第二十三章 6

 夜。ルシフェリン・ダスト本部ビルの一室。

 二週間前の討論番組に出演して、アンチ裏通りサイドに回って討論を行い、さらにはルシフェリン・ダストの支援者となることも表明した四名――グリムペニス会長コルネリス・ヴァンダム、駐日米大使サラ・デーモン、政治学者大月槻次郎、評論家上野原上乃助が集っていた。


 四人はつい先程ネット上にあげられた、ヴァンダムのインタビュー動画を揃って閲覧していた。ヴァンダムの呼びかけにより、一緒に見て感想を語り合おうということで集められた。

 動画の感想だけではなく、その反応の感想も語り合う。表通り裏通り問わず、美香やヴァンダムの個別イタンビューは、話題になっている。テレビでも近いうち放映予定することが決定し、テレビ局からその確認がヴァンダムの元にも来た。もちろんヴァンダムはこれを即座に了承している。


「中々……鋭い切り口ですね。耳の痛い部分も多いですが……」


 大月が苦笑いしながら、なるべく当たり障りの無い言葉を選んだつもりで言った。


「己にも厳しいヴァンダム氏ならでは……と言った所でしょう。自己批判もあって然るべき」


 上野原が視線を明後日の方向に逸らして、愛想笑いを浮かべる。


 ヴァンダムが番組への批判をしていることに、内心忌々しく思う大月と上野原であったが、自分より圧倒的に大物であるこの男に、面と向かって文句は言いづらい。彼等は実の所、権威や権力にからきし弱い性質を持っている。


「組織への批判も堂々とする辺り、ヴァンダムさん自身への好感度は上がったようですね」

「組織の巻き添えを食らって私の評判が落ちるのはかなわんからな。これは当然の措置だ」


 物怖じせずに口にした、一見皮肉とも取れるサラの言葉に対し、ヴァンダムは傲然と答える。


「せっかくスポークスマンとなってくれる者達もいることだし、我々の主張はきちんと発信していくべきだな」


 大月と上野原をそれぞれ見やり、ヴァンダムが告げる。


「ひょっとしてそこまで計算したのですか?」

「もちろんそうだ。君達とてその方が、都合がいいだろう」


 控えめな口調で尋ねる大月に、ヴァンダムはあっさりと答える。


「情報屋の売り出し方も上手いですね。ヴァンダムさんはこの情報屋さんのことが気に入ったようで、その後押しまでしていますし」

「うむ。彼は中々将来有望と見たね」


 サラの称賛に対し、ヴァンダムは同意して頷く。


(私は気に食わんな。この情報屋とやらを調べてみた所、元々は朝糞新聞の記者じゃないか)


 そう思った上野原であるが、やはり口には出さない。彼は大月以上に、強者には逆らえない性質の持ち主だった。


 やがて大月と上野原が退室し、後にはヴァンダムとサラが残った。


「あんな者達に任せて大丈夫かね」

「信用なりませんか? ヴァンダムさん、貴方がスポークスマンになってくれると仰ったのですが」


 いなくなった瞬間、豹変したかのように侮蔑を露わにするヴァンダムに、サラは呆れた。


「あれはただの社交辞令だ。特に大月がひどいが、関心が我欲や野心のみで、公徳心の無い人間など、私は信用しないよ。人の上に立つ立場――あるいは責任ある立場なら尚更な」

「ヴァンダムさんに限らず、そういうタイプは誰から見ても、信ずるに値しないと思いますが。彼等がそういうタイプに見えましたか?」

「どう見てもそうだった。私にはわかるよ。恥ずかしながら、私もかつてそうだったからな。今の妻と結婚してから、考え方が変わったがね」


 照れくさそうに微笑むヴァンダム。


「大月と上野原、あの二人は一見対極の存在に見えるが、根は同じだよ。己の地位と稼ぎのために、思想商売をしているに過ぎん。ルシフェリン・ダストもそのために利用している。確かに私は今、彼等をおだててみたし、スポークスマンとして利用するのも良いと思うが、それと同時に、ああいう輩には懐疑的でもある。貪欲なのは構わない。しかし……私は羊飼いとして羊を大事にするが、あの手の連中は家畜への扱いがひどいこともある」


 ヴァンダムの手前勝手な理屈に、サラはますます呆れる。


「人を家畜に例える貴方もどうかと思いますが。それに思想商売をしているという点では、貴方も同類でしょう?」

「だからこその近親憎悪だ。だからこそ、私が守っている領分を守らないあの二人が、信用できんのだ。かつての私がああだったからこそ、私には理解できるのだよ。繰り返し言うが、己の欲や体面のためだけに生きている者は、信ずるに値せん」

「わざわざそんなことを口にする時点で、確かにヴァンダムさんもかつてそうだったのだろうと、よくわかります。その部分だけ非常に説得力があります」


 微笑みながら口にしたサラの言葉に、ヴァンダムは苦笑いを浮かべ、肩をくすめてみせた。


***


 雪岡研究所にて、ヴァンダムのインタビュー映像を見終えた美香は、渋い表情になっていた。


「私に対してもさらっと嫌味を言ってたな! しかし大した男であることも確かだ!」


 二週間だんまりだった理由について触れられた事を指し、美香は言う。


「ヴァンダムさんが口にしていたルシフェリン・ダストへの疑念は、ただのポーズだけじゃないだろうねえ。彼の本心なんじゃないかなあ。番組への批判も、世論に対しての保身のためだけの発言では無さそうだし。もちろん自分の印象を考慮しての計算が、含まれていないわけでもないだろうけど」


 と、顎に手をあてて思案顔で、純子が言った。


「ネットでの反応も好評だぁね。ヴァンダムと美香姉の一騎打ちみたいって書き込みもあるけど……。ヴァンダムが乗り気じゃねー感じだし、ありがたいことに実現しなさそうだよね~」

「何がありがたいんだ!?」


 みどりの言葉に反応する美香。


「そのまんまだわさ。海千山千のヴァンダムが相手じゃ、美香姉には荷が重い相手でしょうよォ~」

「ぐっ……!」


 遠慮無しに言い切るみどりに、美香の顔が歪む。


(みどりの言う通りだな。正直ヴァンダムとの対決を避けれて、ラッキーだろう。あれは純子くらいが相応しい相手だ)


 こっそり思う義久。


 その時、義久の携帯電話にメールが入る。送信者の名を見て驚いた。ルシフェリン・ダストと書かれている。確かにルシフェリン・ダストのビル受付に、名刺は渡しておいたが。向こうからの連絡が、こんなに早く来るとは思っていなかった。


 メール内容は、このまま一人一人、支援者の取材を受けて欲しいとの要望であった。さらには何かあった際、裏通り側との調停役も引き受けてもらうよう、中立のポジションを維持してもらいたいとも書かれている。

 そもそもルシフェリン・ダストから要望を出されずともそのつもりであったが、相手側から取材してくれと指名されて公認されたのは大きい。それによってさらに注目も浴びる。


「おお! やったな!」


 義久がメールを三人の少女に見せると、美香が歓声をあげた。


「中立のポジションでいるようにっていう要望、重要だよー。こんなことを堂々と訴えてくるってことは、言質を取ろうっていう目論見に他ならないからねえ」


 純子が釘をさす。


「これに対して明確な答えを出すかどうかで、今後の展開が大きく変わるってことか?」

「その可能性は高いねえ。もしノーリアクションか、あるいは返答を拒否した場合は、インタビュー役の義久君が裏通り側だという認識を訴えてくるだろうし、中立であると表明してしまった場合、それはそれでややこしくなるよー。実際中立とは言いがたい立ち位置だしさあ」


 そりゃそうだと義久は苦笑いを浮かべた。裏通り中枢からの依頼があるからこそ、ルシフェリン・ダストを探るニュアンスで、彼等に取材を試みている。もし彼等が付け入る隙を見せれば、それも中枢に報告することになっている。中立であろうはずがない。


「口約束だけで通じるような、甘い奴等でも無さそうだし、どうしたもんかねえ」

「そもそもよっしーが受けた依頼さァ、ルシフェリン・ダストの調査だけど、取材という形だけで済ますつもりでもないんでしょォ~?」


 悩む義久に、みどりが突っこんだ。


「取材イコール調査では無いしな。取材はあくまで彼等に接近するのが目的だ。取材という形式で彼等と接点を持ち、近づくことが当初の目的。彼等に認められたとあれば、その目的は大分果たしたと思うぞ。一人一人インタビューしつつ、今後の展開も考えないとな」


 中枢が最も望むのは、ルシフェリン・ダストの弱体化である。何か付け入る隙を見つけることができれば、それが最も良い成果であろう。より理想的なのは、義久や美香が直接ルシフェリン・ダストの力を削ぐ事だ。


「私を使え!」


 美香が立ち上がり、親指で己を指してアピールする。


「インタビューでも言ったが、奴等の誰かと私を対談させろ! この間は複数がかりで遅れを取ったが、今度はそうはいかん!」

「美香ちゃん……こないだ美香ちゃんと討論したのは、いずれも口から先に生まれてきたような人達だよ? 例え一対一でも美香ちゃんの手に余る相手だよ?」

「ルシフェリン・ダストの仕掛けた裏通りへの敵意を和らげるため! その正当性を示すため! 存在意義を示すため! やれるだけやってみる! これもこの前も言った!」


 純子がはっきりと告げるが、美香は引かなかった。


「ふえぇ~……美香姉が裏通りそのものに価値があると見なしていても、表通りの住人達はそんなこと少しも思っていないぜィ? 当の裏通りの住人達だって、やさぐれて自虐的になってる奴多いから、裏通りの存在意義なんか堂々と訴える美香姉のスタイルって、受け入れがたいんじゃねーの?」

「実際こないだの討論番組に出た美香ちゃんへの、裏通りの住人達からの反応も、二分しているしな。否定的意見もわりと多い」


 みどりと義久が続け様に言ったが、美香はひるむ様子が無い。


「それでもできるだけやってみる! このまま引っ込んではいられん! そもそも裏通りの存亡にも関わる大事になるかもしれんのに、どうせ社会のはみ出し者だからと、自虐的になってどうするんだ! 裏通りでしか生きられない者が、自分の場所を自分で守らないでどうする!」


 そりゃそうだと思いつつ、義久はヴァンダムの言葉をふと思い出す。


『しかしだからといって、裏通りの情報屋というのも、どうなんだろうね』


 自分の今生きている場所が、自分に本当に適しているか、義久に迷いが無いと言えば大嘘になる。ヴァンダムはそれを見抜いて、的確に突いてきた。


「公開討論は、ただ悪口や屁理屈で、相手を打ち負かすものじゃない。見ている者を惹きつけることが重要なんだ。日本人の論客さん達はそれすらわかっていない奴が多いけどな。美香ちゃんよ、誰と対談したいのか知らんが、誰とすることになるかもわからんが、対談する相手ではなく、第三者を意識した方がいいぞ」


 己の心の揺らぎをどこか遠くへ追いやる意識も兼ねて、義久は美香にアドバイスを送る。


「応! 肝に銘じておく!」


 義久に向かって拳を突き出して、不敵な笑みと共に叫ぶ美香。


「もし美香ちゃんの言葉が説得力を帯びて、多くの人の心に響けば、それだけで裏通りの強力な矛と盾にはなるねえ。今必要なのは世論なんだし」

「へーい、純姉はそれがわかっていながら、何でやたらと暴力的解決したがるんだろうね」


 純子の言葉を聞いて、みどりが突っこんだ。


「まあ、美香ちゃんの公開対談バトルは、やるとしてもまだ先の話だなー。今は地道にインタビュー続けていくさ。その経過で、何か変化もあるかもしれないし」


 インタビュー候補は現時点では三名。かつて美香と討論番組に出て、その後支援者で表明した者達だ。


「取りあえず俺はルシフェリン・ダストに返事を出しておくよ。無視するわけにもいかないし……」


 現時点で中立ではないし、今後も中立であるつもりはないが、そのうえで中立である旨を伝えるという、危うい綱渡りをするしか道は無いと、義久は判断した。

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