第二十三章 14

 今日はサラ・デーモンにインタビューを行う日である。義久とテレンスは電車でもって、都心へと向かっていった。

 タクシーではなく電車にしたのは、テレンスが電車好きだと言ったせいだ。途中で襲われる可能性が高くなると、拒まれるかとも思っていた義久であったが、テレンスは無邪気に喜んでいた。

 がらがらに空いた席に座らず立ったまま、外を眺め続けるテレンス。義久もそれに付き合って立っている。


「やはり僕しか外を見ていませんネ」

 車内を見渡し、テレンスが口を開く。


「僕には電車の中から移り行く風景に惹かれない人達、理解できないです。どうしても目に映ってしまうものです」

「通勤とかだと、同じ風景だからってのもあるだろうけどな。あるいは、どこ見ても街の建物とか一緒だしさ」


 子供の時は義久も電車に乗ると、必死で外を見ていた記憶があるが、大人になってそういう気持ちは無くなった。


「いえ……僕はたとえ同じ風景を何度でも見ても、世界がそこにあると、安心できます。それに、何年かぶりに乗った電車から見た風景が、新しい建物できて少し変化あるのを見るのも楽しいです」


 世界がそこに有ると――という言葉に引っかかる義久。


「まさか監禁でもされていたのか? ああ、嫌なことだったらごめんよ」

「嫌なことかもしれないとわかっていて、好奇心を押さえられない義久さん、とっても悪い人ですネ」


 けらけらと笑いながら冗談めかして言うテレンスに、義久もつられて微笑んだ。


「戦場で育っただけです。あそこには壊れた風景しか無かった。壊れた建物。死体。うずくまる人達。そして死体を作り上げる僕」

「嫌なことだったか……ごめん」

「いいのです。嫌な生い立ちも含めての今の僕がありますですヨ」


 にっこりと屈託の無い笑みを見せて、テレンスは言った。その笑顔だけ見ていると、無邪気な子供のように、義久の目に映る。


「それに戦場での日々、楽しい思い出もちゃんとありましたですから。もしかしたら……また戻るのかもしれませんですけど」


 また戻ると言った際に、テレンスの笑みが消え、物憂げな顔になったのを義久は確かに見た。


***


 ルシフェリン・ダスト本部ビル。

 甲府光太郎の執務室に、奇妙ないでたちの訪問者が現れた。首から下を全てマントで覆い隠した、二十代半ばから二十代後半の男だ。


 この男と全く同じ格好をした、よく似た顔のもっと年上の男の導きが有り、甲府はルシフェリン・ダストの最高幹部という座に就いた。そして甲府の前には入れ替わり、同じ格好をしたマントの男達が現れる。


「萩野の……五鬼かな?」

「六鬼だ。愛想無しの六鬼と言われている。あんたと同じだな」


 甲府に問われ、六鬼は答えた。


 萩野と名乗る、同じ格好に同じ姓、番号だけで名前の違う者達。しかし性格は個々によってかなり違う。その中でも六鬼は、これで会うのが二回目だと記憶している。

 彼等が何者なのか、甲府に詮索する気など無い。甲府を指導者に据えて、陰で動き回り、時に汚れ仕事も行い、ルシフェリン・ダストを築き、支えている者達。その事実だけがあればいい。


「高田もヴァンダムも月那も全て失敗したのか」


 特に責めるでもなく、淡々とした口振りで言う甲府。彼等の暗殺を取り仕切っていたのはこのマントの男達――萩野であった。


「裏通りのそれなりに腕の立つ始末屋や殺し屋達を差し向けたのだがね。月那は我々の担当では無かった。あちら側が担当した」

「裏通りを敵視する我々が裏通りの者を頼ったのか?」


 いつも無感情な甲府の声に、珍しく感情の灯が灯ったのを、六鬼は確かに感じ取った。


「失敗しても浪費が無いから丁度いい。ゴミが少し減ったと前向きに考えられる」

「何故君達がいかなかった?」


 やはり責めるわけではなく、普通に疑問を覚えて尋ねる甲府。


「萩野の中で意見が割れている。割れているといっても、ほとんどの者が、あんたらのやり方が気に食わないようだ。裏通りを貶めるための自作自演や、たまたま気に入らないといった、そんな理由で味方陣営までも殺そうとする輩に、従いたくないとな」


 六鬼の指摘を受け、甲府は押し黙る。


 結成から日が浅く、組織としての結束はゆるいルシフェリン・ダストであるが故、ふとしたことで瓦解する可能性は高い。しかもよりによって、この組織を陰から支えているマントの男達に反感を抱かれるというのは、よろしくない。


「暗殺計画の立案者に伝えて、控えてもらうようにお願いする。だが期待はしないでほしい」


 六鬼にそう断りを入れて、甲府は電話をかける。


『どうなされました?』


 女性の声が受話器から響く。


「暗殺は全て失敗した。そして暗殺による邪魔者排除と裏通りに対するヘイトを高めるやり方は、こちらの内部からも疑問の声があがっている。分裂の危機もあるので、こちらではもう引き受けかねる」


 覇気の欠けた声で、淡々と用件を伝える。


『わかりました。そちらの組織に荒事は期待しません。ただし、こちらは自由にやらせていただきます』

「デーモンさん、それもできればやめてほしい。あんたが月那美香に向けた刺客も失敗しただろう? 不思議なことに月那はその事実を公表もしていないようだが」

『今のタイミングで表通りに公表するのも、わざとらしく思われると、計算したのでしょう。あるいは何か他に考えがあるのかもしれませんが。いずれにせよ、こちらはこちらのやり方で続けます。何もせず流れに身を任せているというわけにはいきません。しかし慎重にいきますので御安心を』


 電話の相手――サラ・デーモンは柔和な口調で告げると、返事を待たずに一方的に電話を切った。


「周囲が納得しようとしまいと、強引にやりたいようにやる。いかにも彼等らしい迷惑さだ」


 普段あまり感情を表さない甲府が、思わず毒づくのを聞いて、六鬼は不穏な予感を覚えた。


***


 港区赤坂。アメリカ大使館前に着く、義久とテレンスの二人。


「まさかこんな場所でインタビューすることになるとはねえ」


 そこかしこに佇む警察官を一瞥しつつ、義久は呟く。


「わざわざ大使館の中に招くってことは、うちらへの襲撃を危惧してのことかな」

「そうかもしれませんネ」


 義久の何気ない言葉に対して、テレンスは微かに顔を曇らせて相槌をうっていたが、義久はテレンスを見ていなかった。


「流石に大使館の中まで攻め込んでくるわけないもんなあ。そんなことしたら大問題だ」

「ルシフェリン・ダストの者による犯行であれば、ミス・デーモンの支援も取り消されかねないですしネ。しかし……ミスター・ヴァンダムの方には襲撃があったそうですヨ」

「マジかよ……内部抗争か?」


 テレンスの報告に、義久は驚愕した。


「ヴァンダム氏は、ルシフェリン・ダストの大幹部と、かなり険悪な関係になったと聞いています。おっと喋りすぎました」


 おどけて肩をすくめるテレンスに、わざと喋っているくせにと、義久は笑う。


 警備員に名と用件を告げると、白頭鷲のエンブレムのついた門が開き、中へと案内された。


「はじめまして。本日はよろしくお願いします」


 テレビの中と同様の流暢な日本語と柔和な笑顔でもって、駐日アメリカ合衆国大使サラ・デーモンは義久を出迎え、手を差し伸べる。


「あ、よろしくお願いします」


 ぺこりと先に頭歩下げてから、握手に応じる義久。


「申し訳有りませんが、インタビュー中、僕もずっと側にいさせていただきますヨ。大使館の中だからといって、必ずしも安心できませんからネ」


 サラに向かってテレンスが朗らかな笑顔で告げる。しかしその笑みが、これまでのテレンスの笑みと全く違うことに、義久は怪訝に思う。目が笑っていない。それに今の台詞にも、何か含みがあるように感じられる。


(襲撃の予感でもあるのか? こんな場所で? 何かヴァンダムから前もって言われてるのか?)


 その辺をテレンスに聞きたいが、インタビュー相手のサラを前にして、質問するのもどうかと思い、義久は何も尋ねなかった。


「よろしければ、テレンス君も一緒にインタビューを受けませんか? もちろん海チワワの頭目であるという身分は明かしたうえで」


(は?)


 冗談とも本気ともつかぬサラの言葉に、義久はリアクションに困る一方で、その真意が何であるか、必死に頭を巡らす。


「それ、カオスになるだけですヨ? 誰の得にもなりません。それに僕、特に面白いことも言えませんしネ」


 テレンスの顔から作り笑いすら消え、無表情に告げる。


「冗談ですよ」

 唇だけ広げて愛想笑いを浮かべるサラ。


(いや、それ……冗談じゃないだろ。挑発だろ)


 ここに至って、義久は見抜いた。ようするに、テレンスの背後にいるヴァンダムとサラの間もぎくしゃくしているのか、あるいは疑念を抱きあっている間柄なのであろう。


 サラがソファーに腰掛け、その正面に義久も座る。テレンスは少し離れて立ったままだ。


「それではインタビューを開始します」

 義久はカメラを構えて回した。

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