第二十三章 15

「最初に、大月槻次郎氏の暗殺の件ですが――」


 どうせ紋切り型で無難な答えしか返ってこないだろうと思いつつも、最も触れにくく、そして絶対に触れなくてはならない話を、義久は振った。


「大変痛ましい事件です。犯人が裏通りだと決め付ける風潮もありますが、はっきりとわかるまで断定するのは危険だと感じます。私怨他の理由であった場合、裏通り側に反撃材料を与えてしまいかねません。また、当方で裏通りの住人達の反応を調べてみたかぎり、これは裏通りを貶めるための自作自演だと、指摘されています。これを卑劣な挑発と断ずるのも早計です。裏通りの住人は裏通りの住人で、守りたいものがあるのでしょうから、その辺は汲んであげたいと思います」


 予想通り無難な回答ではあったが、同時に、冷静に事態を把握している事を示しており、敵の事情も汲む姿勢まで口にしたサラに、義久は意外という印象を受ける。


(上野原と全く逆だな。徹底的に冷静で知的な印象を与えようとしている。上野原のような、扇情的で暑苦しくて人を見下している差別的な憂国馬鹿親父の後で、こういう姿勢だと、その落差で余計にサラのキャラが際立つ)


 ルシフェリン・ダスト支援者勢の印象をよくするための言葉を、サラはちゃんと選んでいる。義久の目から見ても好感を覚える。


「実際にルシフェリン・ダスト側の過激思想を持つ者が先走ったという可能性は、無いと信じますか?」


 そこにあえて意地悪な質問をぶつけてみる義久。


「無いと信じたい所ですが、いろんな人間がいますからね」


 曖昧かつ無難な答えを返すサラ。


「もしルシフェリン・ダスト側の自作自演と判明したならば、その際はどう対応されますか?」


 ここまで言うと、取材する側が裏通り側と誤解されるような偏り方だが、それも承知のうえであえて突っ込んでみる。


「私自身の対応や姿勢は、何も変わりません。そうした人間がいたとしても、私が裏通りという存在を否定する思想も立場も、変化することはありません。ルシフェリン・ダストがそのような卑劣な行いをする組織であったとすれば、距離を置かねばなりませんが、そうではないと思うが故に、こうして支援する立場にあります」


 そう言い切ると、サラは小さく微笑んでみせる。


(ん? 何だ?)


 ふと、義久は背後におかしな気配を感じた。

 明瞭な負のオーラが発せられている。後ろにいるのはテレンス一人だ。義久に向けられたものではない。部屋にいるのはもう一人しかない。つまり――


(敵意というか嫌悪感というか、電磁波に乗せて、背中越しに俺にわかるまで、こんな禍々しい感情を剥きだしにするなんてな)


 出会ってから日は浅いが、義久の前ではいつも穏やかで、明朗快活だったテレンスである。一体どんな表情をしているか気になってしまうが、振り返らないでおく。何となく勘であるが、テレンスも今の顔を義久に見られたくないのではないかと、そう思ったからだ。


(しかし一体どこで、テレンスのスイッチが入ったんだ? サラの発言のどこかに欺瞞があって、それに嫌悪を剥きだしにしたと? 俺にはわからないけど……)


 テレンスは自分の知らないサラの情報を何か知っていて、サラの虚言を見抜いたのではないかと、そんな想像が、義久の脳裏をよぎっていた。


「合衆国政府の指示に従い、裏通り弱体化のミッションを果たしているという説がありますが、それは真実ですか? また、大使という立場にありながら売名とも言える行為を繰り返してきたのも、日本という国に干渉しやすくするための計算と囁かれていますし、今回の活動もその一環ですか?」


 不躾で無遠慮で意地の悪い質問ばかりが続く。


 かつて表通りの記者時代、同僚の記者達は取材時にこうした質問をぶつける際、完全に心を殺していたか、あるいは何の気兼ねもなく平然と行ったようだが、義久にはいつまで経ってもそれができなかった。自身に嫌悪感を抱きながら、それを必死で腹の中に飲み込みながら、聞きづらい質問をぶつけていた。

 今もそれは変わらない。自分がひどくいやらしい存在に思えて仕方がない。


「二つの質問のどちらにも言えていますが、疑われるのは無理もありませんし、ここで私が違うと否定したとしても、誰も信じないでしょう。なので、何も答えないでおきます」


 サラは心なしか呆れたような表情を一瞬見せ、伏し目がちになって言った。


「月那美香に関してはどう思われますか?」

「彼女がまだ十代であるということに驚きですね。エキセントリックで素晴らしい女の子です。個人的には、彼女には裏の仕事を捨てて、ミュージシャンとしての仕事に徹して欲しいと考えます。裏の危ない仕事をして、彼女の才能が散ってしまうのは、大きな損失と言えますから」


 無難な質問に、無難な答えが返ってくる。


(オフで頼むつもりでいたけど、いっそこの場で頼んでみるか? いや……それは俺と美香ちゃんがべったり繋がってることが、知られちゃうし。うーん……それも今更か?)


 美香と公開討論の相手をしてくれるように、サラに直接頼むように、純子から頼まれている。それを取材中にぶつけて、その様子を流すという手も考えたのだが、義久自身の中立さが損なわれてしまう。


(あるいは、前もってわざとらしく誘導しておくか? それも一つの手だな。よし……)


 義久は布石を置くことにした。


「月那美香と対談してみたいという気持ちはありますか?」

「どうしてそのような質問が? 月那さんが私とやりたいとでも言っているのですか?」


 苦笑して逆に聞き返すサラ。あっさりと見抜かれた。


「もしもの話です」

「断る理由はありませんし、面白そうだと思います」


 これでいいと義久は思った。少々唐突すぎだか、構わないだろう。


「最後に、今後はどのような活動を行う予定ですか? 何かサプライズなどはありますか?」

「特に予定はありませんし、サプライズの類も残念ながら考えていません」


 サラの答えに、再び義久の背後から負のオーラが解き放たれる。


(嘘をついているってことか。テレンスがそう言っている)


 そう思い、義久は苦笑をこぼすのを抑えきれなかった。


「今日はありがとうございました。で――ここからはオフレコですが」


 カメラを切る義久。


「月那美香と公開対談できませんか? 本人と知り合いなので、頼まれてきまして……」

「生討論番組の雪辱戦ですか。そして裏通りの代表として、自分達の正当性を通すために、私と対決する構えですね」

「そうでしょうねえ」


 インタビュー中もそれとなく触れていたので、納得したという感じのサラ。


「高田さんがプロデュースされるのですか?」

「はい、そうなりますね」

「言いましたように、断る理由はありません。日取りは後日相談でお願いできますか?」

「はい、ありがとうございます。事前に宣伝もして盛り上げたいので、日数は少し置きたいのですが」

「お任せします」


 交渉成立したと見て、義久はほっとした。


***


「テレンス、さっきのは何だったか聞いてもいいかな?」


 大使館の外へと出る途中、義久が疑問をぶつける。


「この中で話すのは躊躇いますヨ。どこで誰に聞かれるかわかりません」

「そうだったな。ごめん」

「義久さんには言えないことですが、僕は彼女の嘘が幾つかわかってしまいましたから――とだけ答えておきますヨ」


 テレンスは義久から視線を外し、義久の直感が正しかったことを証明する答えを口にした。

 二人が大使館から出ると、そこには意外な人物が待ち構えていた。


「ワッツ? どうしてここに?」

 テレンスが驚いて尋ねる。


「護衛御苦労。彼に用があってね」


 グリムペニス会長コルネリス・ヴァンダムは、義久を真っ直ぐ見つめながら言った。


「少し話をしたいのだがいいかね? 当然オフレコで」

「いいですけど……。ちょっとその前に電話させてください」


 義久も突然現れたヴァンダムに驚きつつ、美香に連絡しなくてはと思い立ち、指先携帯電話を取りだした。


***


「ああ、外人だろうな! 死体の身元は今警察の方で調べてもらっている!」


 事務所にて美香は、電話で純子相手に、昨日の襲撃者のことを話す。美香が襲撃者のヘルメットを外すと、中から出てきた死体は白人男性だったのである。


「裏通りの始末屋や殺し屋で、顔の照会をしてもわからなかったからな! そもそもこんなタイプの殺し屋、聞いた事がない! 名前の知られてないマイナーな殺し屋にしては、熟練した技量だったし、海外から雇ったという線だろうな! まあ、クローン達もいるし、事務所に引きこもっていれば大丈夫だ! 爆弾でも投げこまれないかぎりな!」

『ルシフェリン・ダストやサラさんの動向はチェックしてあるの?』

「もちろんだ! オーマイレイプに最高金額コースを払って調べてもらっている! 二つの組織分だから、中々痛い出費だ!」

『それ、後で中枢に請求していいと思うよー。美香ちゃんが自腹切ることではないでしょー』

「私の戦いだから私が! ……と言いたい所だが、格好つけるには大金すぎるから、そうしておこう! じゃあ!」


 美香が電話を切ると、入れ替わりのように、携帯電話に義久から電話がかかってきた。


『サラ・デーモンのインタビュー、終わったよ。美香ちゃんとの対談もお願いしてきたし、オッケーをもらってきた』

「感謝!」

『これから盛り上げて注目させるために、宣伝しまくらないといけないな。美香ちゃんも協力してくれよ』

「久しぶりに私のホームページと罪ッターを更新しておく! 感謝感謝! そちらのインタビューはどうだった!? 何か変わったことは!?」

『んーと……今近くに、ヴァンダムさんがいるくらい? 何か俺に個人的に話があるとか』


 言いづらそうな義久の言葉に、美香は目を剥いた。


「危険は無いのか!?」

『あるわけないさ。そもそも俺の護衛してくれているのが海チワワのボスなんだし』

「そうか! それでも気をつけてくれ!」


 何か胡散臭い気配を感じる美香であった。海チワワのボスであるテレンス・ムーアを護衛につけたこともそうだが、義久を懐柔しようとしているのではないかと疑っていたが、義久を信じ、その懸念は口にしないでおいた。

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