざし、他の画像へと変える。同じ男の子が遊んでいる様子が映る。さらにスクロールさせると、もう少し幼い頃のその男の子を自分が抱きかかえている画像が映った。


(私の一族が皆やってきたことです。私もきっと直に慣れる……。そして私の息子もいつか、その手を汚す)


 まだ七つになる幼い息子の画像を見つめ、そして思い浮かべ、サラは己の心が黒く染まっていくことを実感していた。

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