第二十三章 7

 ヴァンダムのインタビューを公開した二日後、義久は次のインタビューへと向かった。

 相手は評論家の上野原上乃助。義久が最も苦手なタイプであるが故、嫌なものは先に済ませて後のストレスとして残すまいと考えたのである。


 喫茶店に向かうと、すでに相手が先に到着していた。まだ待ち合わせ時刻の一時間前だ。


(待ち合わせ前に、わざと相当早い時間に来ておいて、相手の到着の遅さをどうこう言う阿呆親父だって噂は本当だったか)


 それにしても早いと思い、苦笑いを浮かべる義久。


「どうも。お早いですね。まだ一時間前ですよ? 待ち合わせの時間、間違えでもしましたか?」


 機先を制して義久からそう声をかけてやる。無遠慮な言葉を口にしたのはわざとだ。こういうタイプの感情を逆撫でしてやることで、ペースを乱してやろうと計算した。

 しかし上野原は乗ってこなかった。ただ無言で自分を見上げてきただけだ。


 口元がひん曲がっており、偉そうに腕組みしてふんぞり返り、頭だけ上げて敵意と侮蔑に満ちた視線で自分を見上げている初老の小男を見ただけで、義久の中で激しい拒絶反応が沸き起こる。


「君、朝糞新聞の記者だったんだって? そのうえで裏通りへと堕ちるコースとは、ひどいものだな。普通にフリージャーナリストでよいのではないか?」


 挨拶も無しに、いきなりこちらの素性に難癖をつけてきた上野原に、義久は引いてしまう。


(相手を否定してかかることで、精神的優位に立とうとするタイプかな? いい歳こいた親父が、みっともない……)


 年齢、地位、立場、思想、権威、そういったものに胡坐をかいて他人を見下す、典型的なタイプだと、義久は見抜く。


 一方で、自分を見た時、一瞬その瞳に怯えの色が宿ったのも、義久は見逃さなかった。間違いなく図体のデカい自分に対するコンプレックス。これもまたよくあるタイプだ。見た目そのものが男として明らかに劣ることへの強い劣等感が、確かに感じられた。

 奢るわけではないが、義久は昔から、そうした眼差しで同性から見られることが何度もあったので、すぐわかるようになってしまった。これは自分の立場にならないとわからない感覚だろうなあと、義久はつくづく思う。そうした目で人から見られても痛痒にも感じないし、優越感を感じることもない。ただ、相手の性質がわかるだけの話だ。


 そして義久は気付いていなかったが、上野原は義久の彫りが深く精悍な顔立ちを見ても、コンプレックスをいたく刺激されていた。それ故、上野原の義久に対する第一印象は、一際悪いものとなっていた。


(こいつはとことん俺とは水と油だね。向こうも同じこと思ってるんだろうけど。ヴァンダム以上に気合いを入れて臨まないとな)


 上野原が敵意を隠さぬ一方、義久は自分の感情を殺すことに徹する。


「早速始めますね」


 相手の確認も取らずに一方的に告げて、カメラを回す。無礼はお互い様であるし、自分が無礼者という悪印象を与えた方が、義久には都合がいい。

 後々この男が自分の悪口を吹聴したとしても、他の相手の前では、好印象を持たれるように振舞っておけばいいのだ。そうすれば、悪口を吹聴した者の方が逆に悪印象を抱かれる事になる。これも義久が記者時代に覚えた、処世術の一つである。


「上野原さんの裏通りに対するスタンスは、この間の討論番組ですでにわかっているので、ルシフェリン・ダストという組織の支援者として名乗りを挙げた動機について、詳しく聞かせていただきたいのですが」


 義久の質問に対し、上野原は啞然としてしまう。


「いや……君、私は裏通りがこの国に仇なす存在だと思っているのだから、相対する組織に味方しても不思議ではあるまい」


 考えれば子供でもわかりそうな質問をされた事に、見下すよりも先に戸惑いを覚えてしまう上野原。


「ルシフェリン・ダストから、多額の資金援助があったとか、上野原さんの名声をさらに高めるという相互支援の約束があったとか、そういう取引が無いかという質問ですよ」


 感情を交えず淡々と、ストレートに切り込んでいく義久に、上野原は再び絶句する。


「どちらも無いわけがない。それは相応の報酬だろう? 大人の社会の仕組みを君は知らないのか?」


 取り乱すか怒るかのリアクションを期待した義久だが、上野原はどちらでもなく、堂々と答える。


(流石にそこまで馬鹿じゃないか。こっちが見くびりすぎたかな)


 相手の神経を逆撫でするために、あえて低次元な質問をぶつけるのは、記者特有の嫌らしいやり口の一つである。義久はこの汚く卑しい手を嫌っていたが、この相手なら遠慮なくぶつけられると、義久は判断していた。


 相手の程度が大体わかり、義久はその後も質問を続けていく。

 時折、上野原の方から煽られる事も幾度かあったが、義久は一切乗せられる事無く、要点を突いた質問に徹する。


 当然のことだが、取材する立場の者が持論をぶったり、ムキになって相手に議論をふっかけたりするなど、あってはならない。あってはならないがしかし、義久の記者時代、後輩にそれをやってしまった者がいた。

 その際、取材相手はこっそりと後輩の発言を録音し、動画サイトに公開するという行為にまで及び、新聞社とその後輩は大恥をかいた。

 しかし後輩は愚かにも自分の落ち度を全く反省せずに、訴えるなどと言い出し、部長に「恥の上塗りになるわ! どうしても裁判起こしたいなら退社してからやれ!」と大目玉を食らった。普段大声を荒げるようなことのない人が怒り狂ったので、義久含めその場にいた同僚全員、凍りついたものだ。


 その後輩はあまりにも愚劣すぎたが、それにしてもいい反面教師だったと、義久は思う。おかげで以前は感情的になりやすかった自分が、その件が楔となって、仕事の際は徹底的に冷静さを保つことができるようになった。


 インタビューはさほど面白い内容にはならなかった。ちょくちょく煽りを入れてくる、上野原の下品な部分を撮れた程度だ。大した収穫とは言えないが、支援者の品性の無さを撮る事ができたのは、ルシフェリン・ダストにとってはマイナス要素となろう。


(この人、本当にあの上野原梅子の孫なのかねえ……)


 インタビューを終えての去り際、ふとそんなことを考える義久。上野原上乃助の祖母である上野原梅子は、上乃助よりもずっと有名人である。何しろ祖母の知名度は、国際レベルで知られている伝説の武道家だ。


(上野原梅子の人柄や功績考えると、こんなろくでもない孫がいるとか、海外であの人を尊敬している人達に知られたら、がっかりされるだろうなあ)


 本人はこの孫のことをどう思っているか等、いろいろ想像してしまう義久であった。


(残すは大月槻次郎と、サラ・デーモン、そして甲府光太郎という人とも知り合って起きたいし、表舞台に引きずり出したいな)


 この甲府という人物に一番興味がある。何しろ彼は支援者ではなく、ルシフェリン・ダストの運営者の一人なのだ。しかし義久が名前を知っただけで、まだ表舞台にその名は出していない。

 より深く探ってみないことにはわからないが、義久の勘では、この人物が鍵を握ってそうな気もした。


***


 大月槻次郎は、コネとおべっかだけで地位を確立してきた口ばかり達者な無能だの、典型的な詐欺師タイプだのと、陰でいろいろと揶揄されている政治学者である。

 しかし本人は全く気に留めていない。事実だとして認めているからだ。


 自己顕示欲と出世欲の塊である大月は、ルシフェリン・ダストの支援者として認められたことで、更に自分の名声を高め、テレビや雑誌等で露出も増えることになるとして、最近はうきうきしながら日々を過ごしている。

 ルシフェリン・ダストの支援者として、犬猿の仲である上原と共闘の構えを見せたので、思想界では驚かれているが、それも注目を浴びるための計算の内だ。


(上野原のインタビュー、大したことなかったなあ。よーし、私のインタビューの番には、格の違いを見せ付けちゃうもんねー)


 今日の夕方頃にネットに上げられた上野原のインタビュー動画を、大月はすでに視聴していた。自分ならもっと上手いこと支援者としてアピールできると、ほくそ笑んでいた。


「このまま人気を集めて、いずれは政界にうってでるかー。果ては総理大臣てね。いやー、未来は明るいなあ」


 大月がコンビニ帰りの夜道を上機嫌で歩きながら呟いた、その時であった。


 目の前に異様ないでたちの男が立ち塞がった。

 首から下をすっぽりとマントで隠したその若い男は、明らかに大月を凝視している。


 危険な気配を感じ、後ずさりする大月。周囲に人気は無い。いや、自分を待ち構えていたとしたら、そういうタイミングを狙ったのかもしれないし、あるいし周囲の目などお構いなしに襲ってきたかもしれない。


 マントの男が殺気を膨らませ、大月との距離を一気に詰めた。


 男のマントの前方部分がまくれあがったかと思うと、マントの内側から無数の槍が飛び出て、大月の胸、腹部、喉等を串刺しにする。


(何故私を……? 誰が……? 何のため……?)


 楽観的思考が常の高名な政治学者は、普通の人間ならば簡単にわかりそうな事実を、すっぽりと見落としていた。

 自分がどうして殺されるのか、その理由がわからないまま――裏通りという危険な世界に関わった挙句、敵対する立場として名乗りをあげたという事実がもたらした結果――至極簡単に予測できたであろう事に気付かぬまま――大月の思考は途絶えた。

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